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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-2.Prologue/超越者の誕生
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2-(6) 願いの捌け口(後編)

 スカラベの召喚主はすぐに見つかった。案の定アパートの一室から、改造リアナイザの反

応が検出されたからだ。

「二〇三号室。朧丸達が反応しているのは此処ですね」

『こちらもデータベースの参照が終了しました。金居健太郎、二十三歳フリーター。本籍は

飛鳥崎ではありませんね。おそらく市外からの出稼ぎでしょう』

 扉の前で國子らリアナイザ隊の面々が立ち、インカム経由で司令室コンソールから詳しい情報が伝え

られる。

 眼だけで合図をし、扉の左右に散ると隊員達はじっと突入の構えを取った。それを確認し

て國子がそっとドアノブに手を掛ける。……開いていた。無用心か、或いは罠か。

「……突入!」

 されど躊躇している暇はない。

 次の瞬間、國子は叫び、隊員達が一斉に部屋の中へとなだれ込んでいく。

「ひっ……?!」

 しかし彼女達がそこで見たのは──“敵”の姿ではなかった。

 一人の青年が酷く怯えて腰を抜かしていた。顔はげっそりとやつれ、その周囲には彼を埋

め隠してしまえるほどの札束の山が転がっている。何よりも彼の手には、こんな状況である

にも拘わらず、引き金をひいたままのリアナイザが握られていた。

「間違いありませんね」

「ええ。それにエネルギー吸引の中毒症状が出ています。ざっとⅠ度からⅡ度の間といった

所でしょうか。もう数日突入が遅れていれば、あのアウターも実体化しんかを完了してしまっていた

でしょう」

 隊員達がこの青年・金居の下へと近付いていく。國子と朧丸も、部屋中に所狭しと投げ捨

てられた札束をちらちらと見ながら、スッと彼の前に立つ。

「金居健太郎さんですね?」

「あ、ああ。な、何なんだあんた達は? けっ、警察か?!」

「いえ。彼らとは似て非なる者です。しかしご安心を。私達は貴方を助けに来ました」

 その一言が効いたのだろう。國子がそう告げた途端、金居はプライドも何もかなぐり捨て

てぼろぼろと泣き始めた。隊員達が彼の握るリアナイザをそっと引き剥がす。黙して、國子

は朧丸の召喚を解いた。そっと膝をついて屈み、彼に事の一部始終を聞き出し始める。

「……お話を聞かせてくれませんか。何故貴方はあの怪物を呼び出してしまったのです?」

「……金が欲しかったんだ。俺、フリーターなんだけど、中々まとまった稼ぎのある仕事に

就けなくて。そうしたら一週間くらい前に凄いデブを連れた、柄の悪そうなあんちゃんが現れ

てそいつを──リアナイザをくれたんだ。『願え、欲しろ。その全てが力になる』とか何と

か言ってた。それで試しに一緒に入ってたデバイスで起動させてみたら、化け物が現れて、

願いは何だって聞いてきて、俺、つい……」

 ああああ! 金居青年はたどたどしくそこまで語ると、発狂したように叫びながら酷く頭

を抱えた。よっぽど自責の念に駆られていたのだろう。國子ら隊員達も黙してこそいるが、

彼の不憫さとあのアウターの非道ぶりに沸々と怒りが込み上げている。

「もう大丈夫です。貴方は引き金を解いた。奴らの策略から逃れました。もうこれ以上銀行

強盗が行われる事はありませんよ」

 くしゃくしゃに涙目になっていた彼が、ゆっくりと顔を上げていた。

 本当か? 視線がそう訊いている。國子は頷いた。するとやがて金居の視線が戸惑いを多

く含むようになって言う。

「……一体、あんたらは何者なんだ」

「名乗るほどの者ではありません。ですがそうですね……。人間の味方、でしょうか」


『あっ、また方向を変えました! 北北東です!』

『睦月、その右の路地裏に入れ。突き当りを左だ』

 スカラベの反応を辿りながら叫ぶパンドラと、インカム越しに街の地図と睨めっこし、最

短距離を弾き出して指示を出してくれる皆人。

 睦月は飛鳥崎の街並みをすっ飛ばしながら、何度も何度も路地に入っては出てを繰り返し

ていた。頭上、屋根伝いに跳んでいくスカラベ・アウターだが、その有利を埋めるべく相手

の進行方向に合わせて最も詰められる移動ルートを選ぶ。

