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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-3.Girls/少年・佐原睦月
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3-(3) 戦うということ

 そして放課後。睦月は司令室コンソール──飛鳥崎地下深くの越境種アウター対策チームの基地に足を伸ばし

ていた。

 壁いっぱいに備え付けられているのは幾つもの液晶パネル。

 そこには監視カメラが捉える街の各地の様子が、常時リアルタイムで届けられている。

『……Zzz』

 パンドラはそんな室内の一角で、自身が収まるデバイスに配線を繋がれたままうとうとと

舟を漕いでいた。その周りでは香月以下、研究部門の面々が神妙な面持ちで、PC上から出

力される膨大なデータ──新たにインストールされてゆくサポートコンシェル達を見守って

いる。

「ねぇ母さん。これなら別に家のPCに送ってくれてもよかったんじゃ……?」

「セキュリティ上の、用心の為よ。確かに手間は省かれるかもしれないけど、貴方も知って

の通りこの子達は基本的に外部に漏れるべきではないのよ。技術者の私達が言ってしまうの

は皮肉なんだけど、最強のセキュリティっていうのは結局物理的にクローズドである事なの

よね」

 だからこそ直に入れ込んでいる。時折無数の文字列を見、キーボードを叩きながら、香月

はそう苦笑いを漏らしながら言った。

 今日この日睦月が司令室コンソールに呼ばれたのは他でもない、サポートコンシェルの増設作業で

ある。母ら曰く、これからも調整の済んだコンシェル達は順次睦月のデバイスにインストール

していくのだそうだ。

 尤も元より、睦月もあれからほぼ毎日此処へ通うようになっている。いつアウターが現れ

るか分からない。それに戦力が増強されるのなら願ってもない事だ。

「……」

 故に暫く、睦月はインストール作業が終わるまでぼうっと暇を持て余していた。

 椅子に座った足をゆっくりぶらぶらさせ、その間もリアルタイムに街の様子を映し続ける

モニター群を眺める。放課後という事もあり、その映像の中にはちらほらと学園の制服を着

た少年少女や他校の生徒らしき姿もある。自分がよく行く場所も映っている。

 ……改めてではあるが、こうして“大義”の為に個が密かに詳らかにされているというの

は、何というか申し訳なく感じる。後ろめたく感じる。

「ねぇ、皆人」

「うん?」

「僕達のこと、海沙や宙にバレてないかな?」

「……親父達が行政や警察、マスコミなどに根回しはしている。前にも言ったが、アウター

の存在が表沙汰になれば不利益を被る者は多い。IT立国としての発展にブレーキが掛かる

からな。政府としてもそれは嫌う筈だ」

 暫く黙して、しかし不安になって、睦月は職員らと共に制御卓の前に立つ皆人の背中にそ

う呼び掛けていた。肩越しに親友がこちらを見てくる。数拍を置いて返って来たのは、そん

な迂遠で淡々とした返事だった。

「俺だってあいつらを巻き込みたくはないさ。お前のそれには及ばないかもしれないが、俺

もあいつらは大切な友人だと思っている」

「皆人……」

 そんな時だった。ウゥンと小さく機材の音が鳴り、インストール作業が終了した。

 ぱちりと、デバイスの中のパンドラが半ば寝惚け眼のまま目を覚ました。香月達が彼女に

笑みを向けて「お疲れさま」と言葉を掛けている。繋げられていた配線が外される。

『ふぁ……。? マスター、司令と何を?』

「……ちょっと、ね」

「ふふ。じゃあ睦月、準備して。始めましょう。大切な子達なら……守ってあげなきゃね」

 ぽんぽんと。香月が言ってデバイスを渡してきた。受け取りつつ、睦月も母の言葉にちょ

っと照れ臭くなる。

「うん……。では陰山さん、お願いします」

「はい」

 EXリアナイザを取り出し、セットする。

