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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-19.Lovers/お嬢様と黒執事
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19-(6) 怪物対怪物

「二人は……何処に……?」

「駄目だ、見失った。部屋に入ってしまったか」

 恐る恐るなパンドラからのカミングアウトに、睦月と冴島は思わず駆け出していた。

 淡雪と、その執事・黒斗を探す。だが先刻悠長に見送ってしまったこともあり、二人の姿

は中々見つけることができなかった。名前から部屋を割り出そうにも、ここが一般病棟とは

違うからか、番号は書かれていても宛がわれた人間の名前は一切下がっていない。

 冴島が急ぎ隊士達に連絡を送り、捜索と周囲の避難工作を指示している。睦月もその隣で

並走しながら右に左にと同じようにしか見えない部屋を一室一室確かめていた。

「っ!? ちょっと、貴方達──!」

 途中、階段を上ってくる女性看護士スタッフと鉢合わせし、眉根を顰められる。二人は一旦急ブレ

ーキを掛けて忍び足になり、注意してこようとする彼女を通り過ぎた。

「というか、パンドラ。何ですぐに言ってくれなかったの?」

『す、すみません。あの場で私が声を出せば、向こうにもバレてしまうと思ったんです。そ

れに……』

「それに?」

『あの黒斗というアウターから、尋常でないエネルギー量を感知しました。もしかしたら、

いくらマスターでも……』

 返事はそこで一旦途切れた。忠義や純粋な畏怖も合わさり、皆まで口にするのが憚られた

のだろうか。

 睦月は思わずぎゅっと眉根を寄せ、そんなデバイスの中の彼女を注視する。

 相当の怯えようだ。いつぞやのH&D社の生産プラントに侵入した時のことを思い出す。

「しかし妙だね。仮に今回の集団搬送の犯人があの執事君だとして、何故彼女まで巻き込む

ような真似をする? 二人のあの親密ぶりを見ている限り、おそらく彼女が彼の召喚主だ。

自身の主を危険に晒さなければならない理由が分からないな」

『私達が話を聞いていた時、リアナイザを使っている様子もありませんでしたしね。もう既

実体化しんか済みと思われます。こんな事をする理由が、益々ありません』

「うーん。そんな悪い人には見えなかったんだけどなあ……。何か事情があるのかな? そ

れとも、犯人は別にいる……?」

 藤城淡雪の病室を探しながら、睦月達はにわかに乱立した情報を整理しようとしていた。

 一つ。犯人は黒斗なのか? 二つ。実体化を済ませているにも拘わらず、何故ああも召喚

主を甲斐甲斐しく世話しているのか? 三つ。二人の様子と現状が一致しない。本当に今回

の騒動を起こしたアウターは彼なのか?

『──っ!? マスター、志郎。出ました! アウターです!』

 だがそんな混乱を収拾している間もなく、再びパンドラが敵の出現を感知する。

「こちらに気付いて迎え撃つか……。パンドラ、彼の居場所は?」

『言われなくても教えるってば。そっち! そこの角を左!』

「ああ。皆にも連絡を──」

(……出現? 人間の姿でも、パンドラは捕捉できてた筈じゃあ……?)

