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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-3.Girls/少年・佐原睦月
20/526

3-(4) 少しずつ、壊れる

(……こいつは、また派手にやらかしたな)

 飛鳥崎西の繁華街。その裏路地の一角に惨劇の跡が残されていた。

 辺りに激しく飛び散った大量の血痕、八つ裂きにされた何人もの死体。順次袋に包まれ運

び出されていく彼らを見送りながら、筧はただ眉を顰めて佇むしかなかった。

「はぁ、はぁ……。ひょうさんは平気なんですか? 流石ですね……」

「平気なもんか。惨殺こんなのに慣れちまうなんざ、人として壊れてるよ」

 路地裏では今も、他の刑事達や鑑識らにより現場検証が進められている。

 久しぶりに凄惨な死体を目の当たりにし、一しきり吐いて来た後輩・由良が気持ちげっそ

りした顔で戻って来た。

 返す視線はぶっきらぼう。だがそれは何時もの事で、言葉以上に彼には今、嘔気とは別の

感情に支配されようとしている。

 義憤だ。こんな惨い殺しをしたのに今も何処かでのうのうとしている犯人への、怒りだ。

「そうですね……。あ、それでさっき軽く近隣住人に訊いてみたんですが、どうやら不良達

が喧嘩をしてたみたいですね」

 えっと。そう由良が、彼の変化に気付いたかのように手帳メモを取り出すと言った。

 ただ凄惨な現場にダメージを受けただけ、タダでは転ばず自分なりに稼いできたらしい。

それを見て筧も、直属の後輩も成長したなと思う反面、今の今まで熱くなってしまっていた

自分を密かに反省する。

「喧嘩──抗争の末にヒートアップして、か」

「おそらくは。仏さん達の身なりもそんな感じでしたし、多分捜査本部も似たような見解に

なると思いますよ」

「……」

 だが筧はふいっと口を噤んでいた。眉根を寄せてもう一度血塗れの現場を見ている。

 兵さん……? 由良は怪訝に呼び掛けていたが、一歩二歩、彼は暫く辺りを確かめるよう

に歩き回る。

「妙だ」

「えっ?」

「確かに喧嘩の弾み──計画的な犯行じゃないだろう。怨恨ならもっと標的と血痕が絞られ

ている筈だし、もっと人目のつき難い奥まった場所を選んだ筈だ」

 由良が目を瞬く。彼の、刑事・筧兵悟ひょうごの眼力が光っている。

 はい……。それだけを言いかけて、由良は次の言葉を継げなかった。凄惨な大量殺人。彼

はそこにまだ何かを見出しているというのか。

「だがそれにしたって辺りが壊れ過ぎだし、血も出過ぎだ。本当にこれは“人の手”による

ものなのか? 重機でも持ち出さねぇと、ここまで滅茶苦茶にはなんねぇだろ」

「そう言われれば……そうですね」

 屈んで大量の血痕を観ている筧。そこへ由良もゆっくりと屈んで倣った。

 筧は思う。長年刑事として生きてきた勘が告げているのだ。

(きな臭ぇな。この前の連続強盗事件にしろ何にしろ、どうにもここ最近の飛鳥崎は不可解

な事件が多過ぎる……)

