事の顛末
どんなに良い装備でも見た目がイマイチだと、入手する気もイマイチになるでござる
ゆっくりと息を吐きながら、ジャイアントマンティスが死んでいく景色を見つめる。
一度コツが分かれば、簡単な相手だった。
ガチガチと大顎を咬み合わせて、カマキリは僕の視線に無機質な眼で見返してくる。
だが脚が全て腐り落ち両鎌も失った有り様では、どうしようも出来まい。
止めを刺そうと矢に手を伸ばしたその時、変異が始まった。
ジャイアントマンティスの腹部が大きく持ち上がり、その腹腔から赤い何かが姿を現す。
長い紐状のそれは急速に伸びて、カマキリの体に巻き付き同化していく。
それと同時に胸部も変化し始めた。
外皮を突き破って現れた紐状の物体が、より合わさって新たな鎌となる。
見る見るうちに巨大蟷螂は、三対の鎌を持つ赤いカマキリへとその身を転じさせた。
「初めてちゃんと見たけど……グロいな」
飲み干したあとの強精薬の空容器を、モルムに手渡しながら思わず呟く。
三層北エリア、下り階段前の大通路でひっそりと真紅蟷螂戦の幕が切って落とされた。
まず仕掛けたのはミミ子の幻影だった。
だがレッドマンティスの鎌は片方三本。
一瞬の攻防でけりが付くかと思ったその矢先、赤い鎌の一撃を食らった幻影がその身を二つに分ける。
『陽炎』の幻影は二体に増えていた。
レベル2になったら幻影が増えたらしい。
隠してた理由を聞いたら、媒体の熱量消費が半端なく多くてお腹を下してしまうからだとか。
ミミ子の尊い犠牲に感謝しながら、僕はレッドマンティスの隙を『見破り』で窺う。
眼前の敵が分裂したことに、戸惑いを覚えたのか赤カマキリの鎌がわずかに鈍った。
その僅かな揺らぎを見逃さず、僕は弦を震わせる。
毒矢の『二連射』。
ってあっさり弾かれた。
鎌が多いから防御も半端ないようだ。手が六本に増えて片面ずつのフォローは三倍か。
なら話は簡単だ。
僕は高速で弓弦をかき鳴らす。
『四連射』。
鎌が三本なら四回撃てばいい。
四本目の矢が綺麗に、レッドマンティスの前足の中関節を射抜く。
「腐って落ちろ!」
しかしながら僕の言葉に反して、カマキリの形体に変化はない。
いや確かに足は腐っていた。だがそれを上回るように再生しているのだ。
カマキリの体内から溢れだした赤い紐状のなにかが、矢口にまとわり付き元通りに修復していく。
「毒が効かないのか……」
僕の矢に苛立ちを覚えたのか、レッドマンティスは腹部を持ち上げ大きく翅を広げた。
だが『凶音旋風』対策の耳栓はすでに装着してある。
吹き付ける風から僕を守るように、盾を構えたリンが少しだけ前に出る。
リンやミミ子をおんぶ中のキッシェにも、くれぐれも鎌の射程範囲には入るなと言ってある。
翅を広げたタイミングでさらに仕掛けた『四連射』はその腹部を貫いたが、うねうねと溢れ出す長い何かに簡単に塞がれる。
やはり今のやり方では、倒すのが難しそうだ。
たぶん『ばら撒き撃ち改』でも同じような結果に落ち着くだろう。
ならば今持てる技能を、全て注ぎこむしかない。
一度きりしか無理だが、その一度はあと20回以上残っている。
焦らずチャンスを待つだけだ。
機会はすぐに訪れた。
レッドマンティスが三対の大鎌を天井に届くほど広げる。
『両鎌交撃』、いやこの場合は六本だから『六鎌交撃』か。
まともに食らうと確実に幻影が消えるだろうし、下手するとミミ子たちも危ない。
しかし窮地こそが絶好の好機でもある。
「…………え~い」
モルムのゆるい掛け声と共に、ゆるい放物線がカマキリと少女たちの間にするんと描かれた。
『喚起の投矢』、そのシャフトに刻まれた熱狂の呪紋が発動する。
五人の視線が集中するなか、カマキリの三対の鎌が中空で急速に行き先を変え投げ矢へ打ち込まれた。
許容外のダメージを一身に引き受けた魔法具は、空中で綺麗に四散する。
これこそが僕の待っていた時間であった。
矢筒へ腕を突っ込み、持てるだけの矢を掴みとる。
『ばら撒き撃ち改』、それに『必中矢』を上乗せするイメージ。
ギュンと弦を耳の後ろまで引き絞り、その照準をカマキリのあらゆる関節に合わせる。
