表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-17.Storm/守護騎士、離島にて
131/526

17-(5) 嵐を名乗る者

「不審者?」

 やって来た住民らとガイドのやり取りに聞き耳を立てていると、宙の耳には確かにそう聞

こえた。周りの他のグループもちらほら異変に気付いたようで、向けられる視線と、それま

でとはまた別の種類のざわめきが漏れ始めている。

 眉間に皺を寄せ、ガイド役の男性は学年主任らにこの事を報告するようだ。あくまで引率

の彼ら──依頼元にだけひそひそと話しているのが聞こえ、学年主任が同じように渋面を作

って緊迫した様子になる。

「胴着姿の、大男?」

「ええ。少なくとも旅行者のようには見えなかったそうです。今の所、何かこちらに実害が

あった訳ではないですが……」

 宙と海沙、そしてすぐ後ろで國子がこれをじっと遠巻きに見ていた。具体的に何と喋って

いるかは把握し切れないが、それでも断片的に聞こえたフレーズとその表情からあまりよろ

しくないということだけは分かる。

「また、不審者……」

「ちょっと勘弁してよ。この前は学園にだって出たっていうのに」

 ねえ? だがそうごちて何となく振り向いた宙は、次の瞬間もう一つの異変に気付いた。

 睦月の姿がなかったのだ。皆人もだ。このにわかに穏やかではない変化と、ざわめく生徒

達の人の波に隠されて、二人の姿がいつの間にか消えてしまっていたのである。

「海沙、海沙。睦月と皆っちが」

「えっ? あ……。ど、何処に……」

 その場できょろきょろ。海沙と宙は見晴らし台一帯を見渡していた。学年主任らはまだ不

審者出没の報を一同には知らせていない。教諭ら同士でひそひそと話し合い、どうしようか

考えている最中のようだ。宙が思わず立ち上がろうとした。のんびりと椅子に座っている場

合ではない。だがちょうどそんな時、六人分のジュースを抱えて仁が戻って来た。

「うん? 何だ、待ち切れなかったのか? 天ヶ洲」

 ほれ。近付いて来て、軽くぽいっとコーラの缶を投げてくる。思わず反射的に受け取り、

手の中でキンと気持ちのいい冷たさが感覚を駆ける。

「あ、いや……」

「その、むー君と三条君の姿が見えないなあと思って……」

「ああ。そういや途中ですれ違ったな。トイレじゃねえの? それか、日陰のある場所でも

探しに行ったか」

 焦る二人。しかし対する仁はのんびりと気楽そうだ。確かに見晴らし台近くにはトイレは

なく、一旦下まで降りないといけない。

「屋根ん所が空けばいいんだがなあ……。でも待ってたら休憩時間が終わっちまうか」

「う、うん。そう、だね」

「そうだよ。だからあんまり遠くに行っちゃったら……」

 それぞれにリクエストされた飲み物が木板のテーブルの上に置かれた。だが内心、二人に

とっては、彼が追い掛けて行く先に立ちはだかっているように思えた。

「皆人様も一緒ならば大丈夫だとは思いますが……。分かりました。なら、私が様子を見て

来ましょう」

 だからか、代わりに國子が立ち上がった。

 それとなく背中に回したその右手には、反応レスポンスがあって点灯している彼女のデバイスが握ら

れている。


「不審者か……。もしかしなくても、やっぱり」

「ああ。おそらくはな」

 一方、当の睦月と皆人はこっそり見晴らし台を抜け、丘を駆け下りていた。人気のない静

かな緑の中を逆走してゆく。先ほど異変を知らせに来た島民の言葉。聞き耳を立てていた二

人はほぼ同時にまさかと思ったのだった。

 アウター。それもこの前学園に現れた、三体の内の一体だ。少なくともこの夏島に、胴着

姿で訪れる観光客など不自然だ。

「追って来たってことか。僕がこっちにいるって分かったのかな?」

「いや、まだおそらくそこまでは把握していない筈だ。虱潰しだろう。この島には今、学園

の一年生が丸々集まっている。奴らにとってこれほど好都合なタイミングはあるまい」

 睦月の疑問に否を返し、皆人は答える。おそらくは二手に分かれて順繰りに睦月を捜し当

てるつもりなのだろう。何もしてこないとは思わなかったが、こうも早く尻尾を出すとは。

(……しかしどうやってこの島へ? 同じ船には乗っていなかった。いればパンドラや俺達

のコンシェルが気付く。司令室コンソールからも他便に不審な乗客は確認できなかったときている。自

力で海を渡ったとでもいうのか……?)

