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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-6.Vanguard/新たな都市伝説
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6-(5) 変貌する想い

 私の家系は、国力強靭化改革の折にその流れに反抗した者達の血を引いている。

 先祖代々受け継いできた土地、育んできた文化と人々との繋がり。それは先祖達にとり、

たとえ国から切り捨てられてしまっても手放したくない大切なものだったのだろう。

 ……私もそうだった。子供達も皆成長して都会に出て行き、私は妻と二人、まつろわぬ者

の末裔ならば末裔らしく、慎ましやかに余生を過ごせさえすればいいと思っていた。この家

と田畑を、細々と守っていければと願った。

 だが、そんな僅かな願いすら歳月の流れは踏み躙る。

 十年ほど前だ。妻が激しい胸の痛みを訴え、病院に運ばれた。診断の結果、心臓が平均的

な同年代よりも弱っていると判った。あまり奥様に無理はさせないでください──共に田畑

を世話してきた、その時はにかんでいた笑顔の裏で妻が蝕まれていたのかと思うと後悔して

もし足りなかった。

 それからは妻には無理をさせず、半月から月に一度の通院が欠かせなくなった。

 しかし充分な医療を受ける為にはもっと街の方へと出向かなければならない。どうしても

出費が嵩む。これも国家にまつろわなかった者の取ったリスクかと、度々生まれ落ちた土地

の辺鄙さを呪ったものだ。

 それでも……それでも、妻との暮らしは穏やかだった。苦労はあったが、幸せだったと信

じている。なのに、なのにどうしてこうも天は私達に苦難を与え続けるのか。

 妻が倒れた。

 暫くぶりの激しい発作に倒れ、私の前で胸を掻き毟りながらのた打ち回った。

 処方されていた薬をいつも通り飲ませても改善する様子がない。

 私は酷く慌て、とにかく救急車を呼ぶべく電話をした。

 なのに私から住所を聞き、返って来た答えは『申し訳ございません。そちらへ到着するに

は九十分ほど掛かります』──。

 馬鹿かと思った。こんなにも苦しんでいるのに、命の危機だというのに。

 だが電話の向こうのオペレーターは淡々と妻の一大事を捌いていった。より近くを通って

いる車両、受け入れ可能な病院。だがそのどれもが、別の患者を乗せている、既に収容人数

は満杯だと言って決まらない。

 ……遅過ぎた。やっと救急車が家に着いた頃には、妻はもうとっくに意識を失ってピクリ

ともしなくなっていた。

 私は泣き叫んだ。妻を助けてください!

 だがやって来た救命士らは淡々と、何処か辟易したような表情かおで私を見遣ったのを覚えて

いる。さもこんな田舎に暮らしているからだ、そう迷惑がるかのような……。

 結局、妻はその夜帰らぬ人となった。搬送された時には、とうに心肺は停止していた。

 嗚咽した。

 嘆いた。

 血の涙が出るほどに恨んだ。

 何故? 何故だ? 何故妻は死ななければならなかった? もっと早く、もっと迅速に彼

らが動いていれば彼女は一命を取り留めたかもしれないのに。……街ではないからか? 私

達が、先祖が飛鳥崎に移らなかったからなのか?

 集積都市とは──国力強靭化計画とは、人の命すら選別して当然というものなのか……?


『──あんた、叶えてみたい願いはないか?』


 そんな頃だった。消防署にも警察にも、考えうるあらゆる機関に掛け合って妻の死が本当

に仕方なかったのか、それとも彼らのミスではなかったのか、その口で話してくれと駆け回

り、遂にはお上から脅しまで来て行き詰まっていた頃、私の所に見覚えのない粗野な風体の

男が現れたのだった。

 彼は言った。願え、欲しろ。その全てが力になると。言って、私に銃口のような奇妙な形

をした道具と端末を手渡してきた。

 曰く、リアナイザというものらしい。何でも端末に収めたプログラムを、現実の存在とし

て呼び出し、自分だけの使い魔として操れるというのだ。

 だたでさえ私は集積都市の、新時代の技術というものがよく分からない。

 そもそも憎き奴らの生み出した技術で私の願いを──妻の無念を晴らそうなど、手段と目

的が入れ替わってしまっているではないか。

 だが実際に、このリアナイザというものの引き金をひいてから……私の中で確かに変化し

ていくものがあった。

 現れたのは、蛇腹の配管をぐるぐる巻きにした、鉄板のような仮面をつけた怪物。

 彼は私に『オ前ノ願イハ何ダ? 何デモ一ツ叶エテヤル』と片言で訊ねてきた。

 願い。私の願い。

 何故あの時、素直に想いをぶちまけてしまったのかは分からない。だがそれほど、妻を殺

したあの街が憎かったのだろう。

 復讐だと答えた。妻を見殺しにしたあの飛鳥崎の人間全員に、その報いを味わわせてやり

たいと答えた。すると怪物は『了解シタ。契約ハ果タサレル』と私の額に手を当てると、次

の瞬間、四肢に千切れた枷をぶら下げた筋骨隆々の大男に変化したのだった。

 ──爆弾魔ボマー

 この怪物が手に入れたらしい能力を見て、私は彼をそう名付けた。

 何と彼は、身体から自在に爆薬の塊である肉塊を作り出せる能力の持ち主だった。試しに

地区の出先機関に向けて撃たせてみたら、馬鹿馬鹿しいほどに激しく燃え上がり、爆発四散

したのを覚えている。

 いけると思った。何度か近隣の行政、箱物などを的にボマーの能力を見ている内に、この

力さえあれば復讐できると思った。飛鳥崎を、滅茶苦茶にできると思った。

 嗤った。笑った。目の前で燃え上がる奴らの支所を遠巻きに見上げながら、私は彼となら

何でもできるように思った。いける。他ならぬ飛鳥崎──集積都市が作り出した技術で以っ

てその全てを破壊すれば、どれだけ奴らに恐怖と絶望を与えられるだろう。

 故にある日──二ヵ月後、私は満を持してボマーと共に飛鳥崎へと向かった。

 最初に狙ったのは北の玄関口・千家谷。その次は近場でより人の集まる場所だろうと見込

んだショッピングモール。

 ……だが、そこで思わぬ障害に出会ってしまった。

 私と同じ──いや、似て非なるリアナイザものを持った少年。何と彼は自ら奇妙な鎧を身に纏

って、あろう事かボマーと直接戦い始めたのだ。結局ボマーの能力と硬い皮膚の前に太刀打

ちはできず、駆けつけた消防や警察によって引き分けとなったが……正直あんな伏兵がいる

など想像だにしていなかった。

 一体彼は何者なんだ? ボマーと同じく、集積都市の技術か何かか?

 しかし私にそれを知る術はない。ただ確かだったのは、この過去二回の実行によって警察

どもが存外に早く街中に厳戒態勢を敷き始めたこと。

 拙い。このままでは、じわじわと飛鳥崎の人間達に罰を与えるという計画が不可能になっ

てしまうではないか。

「……」

 だからこそ私は、今此処にいる。街の東、市庁舎の建ち並ぶ行政の心臓部に来ている。

 人々は私の事など勿論知らず、黙々とアスファルトの上を行き交っている。

 嗚呼、忌々しい。お前達が、その与えられた恵まれしものに疑問すら抱かないお前達こそ

が、妻を殺したのだ。

(……もうすぐだ。浅子。もうすぐ、お前の無念を晴らしてやれる……)

 街の警戒ぶりからして、もう何度もボマーを暴れさせるのは難しいだろう。

 だから此処で。

 いっそ、この戦いで全て──。

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