80.背中のぬくもり
山道を歩く村基くんの足取りは安定していて、背中に居る私には揺れがほとんど感じない程です。
考えてみれば私ってお父さんを含めて誰かにおんぶしてもらった事なんて、幼稚園の頃にお祖母ちゃんにしてもらったくらいでしょうか。
それなのにこの感じが酷く懐かしく思えます。
(疲れ果てて歩けなくなった時によくこうしてもらったっけ)
それは夢の中の思い出。
夢の中の私は、よく無茶をしては今みたいに怪我をしたり体力切れを起こして、その度にキヒトにおんぶしてもらって町まで帰っていました。
その無茶だって元を質せばキヒトが無茶をしてたせいなんですけどね。
あの時の感覚と今がなぜか被ってる気がします。
この男性特有の広くてちょっと硬い背中も、首に回した手から伝わるぬくもりも、顔を寄せた時に感じる村基くんの匂いも。
どれもこれもが夢の中と同じように感じられて凄く安心します。
安心したら眠くなってきました。
「何だったら少し寝てても良いぞ。山を下りたら起こすから」
「うん……」
小刻みな村基くんの足音を子守歌がわりに私は意識を手放すことにしました。
そうして、その日も私は実戦訓練という名の魔物狩りに倒れるまで付き合わされたのです。
まったくあれのどこが訓練なのか。
今日一日でも3回は死にそうな目に遭ってますよ。
キヒトも一緒に居てくれるしもしもの時は助けてくれるとは思ってますが、それにしたってか弱い乙女を魔物の巣に放り込むとかダメだと思います。
(やっぱり実際に戦場に出てみないと分からない事は多いからな)
そりゃあ頼み込んだのは私の方ですけど、いきなりスパルタ過ぎると思うんですよ。
聞けばキヒトも同じように冒険者の先輩にしごかれたそうですけど、男と女じゃ色々と違うのを少しは分かって欲しいです。
それと!
ここぞとばかりに疲れて弱っているところに優しくしてくるのも反則じゃないでしょうか。
これじゃあ怒るに怒れないじゃないですか。
まったくキヒトは馬鹿なんだから。
馬鹿。ボケ。にぶちん。
こうなったらささやかな抵抗に腕に力を込めてギュッと抱きしめてやりましょう。
気付いてないと思ってるみたいだけど、キヒトの目が度々私の胸に向けられてるのはちゃんと分かってるんですよ?
今だってほら。背中に私の胸が当たってる感触に内心身もだえてるんでしょう。
耳が赤くなってるから丸わかりですよ。
ほれほれ~。
っってぇ。ちょっと調子に乗り過ぎました。
一国の王女である私がこんな身体を使って男を誘惑するような破廉恥な真似はやり過ぎでしたね。
ほら、よく考えれば今ここに居るのは私とキヒトだけじゃない訳ですし。
今も他のパーティーメンバーの人達からいつの間にか生温かい視線が飛んで来てます。
いや今更口笛吹きながら向こうを向いても遅いですからね。
結局二人して顔を赤くして宿に戻ることになりました。
それもこれも全部キヒトが悪いんですからね。
「……ヒトのばか……ん……」
あれ、今のは……あぁ、いつもの夢ですね。
えっと、ここは?
周囲を見回せば薄暗い事から18時くらいでしょうか。
見慣れた天井に見慣れた内装の部屋は考えるまでもなく私の部屋です。
え、じゃあもしかして全部夢?
今着ている服も寝るときに使ってるパジャマだし。
「いたっ」
起き上がろうとしたら左足に少し痛みが走りました。
布団を捲って見てみれば山で村基くんに巻いてもらった包帯があります。
ということは、山菜を採りに行って怪我をして村基くんに助けてもらったのは現実のようです。
でもだとしたらどうして今私はここにいるんでしょう。
村基くんが実は私の家の場所を知っていた?
いやそんなまさかです。
うーん、でもここで考えても答えは出ないですね。
私はベッドの脇にいつの間にか用意してあった杖を使いながら1階へと降りることにしました。




