24-(3) 誰かじゃない
「な、内通者ぁ!?」
「しーッ! 声がデカい!」
時を前後して、飛鳥崎中央署刑事一課。
その給湯室の隅で、由良は思わず叫んでいた。その口を慌てて筧が押さえている。
当然、人気のない場所まで連れて来られてそんな事を言われたのだから、驚くなという方
が無理だった。
もごもご。口を塞がれて何度も小刻みに頷く由良。筧は部屋と廊下の向こうにある一課の
オフィスにいる他の刑事達が、この叫びを聞いていないらしいと耳を澄ませて確認すると、
ほっと胸を撫で下ろして続けた。その声色はやはりというべきか、多少なりとも声量を落と
してある。
「……そうとでも仮定しないと、辻褄が合わないんだよ。どうも上はこの前の怪物騒ぎを揉
み消そうとしてる。テロには違いねぇが、あくまで犯人は“人間”だと決めてかかってごり
押してるからな。今回だけじゃねえ、これまでの不可解な事件全般だ。どうやら巷で噂され
てる怪物やら、守護騎士は、よほど都合が悪いらしい」
「警察内に仲間を潜り込ませてるって事ですか? じゃあ守護騎士は」
「十中八九、そういう組織がある。いち個人が演じるにはヤマがデカ過ぎるんだよ。そうで
もなきゃここまで隠し続けるなんて無理だ。ただ都合のいいだけの“正義の味方”とするに
は楽観的過ぎる」
コンロ傍の壁にとすんと背を預け、腕を組みながら筧は言った。そんな並べられる推測に
由良はじっと口元に手を当てながら考え込んでいる。
「でも、警察の秘密兵器説……なんてのもありますよね?」
「らしいな。だが多分違う。もし本当に奴が身内──上が奴を囲ってるなら、もっと被害を
出さないように立ち回れる筈だ。存在を秘匿するにしても、その為に市民からの突き上げが
確実な犠牲をホイホイ許すとは思えん」
「……つまり兵さんはこう言いたいんですか? こちらにパイプを持つ外部勢力が怪物と対
峙している、と……」
ちらっと筧の方を見る。視線を返すこの先輩にして師匠は、言葉にこそ出さずとも小さく
頷いて肯定していた。ついこの前までなら、おとぎ話に過ぎると一笑に付していただろう仮
説である。
「俺自身、どうかしてると思うよ。だが玄武台の一件であんなものを見せられちまったらなあ」
「……ええ」
「何処のどいつかは分からん。だが、これまで俺達が何度も助けられたのは事実なんだ」
守護騎士。それは二人にとってはもう、わざわざ言葉に出さずとも伝わる主語だった。
だがそんな筧に対して、由良は内心彼については否定的だった。信用する訳にはいかなか
った。なまじメディカルセンターの奥で、あんな光景を見てしまった後となっては。
「……化け物に対抗できるのは、同じぐらい化け物な奴かもしれませんよ」
ぽつり。たっぷりと間を置いて由良が絞り出した言葉に、筧が少々怪訝な眼をして眉を顰
めながらこちらを見ていた。……どうにもばつが悪い。由良も由良でハの字に眉間に皺を寄
せてそっと顔を上げ、この尊敬する先輩を見る。
「正直、自分は怖いです。本当に彼は味方なんでしょうか? 今はまだそうでも、いつこち
らに牙を向けてくるかなんて分からない」
「……かもしれないな。だがよ、由良。“誰が”助けるかってのは、そんなに重要か?」
だからこそ、ハッと身に詰まされる言葉だったのだ。まるで導くかのように切り出す筧の
言葉に、由良は静かに目を見開いてこれを見つめていたのだった。
「警察だってそうさ。こういう言い方をするのはアレだが、権力を持ってるヤクザみてぇな
モンだろ? まぁ、基本法を守る側と破る側であって、水と油ではあるんだがな……。それ
でも暴力の本質ってのはそこなんじゃねぇのか? 振るう理由次第で賞賛もされるし、忌み
嫌われたりもする。大事なのは如何に人を守るかってことだ。誰が、じゃねえ。もし寄り添
う者がいなければ、その代わりになる……。刑事ってのは、そういう仕事だと俺は思う」
「……」
流石に臭いかな。筧は腕組みをしたままごち、そう照れ臭そうに苦笑っていた。
いえ。由良は小さく応える。やはり貴方は素晴らしい刑事だ。
「そりゃあ奴の正体は知りたいさ。仕事としても、個人的にも。だがもしお前の言うように
奴が俺達の敵に回るなら……その時はその時さ。そもそも俺達はずっと、あいつなしでこの
街の悪と戦ってきたんだからよ」
「……はい」
これで呑み込んだだろう。そう判断したのか、筧はそっと壁から背を離していた。身体を
起こして由良の前に出、沸かしたヤカンから湯を注いで茶を淹れる。
ずぞぞ……。束の間の一服だった。今し方話した内通者説も、そんな間延びの中に一旦隠
し直したかのようだった。
「とりあえず、こっちに戻って来てる内にそれだけは言っておきたかった。お前も言ってた
通り、このヤマは普通のやり方じゃ掴み切れねえ。俺は過去の不可解事件を洗う。以前手帳
が何者かにごっそり破り取られまでしたんだ。連中はよほど真相に近付いて欲しくないらし
いな。一旦家に帰って、予備でワープロに起こした分のUSBを引っ張り出してくる。まぁ
普段からそう頻繁にバックアップを取ってた訳じゃないし、全部が全部復旧できるとまでは
思っちゃいねぇが」
「……そう、ですか」
「お前も、気になったヤマがあれば貪欲に吸収しとけ。何処に接点があるか分からんぞ?
ヤバさで言えば……やっぱり瀬古勇の件だろうな」
そうして直近の予定を言い残し、筧は給湯室を去って行った。背中を向けたまま軽く手を
振って後輩の健闘を祈り、再び捜査の波に飛び込んでいく。
「……」
由良は独り立ち続けていた。静かに湯気を立てるヤカンを視界の端に、ぼうっと心ここに
あらずといった様子で考え事をしている。
内心、その思いは複雑だった。まだ彼には近付いて欲しくなかった。
その理由は先日──筧と離れて単独捜査に臨んでいた、数日前に遡る。




