16-(7) 飛鳥崎銃撃戦
(何だ……これは……?)
目の前の世界が元に戻り、しかし健臣は無事だった。
呆然としながらも意識の端で理解する。今自分は、この奇妙な鎧の人物に銃弾を叩き落さ
れて助かったのだと。
「──」
彼を庇うように飛び込んだのは、守護騎士に身を包んだ睦月だ。しかしその姿は普段の白
亜のパワードスーツとは違う。海を思わせる、ライトブルーを基調とした形態だ。
リプル・ジ・オルカ。音波を放ち、感応能力を高めるこのコンシェルは、特に睦月の聴覚
を常人を遥かに超えるレベルにまで強化した。健臣が玄武台高校にやって来る事は仁が調べ
て判明した以上、後は彼を狙う刺客が攻撃を放ってくるその瞬間を待てばいい。
驚く健臣達を肩越しに一瞥したその直後、睦月はザッと空の一方向を仰いだ。今し方銃弾
が飛んで来た方向である。
「総員、検索!」
それを合図に、司令室に控えていた皆人が指示を飛ばす。職員達は一斉に制御卓を叩き、
睦月が感知した方角の監視カメラ達を呼び出した。
「見つけました! 南南西に二・七キロ!」
「アパートの屋根の上です!」
モニター群の一つに映ったのは、狙撃が失敗したと分かり慌ててその場を逃げ去ってゆく
ガンマン風の怪人だった。インカム越しに聞こえてくるその情報を聞き、睦月はぐぐっと両
脚に力を込めた。
「ま、待ってくれ! 君は──!」
健臣が声を掛けようとする。だがそれよりも早く、仮設校舎の上から続いて飛び降りて来
た二体のコンシェル達が彼らを封じに掛かる。
「おっと」
「悪いが、おねんねだぜ?」
タコを思わせるコンシェルと、羊を思わせるコンシェルだ。仁率いる元電脳研の隊士達が
事前に打ち合わせた通り、これと同期した状態で煙幕と催眠効果の泡を振り撒き、睦月と健
臣達を分断する。
「うわっ! な、何だ!?」
「煙幕? それに」
「何だか……眠く……」
どうどうっと、健臣達はその場に倒れ込んでいった。睦月がもう一度肩越しに見遣り、元
電脳研隊の面々のサムズアップを受ける。仁が、グレートデュークと同期した状態で近付い
て来ると言った。
「奴さんの位置は分かったか?」
「うん。あっちの方向だよ。逃げ始めてる。追わないと」
睦月は急ぎこのガンマン風のアウターを追撃しようとした。だがこの距離を徒歩で走るに
は時間が掛かり過ぎる。
「だったら俺に任せとけ。デューク、チャリオットモード!」
するとどうだろう。仁は叫ぶと、自身が同期するグレートデュークに操作を加えた。白銀
に輝く頑丈な鎧騎士がふわりと飛び上がり、空中で変形し始める。それこそ元々の大きさは
何処にいったのかと言いたくなるほどのパーツが幾つも飛び出──しかし、その姿はものの
数秒で大型の白馬へと変化する。
「これは……」
『ああ、これで謎が解けました。見た目の割に随分質量があるなぁと思ってたら……』
頭に鋭い角を生やし、前後四本の足に車輪を備えた屈強な騎馬。新たな姿のデュークは甲
高くいななき、驚く睦月とパンドラに促す。
『さあ乗れ! 一気に奴へ追いつくぞ!』
建物の屋根から屋根へと飛び移り、ガンマン風の怪人──ガンズ・アウターは酷く焦りな
がら逃げていた。
テンガロンハットに隠れた顔の半分は、機械仕掛けの鉄仮面とスコープ。革ジャケットを
羽織る身体には一繋ぎにされた弾薬が巻かれているが、何より目を引くのはその左手と一体
化した巨大なライフルだろう。
彼は焦っていた。まさか二度も自分が失敗するなど信じられなかった。
原因ははっきりしている。邪魔が入ったのだ。守護騎士。まさかこの俺の撃った弾を寸前
で叩き落してくるとは。
「ちっ……俺も運が悪い。よりもよって次の依頼が向こうからやって来るとは」
吐き捨てる。しかし狙撃にアクシデントは付き物だ。天候や警戒する周囲の状況など、撃
つのに万全の態勢が整わない場合は次の機会を待つことだってある。
(とにかく、ここは一度退こう。弾丸を叩き落しただけじゃない。さっき奴は間違いなく俺
のいる方向を見た。……バレている。奴の能力の一つか?)