 すぐさま、彼女に案内されて二人は駆ける足を速くする。だが睦月は、その一瞬この電脳

の少女が口にした表現に一抹の違和感を覚えていた。

『あれ? でもこの反応の感じ、さっきの奴じゃ……?』


 自身の病室に戻って暫く。淡雪はその扉が軽くノックされる音を聞いた。

「どうぞ。開いてますよ」

 ベッドの上に座ったまま彼女はにこやかに促していた。またさっきの調査の人達が来たの

だろうと、最初はそう思っていた。

「……」

 だが現れたのは、白衣の集団でも見知らぬ男性達でもなかった。

 如何にも良い生地を使っていそうな灰と藍のセパレートのワンピースに、念入りに巻かれ

た縦ロールの茶髪。片手を腰に当てたポーズと吊り上がった眉はいかにも勝気そうだ。

 東條瑠璃子。淡雪と同じ清風女学院に通う女子生徒で、同級生である。

「まあ、東條さん。来てくれたんですね」

「一応ね。あれだけごっそりと生徒がいなくなったんだから不審に思わない方がおかしいで

しょう?」

 そして開口一番の言葉もまた、何処か刺々しい。だが当の淡雪は、終始にこやかにこれに

応じていた。

 それもそうよね……。くすくすと上品に笑い、何の警戒もなく彼女が近付いて来るがまま

に迎えようとする。

「こんな所でごめんなさいね。充分におもてなしできなくて。あ、黒斗なら、今飲み物を買

いに行って貰っているから、連絡して貴女の分も──」

「ええ。知ってる」

 ちょうど、そんな時だったのだ。あれこれと喋り、ふいと廊下の方を見遣った淡雪の隙を

突くようにして、瑠璃子は呟いた。えっ……? 彼女が少し疑問符を浮かべて振り向くより

も早く、肩から下げる鞄から取り出したのは──リアナイザ。

「がっ……?!」

 それはTAを遊ぶ為だけの玩具ではない。引き金をひけば、そこから現れるのは文字通り

リアルに襲い掛かる電脳の怪物だ。

 越境種アウター。そして彼らを呼び出す事のできる改造リアナイザ。

 瑠璃子はそれを握っていたのだった。引き金をひき、飛び出したアウターはその勢いのま

まに淡雪の首を掴んでギチギチと持ち上げる。

「フ……ウウウッ!」

 その姿は、はたして異形と表現してよい。

 ベースは二足歩行、人型だが、身体のパーツが特徴的だった。

 顔面にはこれでもかと張り付いて大きな楕円を作る葡萄色のブツブツ。しかもその青みは

あまりに強過ぎて逆に毒々しい。くすんだ緑をベースとした四肢の上に、このブツブツは頭

部・顔面を始めとして両手足や胸元、腰回りにと広がっていた。内部に含まれているのか、

動く度に同色の細かい粒子がむわっと舞い立つ。

 淡雪は完全にこのブツブツ顔のアウターに捕らえられていた。咄嗟に声を出して助けを呼

ぼうとしたが、次の瞬間にはこの肩から伸びた幾本もの触手に口を塞がれ、押さえ込まれて

しまう。

「ぼ、ぼふひょふ、はん……?」

「何でよ? 何で肝心のあんたに効いてないのよ? 本当、悪運だけは強いんだから。でも

これでお終い。この子の毒の塊、直接喉の奥にぶち込んでやるわ。……いい加減ボロを見せ

なさい。その作り物の仮面、剥ぎ取ってやる」

 淡雪は何とか名を呼ぼうとした。だが瑠璃子は聞く耳を持たない。改造リアナイザを握っ

たまま、このブツブツ顔のアウターを操って呪詛を吐く。

「あんたさえ、あんたさえいなければ……!」

 叫ぶ。大きく膨れ上がった触手の先。

 その一つが、がっしりと押さえ込まれた淡雪の口へと伸び──。

「そこまでだッ!」

「一体何をやっている!? その子を離せっ!」

 駆けつけてきたのだった。間一髪、睦月と冴島はパンドラに導かれ、この病室に飛び込ん

できたのだった。

 目を見開き、淡雪が拘束されたまま涙目で訴えかけている。その意味で、驚いているのは

瑠璃子もまた同じだった。

「な、何なの?! 貴方達……?」

「……やっぱりそうか。犯人は別にいたんだ」

「アウター絡みだったね。こうなると、見過ごす訳にはいかないな」

 EX、調律リアナイザを、二人はそれぞれ取り出しざまに向ける。

 だが状況は圧倒的にこちらの不利だった。理由は分からないが、淡雪が人質に取られてい

る以上、下手に動けば彼女の身に危険が及ぶ。

(どうする? リアナイザ隊の皆が来るまで持ちこたえれば、或いは……?)


『──』


 しかし次の瞬間だった。院内の一角、仄暗いその中で、彼はそっと広げた掌に淡い黒色の

光球を生み出していた。

 ゆらゆらと揺れ、光りながら急速に拡大する。それはあたかも、彼を中心としたドームの

ように見えた気がした。

 睦月も冴島も、果ては瑠璃子とブツブツ顔のアウターも、何が起こったのか理解できなか

った。それほど一瞬のことで、早業だったのである。

 先ず目の前がにわかに消え失せた。……いや、自分達自身が瞬間移動させられたのだ。

 ふわっと予告なしに全身を包む浮遊感。だがそれも一瞬のことで、睦月達はぐらりと突然

目の前に広がったコンクリートの地面に慌て、バランスを崩していた。

「うわっ!」「ッ!?」

「きゃっ?!」「……!?」

 四人が四人、めいめいに倒れ込む。冴島やブツブツ顔のアウターは辛うじてよろめきなが

らも着地し、睦月と瑠璃子はそれぞれに盛大に転がった。

「いたた……。な、何なの? 何が起きたの?」

「痛っつぅ……膝打った……。うん? あれ? ここって……」

『駐車場、ですかね?』

 突如出た場所は、どうやら駐車場のようだった。但しメディカルセンターの中でも奥まっ

た位置にあるらしく、その面積はあまり広くはない。殺風景なコンクリートの地面に、数台

の車が停めてあるだけだ。

「大丈夫か? 怪我はないか?」

「黒斗……」

 その一方で、淡雪だけは地面から近い位置に現れ、しかもそのまま尻餅をつく前にやはり

突如として現れた黒斗によってキャッチされる。

 いわゆるお姫様抱っこという奴だ。抱え上げられ、頬を赤く染めると、淡雪は熱っぽい眼

差しをこの執事に向けている。

「……さて。他人の繰り手ハンドラーに手を出す事がどういうことか……分かっているのだろうな?」

 正直言って、睦月達はポカンとしていた。そっと淡雪を優しく下ろし、うろたえるブツブ

ツ顔のアウターと瑠璃子の前に一人近付いてゆく彼を、ただ唖然として見守るしかない。

 普通に考えれば異常事態だ。ましてや対策チームの一員でもない彼女が、この状況に平然

としていられる筈がない。

 なのに……淡雪は落ち着き払っていた。下ろされたその場に立ち、頬を染めたまま両手を

胸の前で組み、彼が自分に背を向けて進んでいくさまを熱っぽく見つめている。

「──」

 そして睦月達は、驚愕することになる。

 顔を隠すかのように、そっと開いた片手を近付ける黒斗。すると彼の身体からは黒い靄が

立ち込め、次の瞬間、全身がデジタル記号の輝きに包まれた。

「っ!?」

「まさか……」

 アウターである。

 全身を包む光が弾け、現れたのは、骨と皮ばかりの羊頭をした人型の、黒いローブを纏っ

た一体のアウターの姿だったのである。

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