査問会その2
掲示板で晒されていた廃人さんと遊んだら、意外と紳士な振る舞いで驚いたでござる
探求者倫理査問会とは、力を持つ故に法から逸脱しやすい探求者たちを戒めるための監査組織である。
というのが建前で、その実態は探求者たちの内部告発による相互監視が主な活動内容だ。
査問会が報告と呼ぶそれらは、探求者が他の探求者の行動を迷宮組合に垂れ込むことを指し、一定数の問題行為を指摘する声が集まれば懲罰の対象となる。
もちろん密告には探求者登録番号が必須のため露骨な工作行為などは難しいが、仲間に声をかけて少しずつ集めればそれらしい苦情に見せかけることは容易い。
ギルド側も探求申請用紙や素材の買取記録などである程度の裏付けはとるが、余程のことがない限り現地調査までは実施しない。
なぜそんな横暴がまかり通っているのかというと、理由は簡単で問題行為の有無はさほど重要ではないからだ。
大勢から良く思われていない存在は、集団の秩序を乱す要素であり矯正もしくは排除すべきである。
それが査問会の言い分だった。
ようは群れに馴染めない厄介者の排除と、それによるガス抜きを兼ねた憂さ晴らしの生け贄が今回の僕なのだ。
と言うあらましを、呼び出しを受けてすぐに連絡を取ったサラサさんに教えて貰った。
もっとも僕は職員の方とは接触禁止なので、代理のミミ子を通して聞いた話ではあるが。
僕が槍玉にあげられた最も大きい部分は、やはり女の子ばかりの小隊構成だった。
さらに聞くとあえてロビーで合流せず、わざわざ一層で待ち合わせしてたのが余計に反感を買ったらしい。
上よりも人は少ないが、それなりに人通りのある合流場所を選んでる時点で僕の間抜けっぷりが窺える。
それと全然気にしてなかったことだが、小隊での魔法具の使用率が高すぎるのも不味かったようだ。
頑張って迷宮に一年間、日参しても手に入る魔法具はせいぜい2個か3個。
それらも大概の人は、生活費に充てるために売り払ってしまう。
レベル3に上がりたての僕も含めて、全員が何らかの実用性の高い魔法具を使っていたのでは目立つのも無理はない。
つまるところ、僕は何か違法な手段で大量に手に入れた魔法具を餌に、女性を集めている野郎だと思われていたらしい。
多分、銀箱を何度か開けている場面や、骨や狼相手に魔法具で無双しているのを見られていたのだろう。
広い迷宮とはいえ、それなりに探求者はひしめき合っている。
ちょっとずつの目撃が溜まって噂となり、それが嫉みによっていつしか悪評へと変わって行ったのか。
この辺りを回避する方法は勿論あった。
迷宮は下層へ行くほど、集団での行動が求められる。
だからこそレベル3に近くなった探求者は、小隊に入れて貰い団体行動を学んでいく。
そしてその中から使える奴、気が利く奴は当然優遇されていく。
そこから固定パーティに入ったり、徒党に誘われて集団に組み込まれていくのが大体のパターンだ。小隊や徒党は利害の関係で繋がっていき、そこに所属するメンバーを強固な結束で守り合う。
まあ言い換えると、先輩探求者との縦の繋がりと同レベル帯同士の横の繋がりは、こんな時は非常に役立つって話。
僕はそのどれにも属していなかった。
リリさんやサラサさんに、パーティやメンバー増加を何度も勧められた訳が今なら嫌ってほど分かる。
確かに僕はレベル3になるまで、嫌われるような言動は巻き戻して回避してきた。
だが好かれることもしていない。
だけど……ボッチで何が悪いんだよ!
