3-(7) 主従逆転(まつろ)
「──はぁ、はぁ、はぁっ!」
日はすっかり傾いていた。街を照らす光は既に点されたネオンのそれへと変わっている。
息切れする身体を引き摺りながら、少年は薄暗い路地裏の一角に転がり込んだ。
乱れる呼吸と苛立ち。
何もかも自分の思い通りに出来ると信じてしていた彼は、やがて一人路地裏で絶叫する。
「畜生! 何なんだよ、あいつは!? 俺達は最強じゃなかったのかよ!?」
ダンッ! 握り拳で激しく横の壁を叩き、吐き捨てる。
話が違うじゃないか。あいつはどんな願いも叶えてやると言った。
何者も自分を邪魔しない、できない、力が欲しい。力が、欲しい……。
あいつがこのリアナイザから現れた時、そんな沸々とした願望は間違いなく現実のものに
なったとばかり思っていた。なのに。
「……荒れてるな」
「ッ!? ああ……お前か。大丈夫だったのかよ? あの訳の分かんないコスプレ野郎、ど
うなった?」
「何とか撒いてきた。だが厄介だ。あいつは多分、俺達に対抗できる唯一の“敵”だろう」
そうしていると物陰からぬっと現れるようにして、ハウンドが合流してきた。
気配と掛けられた声に気付いて振り返る。隆々とした身体を覆う体毛が、心なしかざっく
りと斬られたように焼け傷を負っているようにも見える。
チッ……。少年は最早苛立ちを抑えられなかった。右手に収まったリアナイザにぎゅっと
力を込め、忌々しいとその憎しみを露わにする。
「……」
一方、ハウンドはじっと見ていた。
少年の改造リアナイザ。自分を召喚したツール。
その引き金は今ひかれていない。彼は上辺を鷲掴みにした状態で、握っている。
「敵、か。そうだな。何モンかは知らねぇが、次に会ったらぶっ潰す。そのつもりでいろ」
グッパと握っては開き。
静かに自身の手、全身の感触を確かめ始めるハウンドを背に、少年は「行くぞ」と一声放
つと歩き始めた。
惨めに縮こまっているなんて俺のプライドが許さない。
邪魔な奴は全部消してやる。立ち塞がってくる奴は、皆始末してやる……。
「──ガッ?!」
だが、次の瞬間だったのである。
刹那、背後のハウンドが、その鉤爪で少年の身体を刺し貫く。
『アウターが召喚主の人間と行動を共にするのは、彼ら自身が改造リアナイザを動かす為に
必要な生体エネルギーの塊──動く電源だからだ』
『だが、その人間の欲望を介して現実に干渉し、実体を確保してしまえばもう彼らは用済み
だ。こと彼のように“人を殺す”なんて影響力の大きな事件を何件も起こしていれば、奴の
進化はより早まるだろう』
『そうなればもう……奴はリアナイザも召喚主も必要なくなる』
時を前後して、皆人がインカム越しにそう睦月達に告げる。
夜の闇に紛れ、少年は使役していた筈の猟犬に刺し殺されていた。
「お、前……。何を……?」
「……礼を言うぜ。これでやっと、俺は自由になれる」
口から血を噴き出し、ゆっくりと少年が振り返る。
ハウンドは牙を剥き出しにして嗤っていた。ズボリと鉤爪を引き抜き、少年はそのまま力
なく灰色の地面に崩れ落ちる。
「──」
彼を中心に血だまりが拡がっていった。だがそんな光景を一顧だにせず、ハウンドは屈み
込んでこの少年の手からリアナイザを奪い取り、デバイスを取り出すと、その両方を自身の
身体の中へと文字通りめり込ませる。
デジタル記号の群れ。触れた部分が変化したその体内へと、本来彼を縛っていたツールは
やがて呑み込まれて彼と一つになる。
ふぅ……。深く安堵のような深呼吸をつき、ハウンドは立ち上がった。身体は元に戻り、
ただ場には少年の遺体が足元に転がっているばかりだ。
「お前は──もう用済みだ」
宣言。瞬間、デジタル記号の群れがハウンドの全身を包み、彼を新たな姿に変身させた。
夜が冷たく溶けていく。
その姿は、目の前の奪いつくしたこの少年そのものになっていたのだった。




