星の果ての邂逅①~ケロッパ、カッスル、タイラン、ヨルシカ組~
先日1/19、イマドキのサバサバ冒険者コミカライズ連載の四話目が更新されました。ニコニコ漫画、コミックウォーカーなどで御覧いただければ幸いです。漫画家さんは「終の人」「エゴ・エリス」などの作者、清水 俊先生です。「終の人」はドラマにもなりました。現在は「エゴ・エリス」を連載中で、こちらも是非よろしくお願いいたします。
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ケロッパが一行を先導する。
小人族の彼は歩幅も相応に小さいが、影が流れる様に滑らかな動きで先へと進んでいった。
──"這地" みたいな動きだな。魔力が脚へ流れているようだけど
ヨルシカはそんな事を思う。
"這地" とは歩法の一種で、足の指の動きを利用して滑るように移動し、敵手の距離感を惑わすというものだ。
アシャラでヨルシカがヨハンと再会してから、彼女はヨハンと戯れに手合わせを行った。
術は無し、得物も無し、徒手空拳というルールで。
一般的に術師というのは接近戦を避けるきらいがあるが、ヨハンは育ちが悪い為、喧嘩殺法を得意とする。
まあ、結果はあっさりヨルシカの勝利に終わったが。
その時に使った技法がこの"這地" である。
──ケロッパさんは見る限りは、"重み" を自在に操る魔術を得意としているみたいだ。私みたいな剣士には夢の様な力だな……
ヨルシカはケロッパの魔術が自分にも使えないかと考えた。
魔術都市エル・カーラのマイスター、ミシルから『飢血剣サングイン』(魔将の追手④、夢幻の先などを参照)を貰ったはいいものの、その特殊な機能で身体能力を大幅向上させてもなお足手まといにはならない程度の貢献しか出来ていない。
そして彼女は自分の実力を等身大に評価しているが、その公平な視線で見る限りこの大陸の魔は自身の手に余ると考えている。
それ故に、武器となるものが一つでも欲しかったのだ。
──まあ、無理な相談かなぁ
しかしすぐに諦めた。
積み重ねてきた時間と流してきた血や汗を、畑違いの者がそう易々と扱えるわけがない。
でも、とヨルシカは改めて自身の手札を胸中で見直す。
ただ強くなりたいわけではない、守る力が欲しいのだ、とヨルシカは思う。
仲間達を守りたいわけでも、世界を守りたいわけでもなかった。
この戦いに参戦したのも、別に魔王討伐の使命感に燃えていたからではない。
ヨハンが行くと言ったからだ。
閨で、肌と肌を合わせて横になっていた時、ヨルシカはヨハンに「なぜ魔王討伐なんて危険な任務に参加するのか」と尋ねた事がある。
するとヨハンはしかめっ面を浮かべてこの様に答えた。
『魔王討伐に進んで参加なんて確かに莫迦な話だ。俺だって自殺したいわけじゃない。だが──……勘だよ、勘。魔王を斃さねば世界は早々に終焉に向かうだろう。果ての大陸から何かが溢れだしてくる、"良くないもの" だ。これが世界中に広がって、人間は、というより生きとし生ける者すべてが "良くないもの" になってしまう。そんな勘だよ。自分でも何言っているのだか分からないがな。でも俺はこの類の勘を外した事がない。君と旅している時も散々証明してきた筈だぞ』
確かにそうだ、とヨルシカはヨハンの首元に顔を埋めながら苦笑した。
ヨハンが「沢山の人間が死ぬ」というと、本当にたくさん死んだし、「やばそうだ」というと大体ヤバかった。
──ヨハンは「死んでほしくない連中もいるからな」と言っていた。でも私は違う
ヨルシカはただただヨハンだけを守りたかった。
率直にいって、ヨハンを守る為に世界を犠牲にしなければいけないのならそれはそれで構わないとすら思っていた。
重い女だと自分でも思うが、今更もうどうしようもない。そうヨルシカは割り切っている。
◆
一行は星霜で形作られたような回廊をひたすら歩き続けた。
「素敵ねぇ!まるで夜空を歩いているみたい!」
タイランが恍惚とした様子で言った。
そんな彼を横目で見ながら、カッスルはため息をつく。
「呑気なもんだな、おっさん。道もいつの間にか消えちまったし、戻り方もわからねえ」
カッスルは周りを見渡して言う。
これまで歩いてきた道が消え失せていた。
一行はいつのまにか、満天の星空の真っ只中に放り出されたかのような状況に陥っていた。
どちらが北でどちらが南かも分からない。
カッスルの持つ方位磁石もぐるぐると回り続けている。
「そりゃあ周りはきらきらピカピカと綺麗だがよ、いい加減見飽きてきたってもんだ。なあ、ケロッパの旦那!まだ目的地にはつかねえのかい?」
カッスルがいうとケロッパが振り返り、少年の様な笑顔で答える。
「見てごらん、僕の指の先だ」
ケロッパの指の先はとある星々の一団へと向けられていた。
「んん?……あれは、"森の狐座" か?智慧と機敏さの象徴……智慧か、智慧ね。じゃああれか、頭を使って謎をといて、とっとと先に進めって暗示か」
カッスルの言葉にケロッパは小さい頭を何度も頷かせる。