そりゃちょっと見下していた部分はあったよ。でも別に迷惑をかけた訳じゃない。
協調性がないってだけで、こんな理不尽な目に遭うのか。
だが文句を言っても解決はしない。
そう。こんな時に感情で動くのは、結局問題をこじらせるだけだと分かってはいる。
すでに僕が罰せられるのは、変えようがない流れなのだ。
有能な奴隷が駄目だってんなら解放する。
もっともミミ子は僕から離れないと信じているけど……コロッケ山盛りされたら、やばいかもしれないが。
活動もしばらくは、自粛する……一ヶ月の休暇だと思えば腹も立たない。
魔法具の持ち過ぎなら、残してあるのを少しばかり差し出そう。
そのためだけに、わざわざサラサさんに頼み込んで話題に出しても貰ったのだ。
僕は十分に配慮した。
だからもう勘弁してくれ。これからはもっと目立たないよう気をつけるよ。
と思いながら、処罰を受け入れようと顔を上げたその時。
「――それで良いのかしら?」
決まりかかった議長の裁定に異議を唱えたのは、女王然とした態度でテーブルを睥睨するカリナ・セントリーニ副議長であった。
ああ、やはりまたこの流れなのか。
「何か問題かね?」
「ええ、大有りですわ。問題にならない点を、問題に挙げている点で」
「何が言いたい?」
「そうですわね。彼の問題とされているのは、そこの奴隷ちゃんと二人で四層に行った件であってます?」
「ああ、そうだ」
彼女は薄く唇の端を持ちあげる。
間抜けな獲物を見つけて、小馬鹿にしつつ舌なめずりをする肉食獣のような笑みだ。
「彼の実力からすれば、それは全くもって問題ありませんわ。だってジャイアントマンティスより強いのを倒してるんでしょ? 角が生えただけの猪なんて、欠伸しながらでも倒せますわよね」
「そういう問題ではない。安全性の確保はだな――」
「そういう問題ですわ。だって彼らは試練の探求者ですのよ。受難を追い求めるのが当たり前でなくて。多少の危険を乗り越えてこその試練ですわ」
「……一理あるのは認めよう。だが問題はそれだけはない。奴隷への戦闘行為の強制はどうするのかね?」
カリナ副議長は、小さく肩をすくめる。
その仕草は実に様になっていた。
「訊いてみれば早いでしょ。ねえ、あなた――ミミ子さんでしたっけ?」
「うん?」
「怖くありませんでしたの?」
「ぜ~んぜん。ゴー様、強いしね」
椅子に座って退屈そうに尻尾を弄くっていたミミ子は、副議長の問い掛けにあっけらかんと答えた。
「ほら、問題ありませんでしたわ」
そして彼女は再び優雅に指を組み合わせて、会議室を意味ありげに見渡した。
ギルド職員や職能ギルドの代理人たちの視線を一身に集めながら、カリナ副議長は苦虫を噛み潰したような顔のロンダン議長へ向き直る。
「まだレベル3でありながら女性ばかりのパーティで四層を踏破できる実力に、銀箱発見数の記録を塗り替える幸運。将来がとても楽しみだと思えません?」
「……何が言いたい?」
「そんな彼のやる気を削いでしまっては、ギルドとしての損失は計り知れませんわ。ねえ、あなたもそう思うでしょ?」
止めてくれ。
僕はもうこれ以上、事を荒立てたくないんだ。
なんで、そっとしておいてくれない。
僕を庇う素振りを見せながら、彼女は明らかに挑発しに来ていた。
「本当にそれでいいの? サリーナ司祭に聞いたわよ。女の子を抱えたまま、息を切らせて治療室に飛び込んできたって。魔力酔いごときで顔を真っ青にしてたって――大事にしてるんでしょ?」
サリーナ司祭の名に心当たりはないが、たぶん一層の治療室のお姉さんのことだろうな。
僕の心に、昨夜のモルムに誓った言葉が蘇る。
少女のそばに、ずっと居ると――離れないと。
「ここで飲んでしまったら、この先もあなたの人生は奪われていくわよ。舐められて、馬鹿にされながら――本当はどう思ってるの?」
どう思ってるかだって?
こんな茶番に僕が不満を持たないとでも?