故にそんな思案は、彼の意図せぬ所で油断となった。仮にこちらの位置を感知していたと
しても、この距離を追いつけはしない。
……そう。空でも飛ばない限りは。
「おぉぉぉぉッ!!」
『待てゴラァ! 逃がさねぇぞ!』
「っ!? ……!?」
なのに追って来ていた。守護騎士が鉄の白馬に跨り、猛然とビルとビルの合間を駆け抜け
て追って来る。
ガンズは跳びながら振り向き、我が目を疑っていた。
いつの間にあんな乗り物を……? 睦月を乗せたチャリオットデュークは道路を駆け、左
右にそびえ立つ建物の壁を蹴り、猛スピードでこちらの後を追って来ている。
「くっ! 聞いてないぞ……!」
そこからが始まりだった。ガンズはビルとビルの間を跳びながら、しかし空中で半身を返
し、左腕の銃口を二人に向けたのである。
風を切り鋭い弾丸が飛んだ。二人を撃ち落そうと試みる。だがオルカを換装している今の
睦月にはこの弾道は音となって“視えて”いる。スラッシュモードの刃を振り抜き、一発ま
た一発とこれを叩き切っていく。仁もまた、チャリオットデュークの角で弾丸を払い落とし、
殆どスピードを緩めることなくガンズへと喰らい付く。
「くぅぅ……っ! 落ちろ、落ちろォ!!」
まさに銃撃戦だった。逃げるガンズからの激しい銃撃が襲い掛かり、しかし睦月と仁も食
らう訳にはいかず、撃ち落し回避し、駆け抜ける。
『ARMS』
『EDGE THE LIZARD』
睦月も武装を呼び出した。左手にリザード・コンシェルの曲刀を握り、EXリアナイザの
武装形態もスラッシュからシュート、剣撃から射撃に切り替える。
飛んでくる弾丸を仁と共に叩き斬り、且つこちらからも反撃を放った。市街に流れ弾が当
たるのではないかとの思考も頭を過ぎったが、どのみち相手がこちらに撃ってくる時点で彼
らにとっては同じことだ。ぐんぐんチャリオットは加速する。街の人々も、一瞬で駆け抜け
てゆく二人の姿を、はっきりと認識する前に見失う。
『チッ、中々しぶといな。もうちょっとで追いつきそうなんだが……』
『マスター。このままじゃあ埒が明きません。弾丸の破片も、どんどん街に落ちちゃってま
すし……』
「そうだね……。大江君、もう少し奴と距離を詰めて。奴に組み付く!」
おうよ! チャリオットの車輪がより一層火花を散らしながら回り、ガンズとの距離が少
しずつ少しずつ狭まっていった。鞍の上に立ち、EXリアナイザを操作してまた新たな武装
を召喚する。
『ARMS』
『BUOYANCY THE FROG』
紫色の光球が銃口から飛び出し、睦月の両脚を包んだ。
現れたのは縮れた外皮に覆われた具足。ぐぐっと睦月が力を込めると、次の瞬間この具足
の外皮が急速に空気を取り込んで膨れ始める。
「せいっ!」
跳んだ。具足に空気を蓄え、その弾力で大きく跳躍したのだ。
なっ──!? 振り返ったガンズが思わず驚いてこれを見上げる。ぬうぅぅぅッ!! 跳
んだその勢いのまま、睦月は蹴りを放つ格好でガンズの頭上から襲い掛かった。
「チィッ!」
だが反応はガンズの方が少しだけ速かった。左腕の銃口を向けると、これを撃ち落すべく
右手を添える。
「やばっ!?」
故に咄嗟に、睦月はもう一度具足に空気を溜めた。ボンッと大きく外皮は膨れ、まるで彼
自身を覆い隠すように巨大なクッションとなってガンズの眼前に降り迫る。
「だっ、はッ……!」
