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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-19.Lovers/お嬢様と黒執事
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19-(1) 戦力と戦端

『お帰りなさい、冴島さん(君)!』

 臨海学校も終わり、睦月達が飛鳥崎に戻って来た後のその日。此処司令室コンソールではちょっとした

祝い事が行われていた。

 冴島志郎──元守護騎士ヴァンガード装着予定者の復帰である。第七研究所ラボの事件の際、重症を負って

入院を余儀なくされていたが、つい先日退院して正式にアウター対策チームに合流したのだ。

臨海学校の最中、学園に現れたジャンキー達を撃退したのも彼だった。尤も徒弟格のもう

一人は逃してしまったが。

 睦月や皆人、國子、そしてその他対策チームの面々。

 皆に囲まれながら何処となく、当の冴島は照れ臭そうだった。線の細い好青年。その様子

からはもう怪我のダメージは見受けられない。

「策なら打ってるって、冴島さんのことだったんだね。皆人も人が悪いよ。退院してたなら

僕にも言ってくれればいいのに……」

「すまないな。まぁあれだ、敵を騙すには先ず味方からという奴さ。万一お前の様子で仲間

が他にもいると勘付かれれば、もっと強硬に攻め入られていただろう。それに実際、彼が戦

闘に出られるかどうかはギリギリまで調整中だったからな」

 仲間達に交じり、睦月がそう苦笑いを作りながら漏らす。答える親友ともは言葉こそ詫びてい

たが、敢えて黙っていたことも策の一環だったらしい。何より皆人自身、冴島とこの親友とも

微妙な距離感を知っていた。そのせいでコンディションに影響が出ることも避けたかったの

もある。

「急ごしらえだったけど、上手くこちらのペースに持ち込めたのが大きかったかな? とも

あれ、これからは僕も睦月君をサポートするよ。リアナイザ隊の、隊長としてね」

「ありがとうございます。……そっか。陰山さんの肩書きが“隊長代理”だったのって」

「はい。復帰されるまでの代役でしたので」

「そういうこと。でも彼女には、今後とも副隊長として頑張って貰うよ。宜しくね?」

「はい。微力ながら、補佐させていただきます」

 尤もずっと復活を隠し続ける訳にもいかない。当初の予定通り、冴島は國子が温めていた

リアナイザ隊隊長の椅子に座ることになった。これからは守護騎士ヴァンガードこと睦月を、全力でサポ

ートする役目を担うことになる。

「本当に……回復してよかった。あの時はもう……」

 だからか、睦月は堪らず俯き加減になり、涙腺を緩ませていた。そんな彼に他ならぬ冴島

がそっと寄り添って背中を擦ってあげている。

「心配をかけたね。でももう大丈夫だ。背中は僕達に任せて、睦月君はアウター討伐に集中

して欲しい」

「……。はい」

 しかし内心、睦月は複雑だった。彼が回復・完治したことは素直に安堵したが、一方でそ

もそも自分が現れたせいで、彼は守護騎士ヴァンガード装着者としての資格を失ってしまったのではない

のか? 確かにあの時、彼は結局EXリアナイザの認証を通過することができなかったとは

いえ……。

(冴島君……)

 そしてそんな気持ちは、睦月の母・香月もまた似通っていた。

 一時は重症を追った彼もこの度復帰した。喜ばしいことだ。だがそもそもこのシステムを

作ったのは自分で、しかも結果的にその装着者という危険な役目を自分の息子に託すことに

なってしまった。

 今でも現状、他に確実な適合者がいないのは事実だが、今でも心苦しさや後ろめたさがあ

る点は否めない。なのに、今回彼が復帰したことでまた別の意味での安堵を抱いている自分

がいる。アウターとの戦いに身を投じるリスク。彼が合流し、リアナイザ隊がより本格的に

一個の部隊として活躍するようになれば、我が子のそれも少しは分散されるのだろう。だが

それは同時に、彼をまた自分達の都合で振り回すことと表裏一体である筈だ。

「……」

 更にその一方で、冴島を中心とした輪から外れている仲間達がいた。仁と元電脳研の面々

である。そもそも仁達は、対策チームのメンバーとしては新参の部類だ。事情こそ聞いては

いたものの、冴島とは直接面識がなく、何となく蚊帳の外に甘んじていたのだ。

守護騎士ヴァンガードになってたかもしれない人、かあ。もしそうだったら、俺達もここに居ることは

なかったのか……)