これでいてカッスル・シナートという男は育ちがいい(魔腑の洞①参照)。見た目こそ女コマし第一主義とでも言う様なチャラそうな男ではあるが、佳く書を読みサバイバルの知識に富むため、星座の一つや二つは見ればすぐ分かる。
一行が"森の狐座"へ歩を進めていくにつれ、星の光はより強くなり──……
「あ、今……」
タイランが呟いた。
何かがカチリと切り替わった、あるいはハマったような感覚を覚えたのだ。
見ればヨルシカもタイランも同じ様な表情を浮かべている。
「さて、時間は有限だ!次は "踊る妖精座"へ行こう」と宣言するケロッパ。
彼は説明を続けた。
「踊る妖精座は、春の夜空に現れる幻想的な星座さ。この星座は古い伝承によれば、変化と創造性、夢などを象徴している。妖精という種族は皆も知っているだろう?まあ彼らが僕らの前に姿を見せる事は滅多にないんだけれどね」
ヨルシカはケロッパに「私たちは季節の巡りに沿って進んでいるのですか?」と問いかける。
ケロッパは頷いた。「その通りだよ。この異空間は季節の変化と連動しているようだね。特定の条件を満たさなければ脱出できない空間を創り出す類の魔術さ。僕ら魔術師の奥義、自身の心象領域を物質界へ顕現させるものとは少し違うかもしれないが、似たようなものだと思う。それにしてもこの素敵な術を敷いたのは魔王なのかな?だとするなら理由が気になる所だね」
「ねえ、ところであの黒い靄はなんだったの?」
タイランが横から口をはさむ。それに対してケロッパはやや憂いを含んだ表情で答えた。
「さぁ……僕にもわからない。これは推測だけど、この領域には時間の制限があるんじゃないのかな。季節は巡り、星は流れる。ただの一時だって留まってはいない。マゴマゴしていたら時の流れに押し流され、時の過流の藻屑となってしまうかもね。あれに飲み込まれてタダで済むとは思わないほうがいいよ」
一行はケロッパの説明を聞きながら、次なる季節の星座への道を進んでいく。
春の "森の狐座" から始まり、夏、秋と星座を巡っていく一行は、やがて十二星座の最後、冬の "銀の月の女神座" へと辿り着いた。
周囲の星々が一斉に強く輝きだし──……世界が歪み、溶けていくような感覚。
ヨルシカらはその感覚に覚えがあった。
それは西域から東域への転移、宙空に渦巻く穴に飛び込んだ時の感覚に酷似していたのだ。
「転移だ! 気をつけて!」
ケロッパの警告の次瞬、彼らの周囲は光に包まれ、次の瞬間には大草原のただなかに居た。
空は暗く、満天の星空が広がっている。
「ここは……」
ヨルシカが呆然と呟き、周囲を見回す。
遠くに見える山々の形に見覚えがあったが、彼女が知る "そこ" と "ここ" は何もかもが違うために確信が持てない。
すると、ケロッパが何か得心がいった様な表情を浮かべて言った。
「ほら、見てごらん」
ケロッパが指し示す方向の彼方には連なる山々がそびえている。
「ここは、果ての大陸……かもしれないね」
それはヨルシカが考えていたものと同じ結論だった。
ええ~!?とタイランが野太い声で叫ぶ。
「だって果ての大陸はドロドロでグチャグチャでクサクサだったじゃないの!こーんな素敵な場所じゃなかったわよ?」
タイランの疑問は最もなものだったが、ケロッパはにんまりとした笑みを浮かべる。
「そうだねえ、その答えは……君が知っているんじゃないのかい?」
ケロッパが言うなり、背後を振り返った。
そこにはいつのまにか誰かが佇んでいる。
青い肌の、魔族と思しき青年だった。黒い布を身体に巻き付けたトゥガにも似た服を着ており、血の様に赤い瞳で一行を眺めている。
道で干からびている名も知らぬ虫を見る時、人はこんな目をするのだろう。
そういう無感情、無感動な目だった。
そんな青年に対し、タイラン、カッスルはやや後退りをする。明らかに気圧されている様子だ。
──な、んだこりゃあ……
カッスルは自身が滂沱と汗を流している事にも気付かず、ただただ青年に圧倒されていた。生存本能が「すぐにここを離れろ、逃げ出せ」と警鐘を鳴らす。
タイランはカッスルよりはややマシだが、それも警戒心を一杯に浮かべたような油断のならない顔つきで青年を睨みつけていた。
平気なのはケロッパだけに見えるが、いや、そのケロッパとてこめかみに一筋の冷や汗を伝わせている。
ではヨルシカは?
彼女は驚いたように目を見開いていた。
この青年を知っていたのだ。
忘れる筈がなかった。
その青年はヨハンの、愛する男の、ある意味で仇でもあるのだから。
──あの、時のッ……!
「君は魔将の一人かな?それとも魔王本人?」
ケロッパが軽い調子で尋ねると、青年が答える。
ただし、ケロッパの問いかけに対して答えたわけではない。
──『去れ、下賤。お前たちには己が何をしているか分からぬか。過ぎし日々の楔を以て禍を封じているのだ。それが出来るのは今の己だけ。お前たちに用はない』
青年が言葉を切るや否や。
ヨルシカは掌を短刀で深く切り裂き、『飢血剣サングイン』の柄を握り締める。
その表情は憎悪で歪み、次瞬、彼女の姿が掻き消えた。