大技を放って硬直時間中のレッドマンティスに向けて、僕はその手の中の力を一気に解き放った。
12本の光線がカマキリに突き刺さる。
赤い虫が溢れだし、当たった箇所へ急速にまとわり付く。
そこへ再度、僕は矢の雨を放った。
もう一度。
さらにもう一度。
四連必中ばら撒き撃ち――――『五月雨矢』。
一瞬でモンスターはハリネズミのような姿と化す。
次の瞬間、ダメージを与えた矢は全て消え去る。
同時に断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、真紅蟷螂は消え失せた。
そして同じく全力を使い果たした僕も、そのまま意識を暗闇に吸い込まれた。
▲▽▲▽▲
気が付くと事の大体は終わってしまっていたが、改めてレッドマンティスを倒してからどうなったかは語っておきたい。
まず真紅蟷螂は、新種モンスターとして登録されることになった。
その変異条件は体内に寄生虫を抱えている個体であること。
そしてもう一つ、その個体を戦闘開始から三分以内に倒すことであった。
再現性の難しい条件だけあって狂言扱いされる可能性もあったが、幸いなことにレッドマンティス戦には観客が居た。
たまたま三層にレベル上げに来ていたパーティが、僕らの戦闘を一部始終目撃してくれていたのだ。
更にいうと、そのパーティは顔馴染みだった。
あの解錠のド下手な斥候リーダーとそのお仲間の人達である。
僕らが殺し屋に絡まれてると思い、いざとなったら助けに入ろうと待ち構えていたところ、真っ赤なカマキリが湧いて度肝を抜かれたらしい。
そのあと全力を出してぶっ倒れた僕を、地上まで運んでくれたりと色々助けて貰った。
ちなみに斥候リーダーは、レッドマンティスからでた銀箱をモルムが鼻歌まじりで罠を外しパカッと開けたのを見て、物凄いショックを受けたらしい。
と、先輩射手の人が後で教えてくれた。
他の探求者の証言や、銀箱から出た魔法具のお蔭で新種発見の報告はすんなりと進み、少しばかりの褒賞も貰えることとなった。
もっとも僕は、銀箱から出たアイテムのほうが嬉しかったけどね。
『蟷螂の赤弓』と名付けられたそれは、真っ赤な複数の弓幹をもつ複合弓だった。
リムの部分が蟷螂の鎌を広げたような形をしており、その三張りの弦が交差した部分に、ちょうど弓柄が重なる造りになっている。
以前の短弓と大きさ自体はあまり変わらないのだが、弓自体の長さは数倍になっている。
当然、威力も数倍だ。だが弦が三張もあるためちょっと引くにもかなり力が必要で、使いこなすには少し訓練が要りそうだ。
そして当たり前の話だが、この魔法具も奇跡が付与されていた。
しかも三つ。
一つ目は『過大』の呪紋、二つ目は『不動』の授与、そして三つ目は『焔舌』の刻印。
複数付くのはたまにあるが、これほどの上位効果が付く品は珍しいらしい。
そのせいで金貨50枚からの打診だった。
売れば金銭面での苦労は、あっさり消え失せる額だ。
かなり悩んだが、結局これも売らないことにした。
この先も迷宮に挑み続けるなら、この弓は僕の良いパートナーになると思えたからだ。
▲▽▲▽▲
『水玉龍の歓楽酒場』は探求者御用達の大衆酒場であり、旬の魚料理とガバガバ飲める安い麦酒が売りの店であった。
今日も煙った店内は、むさ苦しい男たちで溢れかえっている。
そんな呑み屋の片隅で、ため息を吐きながら酒を飲み交わす一組の男たちがいた。
「アイツ凄かったな…………」
魂が抜けたような射手のセルドナの呟きに、小隊の隊長であるソニッドはただ頷き返すしかなかった。
「ああ、あの殺し屋をあっさり倒しただけでも度肝ぬかれたのに、さらにあの超強そうな赤い奴まで倒しちまうとはな…………」
盾持のドナッシが会話を引き継ぐ。
その横に座る魔術士のラドーンの爺さんが、ジョッキを傾けながらその言葉に大仰に頷いた。
もっともみな爺さんと呼んでるが、ラドーンの歳はまだ五十代半ばである。
「あの若者も凄かったが、ミミ子ちゃんの精霊術も中々じゃぞ」