ギリギリの判断だった。ガンズの左腕から放たれた銃弾は具足のクッションにぶち当たっ
てこれを破き、しかし睦月本体を貫くまではできず相殺された。ぐべっ!? 浮力を奪われ
た睦月はそのままガンズもろとも落下し、とあるビルの屋上へと転がり込む。
「ぬう……。無茶苦茶だな、お前。だが守護騎士である以上、何より俺の依頼を邪魔した以
上、もう生きては帰さん!」
慌てて起き上がり、二人は相対した。向けた銃口と構えた曲刀・EXリアナイザ。じりっ
と拮抗があったが、それはほんの数拍の事だった。
「だわっ!?」
放たれる。ガンズの左腕から強力なライフル弾が放たれる。
睦月は必死に避けた。場の物陰を利用し、しかしすぐに弾丸ごと破壊されて転がり出る。
いくらオルカの超聴力があろうと、こんな近距離からの銃撃を叩き落すのは困難だ。
(……あの左手がやばい。奴にとっても最大の武器だろう。何とか、封じなきゃ……)
睦月は逃げる。それを追って次々に左腕の弾丸がその通り道を破壊する。
徐々に追い遣られていた。削られていく物陰から反撃に転じようにも、今度は右手の指散
弾を撃ち込まれて近付けない。
「っ! しまっ──」
そして何度かそんな攻防を繰り返し、遂に睦月はガンズにその照準を合わされてしまう。
「……流石に強力だな。俺の盾でも数発が限度って所か」
だがこの一発を防いでくれる者がいた。仁である。二人に追いつき、元のデュークの姿に
戻った上でその堅固な盾を掲げるとガンズの弾丸をから守ってくれたのだ。ヒットした箇所
が大きく凹んでいるのがその威力の程を物語る。
「……チッ」
「大丈夫か? こいつ、かなり効くぜ。まともに食らったら風穴が空くな」
「うん。でもありがとう。これで時間が稼げた」
『ARMS』
『STICKY THE SPIDER』
ガンズが心なし目を見開く。睦月はこの間を縫って更に武装を呼び出していたのだ。
橙色の光球がEXリアナイザの銃口へ。取り付けられたのはロングバレル。
何だ? そう警戒した時にはもう遅かった。直後このバレルから放たれた粘着弾は的確に
ガンズの左腕を狙い、その銃口をねばねばで使い物に出来なくしたのだ。
「しまっ──」
「いくよ、大江君!」
「おう! 決めるぜ!」
基本武装をナックルに換え、スパイダーの武装が消える。腰のホルダーにEXリアナイザ
をセットし、エネルギーを溜め込む。仁も盾と突撃槍を構え、片足を引きながらぐぐっと全
身に力を込めた。溢れるエネルギーが金色の光となって彼を包む。
「どっ……せいやァァァッ!!」
「うおぉぉぉーッ!!」
突き出した拳から先ず捕縛のエネルギー網が出、ガンズを捕えた。睦月が跳び上がり、叫
びながら全エネルギーを込めた蹴りを放つ。仁も最大出力になった瞬間、輝く渾身の突撃で
もってこれに呼応する。
「ガァッ!?」
睦月が蹴り飛ばし、仁が刺し貫いた。大きくへの字に折れ曲がったガンズの身体は、その
まま風穴を開けられながら二つになり、全身にひび割れを起こす。
「こ、こんな……筈では……」
爆発四散した。二人の必殺の一撃が決まり、アウターは粉微塵に消し飛んだのだ。
残心する。着地する。これでもう健臣を狙う刺客はいなくなるだろう。
二人はふっと、電子の塵に還ってゆくガンズを見上げた。そしてどちらからでもなくお互
いを見遣り、ポンと軽く掌を叩き合うのだった。




