夢幻の先
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「君との出逢いは良かったけれど。でも全体的にヴァラクは物騒なイメージしかないよ」
ヨルシカの言には全く同感だ。
頭からつま先まで満遍なく物騒だった。
まあエル・カーラもアシャラも物騒だったのだが…。
俺1人だったならばそれら三つの戦いのどれ1つとして生き残れなかったと思う。
「赤いのは見た目が最悪だったよね」
それも同感。
後臭いだ。
ひたすら血腥かった。
「皮肉なものだ。その身に月光を受けた月魔狼フェンリークはそれはそれは神々しく美しい存在だったそうだ。それに憧れた挙句が死体の寄せ集めとはね。ところで話は変わるが、君の術剣はどんな代物なんだ?」
ヨルシカは“血を使うんだ”と答えた。
成程、血か。
血は触媒としてはそう珍しいものじゃない。
従来の術剣は杖と剣を一体化させた物が多い。
そしてその殆どが剣としても杖としても中途半端な代物だ。
元々の目的としては、距離を問わない武器を希求して開発されたものらしいが、まあ甘い物と辛い物を混ぜ合わせた食べ物が甘党と辛党、両者の需要を満たせるかという話ではある。
「飢血剣サングインって言うんだってさ。ほら、この溝。ここから斬った相手の血を吸うんだ。ちなみに柄頭のココを押すと…いや、押すなよ!?だから押すなって!うん…そうしたら吸血管が出てきてね。私の血も吸う」
なんだその邪剣は…ミシルは何を造ったんだ。
だがまあ理屈は分かる。
血とは即ち命。
触媒に使う事で身体能力、生命力に対して強力な賦活効果を与えるだろう。
そして、ヨルシカの血は…庶子とはいえ彼女にはアシャラ王家の血が入っている。
そういう特別性の血は庶民のそれとはまさに別格だ。
物騒な剣だが、ヨルシカの心強い武器となるだろうな。
◆◇◆
SIDE:ヨルシカ
「そろそろヴァラクだね。ラドゥ団長は元気かな?」
ヨハンは“あの手のタイプは物凄く元気か強敵に殺されてるかどっちかだ”なんて失礼な事を言っていた。
「だって彼はもう73歳だぞ。年齢を聞いた時は俺も驚いたよ。でも凄腕の騎士連中っていうのは殺されたりしなければ大体長生きなんだよな。俺は以前、アリクス王国からやってきた元騎士団長だっていう爺さんに長生きの秘訣を聞いてみた事がある。その爺さんは118歳だったんだが…」
118!!
凄いな…
「秘訣は?」
私が聞くと、ヨハンは“根性”とだけ答えた。
ふうん。
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「明日の朝にはヴァラクだ。まあエル・カーラとは違ってやることはないしな。君の得物を…と思っていたが、ソレがあるなら要らないだろう。予備の武器も今まで使ってたものがあるしな」
うん、とヨルシカが頷く。
“それなりに業物なんだ”との事。
確かに彼女は魔狼の硬い毛皮を一撃で抜いていた。
だが俺はその時、何をしていたのだっけな…
樹皮を使った術を使ったことは覚えている。
術腕もなかったし…
以前あった事を思い出そうとすると、時折、整合性がとれなくなるというか、真っ暗な穴に向かって叫んでいる様な気持ちになる。
多分…秘術の影響なんだろう。
失ったものをどうこういうつもりはもうない。
俺は失いはしたが得る事もできたのだから。
だが、背中が痒いと思ってかいてみたら、全然違う場所をかいていたような気分だ。
痒い場所をかいたのに、そこではない。
だがかゆみは感じる。
そんな益体もないことをつらつらと考えながら、ヨルシカの横顔を眺めているうちに眠ってしまった。
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穴に落ちていく、深い深い深い穴へ。
その穴は余りに深い…この深さは時を意味するのだろう…
ずっとずっと先の世界に俺はいる。
そんな脈絡もない考えが湧いてくる。
穴の底には恐ろしい化け物がいる。
俺は周囲を見渡した。
死体だ、沢山の死体。
ヨルシカはどこだろうか。
いた、俺の手を握っていた。
他には誰かいないのか…
いた、俺の目の前に立っていた。
化け物に向かい合っているのは青年だ。
青年の傍には何人かの戦士達。
そうだった、俺達はこの化け物を倒す為に…
青年が黒い剣を構えた。
俺も術を支度する。
ヨルシカが俺を護る様に体勢を整える。
これが最後の戦いだ、最後の、最後の…
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―ハン!ヨハン!
「…ヨルシカか。ああ、もう朝か」
「いつまで寝ぼけているんだい?ほら、ヴァラクだよ。もう目と鼻の先だ」
俺は大きく息をついた。
何か変な夢を見た気がするが…




