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消えた卵の謎

 卵が居たはずの場所に駆け寄って、床や壁に何か痕跡が残っていないか探しまわる。

 だが部屋の奥には、卵殻の欠片一つさえも見当たらなかった。


 まるで最初からそこに何も居なかったと思えるほど、卵は跡形もなく消え失せていた。

 もちろん当たり前だが、ドロップ品やメッセージの類も一切見当たらない。

 長らく攻略してきた隠し通路の最後は、呆気ない幕切れとなった。


陽炎イリュージョンみたいな相手でしたね」

「倒せた気が全くしないです。手応えなさ過ぎですよ。どう思います? 隊長殿」

「……………………そうだな」


 今までの経緯を考えるに、これで終わりだと釈然としなさ過ぎる。

 御大層に面倒な罠だらけの隠し通路を作ったり、厄介な番人を配置した挙句が何もないとは全く思えない。

 

 まあ一応、失敗の確証を得てから判断しよう。

 部屋の壁をじっくりと調査していたモルムとミミ子に声をかける。

 もっともミミ子は調べているというか、聴診器扱いで引っ張り回されているだけのようだが。

 

「何か見つかったかい?」

「…………ミミちゃんがここの音がおかしいって」

「どれどれ、ここか」


 壁にもたれて、だらけているようにしか見えないミミ子の隣に座り、同じように耳を当ててみる。

 軽く叩いてみたが、音の違いがサッパリ判らない。


「…………ここの色が微妙に違うよ」

 

 巻き毛の少女が足元の一角を指差す。

 こっちは言われてみれば、周囲より微妙に色が薄くなっている。

 じっくり見ないと気付けないレベルではあったが。


「隠し扉のスイッチかな。動きそう?」


 問い掛けにモルムは、首をフルフルと横に振る。

 扉はあるが、スイッチが反応しないのか。

 これは明らかに試練失敗だな。


「どうされますか? 旦那様」

「そうだな。これは一度、巻き戻しロードて専門家に相談しますか」


 

 僕は部屋を見渡しながら、小さく戻れと呟いた。



   ▲▽▲▽▲



 最初の隠し通路は真っ暗闇で、番人は冥府の不死者。

 二番目の通路は呪紋まみれで、待っていたのは混沌の悪魔。

 三番目は明るいだけで危険性の低い通路に、反撃もしてこない番人。


 流石に分かりやすい配置過ぎて、その辺りに疎い僕でも推測できる。

 

 第一の通路と部屋はテーマ的に終末の老神を表していて、二番目は混沌の幼神にちなんでいるのだろう。

 破壊と混乱が来たら、次は創造と秩序の出番だ。


 卵が自己回復していた点を見るに、三番目は創世の母神の部屋だったようだ。

 となると、開かなかった四番目の通路は秩序を司る護法の男神エリアと予想できる。


 各通路と部屋の意味は、四大神の試練という感じだろうか。

 そう考えると結構大袈裟な感じだが、難易度的に僕らでもクリアできているので小試練といったとこか。 

 いや初見殺しばかりなので巻き戻しロードがなければ、金板ゴールドプレートでもかなり苦しいかな。

  

 まあ、あと二部屋をこなせば、何らかのゴールがあると思えばやる気も湧いてくる。

 そんな訳で僕は現在、迷宮都市の壁の外にあるメイハさんの治療院へお邪魔していた。


 創世神の関係者であろう卵の正体を聞き出す為だ。

 ついでにどうやったら、あれを割ることが出来るかも教えて欲しい。


 

「天使様をお割りになるなんて、とんでもありません!」



 怒られました。



「でも、ただの大きい卵にしか見えませんでしたよ、あれ」

「ええ、御使い様といえば、神秘の楕円像が基本ですよ」


 メイハさんが診察机の本棚から取り出した一冊を、開いて見せてくれる。

 立派な装丁が施された分厚い本のページには、精密な挿絵が載せられていた。


 絵の中央の後光が差している美人が多分、創世の母神様だと思う。

 問題はその背景に浮かぶ卵たちであった。

 

 なんだろう、このシュールな絵柄は……。


 ヴィーナスの誕生のように、軽やかなポーズをとり慈母の笑みを浮かべる女神。

 そして女神を祝福するように、周囲を飛び交う卵の群れ。


 よく見ると卵たちには翼が生えてたり、頭に輪っかが付いていたりする。 

 だが、それ以外は少し陰影が付いているくらいで、全く見分けが付かない。

 白い楕円形が並んでいるだけだ。

 


「……これ、只の手抜きじゃないんですか?」

「何てことを、言うんですか!」



 また怒られました。


 

