計測と記録
鋭い警笛の音が、石造りの部屋に鳴り響く。
その合図を待ち構えていた僕は、何百何千と繰り返してきた動作に身を委ねる。
――四連射。
矢筒から抜き取られた四本の矢は、弓弦を鮮やかに響かせながら順々に的へと飛来する。
その姿は、まるで長く伸びた一本の矢のようにも思えた。
連なった矢の一本目が勢い良く目標へぶつかり、衝突のエネルギーをダメージに変換して瞬時に消え去る。
そこに二本目の矢が間髪入れずに突き刺さって、同様に消滅していく。
矢たちが放つ甲高い衝突音が続けざまに鳴り渡り、卵の表面に大きなひび割れが生まれた。
巻き尺を持った巻き毛の少女が、とてとてと走りより正確にそのひびの長さを測定する。
「…………ただ今の記録、15センチ」
「は~い、15センチと」
壁際に座り込んだ狐っ子が、腿の上に乗せていた画板に数字を書き込む。
それを見届けた少女は、砂時計を確認しつつ警笛を再び吹き鳴らした。
「いっくよー!」
掛け声とともに今度は赤毛の少女が、両手に握る長柄の斧を持ち上げる。
その場で弾みをつけて、くるりと全身を翻し渾身の力で両手斧を卵に叩きつける。
結構狭い空間に加え、助走も殆どないのに見事なものだった。
回転が加わった鈍器は、その重みの全てを卵の表面に放出する。
硬音とともにひびが、堅い殻の上に広がっていく。
「…………ただ今の記録、6センチ」
「うん、なかなかですね」
測定を終えた少女は、またも短く警笛を吹いた。
▲▽▲▽▲
「じゃあ、各自で考えたアイデアを試していこうか」
メイハさんから卵の正体を聞き出した僕たちは再度、隠し通路の第三部屋の前まで来ていた。
羽や冠がないので番人が初階天使ということは判明したが、倒し方に関しては全くヒントを得ることが出来なかった。
分かっていることは、攻撃は一切してこないこと。
一定のダメージを与えれば、回復してしまうこと。
そしてそれにも限度があるということ。
天使も祈力が尽きると、治癒の技が使えなくなってしまうらしい。
「じゃあ、武器を置いて部屋に入ってみよう」
最初に選んだのは、ミミ子の提案だった。
「何もしなかったら、合格とかじゃない~?」
怠けたい気持ちがばっちり透けていたが、ミミ子の主張も一理ある。
相手は筋金入りの平和主義者だ。無抵抗を貫くことが、クリアー条件というのも十分にあり得る。
それに万が一、この一番楽な選択肢が正解だった場合、後回しで明らかになった時の徒労感が半端ないとも予想できた。
「じゃあ、お茶でも飲みますか」
「分かりました。すぐに支度しますね」
ゆっくりお菓子と香茶を楽しみながら、部屋の奥の卵を眺める。
相変わらずツルツルのピカピカな表面は、かち割ってみたい衝動を掻き立ててくる。
その辺りをグッとこらえて敵意がないことを示すために、癒やし効果抜群のミミ子を卵にくっつけておく。
ついでにモルムも、針鼠のハリー君を殻の天辺に乗せて卵をくすぐったりしていた。
そして僕らが部屋に入ってきっかり五分後に、卵は光を放って消え失せた。
まあ試練だから、やはりそう穴をつくような仕様ではないらしい。
「卵なんで、茹でてみようと思うんです」
「ひたすら同じ場所を、殴るのはどうですか」
次はキッシェとリンの提案を採用することにした。
持ち込んだ大量の水を、キッシェが水壁を応用して卵の表面に纏わりつかせる。
その水膜に『沸水の小晶石』を投入し、ぐらぐらと沸き立たせる。
同時に両手斧を構えたキッシェが、ひたすら卵の同じ箇所を殴りつけるという作戦だ。
茹で卵作戦にあまり深い意味はないらしい。
もしかしたら殻が柔らかくなったり、またダメージとしても認識されるかを確認するのが狙いだ。
それに中の人が熱さに耐え切れずに、出てくるかもしれませんとのことだ。
集中の呪紋を掛けてもらったリンは、勢いに任せて豪快に斧を振るっている。
