25-(5) 追及
時を前後して。
その日のホームルームが終わった後、クラスの面々はそれぞれに教室を出て行ったり、残
って雑談に花を咲かせたりしていた。
(あっ……)
勿論そんなクラスメート達の中には、睦月の姿もあった。
鞄を手に、皆人と一緒に帰って行こうとする。その後ろ姿を見つけて海沙は思わず後を追
おうとした。引き止めようとした。
「どうかしましたか?」
だがそんな二人の間に割り込むように現れたのは、國子だった。いつものように淡々と、
クールでスマートだが、実はそこまで冷徹ではないと知った新しい友達。
えっと……。こちらには気付いていないのか、遠ざかってゆく睦月と皆人。海沙は妨害に
遭って慌てたが、一方で何となく解っていた。
仕方がない。予定ではむー君にと思っていたけど、この際彼女でも……。
「陰山さん。お話があります」
言って、彼女を連れて行った先は、現在は使われていない空き教室だった。外の、眼下の
グラウンドでは幾つかの運動部がウォームアップで走り込みを始めているし、遠くからは吹
奏楽部の音色が聞こえている。
「お願いです。正直に話して。むー君は、一体何をやっているの? どうして三条君のお家
から?」
二人っきりになって、海沙は意を決して問うた。室外の音がとても遠く、別世界の出来事
のように感じられる。暫く彼女をじっと見つめて、國子は黙っていた。ついっと気持ち顎を
上げたかと思うと、今まで繰り返してきた答えが返ってくる。
「……パンドラ・コンシェルの運用テストですが」
「本当に? 確かに、パンドラちゃんは現実にいる子だよ? 最初はコンシェルだって信じ
られないくらい普通にお話できてびっくりしたけど、おばさまが作ったnならあり得なくは
ないって今では思ってる。……でもね? それでもそもそもおかしい事が多過ぎるんだよ」
ふるふる。海沙は首を横に振って言った。そうじゃない。訊きたいのはそんな上っ面だけ
の事情じゃない。
「ソラちゃんを襲った誰かもそう。私を付け狙っていたっていう八代君もどうやって私達に
気付かれずにそんなことができたのか。身の回りだけじゃない。この街は、変だよ。不思議
な事件が多過ぎる。……ねえ、陰山さん。正直に答えて? 私の気のせいかもしれない。で
もこんなことになった一番の最初って、むー君が第七研究所の事故に巻き込まれた時じゃな
いかな? あの時も大事を取って入院して、その後も何度か同じように……。第七研究所は
おばさまの勤めていた場所。そしてあそこを含めて系列のトップに立っているのは三条電機
──三条君と陰山さん、貴女達のお家。これって本当に偶然なのかな?」
「……」
國子は微動だにせず向かい合って立ち、その言葉を聞いていた。いつものようで、やはり
醸し出す雰囲気は違う。とても厳しくて──哀しい表情。
海沙は一度大きく深呼吸した。ぎゅっと唇を結んで、思わず目に涙すら溜まる。
「お願い、本当のことを話して!」
たとえ隠し続けている理由が、自分達を想ってのことであったとしても。
「──ねえ、大江っち」
時を同じくして、宙は電脳研の部室にいた。いつものようにパソコンを開いてゲームをし
たり、ネットサーフィンをしている。彼女が口を開いたのは、他の部員達がトイレや通話で
席を立った、ちょうど彼女と仁が二人っきりになった瞬間のことだった。
「な、何さ?」
ビクン。内心仁は身を強張らせて顔を上げていた。何となく予想出来たからだ。開口一番
聞こえてきた彼女の声色が、明らかにいつもの飄々としたそれとは違ったものだったから。
「いやね? あんた達、何かあたしや海沙に隠し事してるんじゃないかってさ」
ビクン。ついっとそう流し目を遣られた時、仁は全身から冷や汗が湧き出す思いだった。
やはりか……。昼休みの時もそうだったが、やはり仕掛けてきた。自分達を疑っているの
はもう間違いない。
「な、何を藪から棒に……。そういうの良くないぜ? ダチだろう?」
「だからこそ、よ。この際はっきりしておきたくてね。そもそもあんたや旧電脳研の面子が
あたし達とつるむようになったのって、海沙のストーカーの一件からじゃない? でも結局
犯人の八代は、実際どうやって海沙やあたし達に気付かれずにストーキングをしてたのか?