 途中、追いついて来た國子とも合流した。

 パンドラやコンシェル達の索敵能力を駆使し、島内に現れたという不審者──アウターの

居場所へと向かう。


「──もし。少し訊ねたいことがあるのだが」

 島の北に面する浜辺。その進入口付近の道で、灰髪の男・ストームは通り掛かった中年女

性に話しかけていた。

「この島に、臨海学校に来ている学生達がいる筈だ。飛鳥崎学園という。彼らの宿が何処に

あるのか教えてはくれまいか?」

「っ……!」

 だがそう問われたこの女性は、開口一番から酷く怯え、警戒の眼差しで彼を見ていた。胸

を掻き抱いて身を小さくし、すみませんの一言もなく足早にその場を逃げ去ってしまう。

「……参ったな。さて、どうしたものか……」

 小さな島故の、伝達速度に長けたネットワークだった。

 尤もストーム自身はそのことに気付いてはいない。寧ろ自分のこの格好が周りから浮いて

いることさえも自覚していなかった。刈り上げられた灰色の髪をぽりぽりと掻き、ぽつんと

一人残された浜辺を前に攻めあぐねる。

『いました! この先に強力な反応一体!』

 ちょうど、そんな時だった。機械を通したようにくぐもった、しかし緊迫と朗々が同居し

た少女の声が聞こえてきたかと思うと、この浜辺に三人、ジャージ姿の少年少女達が駆けて

来たのだった。

 言わずもがな、睦月と皆人、國子である。

 ストームは浜へ入る坂道の下に立っていた。ちょうど三人を見上げる格好になる。

 だが最初、彼は「ほう?」と少し嬉しそうだった。同じジャージ姿の学生。もしかしなく

てもお目当ての学園生だとすぐ知れたからだ。

「ちょうど良かった。君達は飛鳥崎学園の生徒だろう? 訊きたいことがある。君達の宿は

何処にある? 良ければ案内して欲しいのだが……」

 あくまで鷹揚と、一見穏健に訊ねてくるストーム。

 しかしそれも口にした一瞬間だけのことだった。睦月達が向けてくる眼──敵意に程なく

して気付き、そっと目を細めて“同胞”達の気配を感じ取ったことで、その態勢は善意の第

三者の装いから立ち上る殺気に変わった。

「……ふっ。そうか、そちらから来てくれるとはな。手間が省けたよ」

 睦月が懐から取り出したEXリアナイザにデバイスを挿入し、起動させた。皆人と國子も

同じく調律リアナイザを取り出し、横一列に並んで操作する。

『TRACE』『READY』

「変身!」

『OPERATE THE PANDORA』

「……朧丸」

「来い、クルーエル・ブルー!」

 頭上に掲げた銃口から光球が、身体の回りをデジタルの光輪が回転し、睦月の姿を白亜の

パワードスーツに変える。皆人が、國子が、それぞれのリアナイザから自身のコンシェルを

召喚して同期した。般若面の武者が太刀を構え、全身メタリックブルーの甲冑兵はその小剣

の切っ先をぐるんと宙に描いて胸元に抱える。

「……」

 デジタル記号の光に包まれ、ストームがその本性を現した。灰色のばさついた髪に、随所

に渦巻き模様を施したヘッドギア。隆々とした身体は革と赤茶のチェインメイルで固められ

ており、ヘッドギアと覆面に隠された素顔からはブゥン……と、赤い不気味な双眸だけが光

っている。

 両者はゆっくりと、そして一気に地面を蹴って駆け出した。三対一。されど余裕を一切持

てない戦いが始まる。

 最初に仕掛けたのは皆人のクルーエル・ブルーだった。突き出した小剣は高速でストーム

に向かって伸び、しかし当の彼はこの特性を瞬時に判断して掌でいなし、最小限の体捌きで

回避する。その空間的な狭まりを狙って、國子の朧丸と睦月こと守護騎士ヴァンガードが迫った。だがス

トームはこれも一旦後ろへ半身を捻ってかわしながら逆に自身と小剣の間に二人を挟み込み、

回転の勢いを利用した裏拳、次いで蹴りで二人を吹き飛ばす。

「ぐっ……!」

 それからは三人が次々に同時に、ストームへ攻撃を仕掛ける乱戦となった。