 そんな時だった。にわかに現場が物々しくなり、周りの刑事や鑑識らが強張る気配が伝わ

ってくる。

 同じ刑事の一団だった。

 だが彼らは皆自信──プライドに満ち溢れており、現場の面々はさも目を付けられないよ

うにと言わんばかりに自分の仕事に集中しようとしている。

「ああ、来てたのか。筧警部補」

「……そりゃあこっちの台詞だよ。お前の出張る幕かい? 白鳥」

 ざわっ。現場が明らかに緊迫していた。由良に至っては筧を止めようにも止められず、嫌

な汗を流して戸惑っている。

 白鳥。そう呼ばれた一団のリーダー格がわざわざ筧のすぐ後ろまで来て声を掛けていた。

 筧も筧で、もう慣れっこなのか、肩越しに彼を見るだけでその態度は暗に刺々しい。

 白鳥涼一郎。筧らが所属する飛鳥崎中央署の警視であり、彼より一回り以上も若いが階級

はずっと上のキャリア組である。

 皆がそわそわしているのは其処だった。

 選民意識の高いキャリア刑事と、昔気質で叩き上げのノンキャリ。この二人の馬が合う筈

がない。今回も同様、二人は顔を合わせる度にこうして険悪な空気を振り撒いていた。

「既にメディアがこの事件を報道し始めている。捜査員の増員が決まったんだ。あまり悠長

にしている暇はないぞ? 速やかに星を挙げるんだ」

「……言われなくてもそのつもりだよ」

 組織上、目上。だがそんな事に構わない筧の態度もまた、白鳥にとっては慣れっこのよう

だった。ふんと小さく哂い、部下達を引き連れて再び踵を返す。

「……全く、迷惑ばかり掛けてくれる。どうせ不良クズ同士潰し合うなら、もっと隅っこでやっ

て貰いたいものだよ」

「っ、お前!」

「止めとけ。由良」

 間違いなく挑発だった。そんな呟きにカッとなった後輩を、筧ははしっと肩を取って制止

する。

「憎むべきは犯された罪だ。闘う相手を間違えるな」

『……』

 あのキャリア刑事には“悪は根絶やしにせねばならない”という信条がある。今漏らした

言葉も、彼にとっては真実なのだろう。

 由良を押さえ、筧は言った。憤るのは分かる。だが同時に、おそらくあの手の人間と自分

達は分かり合う事は出来ないのだろうとも思うのだ。

 振り返る事もせず、白鳥は取り巻き達から事件の状況報告を受けつつ現場の奥へと消えて

いった。再び場が凄惨な跡ながらも落ち着いた空気に戻る。同僚達が方々で少なからず恨み

がましく視線を向けてきていた。

 何で毎度毎度、あんたは事を荒立てるかねぇ──?

 知るか。俺はただあいつが気に食わねぇんだよ──。

「……聞き込み、行くか」

「は、はい」

 逃げる訳じゃない。咎を認める訳じゃない。

 立ち去った白鳥達や、距離を置く同僚達を視界の端に捉えつつ、筧は言う。


「うわあ……凄い人ごみ」

「ネット上でも既に出回り始めていましたからね。予想は出来た事ですが……」

 時を前後して。睦月と國子、リアナイザ隊数名は同じ現場へと来ていた。

 しかし既に事件は大事になっているらしく、辺りには非常線が張られ、その周りに集るよ

うに野次馬達が集まっていた。

「でもこれだと、肝心の調査ができないんじゃ?」

「そうですね。ですが私達はもう目星がついているんです。必ずしも現場むこうに踏み入れなけれ

ばならない訳ではありませんよ」


 職員に呼ばれてモニターの前に集まった睦月達が見たのは、路地裏の一角を映したその中

で行われた惨殺の一部始終だった。

 辺りが返り血で瞬く間に赤く──映像の解像度からして赤黒く染まっていく現場。次々と

いかにも風体の悪い不良達が逃げ惑っては鋭い鉤爪で切り裂かれ、鎖で絡み取られては串刺

しにされていく。

『酷い……』

 うっぷ。睦月は思わず喉奥から迫る不快感で口に手を当て、俯いていた。その間も凶行は

続き、リアナイザを握った少年が得意げに笑いながら、不良達を惨殺していく人狼のような

怪物──アウターの後をついて行き、画面の外へと消えていく。

『司令。これは』

『ああ、間違いないな。姿形からして“猟犬ハウンド”のアウターといった所か』

 凄惨な様子にそっと目を逸らし、皆人が言った。

 苦々しい面持ち。次に彼が何を言おうとしているか予想がついているだけに、睦月ら場の

面々の表情もまた硬い。

『……出動だ。今回は召喚主自身が力に溺れている。一刻も早く片付けないと、また犠牲者

が出るぞ。男の詳細は追って伝える。現場周辺で聞き込みを始めていてくれ』


「行きましょう」

 事前にそう皆人に言われ、自分達も監視カメラの映像から犯人を一度見ていた事もある。

 睦月達は野次馬の中を無理に掻い潜ってゆく事はせず、繁華街の裏路地周辺で情報を集め

ることにしたのだった。

 アウターの力に溺れた者の暴走。おそらくは計画的な犯行ではない。

 まだ事件から半日と経っていない。目撃証言や、あの男を知っている人物がきっと何処か

にいる筈だ。


(何だろう? あの人ごみ……)

 だが一方で二人は知らなかった。ちょうどその頃、現場近くを偶々海沙が通り掛かってい

た事を。

 道向かいの歩道。彼女はプリンタ用のインクを買いに電気街へと向かっていた。その途中

でこの事件現場が作る野次馬の群れを見、何事だろうと遠巻きに目を瞬いている。

(イベントじゃ……ないよね)

 しかし海沙は、わざわざ向こう側へ行く事はしなかった。

 元より今日はひっそり秘密のお出掛けだ。友人や幼馴染達も知らない、自分一人の趣味の

為に今日は出向いていたのだから。

「……?」

 だが気付いてしまったのである。てくてくと歩いて行こうとするその途中、何気なく再び

野次馬達の方へと遣った視線の中に、そこから一緒になって出て行く睦月と國子、二人の姿

を見つけてしまったのである。

(むー君と……陰山さん……?)

 ぐらり。両の瞳が静かに揺れる。

 刹那彼女は、セカイの全てが凍て付くかのような心地に見舞われた。

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