 やがて両者は、街の一角にある小さな工場跡に足を踏み入れていた。

 ストンと音もなく着地するスカラベ。そこへ、やや遅れて息を切らしながら睦月が追いつ

いてくる。

「……さっきいたガキだな。馬鹿め。人間如きに何が出来る?」

「ぜぇ、ぜぇ……。それが出来るんだよね、これが」

 大きく息を吸って呼吸を整える。緊張も合わさって内心は心臓がバクバクいっていたが、

睦月は不敵な笑みを作って言った。

『TRACE』

 懐から銀のリアナイザを取り出して上蓋をスライド。パンドラの収まるデバイスを挿入す

ると、銃底部分の上段真ん中のボタンを押す。

 スカラベが明らかに、眉根を寄せるような怪訝の様子をみせた。睦月はそのまま銃口を左

掌に押し当て、あの時と同じ動作をする。

『READY』

「変身!」

『OPERATE THE PANDORA』

 認証音の直後、銃口を高く頭上に掲げ、睦月はその引き金をひいた。直後白い光球が飛び

出し、彼の周りをデジタル数字の群れが輪のように取り囲みながら回転する。

 収縮する輪、ぐるんと旋回し、彼に激突する光球。

 睦月は再び変身していた。

 茜色のコアを胸元に宿す、白亜のパワードスーツを全身に纏った姿に。

「何……!?」

「アウター、覚悟っ!」

 うおおおお! 驚くスカラベの虚を突くように、睦月は猛然と走り出していた。

 先手必勝。これ以上犠牲者も被害も出ない内に、やっつける。

「あだっ!?」

 しかしそう上手くはいかなかった。確かに一瞬驚いていたものの、スカラベは迫ってくる

睦月を認めるとカッと口を開き、そこからサッカーボールほどの大きさはあろうエネルギー

弾を放ってきたのだ。

「痛でで……。あ、あいつも弾を撃てるのか」

 装甲からしゅうしゅうと白い煙が上がっている。思わず吹き飛んで尻餅をつき、睦月は再

び大きく息を吸い込もうとしているスカラベの姿を見る。

『マスター、避けて!』

「うひぃッ!」

 そこからは向こうの連撃だった。

 口から射出される大型のエネルギー弾。睦月はごろごろと転がりながら、物陰に飛び込み

ながら何とかこれをかわし、破壊されるそれらを横目にすると、リアナイザを頬傍に寄せて

コールする。

「シュート!」

『WEAPON CHANGE』

 撃ち合いが交わされた。スカラベが放ってくるエネルギー弾。それをこちらは数発打ち込

む事でようやく相殺できる。

 周囲の物陰を盾にしながら、両者は暫し銃撃戦を繰り広げた。

 しかし如何せん相手の方が一撃一撃のパワーがある。一つまた一つと隠れ蓑が吹き飛ばさ

れ、睦月は少しずつ押され始めていく。

「くそっ! これじゃあ押し切られる」

『ならこの子のエレメントを使ってください。射撃を強化です!』

 物陰に隠れつつ、ホログラム画面上でそう、パンドラがとあるコンシェルを示してきた。

如何せん交戦中で画面も小さめでじっくり見る暇はないが、キツツキ型のそれのようだ。

『ELEMENT』

『RAPID THE PECKER』

 コンシェルを選択し、左のボタンを押す。

 スカラベからのエネルギー弾を転がりながら避けつつ引き金をひくと、濃い白の光球が飛

び出て胸元のコアへと吸い込まれていった。

「こん、のぉ!」

 するとどうだろう。引き金を一度ひいただけで、数十発もの銃撃がスカラベに向かって放

たれたではないか。向こうも再度この大きなエネルギー弾を放つが、威力がある分連射には

劣り、相殺された上で更に飛んで来るこちらからの残弾をもろに受けて押し出され、どうっ

と倒れる。

「よしっ! スラッシュ」

『WEAPON CHANGE』

 なので睦月は駆け出し、追撃を加えようとした。基本武装をエネルギー剣に切り替え、こ

の怪物を斬り付けようとする。

「……くぅッ!」

 しかしその寸前で、スカラベは大きく跳んだ。煙が立つ胸元を押さえつつ、睦月の放った

斬撃の上を跳び越えて工場跡の屋根に逃れ、再び伝おうとする。

「ああ、また……っ! パンドラ、僕らも跳べるようなコンシェルってない?」

『勿論ありますよー。この子の、アームズを使ってください』


 中空を舞う。

 スカラベ・アウターは焦っていた。あの少年は今まで見た事のない人間だったからだ。

(俺とした事が……。まさか俺達に攻撃を当てられる人間がいようとは。あの妙な装甲を着

たからか? 少なくとも“我々の敵”め。とんでもないモノを作り出したな……)

