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サハラ・セレクタブル  作者: 長岡壱月
Episode-2.Prologue/超越者の誕生
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2-(2) 越境種(アウター)

「──ん。んぅ……?」

 いつの間にか深く沈み込んでいた意識が、はたと激しく揺らめくようにさざめいた。

 瞼の裏にそっと光が差し込む。睦月はぼうっと目を開き、ややあってそこが普段見慣れた

天井ではない、酷い白く清潔感のあるそれだと知る。

「ッ!? 睦月!」

「睦月君!?」

「おい、目を覚ましたぞ」

「急いで出入口を固めろ。誰も通すなよ」

 するとぼやっとした意識に、突然複数の声が飛び込んできた。

 視界の中へ覗き込んでくる顔。母・香月や彼女が勤める研究所ラボで睦月も顔見知りになった

その同僚達である。

 もう少しすれば泣き出しそうな母と、安堵し、或いは慌てて医師に知らせに──行くよう

では何故かなさそうな彼ら。睦月はようやく此処が病院のベッドである事に気付いた。

 全身にだるさが残っている。あれは……夢だったのだろうか?

「……母さん。僕は、奴らは一体──」

「大丈夫。全部、貴方がやっつけてくれたから」

 だから言い掛けて、フッと哀しげに母が答えたその言葉が全てを物語っていた。

 夢なんかじゃない。彼女が作っていた、まるで人間のような心を持つコンシェルの少女と

現実リアルを破壊する怪物──異形めいたコンシェル。

 そうだ。奴らが母さん達の研究所ラボにやって来て、滅茶苦茶にして、それで……。

「……冴島さんは? 研究所ラボの皆は無事なの?」

「ええ。多少怪我人は出たみたいだけど、幸い犠牲者は出なかったわ。奇跡的ね」

「冴島君なら安心したまえ。今は別の病院で眠っている。尤もダメージがダメージなものだ

から、暫くは絶対安静だそうだが」

「……。そうですか」

 恰幅のよい男性──確か所長さんが皆を代表して答えてくれた。どうやら命に別状はない

らしいが、それでも睦月の表情は曇る。あれは一体、何だったのだろう?

「佐原君」

「……ええ。もう、覚悟は決めました」

 暫く睦月も、この場に集まっていた香月以下研究所ラボの面々も、どうしたものかと押し黙っ

ていた。

 しかし最初にそれを破ったのはこの所長だった。ちらと香月を見遣って訊ね、彼女の苦渋

と言ってしまっていい表情と肯定の返事に、彼はもぞもぞと懐を探りながら進み出る。

『ヤッホーです。また会いましたね、睦月さん。ご無事で何より』

「あ、ああ。君も、元気そうで」

 それはパンドラと──あの銀のリアナイザだった。

 ホログラム越しに電脳の少女がにぱっと笑って挨拶をしてくる。だが一方で所長や香月達

の表情は至って真面目、神妙だ。

「さて、何から話してゆけばいいか……。睦月君、テイムアタックは知っているかね?」

「はい。コンシェル同士を戦わせて遊ぶゲーム、ですよね。その、リアナイザっていう機械

を使って」

「ああそうだ。とある企業が生み出した、今日のVR技術の粋を集めて作られた巷でも人気

のコンテンツだよ」

 でもね……。所長は続けた。掌の中のリアナイザを、複雑な表情でそっと撫でながら彼は

衝撃の事実を告げる。

「ある時看過できない問題が発生している事が分かった。コンシェル達が、現実リアルに侵食して

様々な事件を起こしているとね」

「コンシェルが……?」

「睦月、貴方も見たでしょう? 現実の怪物と化したコンシェル達が、この世界で好き放題

に暴れ始めているの。二次元──VRは本来現実リアルとは触れ合えない。だけど彼らはある手段を

使ってこの世界に実体化する事に成功してしまったの」

「それが、もしかして……?」

『はい。他ならぬリアナイザなのです。通常では単にホログラムとしてしか姿を現す事がで

きない私達を、ある特殊なリアナイザを使えば、一時的とはいえこの世界に呼び出してしま

う事ができます』

「……そんな事が」

 睦月は全身のだるさを押してもぞりと上半身を起こし、居住まいを正すようにベッドの上

に座った。母や研究仲間の面々がそっと身体を支えてくれる。

 パンドラがぎゅっと両手を握って深刻そうな表情をしていた。母が、所長達が、一旦呼吸

を置き、動揺している睦月の様子を慎重に窺いながら続ける。

「一般にテイムアタック用に流通しているリアナイザと区別して、仮に“改造リアナイザ”

