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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-6.Vanguard/新たな都市伝説
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6-(3) 烙印と逡巡

 ショッピングモールでの爆破テロから、数日が経っていた。

 当初はあれほどしつこくがなり立て、不安を煽っていたメディアも喉元過ぎれば熱さを忘

れると云う奴なのか、三日を過ぎた頃からぷつと特集を組む事すらなくなっていた。

 いや、それが民意というものなのかもしれない。

 実際道ゆく人々は間近で起こった事件から目を逸らすようにそれぞれの営みに回帰し、千

家谷駅や西國モールの爆破跡──急ピッチで復旧が進むブルーシートの奥などは覗こうとも

せずに只々足早に歩き去っていく。

 あれ以来、新たな爆発事件は起きていない。

 当局の警戒が厳しくなり、向こうとしてもより神経質になっているのか……。筧は大よそ

そんな半分正解で、しかし残り半分は思いもよらぬ不正解を持っている予想を立てて動いて

いた。

 場所は飛鳥崎北市民病院──先日、千家谷の路地裏で聞いた一件目の目撃者が入院してい

るという病院だ。筧は当初すぐにでも出向くつもりだったが、直後に西國モールで二件目の

事件が発生したため、今日まで手が空かなかったのだ。

「……」

 しかしようやくこうして病室に赴き、件の林青年から話を聞いて来たというのに、当の筧

は終始ぶすっと不機嫌面のままだ。

 病院の正面入口を出て整備された石畳と植え込みの中を歩く。そんな先輩に、例の如く同

行していた由良は内心先程からハラハラしっ放しだった。

「な、何だか益々訳が分からなくなっちゃいましたね。ひょうさん」

「……」

「リアナイザを持った中年、ですか。玩具で人殺しが出来るとは思えませんが……無駄足で

したかね?」

「……」

 だんまりと。隣を歩きながら由良は勘弁してくれよと思った。

 分かってはいる。単に拗ねている訳ではない。この人の事だから今もじっと情報という名

のピースを必死に繋ぎ合わせようとしているんだと知ってはいても、やはり真っ昼間から泣

く子も黙るような強面でのしのし歩く中年と一緒にいるというだけで、自分も何だか悪い事

をしている気分になる。

 実際、すれ違う人々の少なからずが何事かとこちらに目を見張ってくるのには何度も気付

いていた。そして直後、そんな彼らの全員が全員、厄介事は御免だと言わんばかりに慌てて

目を逸らしてゆくことも。

(はぁ、兵さん機嫌悪いなあ。仕方ないか。この前あんな事があったばかりだしなぁ……)


『──自分は反対です! いくら何でも性急過ぎる!』

 それは二件目の事件が起きた翌日の事だった。飛鳥崎中央署及び現場の所轄の刑事ら全員

が集められた合同捜査会議の場で、筧は上層部が下したとある判断に真っ向から噛み付いた

のだ。

『まだ具体的なホシも上がっていない内から“特安”指定なんて……。万一マークした人間

がシロだったら、取り返しのつかない事になるんですよ!?』

 特別治安案件──通称「特安」。

 こと年々凶悪化・常習化する犯罪において、基本生け捕りを念頭に容疑者を確保する警察

に許可される強権発動である。

 即ち、場合によってはその場で射殺しても構わない──。事前に対象の事件を指定し、裁

判所から専用の令状が発行されていることが前提条件となるが、確保時に尚も強く抵抗し、

犯行を継続せんとする“悪”を文字通り社会から駆逐する為の奥の手的制度でもある。

 それが、今回飛鳥崎を襲った爆破テロの犯人に対し適用される事になったのだ。筧は由良

が止める暇もなく、これに激しく反発し、ダンッと机に拳を叩きつけながら抗議していた。

『反対も何も、これは決定事項だ。まさか君は、飛鳥崎千五百万の市民の命よりも、彼らに

仇なす一人の命を優先しようという訳でもあるまい?』

 だが、会議室の最前列に陣取る上層部の面々は、筧のそんな言葉をさも一笑に付すように

して静かに睨みを利かせた。

 そういう訳では、ありませんが……。筧は言う。そういう事じゃない。ただそうやって誰

かを、自分達が易々と天秤に掛けていいのかと、そう言いたかった。

『筧警部補。我々は警察という、市民を悪から守る為の組織だ。君のスタンドプレーを放免

する為の場所じゃない。分かるね? 事実、前回と今回の爆破テロで少なくない死傷者が出

ているんだ。早急に犯人を確保し、これ以上の危険を排除する事が何よりも優先されるべき

ではないかな?』

『っ……』

 筧は握った拳に力を込めたまま、しかし再び手元の机に打ち付ける事はできなかった。

 この野郎……。内心、思う。もしかしなくても今回の指定は白鳥こいつが裏で推したのか? 