 ちらちら。時折睦月達が冴島と話しているのを見ながら、仁は空きのデスクの上でノート

PCを弄っている。ネットサーフィンという奴だ。その特技柄、仁達は暇さえあればこうし

て草の根の情報収集を担っていた。この日も勿論、そんなすっかり染み付いた習性のままに

マウスホイールを回していたのだが……。

「うん? これは……」

「? どうかした?」

「ああ。ちょっと気になる情報ものを見つけたんだが……」

 ちょうど、そんな時である。何となくスクロールさせていた電子の海の書き込みの中に、

仁は一つの目を引く内容を見つけたのだった。

 それまで和気藹々と喋っていた睦月や冴島以下面々が、ふいっとこちらの様子に気付いて

振り向き、或いは近付いて来て画面を覗き込んでくる。

 今度は仁の周りに皆が集まる格好となった。画面を操作し、仁は睦月達によく見えるよう

に件の文言を拡大する。

「飛鳥崎メディカルセンターに大勢の学生が運び込まれたらしい。一人や二人ならともかく

一度に百人近い人数だ。全員が全員、突然体調不良を訴えたみたいだぜ」

「百人? 多いなあ」

「メディカルセンターっていうと、ポートランドの中だな。よっぽどの重症なのか」

「いや、それだけが理由じゃないだろうな。運ばれたのは清風女学院──東のお嬢様学校の

生徒達だ。バックの人間が人間だけに、生半可な所じゃ文句が出るんだろう」

 書き込まれていた情報は匿名。だが十中八九、関係者の誰かと思われる。

 睦月達はその名に思わず目を丸くした。清風女学院は、飛鳥崎東の山林一帯に居を構える

富裕層向けの女子高だ。そんな文字通りの箱入りお嬢様達が、大挙して最先端技術の病院に

担ぎ込まれたという。

「原因は分かるか?」

「ああ。ここには食中毒と書かれているが……どうも噓臭い」

「えっ?」

「考えてもみろ。ここは集積都市、技術の粋を集めた街だろう? そんでもって現場になっ

たのも金持ち御用達の学校ときた。普通に考えて、こんな大人数が中るなんてヘマをしでか

すようなスタッフを雇ってると思うか? 何かあるのかもしれない。それこそ、公にはした

くない拙いことがあったとかな」

『……』

 皆人、そして睦月の質問と疑問に答え、仁は言った。ちらと画面から目を逸らして集まっ

てきた皆を見遣り、僅かな情報から大きく事件の匂いを膨らませる。

 一同は思わず黙り込んでしまった。ちらちらと、中には互いの顔を見合わせてどう反応し

たものかと迷っている者もいる。

「で、でも普通に、そのヘマをやってしまった誰かがいるのかもしれないよ?」

「かもな。だがそれなら、何で事件を公表しない? 犯人がはっきりしているならそいつを

突き出して自分達は逃げちまえばお終いじゃねえか」

「つまり、犯人すら不明なのではないか、と?」

「それって……」

「……。越境種アウターか」

「その可能性もあるかもしれないって思ったんだ。まぁ、俺の考え過ぎかもしれねぇけど」

 言われてみれば……。逆に聞き返され、言葉を詰まらせてしまった睦月の代わりに、國子

そして皆人が彼の言わんとしていることを代弁する。

 だとしたら無理もない。たとえどれだけ金を持っていようとも、アウターの存在も知らず

対抗もできない彼らに打つ手はない。もしかしたら内部でも、正体不明の事件に戸惑ってい

るのかもしれない。言われずとも、安全には万全を期していただろうから。

「調べてみる価値は、ありそうだな」

「そうだね。でも、例の睦月君を狙っているアウターの方も油断はできない」

 暫く口元に手を当てて考え込んだ皆人が、そう結論を出した。冴島達も概ね賛成で、また

新たな二方面作戦が必要になりそうだった。

「そちらに関しては私達が。隊長がジャンキーを倒してくれましたので、ある程度余力は空

いています」

「分かった。引き続き警戒を頼む。では冴島隊長。すみませんが、睦月と一緒に向かっては

くれませんか?」

「うん。了解。アウターが絡んでるかどうか、確かめればいいんだね?」

「でも皆人。相手は女学院せいふうだよ? そもそも僕達が近付けるものなのかな?」

 一方は國子と仁、大半の戦力は引き続きレンズ甲のアウターを警戒し、追う。

 その一方で睦月は他ならぬ冴島と早速コンビを組んでこの集団食中毒事件を追うこととな

った。皆人の指示に冴島は安請け合いするが、当の睦月は不安そう──既に相手方のネーム

バリューに気圧されていた。

「ああ。その辺りの事なら任せておけ。伊達に……“チーム”じゃないさ」

 しかし対する皆人には逆に余裕すらあった。

 もう何かを思いついたかのように、この親友は不敵に微笑わらい、言う。

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