と呼ぼう。これは見た目こそ市販のリアナイザと瓜二つだが、その中身はコンシェルを実体

化させる為の特殊な改造が施されている」

「正直、最初に診た時はいち研究者として度肝を抜かれたわ。才能の使い方は間違っている

けど、あんな発想ができるなんて間違いなく天才ね」

「何より厄介なのは、この改造リアナイザを通じて実体化したコンシェル達は、極めて凶暴

な性質を帯びるという点だ。これまでの調べで奴らは、自分を起動させた人間に対し、その

“願いを叶える事”でこの現実世界に影響を及ぼし、それによって生じたエネルギーで以っ

て自身を本物にしようとしている」

「その為には、奴らは手段を選ばないのよ」

「それこそ、破壊活動や殺人であってもお構いなし。君も聞いた事があると思うが、飛鳥崎

や各地でここ最近噂になっている“怪物騒ぎ”は、その大部分が奴ら暴走したコンシェル達

が引き起こした事件なんだ」

「──」

 突拍子もない。何よりも現実離れした話。

 だが睦月はそれが間違いのない真実だと知っていた。他ならぬ自分があの時コンシェルら

しき怪物達に襲われ、パンドラを通じて変身し、奴らと戦ったのだから。そしてそれがただ

の夢想ではなく、実際に起こった事件だと母らが皆口を揃えて言うのだから。

「……にわかには信じられないですけど。でも、どうして? どうしてそんな事に? 何で

皆さんがそんな事を知っていているんですか?」

「……大人の事情、とでも言えばいいのかな。考えてもみてくれ。我々はIT技術者だ。社

会をその技術でもって便利で豊かなものにする事を使命としている。だがそうした技術が、

この世界の如何なる武器を以っても倒せない──全てすり抜けて傷一つつかない怪物を生ん

でしまったと世に知られればどうなる? これまで人々が積み上げてきた科学技術への信頼

は地に落ちるだろう。そしてこれら技術を前提にした文明はリセットを余儀なくされる。何

よりも人命だ。奴らによって実際に命の危険に晒されるだけでなく、現在のインフラを暮ら

しを手放さなければいけなくなるかもしれない。その時……果たしてどれだけの数の人間が

路頭に迷うだろうね?」

「……」

 所長の、人の良さそうな笑顔がすっかり消え去っていた。

 細められた眼、全身が纏う切迫した危機感。いざそう指折るように指摘され、睦月は思わ

ず反論すら出来ず押し黙ってしまう。

「奴ら──我々が“越境種アウター”と命名した彼らに対抗する手段が必要だった。奴らを倒し、何者

かが流通させているであろう改造リアナイザを回収・破壊する組織の立ち上げが急務だった。

我々はそんなチームの一員なのだよ。この事態に対し密かに協定を結んだ業界各社から

なる、越境種アウター対策チームの研究部門としてね」

「その結果、生まれたのがパンドラなんです。彼女はそのEXエクステンドリアナイザの使用者となる者

をサポートし、越境種アウター達と共に戦うサポートコンシェルの中心的存在として開発されました」

「……そう、だったんですか」

 えっへん。若手の研究員に紹介されて、ホログラムの中の彼女が仰々しく胸を張る。

 曰くその開発の実質的貢献者が、他ならぬ母・香月なのだそうだ。コンシェルの開発にお

いて、彼女の右に出る者は他にはいない。

「切欠は、幸運にも改造リアナイザを回収する事に成功した時よ。そこから奴らの中身を解

析して、対抗策を練ったの。普通の兵器じゃあプログラムである奴らには触れる事すら叶わ

ない。だけどそこで発想を変えて“コンシェルを着る”事が出来ればどうだろうって考えた

の。中身は現実リアルの人間だけど、包んでいるのはプログラムだから、奴らにも届く筈だって判

ってね」

「だが……そこに大きな障害が立ち塞がっていた。理論上、佐原君の計画は身を結びつつあ

ったのだが、肝心の装着者が見つからない。一応うちの研究所ラボで最も適合値の高い冴島君が

暫定の装着者という事になっていたが、今まで彼ですら装着に成功した試しはなかったんだ」

『そうです! だから睦月さんは凄いんですよー! 志郎にも出来なかった事を、あんなに

あっさりやってしまったんですから!』

 黄色い声を出して興奮するパンドラ。しかし当の睦月も、周りの香月達も、その表情は対

照的に重苦しかった。

 そんな困難を極めたシステムに、自分が適合してしまった。冴島を跳ね除けてしまった。

 そんな危険を伴うプロジェクトに、自分の、同僚の一人息子が関わってしまった……。

「……睦月君。正直こんな事を頼みたくはなかった。だが現状、設計上の装着が実際に可能

なのは君しかいないんだ。頼む。我々チームの一員として、越境種アウター達と戦ってはくれないだ

ろうか?」

 お願いしますッ! 所長以下、場に居合わせた研究員達一同がそう声を揃えてベッドの上

の睦月に頭を下げていた。ちらと横目を遣る。その中に、苦渋の表情で同じくゆっくりと頭

を下げようとする母・香月の姿がある。

「睦月。無理はしなくていいのよ? 冴島君が回復すれば、また──」

「……それじゃあ今までの繰り返しじゃないか。やるよ。所長さん、やらせてください。そ

れが僕にしか出来ない事なのなら」

 母の懇願。痛いほど分かる気持ち。

 だが睦月はさもその言葉を振り切るように返事をした。ベッドの上で向きを直し、唇を結

んで直立不動になっている彼に向かって言う。

「そうか……。やって、くれるか」

「はい」

 母が、彼らが複雑な心境になっている事は解る。でも睦月は、この時内心もっと別の事を

考えて決意していた。

 ──僕にしか出来ないこと。

 もしそんな事があるのなら、それは“自分がここに居ていい”確かな証明になるんじゃな

いかって。

「……ありがとう。そうと決まれば我々も全力で君をサポートさせて貰うよ。ともあれ先ず

はその身体を回復させる事に専念してくれ。初めての装着で、君は経験したことのない程の

生体エネルギーを消耗したんだからね」

「……はい」

 ぽん。所長がそっと優しく肩に手を置く。睦月はコクリと頷いた。

 養生の身の。

 しかしその両の瞳は、危うげなくらい黒く深い眼差しを向けて揺らめいていた。

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