 そしてそんな彼に応えるように、自身の調律リアナイザを手にした國子が動き出した。


「変身!」

『OPERATE THE PANDORA』

 司令室コンソールの隣、深く掘り下げられただだっ広い空間にて二人は対峙する。

 元々は地下貯水槽として造られたそうだ。それを対策チームの旗揚げに併せて特殊な加工

を施し、コンシェル同士の戦いでも壊れ、漏れぬような空間に──訓練用スペースに改装し

たらしい。

 模擬戦とはいえ、当初は國子と戦う事に睦月は戸惑ったが、それもサポートコンシェル達

の動作テストを兼ねていると聞かされれば拒む訳にはいかない。引き金をひいて変身し、頭

上に掲げた銃口から飛び出した白球が彼にパワードスーツの姿を与える。

「……来い。朧丸」

 國子も調律リアナイザの引き金をひき、自身のコンシェル──般若面の侍・朧丸を呼び出

した。そんな様子を、頭上のガラス張りな窓から眺めている皆人達が確認し、言う。

『よし。では始めてくれ』

 シュート。早速EXリアナイザを射撃モードに切り替え、睦月は朧丸に向かって銃撃を放

った。しかし数発の全弾、初撃を全て、朧丸は落ち着いた素早い剣捌きでことごとく叩き落

としてしまう。

「……っ、スラッシュ!」

『WEAPON CHANGE』

 ぐんと地面を蹴って朧丸が迫る。睦月は咄嗟に今度は剣撃モードに切り替え、これと切り

結んだ。

 激しく火花が散る。本来常人では追いつくのも難しい剣戟。

 だからか同じ剣戟でこそあれ、傍目からは明らかに睦月が翻弄されている様子があった。

振り下ろす彼の一撃一撃を、朧丸は的確に受け止め、いなし、その隙を突こうとする。

「正直言いまして、睦月さんは戦いに関して素人です」

 召喚主くにこはそう厳として告げていた。引き金を握ったままの調律リアナイザを片手に続ける。

「がむしゃらではいけません。力をぶつけるのではなく、いなすのです」

 言ってくれる……。何度も鋭い反撃を受けてふらつく睦月は、中々そんなアドバイス通り

には動けなかった。

 装甲をまた斬られる。火花が散る。皆人の話では自分が装着者になる以前、彼女達リアナ

イザ隊はここで日夜戦闘訓練を積んでいたのだそうだ。

 元々彼女は、皆人の付き人──ボディガードだ。そもそもに地の能力には天と地の如き差

がある。

「無茶を……言わないでください」

『ARMS』

 ふらふら。白兵戦では敵わないと思った。睦月はリアナイザのボタンを押し、早速更新さ

れたコンシェルを使ってみる事にする。

『LAUNCHER THE BEE』

『FREEZE THE DOG』

 左腕に円筒形の射出装置が装着された。更に手には青白い小銃が握られる。

 國子が静かに目を細めた。そして次の瞬間、睦月がこれらを一気に解き放つ。

 多数の蜂型ミサイルだった。

 飛び掛る犬を模した、追尾する冷気弾だった。

 それらが大挙して朧丸へと向かってくる。ほぼ正面全方位からの捕捉を受ける。

「……」

 だが國子は落ち着いていた。刹那、フッと静かに瞼を閉じると、朧丸の瞳がにわかに赤く

光を増した。するとどうだろう。朧丸はこれらが着弾する寸前に姿を──その透明化能力で

姿を消し、標的を見失ったこの蜂型ミサイルと冷気弾をその場で爆発させたのだった。

「なっ──!?」

 それに驚いたのは睦月である。機転というのか。撃ち落すのではなく、こちらの打った手

誘導性きもを逆手に取ってきたのだから。

『──』

 しかしその数秒が致命的だった。朧丸の姿を見失った睦月が辺りを必死に見渡す中、当の

本人はぼうっと密かに彼の背後から迫っていたのである。

「ぎゃはっ?!」

 一閃。再び激しい火花を散らして睦月は吹き飛ばされた。ゴロゴロとコンクリ敷きの地面

を転がる。ゆっくりと握った太刀を下段に添え、朧丸は再び目を瞑ったままの國子を守るよ

うにしてその前に立つ。

「うぅ……」

 勝てる気がしない。睦月は思った。

 だが多分、これでも手加減はしてくれているのだろう。サポートコンシェル達のテストで

