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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-7.Seven/元凶を求めて
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7-(3) 三つの家族

「──おばさま?」

 海沙が自宅の合鍵を挿そうとした時、彼女は隣家の向かい角から見覚えのある顔が出てく

るのに気付いた。

 何か、嵩張るようなものを入れた紙袋を手に提げた睦月と……その母・香月である。

 二人は並んで、時折会話をしながらこちらに折れてくるようだった。思わず手を止めて立

ち止まり、海沙が口を開くと、ややあって二人も彼女に気付いたようだった。

「あ。海沙……」

「……こんにちは、海沙ちゃん。今帰り?」

「はい、ちょうどさっき。お仕事、暇が空いたんですか?」

「そんな所よ。急だったから定之さん達にも輝さん達にも知らせる暇はなかったけど……」

 まさか三条電機本社に行っていたとは思うまい。先刻までの緊張を引き摺り、睦月は思わ

ず身を硬くしてしまっていたが、そんな息子をフォローするように香月はふっと微笑み、暫

くぶりの息子の幼馴染との再会の挨拶とする。

 そうですか~……。

 ニコニコ。何が嬉しいのか、海沙は同じようにほんわかとした微笑みで自宅の玄関先に突

っ立っていた。それでもややあって思い出したように鍵を開け、家の中に入ろうとする。

「ちょっと待っててくださいね? すぐお父さんとお母さんにも連絡します」

「ええ。お構いなくよ。ふふ、元気そうね……。良かったわ」

 ぱたぱた、ぺこり。行って戻って会釈して。海沙は早速慌てだしたが、香月はそれをやん

わりと止めてやっていた。改めて帰宅──家の中に引っ込んでいく彼女を見送って、香月と

睦月は早速とその隣家、自宅のドアを開けようとする。

「おや……? ああ、誰かと思えば香月さんじゃないか。帰って来たんだね」

 そしてちょうどそんな時だった。今度は道向かいの天ヶ洲家──定食屋『ばーりとぅ堂』

の軒先へ掃除に出てきた翔子が、こちらに気付いて歓声を上げた。

 お父さん、お父さん! 笑って手を振ってきたかと思えば小走りで店の中へと戻り、おそ

らく厨房にいたのであろう輝を呼んで来る。案の定、程なくしてその輝が彼女と一緒に店か

ら出て来た。彼は妻に負けないくらい元気で、人懐っこく、呵々と笑ってこちらへ道を跨い

でくる。

「何だい何だい。帰って来るなら帰って来るって言ってくれりゃあいいのに。睦月も迎えに

行ってたんだな? ご苦労さん」

「あ、はい……」

「ごめんなさいね。ちょっと、急に出来た暇だったから……」

 二度手間の説明やら、押しの強い厚意やら。

 睦月は敢えて多くは語らなかった。この人達には、ただ帰って来ただけという事にしてお

いてやり過ごそう。当の香月もくすくすと苦笑いをし、そう相手の解釈に身を委ねる心算の

ようだった。

 実際、直後補足した説明は間違いではなかった。

 以前の第七研究所ラボでのゴタゴタとその後の移転が落ち着き、その間に溜まっていた仕事も

粗方片付いた。対アウター用システム、通称・守護騎士ヴァンガードの運用は実の息子である睦月という

高適合者の出現によって軌道に乗り、数日中には敵本陣と思われるH&D社への潜入調査と

いう名の大一番へと向かう。

「ははは、そうかそうか。よ~し、こうしちゃいられねえ。今日はパーッと宴会だ! 中々

全員が揃う機会がねぇんだ。な? いいだろ?」

「え……?」

「ふふっ。相変わらずねぇ」

 急に振られてすぐに応えられない睦月。苦笑いを零し、だけど嬉しそうな香月。

 ばたばたと、かくして急ごしらえの宴が用意される。


「──それじゃまあ。香月さんお帰りなさいって事で。乾杯~!」

『乾杯~!』

 どのみち夜は営業していない事もあり、ばーりとぅ堂は実質睦月たち母子おやこの貸切状態とな

っていた。ずらりと木のテーブルに並んだ料理を前に輝が缶ビール片手に音頭を取り、睦月

以下八人がこれに倣う。未成年、幼馴染三人組は、勿論代わりにジュースだ。

 グラスを互いに打ち合わせて、幕開けとする。

 ささやかな、しかし温かい住宅街の一角でのパーティーは序盤から、和気藹々と盛り上が

る良い宴となっていた。

「おかずもご飯も、たっぷりおかわりあるからね~」

「足りなくなったら言ってね?」

 普段、輝や翔子に料理の教えを受けていた事もあって、誰に言われるでもなく睦月は翔子

と共に給仕役をやっていた。輝や宙には半分主役みたいなものなんだから遠慮するなと言わ

