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辿り着いた事実



「ああああああ、もう!」



 何回、このパターンだよ。

 シーツに頭を突っ込んで、足をジタバタさせる。


 糞!

 なんでこう上手く行ったと思った瞬間、足元をさらってくるんだ。

 あの階層を設計した迷宮の主って、性格が捻じ曲がり過ぎだろ。 

 もう鐘塔に辿り着いたら、実は蜃気楼でしたとか言われても驚かないぞ。


 うんざりした気分を首を左右に振って断ち切りながら、次の対策で頭を一杯にする。

 本当にもう助けられない流れだという結論が、心の隅によぎるのだけは絶対に避けなければならない。


「ここまで来たら必ず皆を助けるぞ! ミミ子」

「お~」


 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 

 大穴の階段前に陣取った僕らは、噴水の横に置いた砂時計を黙って睨み付けていた。

 迷宮に突入してから、まもなく四時間と三十三分が経とうとしてる。 


 不意に厳かな響きが、待ちくたびれた僕の頭上で奏でられた。

 本日、二度目の鐘の音を高らかに振りまく塔を見上げてから、大穴の様子をそっと窺う。


 数秒の後、真っ白な霧がまるで間欠泉のように穴底から吹き上がった。

 瞬く間に冷え込んだ外気に、思わず肩を竦めてしまうが、十分に許容できる範囲だ。


 安堵の白い息を吐きながら、僕は穴底へ続く階段へ駆け寄った。

 ゆっくりと鐘の音が薄れ、同時に冷霧が治まっていく様をやきもきしながら見守る。

 穴の内部が落ち着いたのを確認した僕は、皆の方に振り向いて声を上げた。


「よし、行きますか!」


 龍が鐘の音に反応して大寒波を発生させるなら、対応はすこぶる簡単だ。

 鐘が鳴るのを手前で待ってから、大穴に下りれば良い。


 あとは音を出さないように注意して、龍の脇をすり抜けたらゴールというわけだ。

 ちらりと見上げた塔の最上階の窓から、薄っすらとランタンの灯りが漏れているのが確認できた。

 砂時計で計っていた感じでは三度目の鐘が鳴るまでに、あと一時間の猶予がある筈。

 誰ともなく頷いた僕は、階段へ進みかけ――。



「あっ」



 唐突に発せられたアーダさんの小さな叫び声に足を止めた。


「どうかしましたか?」

「今、指輪に緊急事態の合図が……」


 アーダさんがつぶらな瞳を大きく見開いて、党員指輪を嵌めているはずの右手を持ち上げる。

 その目を見る限り、嘘や冗談ではなさそうだ。

 

「ま、間違いとかの可能性は?」

「いえ、確かに助けを呼ぶ合図でした。間違えっこありませんよ」


 慌てて振り向くと、ランタンの灯りがかなりの速度で下の階層へ移っていく様が目に飛び込んでくる。 

 今現在あの塔の内部で、何かが起こっているのは確実なようだ。


 だがここから穴底を抜けて塔へ辿り着くには、少なめに見積もっても十五分は掛かる。


「もしかして……、さっきの鐘で何か起こったのか……」


 鐘の音で再召喚リポップされたモンスターが、アクシデントを引き起こした可能性は十分にあり得る。

 まさか遭難の原因は、それなのか?


 何も出来ず呆然と見守る中、塔を下るランタンの灯りがスッと消え失せた。


 

   ▲▽▲▽▲



「もう、ああ、もう! 今度はタイムリミットかよ」


 横倒しになっていた砂時計を、急いで再スタートさせる。

 僕が知る中で一番正確な時刻の基準は、目覚めたこの瞬間だ。

 

「食料は最低限にして荷物を軽く。矢も減らして、代わりに強精薬スタミナポーションを、いやけちってる場合じゃないか。活精薬バイタリティポーションなら半分で済む。あとはルートのショートカットくらいか」

「もうやってるよ~。でも、あんまり削れる場所はないね。せいぜい数分だよ」

「塔まで辿り着くなら二十分は欲しい。他に何か……」

「あると言えばあるけどね~」

「…………そうだな。イリージュさんに、頑張って貰うか」


 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。


 霧の中を僕らはひたすら駆け抜ける。

 もっとも短い距離の通路を選び、最小限の影だけを倒して。


 休憩を一切入れず、走りながら活精薬バイタリティポーションを飲み干してやり過ごす。

 一刻も早く角を曲がり、あの塔へ辿り着くために。



 そしてとうとう僕たちは、大穴の上がり階段まで到達した。



 重い鎧姿でミミ子を背負って駆けずり回ってくれたアーダさんは、大きな鼻孔からせわしげに息を吐き出している。

 対する僕もずっと荷物を抱えての疾走だったので、すでに両脚の震えが止まらない有り様だ。

 

