5-(0) ネオンを爆ざす
集積都市の一つ、飛鳥崎。
当代の科学技術の粋と人々の欲望を一心に集めたこの街は、たとえそれが夜闇に包まれよ
うとも人造の灯りを絶やす事なく働き続ける。
「……」
だがそんな煌々と灯る街のさまを、酷く忌々しく見下ろす者がいた。
とあるビルの屋上。眼下に広がっている広場と延びていく線路群から察するに、其処は
かなり大きな駅のようだ。
確実に老いをその身に刻んでいる日焼けと皺塗れの肌。
夜風になびいている灰色のシニアジャケット。
ギチチッ……。彼は静かに歯軋りをし、ぶら下げた拳に力を込め、さも“仇”を見るかの
ようにこの街の風景を睨んでいる。
──嗚呼これが、これが奴らの望んだものか。
忌々しい。反吐が出るほどの嫌悪感で自身が満ちていくのが分かる。
集積都市。弱者を切り捨てても恥じる事のない、改めようともしないこの国の象徴──。
「やれ」
壊さなければならない。
彼は言った。するとヌッと、その横からもう一人の人影が姿をみせる。
だが果たしてその者は人であったろうか。身体こそ隆々とした巨躯ではあるが、服は粗末
に破れたズボン以外は半裸で、何より四肢には明らかに枷と思われる戒めが半ば鎖を千切っ
た格好でぶら下がっている。表情は見えなかった。夜闇に隠れてしまっているのかただ僅か
に顎を覆う銀鉄の拘束具が窺えるだけである。
ググッ……。男の隣で、この大男がゆっくりと右腕を振りかぶった。
するとどうだろう。夜闇で見え辛いが、元より丸太のようなそれはボコボコと歪な隆起を
始め、今にも破裂しそうなほどに巨大な無数のイボとなったのだ。そしてこれらを解き放つ
かのように大男が力一杯腕を振り抜くと同時、これら無数のイボ──肉塊は一斉に腕から撃
ち出され、眼下の駅前へと降り注ぐ。
「……?」
「何だ……?」
故に通り掛かっていた人々の幾割かはこれに気付き、思わず頭上に目を凝らした。
夜闇に紛れて何かは分からないが、何か黒い塊のようなものが降って来る……。
「ひっ!?」
「うわぁぁぁッ!!」
だがそれは本来、悠長に眺めていていいものではなかったのだ。
爆ぜた。これら肉塊は落下し地面やビル壁にぶつかった瞬間、さも起爆したかのように激
しく轟音と爆風を伴いながら炸裂していったのである。
人々は逃げ惑った。一体何が起こったのかさえよく分からない。
しかし次々に降り注ぎ、爆風に呑まれる目の前の光景、破壊される駅ビル群のさまを目の
当たりにして少なからぬ者は思った筈だ。先端科学とインフラの粋が集まったこの街で本来
起きてはならぬ事態が今起こっているのだと。
テロが、起きたのだと。
「ふふふ……」
ビルの屋上から、男は嗤いを漏らしながらこのさまを文字通り見下ろしていた。その横で
は大男が、今度は左・右と同じように腕を隆起させ、二撃・三撃目の肉塊を飛ばしている。
「いいぞいいぞ。もっと逃げ惑え、後悔しろ!」
男はザッと大きく両腕を横へと広げる。
それは力を誇示するように、或いはその狂気ですら足りぬと言わんばかりに。
「思い知るがいい! これがお前達の、偽りの繁栄に対する罰だ……!」
爆ぜる街。
だが彼の吐き出した怨嗟は、逃げ惑う人々の悲鳴に掻き消されるのだった。