れたものの、実際ただ自分が食べているよりも誰かが美味しく食べてくれているのを見る方

が好きだったりするので、やはり自分は主夫なんだろうなと睦月は思う。

「ど、どうぞ」

「おう。悪いねえ。ほら、サダも飲んだ飲んだ」

「ん……」

 給仕する翔子、盛り上げる輝。ここぞとばかりに舌鼓を打つ、部活帰りの宙。

 そんな天ヶ洲家の面々に加えて、彼の隣で酌を受けているもう一人の男性がいた。

 青野定之。基本寡黙でやや深めの彫りをした顔の、海沙の父である。普段は妻・亜里沙と

共に飛鳥崎に市役所に勤めている公務員であり、天ヶ洲家とは違って昼間は家を空けている

事が多い。

「……」

 くい。酒を入れても大人しいのは変わらず、定之は輝とは対照的に飲んでいた。一方で妻

の亜里沙は香月と、時折皆の間を行ったり来たりする翔子に声を掛けながら、夫人勢年少の

綺麗な顔立ちでくすくすと楽しげに微笑んでいる。

「うん。美味し……。でもいいのかしら? わざわざお店まで早く閉めて貰って」

「なぁに、遠慮するな。お互い付き合いの長い仲だろう? 偶にはいいじゃねぇか。今夜は

たーんと楽しんでくれよ? 春先にあんな事があったんだ。ちょっとくらい羽目を外したっ

てバチは当たんねーよ」

「そうね。でも、せめて収益を計算した上でやって欲しいけど……」

 香月の笑みと気遣いに、輝は呵々と笑った。嫌なことなんてぶっ飛ばせ──言いたい事は

分かるけれどと、翔子は通り過ぎざまに言うが、その瞬間にはもうこの夫は再び定之や香月

に酒を注いでころころと笑っている。

「おばさん。休みはいつまであるの?」

「……今週いっぱいまで、かしら。週明けになったらまた司令室ラボに戻る事になると思うから……」

 もきゅもきゅ。並べられた両親と睦月手作りの料理の数々を頬張り、飲み込んでから宙は

そう訊ねた。香月は少し考えるように間を置いて目を細め、何処か遠くを想うようにして答

えている。

「……」

 睦月はそんな母や幼馴染の横顔を、空いた皿を運んで流しに移しながら眺めていた。

 三つの家。小さい頃から家族ぐるみの、仲良しな三家。

 母は週末の作戦決行を思い出して一瞬気を重くしていたようだが、それでもこの束の間の

安らぎに心癒されているように見えた。いや、そうであって欲しい。何もアウターと戦って

いるのは自分だけではないのだ。寧ろ今までずっと、自分があの日あの場所に居合わせるよ

りも前から、母達は人知れず底知れぬ敵と遅々として進まぬ対抗策に悶々としていた筈で。

 守らなければ。そう、睦月は強く思った。

 自分にしか出来ないこと。そう、自分に言い聞かせるようにぐっと握ったその手を静かに

見下ろした。

 願いを糧に飛鳥崎の闇を跋扈する怪物。その脅威から大切な人達を守る。

 それだって、願いじゃないか。僕の、僕にしかできないと言われた願いじゃないか。

 ……やってやる。戦いを、終わらせてやる。

 しっかりと、今この場の幸せを焼き付けておこう。再びまた此処に戻って来れるように。

「ふふふ……。ねぇ、海沙ちゃん、宙ちゃん。それで睦月とは、その後どうなの?」

「えっ?」

「ど、どうって……」

 だがその一方で、何本と酒の入った香月は、やがてガシリと両脇の海沙と宙に覆い被さり

そう小さな声で訊ねていた。一瞬にして顔を真っ赤にする海沙と、頬を紅くするが平静を装

うとする宙。しかしそんな反応を見て悟ったのか、酒で赤く火照った様子の香月は、ハァと

何故かわざとらしくため息をつきながらごちる。

「そっかあ。あの子、手、出してないのかあ。その辺はあの人と一緒だねぇ……」

「うぅ。いえ、その……」

「あの……おばさん? もしかして酔ってます?」

「う~ん? 酔ってないよー? 酔ってませんよ~? 見ての通り、ダイジョーブ。ふふ、

ふふふ……」

 駄目だこりゃ。宙と海沙は互いに顔を見合わせ、そして互いにおそらく同じ意味で頬が顔

が赤くなっているのを見、ふいっと視線を逸らして苦笑いを零す。

 もう一方の当人である睦月は翔子を手伝い、時折おかずを摘まみながら、それでも遠巻き

に一度こちらを向いて頭に疑問符を浮かべていた。香月は笑っていた。普段の知的な様子か

らは少し外れて上機嫌だったが、しかしはたと突然、そんな二人を反らした顔の端から見定

めると、ずいと再び彼女達を抱き寄せて言う。

「……睦月と、仲良くしてあげてね」

 急に素面に戻ったかのようだった。しかしこうも直截的に懇願するのは、やはり酔いが潜

在意識にある想いを引き出しているからなのだろう。

「私の所為で、あの子にはいっぱい辛い思いをさせちゃってるから……」

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