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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-20.Lovers/色欲(あい)という不可解
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20-(1) 無敵のテリトリ

「まさか……」

 三方を病棟の壁に囲まれた敷地奥の駐車場で、三者は期せずして相対する事となった。

 病室を訪れ、淡雪を狙った瑠璃子と葡萄色のブツブツ顔のアウター。彼女の危機を悟って

駆けつけた睦月と冴島、そして彼女の執事・黒斗。

 だが彼の正体は、黒ローブを纏った羊頭のアウターだった。

 面々が、瑠璃子が目を見開いて驚いている。まさか他にも自分と同じ“手下”を従える人

間がいるとは、立ちはだかるとは想定外であったかのように。

 睦月と冴島も、向き合う両者のこのさまを唖然としながら見つめている。思わずめいめい

の手にリアナイザ──EXリアナイザと調律リアナイザを下げたまま、突然の事態にまだ判

断力がついてゆかない。

「まさか、貴方も同じだったとはね。前から怪しいとは思っていたけれど……」

「何故、ダ? オ前、終ワッテイル、ノニ」

「……話す義理はない。口が過ぎるぞ」

 瑠璃子と、そしてこのブツブツ顔のアウターが呟いた。しかし黒斗はちらりと横目で睦月

達の方を──手元のリアナイザを一瞥すると、そうにべもなく切り上げる。

 ゆっくりと、黒斗──羊頭のアウターは歩き出していた。手には鉤型の先に小さな鈴のつ

いた杖を握り締め、持ち上げると同時にチリンと鳴る。

「くっ……!」

 近付かれるのに焦り、瑠璃子がバッと手を振るって合図を出した。それに合わせブツブツ

顔のアウターが両肩と手足の球体部分から無数の触手を放つが、何故かこれらは全て黒斗を

避けるようにして大きく逸れていってしまう。

「ちょっと、何外してるのよ! ちゃんと狙いなさい!」

「チ、違ウ。俺ジャ、ナイ。軌道ガ、勝手ニ……」

 焦る瑠璃子。しかし一番驚いていたのは攻撃を放ったブツブツ顔のアウター自身だ。

 されどそんな彼女達のやり取りを、その隙を黒斗は逃さなかった。刹那ぐんと踏み込みを

つけた突きが伸び、ブツブツ顔のアウターの胴にめり込む。一見地味だが強力な一撃は、彼

を大きく吹き飛ばしながらその威力を物語っていた。

「ガッ……!」

「──」

「グエッ?!」

 更にである。後ろに吹き飛んだと思ったブツブツ顔のアウターが、次の瞬間、黒斗の真正

面に現れていた。本人も何が起こったのか理解していないようだった。黒斗はその隙を容赦

なく突き、二度三度と杖打と出現を繰り返してはこの同胞てきを一方的に叩きのめしてゆく。

「な……何が起こってるんだ?」

「分からない……。だが状況は、あの黒斗という側が一方的に押しているようだ」

 睦月と冴島は、訳が分からなかった。何故アウター同士が、いきなり目の前で戦うなんて

ことになったのか? 仲間割れ。そんなフレーズが頭を過ぎる。ともかく連絡をと、睦月は

慌ててデバイスを取り出すと司令室コンソールの皆人にコールした。

『どうした?』

「あ、うん。実は今ちょっとややこしい事になってて……」

『端的に言いますと、アウター同士が戦ってます』

『……?』

 睦月とパンドラからの第一声に、電話越しの皆人は疑問符を浮かべているようだった。眉

根を寄せるさまが容易に想像できる。数拍沈黙して『少し待て。すぐそっちに映像を切り替

える』とだけ返ってくる。

『──つまりこういう事か。一方が狙った相手が、もう一方の召喚主だったと』

「うん。そういう事に、なるのかな……?」

「どうする、皆人君? このまま戦いを眺めている訳にもいかないと思うけれど」

『そうですね……。お互いに潰し合うのならこちらとしても好都合だが、いつ戦いが周辺や

院内に飛び火するとも限らない。一先ず今押している側に加勢して、早くその交戦を終わら

せてくれますか? 少なくともその藤城という学院生を守らなければ。それに、このまま彼

に片付けさせてしまえば、対策チームの名折れだ』

 了解。デバイスから聞こえる皆人の指示に、睦月と同じくこれを覗き込んでいた冴島が頷

