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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-20.Lovers/色欲(あい)という不可解
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20-(6) 共闘

 そもそもの発端は、隔離棟外の駐車場にて初めて相対した時から始まった。

 騒ぎを聞きつけて近付いて来る人々の気配。そこから逃れるべく自分ごと睦月達を屋上へ

とワープさせた黒斗──羊頭のアウターは、直後ゆっくりと振り向き口を開いたのだった。

「……お前、あの粉を浴びても効いていなかったな」

「? え、ええ。効いていないというか、踏ん張ったというか……」

「丁度いい。その力で、あいつを倒せ。守護騎士ヴァンガードは悪事を働く同胞達を討ち取って回ってい

るのだろう?」

 だからこそ、睦月達は驚いた。正体がバレていた事は勿論、打診されたのは他ならぬ共闘

の申し出であったのだから。

「お前達はあいつを討伐できる。私はお嬢様の安全を確保できる。お互い、損な話ではない

と思うが」

「うっ。でも……」

『俺は反対だ。よりにもよってアウターと手を組むなど。そいつも、いつ人々に害を加える

か分からん。もう何かしら密かに事件を起こしているかもしれん。あのアウターに狙われた

理由くらいは聞き出してもいいが、深入りはするな』

 戸惑う睦月。インカム越しから苛立つ声の皆人も、態度としては同じ側だった。

 そっと耳元に手を当てている守護騎士ヴァンガード姿の睦月。それを横目に見、まだ警戒を怠らない冴

島とジークフリート。

 黒斗は、そんな二人をじっと見ていた。不安げに淡雪が両者を見比べている間、時折杖先

の鈴や黒のローブが風に煽られてはためく。

 渋ることは当然、織り込み済みだったようだ。返事を出さない睦月達に、カシンと杖を軽

く持ち上げながら言う。

「強制はしないがな。ならば引き続きこの場で、お前達の口を封じるのみだ」

「……っ!」

 彼の圧倒的な、未知数の戦闘能力は先刻まざまざと見せつけられた。今ここで、他人が集

まり始めているこの敷地内で、着地点の見えない戦いをするのは得策ではない。

「み、皆人」

「皆人君」

『……。仕方ない、か』

 たっぷりと逡巡して、とうとう司令室コンソールの皆人が折れた。目の前の彼に加えて逃がしたあの

ブツブツ顔のアウター、それに以前の刺客の残党も追っている。確実に敵の数を減らすとい

う目的に照らせば、小を捨てて大を選ばざるを得ない。

 睦月と冴島は、ゆっくりと両手を挙げた。それを見て、黒斗も持ち上げた杖を下ろす。

 交渉開始。条件を詰める作業が待っていた。EXリアナイザの設定を弄ってインカムから

の音声をオープンにし、黒斗と皆人、互いのトップが直接話せるようにする。

『とりあえず、あのアウターを共同で潰す、という認識でいいんだな?』

「アウ……? そうか。私達はそう呼ばれているのか。その認識でいい。私の能力と、彼の

耐性。両方が合わされば奴を追い詰めることは容易いだろう。繰り手ハンドラーの女も見知った顔だ。

何かしら口実をつけて呼び出すことぐらいはできる」

 ハンドラー? 彼らは召喚主のことをそう呼んでいるのか。

 睦月達は敢えて口にして話を遮らなかったが、この瞬間にも知り得る情報はある。尤もそ

れは黒斗とて同じではあるが。

 改めて睦月達は、ブツブツ顔のアウターの主・東條瑠璃子について情報提供を受けた。更

に今回の搬送騒ぎも、その特殊な粉を振り撒く能力に起因している筈だという認識で一致を

みる。

『ただ実行するにはもう数日待って欲しい。いざという時の為、件の粉を分析したい。あわ