 メイハさん曰く、女神の御使いである卵天使様は、様々な奇跡を地上にもたらしてくれる素晴らしい存在なのだとか。

 創世の教えのせいで卵さんたちは基本的に非暴力であり、他の命を傷つけることは禁じられている。

 手も足も、出してはいけないということか。


「なるほど、だから卵型なのか」

「違いますよ。卵の形なのは、産まれてくる生命の象徴だといわれてます」


 メイハさんが、少し困った顔で訂正してくれた。

 形の良い眉を寄せて、青く透き通る瞳にじっと見つめられると、鼓動が高まって胸が痛くなってくる。

 可憐な唇を少し尖らせる仕草も堪らない。


 今日のメイハさんは仕事モードなので、金髪を丁寧に束ねて後頭部でまとめるシニョン風の髪型をしている。

 清潔感溢れる白い祭服は、腰や膝のラインが浮き出るマーメイドラインがとても扇情的だ。


 僕の視線に気付いたのか、メイハさんはわずかに頬を持ち上げた。

 そのさりげない微笑みに、たまらないほどの淫蕩さを感じてしまう。


 生唾を飲み込んだ僕は、目の前の美女に手を伸ばし――。



「メイハ司祭様、そろそろ患者様をお通ししてよろしいでしょうか?」



 寸前のタイミングで声が掛かる。


「ええ、どうぞ」


 僕の視線を軽やかに躱したメイハさんは、ナース服によく似た祭服に身を包んだ若い女性に頷く。


「ごめんなさい、次はお昼休みに少し時間が取れると思うのだけど」

「いえ、ありがとうございます。忙しい時間に押し掛けて申し訳ありません」


 頭を下げて退室した僕は、隣の応接室へ移動する。

 お昼までここで時間を潰す予定だ。


 慣れない外街を、暇に任せて出歩く気は毛頭ない。

 キッシェたちを連れてくれば良かったのだが、本日彼女たちは仲良く迷宮を探求中だ。

 

「本日はどうされましたか?」

「司祭様、いつもありがとうございます。腰が大変いとうて――」

「軽く回生リフレッシュをしてから、湿布を当てましょうか」

  

 ここでの治療は、下位の秘跡と薬品を併用した治療が大半らしい。

 ある程度、経費を抑えて大人数を診察するには、このやり方が一番効率がいいのだとか。


 もっとも昔は薬品を揃えるお金もなくて、メイハさんの祈力だのみで強引に治療していたと聞いた。

 治癒術の場合、神殿へのお布施の奉納や奉仕労働を怠れば、祈力の回復が止まってしまう。

 

 そこでメイハさんが編み出したやり方は、自分の祈力の量を徹底的に増やすことだった。

 実は秘跡の対価であるお布施の額は相場も一応あるのだが、だいたいは個人が使用できる秘跡の回数で決まってくる。


 並の治癒士ヒーラーの数倍の祈力を誇るメイハさんだと、秘跡の使用回数が多いためお布施を安価で維持できるという訳だ。

 祈力の回復は、定額のお布施を神殿に奉納すれば全快するので問題はない。

 もともとの才能やレベル補正もあるとは思うのだが、たゆまぬ努力を続けてこられたメイハさんはとても凄いと思う。


「メイハ司祭様、急患です!」

「男性、三十代、左大腿部に刃物が刺さったままになってます!」


 突然、慌ただしい声が舞い込んでくる。

 武器の所持が衛士以外は制限されている迷宮都市とは違い、この外街は誰でも自由に刃物を手にできる。

 そのため刃傷沙汰は、日常茶飯事とまでは行かないが、そこそこ有ったりするらしい。


 小ぶりのナイフが太腿に刺さった男が、診察台の上で横たわって呻いていた。

 垢染みたズボンが赤く染まっている。

 ズボンを手早くハサミで切り裂き患部を診察したメイハさんは、見習いの治癒士ヒーラー二人に頷く。


「ライネ助祭は治傷ヒールの秘跡を。エッサ侍祭は回生リフレッシュで補佐を」

「……分かりました」

「はい!」


 テキパキと指示を出すメイハさんに比べて、見習いの二人はやや不安そうな面持ちだ。

 だが覚悟を決めたのか、ライネ助祭は気合の入った顔で患部に手を伸ばした。


 それに合わせてメイハさんが、男の足に刺さったナイフをゆっくりと抜き始める。

 男が大きく呻いたが、三人とも全く気にする素振りを見せずに患部へ集中している。


 見ているとナイフが動くのに合わせて、傷口が綺麗にふさがっていく。

 そして完全に抜けると同時に、刺し傷は何もなかったように消え失せた。


 ガーゼで溢れた血を拭っていたエッサ侍祭が、即座に患部に手を当てて目を閉じる。

 回生リフレッシュで、治した部分を補強しているのだ。


 怪我を治す秘跡である治傷ヒールは、傷口周りの組織を活性化させ、急速に生成を進めて外傷部分を塞ぐ働きがある。

 当然、肉体は疲弊するし失われた血液も戻ってこない。

 そこで回生リフレッシュを追加することで、増血を促したり細胞に活気を与えて結合を補助しているのだ。


 ちなみに治傷ヒールの上位である再生リジェネレーションだと、やや時間が掛かるが傷口の回復に加え増血や組織強化も同時に行うことが出来る。

 さらに上位の全癒リカバリーの場合、神経なんかも完全に繋ぎあわせて全く元通りに戻してしまえると聞いた。

 だが叙階が上がるにつれて、消費される祈力も大幅に上がっていく。


 けれども今のように、手間は増えるが下位の秘跡を組み合わせることで、上位に匹敵する効果が得られる場合もあるのだ。

 ナイフが取り除かれた男はまだ痛みが残っているのか顔をしかめたまま、力のない笑みを浮かべた。



 見事な連携で男を救った三人に、僕は心のなかで惜しみない拍手を送った。



治傷ヒール―治癒士の第六位叙階秘跡。単に傷を塞いで出血を止めるだけ

再生リジェネレーション―治癒士の第三位叙階秘跡。傷を塞ぎ血を増やし強化する

全癒リカバリー―治癒士の第一位叙階秘跡。完全に治す

救済リメディ―治癒士の第三位叙階秘跡。病原菌を天に還す抗生物質的な役割を果たす


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