 だがもっとも辛そうなのは、僕の背中のイリージュさんであった。


 汗にまみれた顔には、長い前髪が貼り付いてしまって別人のような様相になっている。

 喘ぐ吐息も、今にも途切れそうなほど弱々しい。


 無理もない。

 大穴を横切る間だけでも大変だった無音陣サイレントエリアを、北区市街地の大通りからやって貰ったのだ。


 だがそのおかげで、二度目の鐘の前にここまで来ることが出来た。

 あともう少し。

 この階段を上り切れば――。

 

 先に階段の上まで辿り着いていたサリーちゃんが、何とも言えない表情で僕らに振り返った。

 腕の中の砂時計を、静かに指し示す。



 ……残り時間は一分を切っていた。



「いーや、まだだ!」


 諦め切れるものなら、とっくにそうしている。

 出来ないから、今ここに居るのだ。  

 

「来い!」 


 ここからなら届く。

 あの糞ったれな鐘を、いますぐ撃ち落してやる!


 って、仰角が付き過ぎて、鐘がぶら下がっている部分がここからじゃ狙えない。


 どうすれば? 

 答えを求める視線に気付いたのか、ミミ子が黙って僕の背後を指差した。

 いや正確には、僕の背中でぐったりしているイリージュさんをだ。 


 その瞬間、あの鐘を黙らせる方法が、僕の脳裏に閃く。


「……出来るのか?」

「たぶん、大丈夫だよ~」


 ミミ子の返事に、僕の気持ちは定まった。

 再び弓を構えながら、体を乱暴に揺すってイリージュさんの意識を強引に呼び覚ます。


「イリージュさん、今から僕があの鐘を射ます」

「え、あ、はい」

「その寸前にシャーちゃんに、無音陣サイレントエリアを掛けて下さい」

「えっ?」

「あの鐘を静かにするのは、この方法しかありません。行きますよ」

「ま、待ってください。そんな難しいこと――」

「待ちません。時間がないので、一言だけ」


 これまで褒め千切ったり、自信を持てるように色々と頑張ってみたが、どうも方向性が間違っていた気がする。

 今すぐイリージュさんを動かすのは――容赦ない命令しかない。


「いいからやるんだ、イリージュ」

「かしこまりました。主様」

 

 弾んでいた息遣いが嘘のように治まったイリージュさんが、僕の背中から下りて右手にそっと触れてきた。

 腰を落として弓弦を深々と引きながら、今にも動き出しそうな鐘へ照準を合わせる。

 

 背後のイリージュさんと、ピタリと呼吸が重なる感触。

 刹那、軽やかに矢は放たれた。


 空を裂く音を一切発しないまま、蛇矢は天頂目掛けて上昇する。


 固唾を飲んで見上げる僕の両眼が、動き出す鐘の揺れを微細に捉えた。

 寸前で、その内側に飛び込む小さな蛇の姿も。


 視界の中で鐘が大きく揺れ始める。

 だが同時に鳴り響くはずの音が、何一つ聞こえてこない。


 音もなく揺れ続ける鐘の姿は、どことなく滑稽で少し哀れでもあった。


「ふぅ。なんとかなったな」

「おお、見事じゃのう。なるほど、有魂武器リビングウェポンならではの使い方じゃな」

「急ぎましょう。無音陣サイレントエリアの効果が、いつまでもつか分かりませんし」


 僕の呼び掛けに、大きく口を開けていたアーダさんが、慌てて前へ向き直る。

 穴沿いの道を行けば、鐘塔はもうすぐそこだった。


 最後の力を振りしぼって両足を懸命に前へ動かしながら、背負い直したイリージュさんにこっそりと謝る。


「さっきは乱暴な物言いをしてすみません」

「…………いえ」

「イリージュさんのおかげで、本当に助かりました。お詫びに、何でもさせて頂きます。どんなことでも良いので言い付けて下さい」

 

 そこで会話が途切れてしまった。

 相当怖がらせてしまったのかと、自分の迂闊さを猛烈に反省していると、黙りこくっていたイリージュさんがギュッと双丘を押し付けてきた。

 同時に甘い吐息混じりの微かな呟きが、僕の耳元で囁かれる。


「それでしたら、その……宜しければ、またイリージュと……呼んで下さっても……」


 思わず振り返った僕の目に映ったのは、首筋まで赤くした黒長耳族ダークエルフのお姉さんの横顔だった。

 言葉を返そうとしたその時、物々しく扉が開く音が響いてくる。



 急いで視線を前に戻した僕は、扉から現れた人物に声を失った。



 その人物は鐘塔の扉から顔を出して、付近を用心深く見回した後、するりと外へ出てきた。

 そのまま訝しげに塔を見上げて首を捻る。


 息せき切って近寄る僕らに気付いたのか、振り向いた男性は驚きで目を丸くしながらも口の端を持ち上げた。



「よう、ナナシの坊主。こんなとこで遭うとは奇遇だな」

「……………………そうですね、ソニッドさん」



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