あると同時に、これはアウター達との戦いに備えた訓練でもある筈なのだ。

「……っ!」

『ARMS』

『EDGE THE LIZARD』

 倒れ込んだ身体を起こしながら、睦月は更に武装を呼び出していた。中空にデジタル状の

モザイクが起こり、ストンと彼の手の中に一本の曲刀シミターが収まる。

「うおぉぉぉーッ!!」

 リアナイザの剣と併せて二刀流。睦月は朧丸に向かって突進していく。

 ジャキリ。目を瞑ったままの國子の前より進み出て、この般若武者は正眼に構え直した太

刀で以ってこれを迎え撃つ。


「……ぜぇ、ぜぇ」

 結果、睦月の惨敗。

 とうとう根負けして、睦月は國子の足元に仰向けになって転がっていた。変身は解かれ、

ただ荒く息を整えながらその右手の中にEXリアナイザが乗っかっている。

「自棄になるには早いですよ。少なくとも今の睦月さんは、そういうスタイルでは無いと思

います」

 一方で國子は呼吸一つ乱さず冷静だ。実際に戦ったのが朧丸だからというのもあるが、そ

う足元に転がる睦月を見つめ、リアナイザを切ってこのコンシェルの召喚を解除しながら静

かにアドバイスを寄越す。

「本当、陰山さんは強いですよね……。というか、こんなに強いなら僕って別に要らないん

じゃ……?」

「そんな事はありませんよ。以前初陣の際にもお話しましたが、私達リアナイザ隊には致命

的な弱点がありますので」

 半分は解っている。だけどつい言いたくなるそんな言葉に、國子はやはり冷静だった。

 弱点。それは。

「確かに私達はアウターに対する攻撃能力を持ちます。ですがそれはあくまでコンシェル達

であって、私達ではない。召喚主である人間が狙われれば、途端にこちらが圧倒的に不利に

なります」

「……人間は、越境種アウターには触れられない」

「はい。だからこそ佐原博士ら研究チームは、コンシェルを着るという発想に至りました。

狙われる人間をなくし、且つ戦闘能力を向上させる──突拍子もない発想ですが、事実こう

して睦月さんという適合者が現れた」

 だからこそ、貴方には強くなって貰いたい。控え目に國子は言った。

 睦月は黙り込む。息がまだ荒い。気持ちも理屈も分かるが……果たしてどれだけ自分はそ

の期待に応えられるのだろう?

 司令室コンソールから降り、香月らや皆人がこちらに歩いて来ていた。

 母の手にはタオルや水の入ったペットボトル。或いは白衣の面々は実戦データを取る為の

ノートPCを。睦月はのそりと起き上がり、母らを迎えて暫しの休息を取る。

「……陰山さん」

「はい」

「どうすれば、強くなれるんでしょうか?」

 そして水で喉を潤し、じっとペットボトルに視線を落としたままの彼に問われる。

 國子はすぐには答えなかった。じっとそんな横顔を見下ろし、ちらと様子を窺っている皆

人らを確認するようにしてから答える。

「……迷わないこと、でしょうか」

「迷わない……?」

「Aを守る為にBと戦うという事は、Bと敵対するだけでなく、Bにとって大切なCを損わ

せる事でもあります。その事実に対して臆さないこと。戦いに身を投じる以上、そこで彼ら

の存在に躊躇えば結果的にAすら失う事になる」

 睦月の瞳が揺れた。國子の眼はじっと黒く深く不動のように見えた。

「少なくともアウター達は、自分の欲求に忠実でしょうね」

「……」

 だが睦月は迷っていた。思い出していた。

 スラカベ・アウターと戦った時の事、その決着をみた最期しゅんかんのこと。


『い……嫌、だ。まだ、死に、たく──』


 ヒビ割れて爆ぜる怪人の身体。

 あの時、確かに彼はそんな言葉みれんを口にしていた……。

「──司令、睦月さん!」

 ちょうどそんな時だった。この訓練スペースに繋がる階段から司令室コンソールの職員が一人降りて

来て、慌て興奮したように告げたのである。

「大変です、事件です! アウターが出ました!」

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