 だがこのアウターは焦らない。一定のリズムで呼吸を整えながらゆっくりと動かす両掌の

軌道上を境として空間を捉え、クルーエル・ブルーの小剣も、朧丸の太刀も軽々といなして

みせる。脇腹へ一発、胸元へと一発。的確に重い反撃を打ち込み、長く自身の懐に留まらせ

ない。ナックル! 睦月が基本武装を最も破壊力のあるナックルモードに換え、エネルギー

球の拳を振りかぶってきたものの、それを彼は一瞥した瞬間に真正面から受け止め、逆に拳

で打ち返してしまう。

「な、何だ!? こいつ」

「強い……。それにこの動き、まるで格闘技の心得があるような……?」

「お主もな。尤も、まだまだ発展途上のようだが」

 睦月がギッとパワードスーツの下で唇を噛む。何が嬉しいのかフッと笑い、ストームが再

びゆっくりと構えを取る。

『ARMS』

『RAPID THE PECKER』

 今度は睦月は、新たに武装を召喚した。EXリアナイザを一旦腰のホルダーに挿し、白い

光球と共に手に収まった突剣レイピアが振動を始め、ストームに飛び掛かるその突きを目にも留まら

ぬ連打へと変える。

「だらあああッ!!」

 しかしこれをストームは真正面から応じていた。この目にも留まらぬ無数の突きを同じく

無数の掌底で右へ左へと受け流し、自身への直撃を皆無にする。

『っ──!』

 だがそれはあくまで陽動だった。パワーで駄目なら速さで。そうして足止めされている隙

を狙ってクルーエル・ブルーがぐるりと側面に回り込み、或いは朧丸が一旦ステルス能力で

姿を消してから背後に現れ、それぞれ攻撃を加えようとする。

「……お主らに、用は無い!」

 しかしストームはこれにも対応してきた。一旦睦月の連続突きを手元からいなし、バラン

スを崩させると、その隙を見計らって半身を返して振り向き、もう一方の掌に力を──竜巻

を発生させてこれを襲い掛かる二人に向かって放ったのだ。

 轟。避けようもない。近距離からの凄まじい風圧だった。クルーエル・ブルーと朧丸は吹

き飛ばされると強烈に後方の岸壁に叩き付けられ、即ちそのダメージはそれぞれと同期して

いた皆人や國子にも跳ね返る。

「ガッ、アッ……?!」

「風……。やはり、こいつが、三人目の……」

 二人は思わずその場にがくっと膝をついてしまった。このコンシェル達も制御の集中力を

失って消滅する。皆人! 陰山さん! 睦月は叫んだが、直後ストームの正拳突きに吹き飛

ばされ砂浜に転がった。ぐぐっと身体を震わせて起き上がる。……恐ろしく強い。単純な力

だけじゃなく、地の戦闘能力自体がこれまでの奴らの比ではない。

『マスター!』

「……大丈夫。でも、何て奴だ。普通に戦ってちゃ埒が明かない」

 ふん。ストームは笑っていた。不敵な、そして嬉しそうな表情かおだ。

 朗々と述べる。それは睦月に向けた口上だった。

「我が名はストーム! 流浪の武道家・五十嵐典三の技と魂を受け継ぎし者! 我が望みは

ただ一つ、この武を世に知らしめることだ。守護騎士ヴァンガードよ。お前の力はその程度か? これま

で多くの同胞達を討ち続けてきたその底力、見せてみろ!」

 詰まる所挑発だった。だがそれ以上に、睦月はこのアウターの持つ奇妙さに眉を顰め、戸

惑っていた。

 自ら召喚主の名前を出すとは。それにこの言い分だと、まるで戦うこと自体が目的のよう

に聞こえる。……てんで妙な奴だ。これだけ強いのに、まるで“欲”というものが感じられ

ない。

「……睦月」

「分かってる。でも、このまま逃がすだなんて皆人も思ってないでしょ」

 ダウンしてしまった親友とその付き人に言う。睦月はゆっくりと立ち上がり、EXリアナ

イザのホログラム画面を操作し始めた。この姿で通用しないなら……これならどうだ。

『LION』『TIGER』『CHEETAH』

『LEOPARD』『CAT』『JAGGER』『PUMA』

『TRACE』『ACTIVATED』

「っ!」

『KERBEROS』