駄目だ。さっきと全く同じだ。
我慢できそうになかったから、二度ともここで巻き戻したっけ。
でも今回は言わせてくれ。
どうせ巻き戻すし、言いたいこと全部ぶちまけてやる。
立ち上がった僕に、会議室中の視線が集まる。
「馬鹿馬鹿しいの一言ですよ」
声を発した瞬間、会議室は静まり返った。
止まれなくなった僕は、そのまま言葉を続ける。
「そんな三ヶ月も前の件をほじくり出してきて、今さら何を反省しろと。僕が気に入らないならハッキリそう言えば良い。それを細かいことを挙げてネチネチと。そもそも僕がミミ子と四層行って、誰かに迷惑をかけましたか? むしろギルドに貢献してるじゃないですか。女の子たちだってそうだ。僕が見つけて助けて、一緒にレベル上げをしたんだ! あとからしゃしゃり出てきて、ガタガタ口出ししてくるなんて何様って話ですよ。悔しいなら自分たちも同じことをすれば良い。ハッキリ言わせて貰いますが、僕は彼女たちを手放す気なんて一切ありませんよ!」
腹の中のわだかまりを一気に吐き出してしまった僕は、我に返って目の前のテーブルを見渡した。
皆の呆然とした顔が飛び込んでくる。
ここまで来たら、全部言ったほうが良いな。
「こんな吊し上げで、本当に倫理がどうかなると思ってるんですか? これって只の新人潰しじゃないですか。ギルドの利益を考えるなら、他人にケチつけて足を引っ張る連中を本気でどうにかした方が良いですよ。僕は……人の何倍も、迷宮の床を這いずり回ってきたって言い切れる。その結果がコレですか。こんな仕打ちですか。本当に馬鹿馬鹿しい……そうとしか言いようがないです」
一気に言い切ってしまうと、胸のつかえが取れたような気持ちになれた。
やっぱりストレスなんて、溜めるもんじゃないね。
心地よい爽快感を味わいながら、驚いた顔のまま固まっている左右の人達を眺める。
さて、言うだけ言ってスッキリしたし巻き戻そうかな。
と思った僕の耳に響いてきたのは、小さな拍手の音だった。
驚いて横を見ると、椅子に座ったままのミミ子がぱちぱちと手を叩いている。
急に照れくさくなった僕は、ミミ子の頭に手を伸ばしぐりぐりと撫で回した。
「ガラじゃないよな」
「カッコ良かったよ~」
と今度は拍手の音が、僕の向かい側から聞こえて来た。
予想通り、手を叩いていたのは僕を焚き付けて来たカリナ副議長だった。
「いい演説ね」
「止めて下さい。一体何をどうしたいんですか?」
「そうね。私は強い人間が他人の顔色をうかがうのが我慢できないの。強者は強者としての生き方をすべきだわ」
「そうは言っても……」
「簡単な話よ。皆の前で示せばいいだけ。あなたの強さを」
彼女がやりたいのはこの流れだったのか。
早速、巻き戻して対策を考えたいところだが、全く良い手が浮かばない。
たぶんどれほど譲歩しても、彼女はそれを受け入れずにこの流れを迫ってくるだろう。
「あなたの実力が知れ渡れば、こんな口出しは一切なくなると保証できるわ。でもこのままだと、どうなるかしら。一度奪われたものは、二度目三度目はもっと容易く奪われるわよ」
「そんな簡単な話でしょうか?」
「ええ、とても簡単。見せればいいだけ――圧倒的な強さを。それだけで済むわ」
彼女の言ってることもよく分かる。
でもどう見ても、コレ何かの罠だよな。
今朝のいきなりの呼び出しからの、この激流のような話の進み具合。
怪しむなって方が無理がある。
「強さを見せるって、具体的にどうすればいいんですか?」
「そうね」
そう言いながら副議長は部屋を、いたずらっ子のような目で見渡した。
「丁度そこに、良い試金石があるじゃない」
くるくると動いていた彼女の視線が、僕の横に座る女性へと定まる。