「そうだな。あれってダメージをいくら受けても本体は平気だし、あんな便利なもん見せられて思わず盾を廃業しそうになったぜ」
ドナッシの愚痴に、つまみの刃魚の串焼きを頬張っていたセルドナが首を縦に振る。
「それに可愛いしな、ミミ子ちゃん」
「いやスタイル込みで語るなら、リンちゃん以外はねーだろ!」
「儂は気の強そうなキッシェちゃん推しじゃ」
「あの尻尾で丸まってる姿……最高だよな」
「いやいや、レベル1であんな綺麗な受け流し出来る子は滅多に居ねーぞ」
「おなごは、しっかりものが一番じゃ」
少女たちの論争を始めた三人だが、すぐに虚しそうなため息をつく。
「うちにも女の子のメンバーがいればぁ」
「華がないよなぁ」
「そうじゃのう」
三人の言い分にそれまで黙って聴いていたリーダーのソニッドが、不意に唸り声を上げながらテーブルを拳で強く叩く。
「黙って聴いてりゃ羨むばっかで、お前らそれで良いのか?!」
「なんだよ急に」
「ドナッシ! レベル1の子の盾捌きに見惚れてる場合か。盾撃以外もたまには練習してこい!」
「そうじゃな。リーダーの言うことも尤もじゃ」
「ラドーン爺さんは、いい加減、魔術回数の残数くらいきちんと把握してくれ。何回魔力酔い起こせば気が済むんだよ」
ここで同意すると、次の矛先が自分に向かってくるの判りきっているセルドナは、慌てて話題を逸らす。
「おーい、兄さん。大ジョッキ四杯追加頼むわ」
「同じ射手として、どうなんだよ! セルドナ」
残念ながらその『囮矢』は不発に終わる。
「アイツのあの最後の技みたか? 闘技場でも見た事ないぞ! なんだあれは!」
「まあ落ち着けよ、リーダー。ありゃ特別ってやつだ」
「特別だと」
「そうさ。生まれながらにして持ってるってやつだよ。わかり易く言えば天才ってやつさ」
「…………天才だから何だってんだ。負けを認める言い訳にしちゃ陳腐すぎるぞ」
「いやそうじゃないぜ、リーダー。たしかに俺は天才じゃねぇ……だがそんな普通の才能しかない奴が、コツコツ努力して天才に勝つ! これってすげー盛り上がらねーか?」
しばしソニッドとセルドナは熱く見つめ合う。
そしてガッシリと握手を交わした二人は大きな笑い声を上げた。
「最高じゃねーか!」
「だろ!」
愉快そうに互いの肩を叩き合った男たち。
その二人を呆れたように横目で見ていたドナッシが疑問を口にする。
「ところでリーダーは誰推しなんだ?」
「お、俺か?」
「そうだよ。やっぱミミ子ちゃんか? あ、別に受付嬢でもいいぜ。ミラちゃんも可愛いけどララちゃんも外せねーな」
「俺は…………その…………モルムちゃんを…………」
「おい、ロリコンがここにいるぞ」
「犯罪者じゃ」
「俺、裁判の付添人って一度やってみたかったんだよな」
「そんなんじゃねえよ!」
ジョッキに残ったエールを一気に呷ったリーダーは、頬を赤らめながら語り出す。
「…………俺、あんなに速く綺麗に宝箱開けられるんだなって、今日初めて知ったよ」
「あー凄かったな、あれ」
「そいや、前の時って時間ギリギリだったな」
「だからその…………俺も…………頑張ろうって気になったんだよ」
三十男のデレ気味な告白を、他のメンバーは茶化すことなく黙って頷く。
「俺もいい刺激になったぜ。まだまだこれからだな、俺たち」
「今日は良い物を見せてもらったのう」
「そうそう、コツコツは大事だぜ」
丁度いいタイミングで、大ジョッキ四つがテーブルに運ばれてくる。
「よし、乾杯するか!」
「おう!」
「アイツらの勝利と、俺たちの明日に」
「「「乾杯!!」」」
今日も『水玉龍の歓楽酒場』は、ご機嫌な男たちで賑わっていた。
『四連射』―射手と狩人の最上級技能。素早く四回撃つ
『五月雨矢』―ギルド未登録技能
『囮矢』―狩人の中級技能。敵を引き付ける弾を撃つ。『熱狂』とほぼおなじ効果
『過大』―魔術士の第五階梯呪紋。『過剰』の上位呪。もっと激しくなるよ
『不動』―護法士の第五階梯真言。『不変』と『安定』の複合真言。びくともしないよ
『焔舌』―精霊使いの火精使役術。触った部分が火傷しちゃうよ