キャリア組の有力者である彼になら十分に可能だ。

 悪と断じれば、その命は切り捨てられて当然とする態度。

 やはり筧は、白鳥のそんな息をするように決めてかかる独善的な思想が大嫌いだった。

 甘いとか甘くないとか、そういう話じゃない。人間を何だと思ってやがる? 罪を犯した

人間にだって理由はあり、人生はあり、償いの方法だって一つではない筈だ。それを杓子定

規と憎しみばかりで抹消し続ければ、そもそもこの世の中が成り立たなくなってしまう。

 僅かな失敗も許さず、償う機会も与えられず、只々肥大化するばかりの排除される恐怖に

震える──。それが本当に人々の望む事か? 自分達の成すべき正義か? 違う。俺達はそ

んな権力を笠に着た殺戮代行業者なんかじゃない。少なくとも裁くのはこの組織ではなく、

法だ。恣意であってはいけないのだ。

(てめぇにとっては“悪人”を庇う部下デカすら、要らないともで言いたいのか……)

 ゆっくり。筧は席に腰を下ろした。隣席では由良が「ま、拙いですよ。兵さん」と、周囲

から突き刺さる侮蔑の視線に表情かおを歪めている。

『……』

 大きく息を吸い、筧はどっかりと寧ろ睥睨し返すように殺気立って黙し始めた。

 それ故にざわざわと周りの刑事達が不快感を示してざわついていたが、こうした彼の突出

は今に始まった事ではないのか、やがて白鳥を含む上層部は改めて宣言するように言う。

『では、先に述べたように、今後今回の連続爆破テロ事件を“特安”として処理していく』

『令状はここあるが……分かっているな? 期限は七日だ。総員、全力でこのホシを見つけ

出せ。これ以上、この街を好き勝手にさせてはならん!』

『念の為、過去半年に起こった爆破事件の類もリストアップしろ。どんな些細な共通点でも

構わん。犯人に結び付く情報を片っ端から引っ張って来い!』

 押忍ッ!! 活を入れられて、場の刑事達が立ち上がった。筧と由良もその中に交じって

渋々と、悶々と捜査に向かう。

 ばたばた。

 何十人何百人ものエキスパート達が、この巨悪を捕らえるべく駆け出していく。


「……悪ぃな、由良」

 こちらの取りなし──気まずさを汲んでくれたのだろうか、暫くしてふと筧がそう眉根を

寄せていた眼を向けてきて言った。

 由良はホッとする。だがやはり彼の事は自分が一番解っていると自負しているので、返す

言葉や態度は総じて柔らかいものだ。

「いえ、お気になさらず。上の決定に違和感があったのは自分も同じでしたし」

「……お前も、そう思うか?」

「そりゃあもう。兵さんも言ってましたけど、慌て過ぎですよね。確かに飛鳥崎に──集積

都市を標的にテロが起こるなんて前代未聞ですけど、それにしたってきな臭いですよ。あれ

は真相の究明っていうよりは、さっさと面倒に蓋をしたいっていう感じでしたでしょう?」

 互いに肩を並べて歩いていく。由良の考えは、大よそ筧が先日から思考していたものと少

なからず一にしている部分を含む。彼は苦笑わらっていた。それでも……。ぽりぽりと頭を掻き

ながら、もう一度この先輩の様子を窺って言う。

「まぁ流石に、今回は白鳥警視の言う通りなのかもしれませんね。悠長にしている内に第三

第四の事件が起きて、犠牲者が増えたら、それこそあちこちから非難轟々ですし。この現状

でテロ犯を擁護するというのは──」

「分かってる」

 半ば由良の言葉を遮り、ややあって筧はそう短く呟いていた。由良はピタッと声を止め、

この先輩にして相棒が怒っていないか冷静か、そのさまをつぶさに観察しようとしていた。

 ……分かっている。そんな事。

 だが筧は尚も割り切れないでいた。確かに奴がしでかしている事はそう簡単に許せるよう

な生易しいものじゃあない。しかし本当にテロなのか? ならば何故二件目にもなって未だ