「彼女と戦って勝利を手にすれば、誰も何も言えなくなるわよ」
「本気で言ってますか?」
「ええ、私は大真面目よ。そうね今ここで選びなさい。耳を垂れて全てを受け入れるか、それとも尾を逆立てて全てを勝ち取るか」
「その二択以外もあるんじゃないですか?」
「あんな演説しといて、残ってると思うの?」
うっ、それもそうか。
まあここは一旦、巻き戻して――。
と思っていた僕の肘が、小さく引っ張られる。
目を向けると、珍しく真面目な顔をしたミミ子がじっと僕を見上げてくる。
「どうした? ミミ子」
「もういいよゴー様、巻き戻さなくて」
「でも、これどう見ても嵌められてるぞ」
「いくら巻き戻しても、無駄だと思う。それにこれ以上、ゴー様が馬鹿にされるのは我慢できないよ」
ミミ子の眼は見たことがないほど、やる気に溢れていた。
その思いに揺れていた僕の心はあっさりと決まった。
「分かりました。受けますよ。戦えばいいんでしょ?」
「分かって貰えて私も嬉しいわ。ああ、すごく楽しみだわ……最近、ニニの相手が中々見つからなくて困ってたの。議長もこれで宜しいですか?」
「……私も有望な探求者が、埋もれてしまうのは遺憾に思う。ここは君に一任するよ」
「有難うございます。試合は一週間くらい後なら押さえられるかしら。対戦条件はそこのミミちゃんと一緒に出場で良いわ。あなたが勝てば査問会は今後一切口出ししない。負ければ……そうね、それはお楽しみに取っておくわ」
結局は彼女の手のひらの中で、最初から最後まで全て決まっていたようだ。
僕はどうにもやりきれない気持ちで、傍らに座ったまま何一つ異議を唱えなかった孤高の闘姫様に溜息を吐いてみせた。
▲▽▲▽▲
全員が退室したのを見計らったロンダン中僧正は、小さく息を吐いて自分に掛かっていた『不変』を解除した。
あの若い探求者が指摘したとおり、なんとも馬鹿げた茶番劇だった。
そもそも今回の査問会で、彼は全く議題に上がっていなかったのだ。
それが急遽ねじ込まれた。
カリナ・セントリーニ司教の提案によって。
議長権限を行使すれば却下は出来たが、彼女には先月の件で大きな借りができていた。
ロンダンの部下の僧官に、法を護ることに熱心な男が一人居た。
その男は娼館で不正な金のやり取りがあると怪しんで、色々と勝手に調査を進めたのだ。
そしてあっさりと深みに足を取られた。
それも不味いことに、よりにもよって彼女の経営する娼館でだ。
カリナ・セントリーニ司教は、次期大司教の座が望まれるほどの創世教の重鎮だ。
彼女の影響は自身の管理する娼館に加え、闘技場の運営にも大きく及んでいる。
まさに迷宮都市の西区を取り仕切るその様は、影で『女帝』と呼ばれるに相応しい存在だった。
もっともそんな彼女だが、後継者といった点では恵まれていないようだ。
『女帝』の娘が親を嫌って出奔した話は、それなりに有名だった。
話を戻すと、女に囲まれて骨抜きになっていたその馬鹿は、他の都市に異動を済ませ痕跡は出来るだけ掃除した。
その詫びとしてロンダンが差し出したのが、今回の件の不問とニニ僧官の呼び出しであった。
近いうちに大僧正の位階審問会が開かれる。
この程度の汚れ役で済むなら、安いものだとロンダンは考えていた。
しかしあの若者もとんだ女傑に見込まれたものだ。
ニニ僧官のレベルは6。レベル3に上がり立てでは、全く勝負にならないと思える。
なにかしら下駄を履かせるような算段でもあるのか。
まあ闘技場はロンダンの管轄ではない。
この先のことは、副議長に全ての責任を取って貰えば済む。
「あの女帝も、人の親ということか……」
『海味の匙』―実用性の低い魔法具の一例。使うとほんのり塩味がする古代工芸品。




