★森へ
◇◇◇
ニヤニヤと小生意気な笑みを浮かべながら草人間を近間から、遠間から叩き斬るヴィリはどこからどう見ても術師ではない。
やってる事はただの剣士というわけでもないのだが。
ともかく、今この瞬間もヴィリは術を使っている。
彼女は一般的な術師とは違い、自らの行動がトリガーとなり術が発動される。この場合の触媒はその行動内容、行動に対する気構えと言った所だろう。触媒とは何も目に見えるものに限るわけではない。むしろ目に見えないものこそが触媒として価値がある場合もある。例えば神への祈りだとかそういうものだ。
そういったタイプの術は手持ちの触媒がなくとも起動できるというメリットがあるが、自らの芯にブレが生じた場合は深刻な出力低下を招くというデメリットもある。
「いいね、乗ってきた! やっぱりお前等そこに居てよ! どうせ逃げようたって森中にアレいそうだしね! あたしが守ってあげる! こいつら鈍感だし、あンまやる気無かったんだけど……状況は良いカンジ!」
ヴィリの振るう剣がどんどん鋭く早くなっていく。
一振りで見えない斬撃を何本も飛ばし、体から仄紅い靄の様なものが立ち上っていた。
「カミサマの使いっ走りに!」
ヴィリが剣を持った腕ごと体を大きく捻る。
「あたしがぁ!」
剣を武器にしている者が何故そんな真似をするのかは謎だが、ヴィリはその剣を思い切り草人間の群れにぶんなげた。
「負けるかよぉ!」
ぶんなげた剣の元へ突っ込んでいくヴィリ。剣がなくともその拳と足で草人間をぶっとばしていく。
そして剣を拾った後はまた投げたり拾いにいったりしていた。
そんな彼女を斥候の2人組みは凪いだ目で見ていた。
あれだけ強ければ多分助かるだろうという根拠のない楽観と、なんだか少し頭が悪いのかもしれないなという哀れみが凪ぎの視線を生み出したのだ。
ヴィリの術はノリが大事なので、明らかに非合理的な行動であっても結果的にそれが正解となりうる事が多々ある。
彼女が立ち向かう相手が強大であればあるほど、それに対して自らが取る行動が英雄的であればある程彼女は強くなる。
放って置けば死にかねなかった斥候2人を守り、怪しい草人間と戦うというのは一見ハンディの様に見えるが、ヴィリの術の出力を高める要因だ。
こういった自身の行動に対する認識で出力が大きく変動する術というのはそれなりに珍しく、他には中央教会の聖騎士階級以上の者が似た様な業を扱う。もっとも彼らの場合はそれを術ではなく奇跡と呼ぶのだが。
ともあれそういう事情もあり、彼女はマッチポンプみたいな真似はしつつも生贄を捧げたとかいいだした緑の使徒を拷問して殺すなどしていた。
それが英雄的かといわれれば全く、断じてそんな事はないが、なにやら他者には窺い知れない彼女なりの一線というものがあるようだった。
まあ今回に関しては彼女はどちらかといえば良い事をしている……かもしれない。
と言うのも、カミサマを全員ブッコロすという物騒な目標を掲げているヴィリは、世界中の神話なり伝承なりもよくよく調べているわけで。
今回大森林で緑の使徒の護衛(といっても彼女自身が何人も彼らを殺してしまっているのだが)をつとめるに至ったのも、彼女が大森林にいるらしいというカミサマを探すためにふらふらしていた所、たまたま樹神が封印されている場所へたどり着き、たまたまそこに緑の使徒の一員がいて、たまたま彼女が馬鹿だから、たまたま説得されてしまい……という理由だ。
なお、連盟の中には神降ろし染みた真似をする者がいるが、ヴィリとしては特に思う所はない。
むしろ強い好意を向けている。
なぜならその者は、カミサマを役立たずと断じて信仰を捨て去り、自分で神のようなナニカを作ったようなチャレンジャーである。ヴィリ的基準ではそれはアリどころか、骨太な行いに分類される。
■
「森に放った者から報告があった。植物で構成されたような人型の魔物が多数出没している様だ。街を取り囲んでいる」
グィルが眼鏡を拭きながらぽつんと言った。
焦っている様子はない。
「落ち着いているのですね」
ヨルシカが問う。その声色には、なぜこんな状況で落ち着いていられるのか、という非難の色も混じっている様に思えた。
グィルは何の感情も籠もっていない目でヨルシカを見つめて口を開いた。
「鈍い。脆い。そんなものが千来ようが万来ようがどうとでもなるからだ。その様なモノに崩される程アシャラはそこまで弱くはない。兵も動く。冒険者達も。防げるだろう、暫くは。問題は本体の方だ。放って置けば手が付けられなくなる。あれは森そのもの。そして森は成長する」
俺は長々説教したり挑発したりする事は好きなのだが、大事な時にウダウダと理屈をつけて行動までの時間を引き延ばす事は大嫌いだ。
やるしかなく、そしてやると決めたなら、すぐにやるべきである。
「では行きましょう。グィル、貴方にも来て欲しい所です。ヨルシカ、公平に行こう。君と君の街の為に命を賭けてやる。君も俺の為に命を賭けろ。来てくれるな?」
俺がそう言うと、ヨルシカはただ一言だけ答えた。
「勿論」