 だが次の瞬間だったのである。スカラベは背後から向かってくる気配に気付き、振り向い

て再び度肝を抜かれた。

 跳んできたのだ。あのガキが……こちらと同じように中空を跳んで追って来ている。

「にゅおおおおーッ!」

 睦月が半分ヤケクソというか、必死の声色になって跳んでいる。

 その両脚には、草色のジャッキが装着されていた。JUMP THE LOCUST──飛蝗バッタをモチ

ーフにしたコンシェルの武装である。

「どっ──せいッ!!」

「ガァッ?!」

 空中では避けようもなかった。スカラベは一度屋根に着地し、強烈なキック力で自身の遥

か頭上に飛び上がった睦月から、渾身の斬撃を浴びて叩き落される。

「……う、あぁ……」

 廃ビルのようだった。その屋上から数階分をぶち抜いて落下し、スカラベはこの衝撃です

ぐには動けなかった。トスン、睦月もそこへ降り立ってくる。エネルギー剣をゆっくりと持

ち上げて数歩進み、頬傍にこれを寄せてコールする。

「チャージ」

『PUT ON THE HOLDER』

 一旦引き金を離し、腰の金属ホルダーに銃身を収め、睦月は必殺の一撃を放つ為の充填に

入った。ガラリ。スカラベもダメージを刻まれた身体に鞭打って起き上がる。金色の両目は

一層殺意でギラつき、大きく大きく息を吸って作り出したエネルギー弾は……それまでとは

比べ物にならないほど巨大になっていく。

「えっ。ちょ、ちょっとあれはヤバいんじゃ……?」

『モンドームヨーです。このままぶった斬っちゃいましょう!』

 ホルダーにリアナイザを挿入したまま、睦月は思わず後退ったが、一方の相棒は血気盛ん

に、揚々にびしりと指を差した。

 巨大なエネルギー弾が、やや胸を反らしたスカラベの口の上に浮かぶ。オォン……。全身

にエネルギーが巡り、その全てが睦月の握るリアナイザへと集中する。

「──ッ!?」

 だがその時だったのだ。突然、ふとスカラベの身体がさもノイズを掛けたようにザザザッ

と揺らめいた。それまで真ん丸に膨れ上がっていたエネルギー弾も、ぐにゃりとその形の均

衡を崩しかける。

「これ、は? まさか、人間の方に何か……」

『今です、マスター!』

 おおおおおッ! キィンと充填が完了し、これぞ好機とパンドラの叫びと共に睦月は強く

地面を蹴って飛び出した。

 スカラベは迎撃も出来ていない。完全にワンテンポ・ツーテンポ、出遅れている。

「ぬぅ、らァッ!!」

 強く大きく輝く一閃が描かれた。抜き放たれたエネルギー剣は通常時よりも大きく強い輝

きを纏いながら幅広の刃となり、がら空きになっていたスカラベの胴体を深々と切り裂いて

いた。ズザザと勢いをつけたままブレーキを掛け、暫し睦月は残心のままに剣を握る。

「い……嫌、だ。まだ、死に、たく──」

 巨大エネルギー弾が不発のまま四散し、スカラベの全身に大きなヒビが入り始めた。

 びくびくと点滅する金の瞳、紡ぐ最期の呟き。しかしその直後、このアウターは断末魔の

叫びを上げながら爆発四散した。身体だった筈のパーツが粉微塵になり、デジタルの粒子と

なって一つ残らず消えていく。

「……」

 ゆっくりと振り返り、睦月は引き金から指を離して押し黙っていた。頬傍にリアナイザを

宛がい「リセット」と小さくコール。変身は解除され、佐原睦月本来の姿に戻った。

『やりましたね! 大勝利ですよ、マスター』

「……うん」

 リアナイザから取り出されたデバイスの中で、パンドラが万歳のポースをしている。

 だが当の睦月は、言葉少なげに、暫くこの怪物が散った場所を眺め続けていたのだった。

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