 レッドカテゴリのサポートコンシェル達を七体、その全てを同時に換装する。

 掌を押し当て、再び頭上に掲げた銃口より飛び出した赤い七つの光球は、睦月の周りをぐ

んぐんと速度を上げながら旋回し、降り注いだ。溢れる炎と光を掃って、睦月は新たな姿に

生まれ変わる。

「……ほう? そういう能力もあるのか」

 強化換装。皆人や國子がごくりと息を呑み、ストームも少し驚いたように目を丸くした。

両手の鉤爪を起こし、睦月は両脚から大量の蒸気を放出する。ぐぐっと全身に力を込め、相

対するストームを見遣って顔を上げる。

「むっ!?」

 一瞬の事だった。睦月が地面を蹴ったその次の瞬間、ストームの左脇腹に轟と炎を撒き散

らしながらヒットする衝撃があった。寸前でストームは防御し、身を捻る。だが初見でこの

速さに反応し切ることはできなかったようで、ここに来て初めて彼に明確なダメージを与え

ることができた。

「……なるほど。炎を操る力と、身体能力の強化か」

 砂浜に、轟々と地面を蹴っては熱の残滓を残す動きがあった。

 言うまでもなく睦月である。ケルベロスフォームでの高速移動でストームの周囲を駆け続

け、撹乱しながら、次の攻撃を当てるタイミングを図っているのだ。

 二発目、三発目、四発目。フェイントを挟みながら睦月はストームに襲い掛かった。だが

防御一辺倒になりながらも、驚くべきことに彼は少しずつこちらの動きに付いてきていた。

目というよりは気配でこちらの攻撃角を予測し、初手のようなダメージはもう入らない。

「正直驚いたぞ。だが──」

 何度目かの突撃を耐え、ストームは右手に小さな竜巻を凝縮させた。

 すると現れたのは、右手を覆うように装着された螺旋状の突起──ドリルアーム。それを

彼はその次の突撃を仕掛けてきた睦月に向かって構え、身を捌いて横っ腹から一突きしたの

である。

「ぐあああッ!!」

 完全にブローが入った。自身に纏う速さも相まって、睦月はそのまま大きく側方に吹き飛

ばされた。睦月! 皆人と國子が叫ぶ。大ダメージだったようだ。睦月はそのまま強制的に

変身を解除され、砂浜の上にぐったりと仰向けになって倒れていた。

「……そんな。強化形態を、一撃で……」

「ふむ……この程度か。思ったより呆気なかったな。惜しいものだ。このまま経験を積んで

いけば、お主ももっと強い戦士になれただろうに……」

 ざくっ。砂浜を歩き、ストームは倒れたままの睦月に近付いて行った。マスター! パン

ドラも叫ぶが、睦月は荒く息をついたまま動く事ができない。

 万事休すか。皆人達も何とか庇おうにも起き上がれず、ストームのドリルがゆっくりと持

ち上げられ──。

「睦月ー!」

「むー君~!」

 だが、ちょうどそんな時だったのだ。遠く見えない所から聞き慣れた声が聞こえた。宙と

海沙だった。どうやら探しに来たらしい。ざりざりっとこちらへ足音が近付いて来る。

 だ、駄目だ! こっちに来ちゃ──。

 睦月はハッとなって目を見開いた。脳裏に二人がこの怪人に粉微塵にされるイメージが過

ぎる。それだけは何としても防がなければならない。二人を、巻き込む訳にはいかない。

「……」

 なのにだ。次の瞬間ストームはドリルアームを解除し、そのまま踵を返して歩き始めたの

だった。睦月が、皆人や國子、パンドラが訝しむ。ざくざくと砂浜を踏み締め、ストームは

静かに人間態に戻ると、肩越しに振り返る。

「命拾いしたな」

 最初、睦月達はその意図する所が分からなかった。ストームはそのまま、潮風に紛れるよ

うにして姿を消して行ってしまう。

 宙と海沙が坂道を降りて来るのが見えた。止められなかったのか、後ろからは息を切らせ

ながら仁がついて来ているのも見える。

『……』

 助かった。

 睦月達がようやく理解できたのは、そんな乏しい語彙だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