その肝心の所は判らずじまいなのよねえ。当の海沙があまり責めたくないって言うから最初
は引っ込めてたけどさ……。あたしが襲われた時もそうだし、何だかここ暫く身の回りでも
不可解な事件が増えてる気がするのよ。まるで、飛鳥崎の怪人伝説がじわじわと広がってる
みたいな……」
つぅ。冷や汗か脂汗か、もう細かい所まで気にする余裕すらなかった。
仁は内心焦りに焦っていた。それとなく話を逸らそうとしても、宙はがしりと受け止めて
再び俎上に乗せる。ネットのニューストピックをカチカチ表示させては戻しながら、彼女は
続いて“爆弾”を投下したのだ。
「……実はね。とある筋から、以前の爆弾魔の時、睦月が首を突っ込んでたっていう話を聞
いたのよ」
「ッ!? ……?!」
「まぁ結局らしいってだけで、詳しい情報まではなかったんだけどね。でも、何だかそれか
らずっと引っ掛かっててさあ……。ねぇ、大江っち。リアナイザって本当にVRで遊ぶ為だ
けの装置なのかな? 昼も皆っちが言ってたけどさ、この街は他にはない色んな技術が出て
来るじゃん? もしかしなくてもここ何年かの怪人騒ぎってのも、実はコンシェルをでっか
く映してみせたものとかじゃないかなーって」
「……推測だろ? 第一、そんな事して何になるんだよ?」
「寧ろあたしが聞きたいわよ。何かの実験なのかもしれないけど、笑って気楽に暮らせる環
境すら邪魔されちゃあねえ……。でもこの街に何があるのは事実よ。で、睦月はそんな街に
パンドラを連れてうろうろしてる。皆っちの会社から頼まれてる。これって本当に偶然なの
かなあ? あんたもあいつの友達なら、何か知ってるんじゃない?」
「……」
最早平静を装うことすら難しくなっていた。再三と寄越される流し目。仁はもう強張った
表情のまま、ただ口を割らぬよう割らぬようにと自身を抑えるので精一杯だった。
嗚呼、やっぱりやべぇよ。三条。
一体何処から漏れた? 何で佐原の名前がそこで出てくる?
「ま、いいけどねえ。じゃあ質問を変えるけど、この前の創部パーティーの後、何処に行っ
てた? あたしや海沙が寝落ちしたのをいい事に、勝手にお開きにしちゃってさあ……。ま
さか例の万世通りの怪物を見に行ってたとかじゃないでしょうね? ネット民の目は誤魔化
せても、あたしの目は誤魔化せないよ」
強張った表情のまま。まるで縛り付けられたかのような仁。
だが一方で当の宙は、詰問を始めた途中からズキズキと自身を襲う頭痛に耐えていた。
嗚呼、またこれだ。あたしが何か思い出そうとする度に疼いてくる。それも決まって睦月
や都市伝説絡みのことを引っ張り出そうとする時に限って。
自分は、学園に入り込んできた不審者と睦月達のサボりがあった日から。
海沙は、例のストーカー事件の後から。
互いに同じ原因不明の頭痛が起こるようになった。それが判ってから、これが単なる偶然
じゃないとの確信が強くなった。何かがおかしい。何かが起こってる。この街で、自分達の
大切な人達の間で、常識じゃ計り知れない何かが。
「……偶然じゃない。だとしたら出来過ぎてる。あたしはいい。でもね、海沙だけは特別な
んだよ。あたしはよくても、これ以上あの子を悲しませるなッ!!」
「っ──」
最初はあくまでじわじわと、自分なりに理路整然として追い詰めて。
だけど駄目だった。どんどん感情が勝っていって、同じようにそれ以上に、苦しんでいる
筈の親友の顔が頭に浮かんできて。
許せなかった。睦月も、皆人も、國子も。何よりあいつのファンを公言していたお前らが
それに加担しているなんてどういう事だよ? 自分がストーカーに遭っても抑えて、心配を
してくれたあの子への裏切りじゃないのか。何で隠し続けていられるんだ……?
宙が遂に叫ぶ。仁がその怒りの源泉をも見た気がして、言葉を失う。
そうだ。俺達は海沙さんを騙している。それも全て、彼女の為だと思って。
打ちひしがれる仁。
ギリッと怒りと、強まる頭痛に歯を食い縛る宙は──。
「うっ?!」
そんな、次の瞬間である。彼女は突然糸が切れたように倒れ込んだ。白目を剥いて気を失
ってしまったのだ。
仁は慌てる。思わず立ち上がり、彼女の下へと駆け寄ってゆく。何事かと思った。だが今
この場、この状況で“助かった”と思ったのは事実だ。それはつまり──。
「……」
國子だった。
片手にデバイスを──司令室から権限の一部を委譲されたビートル・コンシェルの制御プロ
グラムを起動し、席を外していた残りのメンバー達と共に戻って来た國子の姿が。