よくば無効化できる薬が作れるかもしれない』

「そ、そんなことができるんですか!?」

「……随分と大掛かりな組織らしいな。了解した。連絡先を渡しておくから、そちらの準備

が整い次第、連絡してくれ」

 懐から手帳のページを一枚破り、ペンを走らせて黒斗は睦月と冴島に自身の電話番号を手

渡した。ホログラム映像で出てきたパンドラがそれを見て記憶している。

 共闘の要点は三つだ。

 一つ。互いの利益の為、ブツブツ顔のアウターと東條瑠璃子を倒す。

 二つ。周囲への被害を最小限に抑える為、毒粉の治療薬が出来上がるまで待つ。

 三つ。以上を遂行する為、お互いに相手の情報を外部には漏らさない。

 対策チームの存在を秘匿したい睦月達は言わずもがなだ。そして黒斗の側も、あくまで淡

雪の平穏な暮らしを守るというただ一点において、安易な反故は命取りという寸法だ。

『それと……。共闘関係を結ぶ前に、二つお前に訊いておきたいことがある』

「何だ?」

『お前のその能力は何だ? 自分がワープしたかと思えば、他人まで巻き込めるのは』

「……簡単に言うと、領域支配だ。私が作る力場の中において、人や物、大よその現象を私

は自在に操ることができる」

『なるほど……。そういうカラクリか』

「二つ目は?」

『ああ。最も重要なことだ。これまでにお前は、他人を殺した事があるか?』

「……私の使命は、お嬢様を守ることだ。お嬢様に害為す輩を消すのは容易だろう。だが安

易にそれを実行に移せば、この人間社会においてお嬢様は少なからぬリスクを背負うことに

なる。守る為に力を振るったことこそあれ、今後のお嬢様にそのようなリスクを与えるよう

な愚策を取りはしない」

 インカム越しと、EXリアナイザを持つ睦月を睨む両者の眼差し。

 最後に皆人は黒斗にそう訊ねていた。守護騎士ヴァンガードの正体を知られたままにする以上、相手の

力ぐらいは知っておかなければ割に合わない。いずれ倒すべき相手か否かの材料くらいは揃

えておきたい。

『……そうか』

 たっぷりと間があった。黒斗の言葉に眼に、偽りがないか見極めようとしていたようだ。

 しかし見抜けたのか、或いは眼光を直視し続けられなかったのか、話を切ったのは皆人の

方だった。淡雪が不安げに唇を結んでいる。その傍らで、人間態に戻った黒斗はそんな彼女

の息遣いにただそっと寄り添っている。


「──ぶっ潰せ、ムスカリ!」

 瑠璃子が叫び、弾かれたようにムスカリ・アウターは動き出した。ざわざわと全身から触

手を這わせ、大きく膨らんだ先端から堅い種の弾丸を飛ばす。

 睦月と黒斗は、これを前進しながら二度三度と叩き落した。片やEXリアナイザを射撃の

モードに切り替え、片や掌に生み出した淡い黒色を床に落とし、ぴしゃんとそれは水面に波

紋を広げるように一瞬で力場のドームを作って睦月達を呑み込んだ。

「私が動きを押さえる。耐性のあるお前が攻撃しろ」

「了解!」

 ぐるんと杖を回し、次弾・触手を伸ばしてこようとするムスカリを黒斗は捉えた。

 次の瞬間、ムスカリは一瞬で黒斗の前にワープさせられ、かわす暇もなく強烈な杖打を浴

びせられる。二転三転、立ち位置を次々と移してその場に嵌め殺し、駄目押しの一発で大き

く外側へ吹き飛ばす。

『ELEMENT』

『FIRE THE LION』

『RAPID THE PECKER』

 そのタイミングを見計らって、今度は睦月が攻撃を加えた。サポートコンシェル達を呼び

出して強化された炎の連弾をもろに喰らい、ムスカリは空中で「アババババ!?」と火花を

散らして仰け反り、どうっと倒れ込む。

「うおおおおーッ!!」

 そして更にホログラム画面を操作しながら、睦月は一気に距離を詰めながら駆けた。

「くっ……! 何をしているの!? 反撃しなさい、反撃を!」

