2-(7) そして始まる
「おはよ~」
「おはよッス、佐原」
「聞いたぜ? 新学期早々災難だったなあ」
それから週明け。睦月は今まで通り幼馴染二人と一緒にクラスのドアを潜っていた。
それぞれに登校済みのクラスメート達と挨拶を交わす。やはりというべきか入院の話は皆
にも伝わっているようだ。
「ホントそれ。何やってんだかねぇ……」
「そ、ソラちゃん。むー君を責めたって……。ただ巻き込まれただけなんだから」
國子やクラスの女子達と話し始めていた宙と海沙も、そう呆れたり苦笑したりしている。
「……よう。睦月」
「うん、おはよう。皆人」
「お疲れさん」
「……うん」
スカラベの召喚主・金居は結局警察に自首する事にしたそうだ。國子らリアナイザ隊に救
われ説得され、自分の犯してしまった罪を償うと決めたらしい。
尤も銀行強盗自体は、アウターの仕業だ。しかしアパートの部屋には大量の札束が残って
いたし、加えて改造リアナイザを握らされ続けていた後遺症とやらで本人の記憶も大分曖昧
になってしまっているという。
(……やっぱり、いい気分じゃないな……)
一件落着。一先ず対策チームの一員として、事件解決に貢献する事は出来たのだろう。
だが睦月自身、必ずしも晴れやかな心地とは言えなかった。
スカラベの最期、まだまだこの街に隠れているであろう他のアウター。
自ら踏み込んだこの戦いに、正義に、睦月はねばつくような罪悪感を覚えたままだ。
『──スカラベが死んだ?』
『死んだって……。おいおい、その辺の人間がどうこう出来るモンじゃねぇだろ』
何処か遠くの、薄暗い部屋。
『普通ならね。そうか、いよいよ僕達の“敵”が本格的に動き出したか……』
そこに潜む七つの影。
そしてこの面々を代表するように、一人の男がそっとその眼鏡を光らせる。
「はいはい~。ホームルーム始めますよ~」
教室に豊川先生がやって来て、室内に散らばっていたクラスメート達が各々の席に着き始
めた。睦月達もいそいそと、自分の席に戻って朝の一齣を迎える。
間延びした彼女の声が、出席を取り始めた。
いつもの光景だ。この一週間、自分の周りには想像だにしなかった非日常が駆け抜けてい
ったが、こうして見慣れた人々が日々の営みを送っている事がとても微笑ましく思える。
『Zzz……。う~ん、マスタぁ~……』
机の陰に忍ばせていたデバイスを覗く。その画面の中では、うとうとと幸せそうに居眠り
をするパンドラの姿があった。
ふふ。睦月は静かに微笑う。だがそれも束の間、彼は内心でその緩んだ気持ちを独り引き
締め直していた。
きっと戦いはこれからも続く。せめてこの身近で大切な人達は、必ずこの手で守ってみせ
ると誓う。
(……何だか、途方もない事に首を突っ込んじゃった気がするな)
皆人が國子が、そして何も知らない海沙・宙の幼馴染コンビがちらとこちらを見ている。
睦月はその微笑を努めて崩さず、普段の自分であろうとした。
──僕にしか出来ないこと。
もしそんな事があるのなら、それは“自分がここに居ていい”確かな証明になるんじゃな
いかって。
「……」
春先の窓辺を眺めながら、睦月はぼんやりと思う。
戦い。
これでもう、後戻りは出来なくなったのだと。
-Episode END-