いた。睦月はEXリアナイザにデバイスを戻してインカムを着け、冴島も改めて調律リアナ

イザを構えて引き金に指を掛ける。

『TRACE』『READY』

「変身!」

「来い、ジークフリート!」

 OPERATE THE PANDORA──銃口から光球が飛び出し、マントを翻す剣士が飛び出した。

 睦月は守護騎士ヴァンガードに、冴島は自身のコンシェルを召喚する。横並びで臨戦体勢となった二人

は、そのまま地面を蹴ると、このブツブツ顔のアウターに銃撃や剣で攻撃を仕掛けてゆく。

「加勢する!」

「藤城さんを遠くに! とにかくこいつを何とかします!」

「……」

 ちらと怪訝な横目を遣って、されど黒斗は小さく頷いた。睦月のナックルモードとジーク

フリートの炎剣がブツブツ顔のアウターに叩き込まれる。大きくよろめき、再度黒斗の目の

前に現された瞬間、また強烈な杖の一撃が襲う。

「ちょ、ちょっと何なのよ!? 三対一とか卑怯じゃない!」

「無抵抗な藤城さんひとをいきなり襲うような奴に言われたくないな」

 じりじりっ。瑠璃子とブツブツ顔のアウターは次第に後ろへ後ろへ押され始めていった。

急に加勢してきた二人に彼女はヒステリックになって叫ぶが、睦月も睦月で先刻の病室での

一件には憤りを覚えており、握るエネルギー球の拳を緩める素振りはない。

 少しずつ壁際に追い詰められる。ゆるりと三人が立ちはだかり、正面からの退路を塞ぐと

同時に、その後方の淡雪は忍び足でもっと隠れられる物陰を探そうとしていた。

 黒斗の杖が、ジークフリートの剣がギチリと鳴る。

 睦月達は、このまま一気に目の前のアウターを破壊しようとし──。

「油断したわね、愚か者が!」

 だが次の瞬間だったのだ。コンクリートの地面をぶち抜き、無数の触手が離れていた淡雪

に襲い掛かったのである。

「しまった!」

 誰よりも先に駆け出していたのは、睦月だった。

 恐怖で見上げ、引き攣る淡雪の表情かお

 捻じれ集まる触手達の先端には、何かを蓄えて大きく膨らむ球体。ぐばっとその口が四方

に裂けて開かれ、中から大量の粉が──。

「ぐっ……!!」

 ぎりぎり、間に合っていた。淡雪を庇うようにして間一髪、睦月はナックルモードの楯も

併せてこれを正面から受け、彼女を守っていたのである。

 冴島や黒斗が、淡雪に瑠璃子が驚いたように目を見張っていた。叫びが生じる一歩手前の

スローモーションの世界。目の前ではらはらと散る濃い青色の粉末。

 ……何だこれは? 思っていたようなダメージはない。

 なのにこの、浴びた瞬間から叩き付けられるような、重くてどす黒い感情は……。

「キハラ君!」

「っ?!」

 だが睦月がそう、はたと取り憑かれるようだった重苦しさも、次の瞬間冴島が叫んだ自身

の名で吹き飛んだ。ハッと我に返り、つきそうになった膝をぐぐっと堪える。肩越しに見る

限り淡雪に被害は及んでいないようだ。ただ目を丸くして、口元に手を当てている。

「ど、どういう事? まさか他にも、耐性を持つ人間が……」

 だが驚愕しているのは瑠璃子も負けてはいなかった。ぶつぶつと何やら、激しく動揺して

悔しそうに唇を噛み、失敗したこのブツブツ顔のアウターを咎めとばかりに睨み付ける。

「青い粉……。やはり犯人は」

「……」

 睦月が無事なのを確認して、冴島のジークフリートと黒斗が再び彼女達に向き直った。剣

と杖を振りかぶり、今度こそ止めの一撃を放とうとする。

「っ!? ムスカリ!」

 しかしその直前の僅かな隙を縫い、彼女達は最後の抵抗をみせた。瑠璃子は己のアウター

に合図を送ってありったけの粉と無数の触手を一斉に放ち、二人を襲うと、咄嗟に反応して

これを一振りの炎で防ぎにかかったジークフリートと相殺させたのだ。

 轟。粉塵と焦げた触手が綯い交ぜになる。次いで黒斗がパチンと指を鳴らして自身とジー

クフリートを淡雪達の方までワープ、後退させると、その時には既に瑠璃子とブツブツ顔の

アウターの姿は無くなっていた。

「……逃げられた?」

 ぽつり。睦月が言う。

 一同は慌てて辺りを探したが、結局二人の痕跡は何処にも見つからなかったのである。

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