 瑠璃子はそんな状況に苛立ちを隠せないでいた。どうやらこの仄暗いドームが黒斗の能力

であることには気付いたが、自分ではどうにもできない。元より限られた室内だ。できるの

はただじりじりと後退りつつも、自身のアウターに発破を掛けるくらいのものだった。

「グ、ギギ……」

 ムスカリは、また両肩や手足関節からの触手をざわめかせた。ぶわっと青い粉が突進して

くる睦月に向かってぶちまけられる。だが耐性を持ち、事前に治療パッチも付けた睦月には

もう効かない。次いで伸びてくる無数の触手攻撃にも、新たに展開した武装が牙を剥く。

『ARMS』

『CUT THE MANTIS』

 両腕に逆手の刃が装着され、向かってくる触手は次々に真っ二つにされた。

 ムスカリが驚く。右から左、左から右へと繰り返される腕の動き。肉薄してきた睦月から

の連撃に、またムスカリは為す術もなく斬撃を叩き込まれ、激しく身体に火花を散らす。

「む、ムスカリ!」

「……」

 怒涛の攻めだった。仰け反りで戻ってくる暇すら与えず、がむしゃらに前進しながら睦月

は攻撃を加え続ける。

 瑠璃子が悲鳴を上げていた。そんな彼女を一顧だにせず、一方で黒斗はそっと自身の杖を

持ち上げる。後方には避難しながらも、心配そうにこちらを見守る淡雪の姿がある。

「フィニッシュだ! もう一度捉えて落とすから、全力で叩き込め!」

「っ、了解!」

 そう。こいつは自分達の“敵”だ。

 再び黒斗が力場内の物体ムスカリを操作し、一瞬で中空へと移動させた。感覚としては見えない力

に押し出される感じなのだろう。左右上下、あらゆる方向から。一瞬のスパンでムスカリは

高速で中空のあちこちをワープしてゆく。それを見上げ、睦月もマンティスの二刀を一旦収

めて呼吸を整えると、大きく腰を落として身構えた。

「スラッシュ、チャージ!」

『PUT ON THE HOLDER』

 腰のホルダーに武装変更したEXリザナイザを挿し込み、最大限までエネルギーを充填し

てゆく。コォォォとパワードスーツ越しの全身に力が満ちてゆき、高揚感があった。目の前

ではまだ黒斗によってムスカリが中空で弄ばれている。

「──ぬんっ!!」

 刹那のタイミングだった。繰り返し転移させられたムスカリがぼろっと落ち、そして全身

に蓄えたエネルギーも絶頂を迎えたその瞬間、睦月は渾身の一閃を目の前の敵に叩き込んだ

のだった。迸る力を纏った幅広のエネルギー剣。その居合いの如き斬撃が、落下するムスカ

リをジャストミートに捉えて真っ二つにしたのである。

「ガッ……アァァァァーッ!!」

 そしてムスカリは遂に力尽き、瞬く間に全身にひび割れを起こして爆発四散した。

 講堂内に膨れ上がる爆風。「きゃっ!?」その余波に瑠璃子は巻き込まれ、咄嗟に身を守

って掲げた改造リアナイザを破壊され、そのままどうっと倒れ込んで気を失ってしまう。

「東條さん!」

 逸早く、彼女に向かって淡雪が駆け出していた。目の前で繰り広げられた戦いにショック

がなかった筈もなかろうに、あくまでその魂は強い。

 黒斗がドームを消した。羊頭のアウターから執事・牧野黒斗へと戻った。

 睦月も長い残心の後、変身を解除していた。ゆっくりと身体を起こし、深く呼吸を整えて

いる。だがそこにはもう連撃を叩き込んでいる鬼気はなく、寧ろ事を終えたという虚無感す

ら漂う。

「良かった。心臓は動いてる。あ、頭は打っていないかしら?」

「相変わらずお人好しだな。自分を狙った相手にすら気を遣うとは」

「……」

 そう、虚無感。

 仰向けに気絶した瑠璃子の脈を取る淡雪と黒斗の仲睦まじさに、睦月はただどっと疲れた

身体をそこに置き、遠巻きに眺めていることしかできない。

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