その動きは一見雑なようにも思えるが、よく見ると踏み込む足の位置は寸分違わず同じ場所に重なっており、攻撃箇所もほとんどズレがない。
攻撃に関するリンの天稟は、飛び抜けていると改めて思う。
結果は三度の回復発光の確認で時間切れ。
煮込んだ影響は、少しも感じられないようだった。
むしろ沸騰した水がリンの攻撃のたびに飛び散って、火傷を作る羽目になったりと散々ではあった。
もっともこの茹で卵作戦は、僕に大きなヒントを与えてくれたが。
「…………ちゃんと計測して、数値化してみる」
最後は、モルムの提案を実行に移す。
やることはひたすら攻撃する方針に変更はないが、もっと効率よく攻撃パターンを組み立ててみようという試みだ。
具体的には殻に与えるダメージ=ひびの大きさを測定して、各技能の攻撃力を調査する。
そこにインターバルである技能の再使用時間を加味して、最大ダメージを叩き出す組み合わせを見つけ出すのが狙いだ。
計測はモルムが巻き尺と砂時計で担当し、記録係にはミミ子を任命した。
どうでもいいが合図に使っている警笛は、新奉闘技祭で僕が買ってきたものだ。
ちっちゃな木製のラッパやベルト付き小太鼓とセットになっていて、応援団ごっこができるという素晴らしいお土産だった。
現在は、朝早くから道路を謎の楽団が闊歩しているという苦情を受けて、ちびっ子たちの使用が一部制限中となっていたので借りてきている。
数回に渡る計測の結果、色々と面白い数字が出て来た。
蟷螂の赤弓による僕の通常の一矢のダメージを1とした場合、四倍である四連射は4となるはずが15であった。
これは同じ箇所にほぼ同じタイミングで衝撃を与えているせいで、ダメージが倍になっている計算らしい。
当たった矢が消える仕様のせいで、継矢が発生しないのも関係しているのかな。
しかし今までばらけて当ててたことも多かったが、あれはかなり駄目な行為だったのか。
次にばら撒き撃ち改であるが、十二本分の威力で12となるはずがそうでもなかった。
これは矢の重みが増すほど弦が引きやすく、荷重により威力が増していくからである。
その為、トータルの威力は16となった。
あとは命止の一矢。
これは30という凄まじい数字を、叩きだしてくれたのだが問題も大きい。
まず狙いを定める時間が五秒ほど、且つまともにもう一度撃てるようになるのに三分かかった。
四連射は四十五秒で、ばら撒き撃ち改は一分ほどだ。
最後に五月雨撃ちだが、これは判りやすく16掛ける4で64となった。
同じ箇所を正確に狙えれば、ダメージも増加するはずだが、今の僕ではそこまでの精密射撃は不可能だ。
本当にただ矢の雨をばら撒いているだけの技だといえる。
まあ改良点が見えてきただけでも、素晴らしい進歩かもしれない。
それとこれは再使用時間が五分なので、一回撃つと時間切れまで使用不可となる。
ダメージが50を超えると、卵は回復を行う。
オーバーキルをしても一緒の結果なので、きっちり50に合わせたほうが効率がいい。
技能を使った後に、頑張れば通常の射撃も行えるが、筋肉に疲労が残っているので半分以下の威力まで落ちてしまう。
じょじょに疲労が抜けて、威力は戻っていくのだが回復自体の時間は長くなる。
通常射撃を休めば、回復は早い。さらに疲労回復効果のある強精薬を併用すればなお良い。
それに矢数も問題だ。発光を五回させるだけで、二百五十本とアホみたいな数が必要となる。
僕が普段、持ち歩いている矢は二百本少々なので論外の多さだ。
やはり最適な手段は、通常射撃をしつつ再使用時間を考えながら技能を織り交ぜていくとなるか。
だが今のままでは、まだ足りていない。
もっと効率の良い攻撃手段が僕には必要だった。
長さの単位は独自単位がありますが、分かり易く翻訳して表記しております。