犯行声明の類が出ていない? 巷では自分たち警察が隠蔽しているのだと噂する者もいるよ

うだが、何のメリットがあるというのだ。そもそもネットワーク技術の発達著しいこの時代

に於いて、隠し通せる秘密などというのは案外そう多くはないというのに……。

 由良の言う通り、上は早々に潰したいと思っている。収めてしまおうと考えている。

 それが市民を想ってのものならまだいいが、実際は十中八九奴ら自身の保身の為だ。結果

の大きさだけを見て、慌てて押し込めようとしている。この街に巣食い始めている異様なき

な臭さを、見てみぬふりをして……。

「……俺は、怨恨じゃないかと思ってる」

 ぽつと、暫くの沈黙の後に筧が言った。由良はきょとんとする。だがそれが今回の犯人に

ついてだと理解するのにそう時間は掛からなかった。

「……いつもの勘、ですか」

「ああ」

 由良は苦笑した。苦笑せざるを得なかった。

 とはいえ哂う訳ではない。実際、その長年の経験が導き出す判断がこれまで何度も署内に

横たわった“常識”を結果的に凌駕してきたし、そんな彼の超人ぶりに憧れて自分はこうし

て何年もコンビを組ませて貰っている。

 それでも……それでも。やはり結果を出す以外に、他人を納得させられるだけの材料を持

ち合わせなければ、どうしたって自分達は毎度厳しい立場に立たされるのだとも思う。

「そ、そう言えば林でしたっけ。妙な事言ってましたよねえ。『今度は刑事さんか』──だ

なんて」

 だから由良は、咄嗟にそう話題を別のものに変えようと試みた。つい先刻、病院で聞き出

した情報の一つである。

「ああ。学園コクガクの生徒がダチの為に犯人捜しをしてるっていうアレだろ? 素人が無茶しやが

る。もし見つけたら諦めさせてやらねぇと」

「ええ……」

 カツカツ、石畳に二人の足音が響く。

 どうやら話題は逸れたようだ。由良は内心ホッとし、相槌を打ちながらもやはりこの人は

根っこからのお人好しなんだなぁと思う。

「あとリアナイザ、だっけか。ええと……」

TAテイムアタックっていう、コンシェル同士を戦わせるゲーム機ですよ。寸胴な拳銃みたいな形をして

るんですけどね。それが?」

「いや、妙に気になってな。お前は玩具で人は殺せないと言ったが、あのあんちゃんの証言に

嘘がなければ、事件のあったあの夜あの場所で、何の意味もなくそれを握って立っていたと

いうのは不可解な部分が多過ぎるだろう?」

「まぁ……そうですけど」

「一応調べてみるか。上も、どんな些細な情報でもホシと結び付くなら引っ張って来いと言

っていたしな……」

 ちょうど、そんな時だった。由良のデバイスに着信があり、慌てて彼が懐からそれを取り

出して通話に応じる。筧はそれを暫く横で見ていた。やがて通話は終わり、由良がデバイス

をしまいながら、彼に向かって言った。

「別の班が二件目の目撃者を捉まえたみたいです。これから任意で引っ張って、ホシのモン

タージュを作るそうですよ」

「引っ張るって……。あんまホシでもない奴をホイホイ連れて行ったらそいつが誤解されち

まうんじゃねえのか……? まぁいい。由良、もう一回掛けてくれ。そのモンタージュが出

来たら俺達にも送ってくれるように頼んでくれねぇか」

「あ、はい。分かりました」

 再び由良がデバイスを取り出して先程の同僚にコールする。

 植木の枝葉が青々と日の光を浴び、弾いていた。街は今日も何事もなかったかのように蠢

き、人々という歯車を噛み合せては回し続けている。

(歯車になれなかった、人間……)

 思う所はある。

 だがとにかく今は、人々を脅かす罪を止めるだけだ。

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