星の回廊①~ケロッパ、カッスル、タイラン、ヨルシカ組~
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ヨルシカは不満だった。
あの場で反対は言いださなかったが、とにかく不満だった。
理由は一つしかない。
しかしそれを口に出すわけにはいかないとも思っている。
不満と言うものは、時と場所と相手を考えてぶつけねばならないという事を理解している。
──時は魔王を斃したら。場所は寝室で。相手はヨハンだ
そんな事を考えるヨルシカだが、周囲の警戒を怠っているわけではない。
だが
「何だかおっかねえが、ちゃんと警戒してくれてるみたいで助かるぜ。ただもう少しこう、トゲトゲを引っ込めてくれるとだな……俺も気を張ってるんだが、アンタの気配がちょっとチクチクと、な?」
先頭を歩くカッスルが立ち止まり、振り向いてヨルシカに言う。
──抑えていたつもりだけど、流石に金等級か
ヨルシカは軽く頭を下げ、詫びた。
「すまない、ちょっと緊張してしまって。気を付けるよ」
ヨルシカが言うと、不意に背を軽く叩かれた。
「分かる!分かるわよォ~ッ!必要とはいえ、よね!?私も女だからヨルシカちゃんの気持ちはよくわかるわよ!あのヨハンちゃんが敢えてそうしたのなら理由があるのでしょうし、その理由を言わないなら言わないだけの理由もあるんでしょうけど、それなら接吻くらい……」
タイランがぎゃあぎゃあ喚き、ヨルシカはその妙な陽気さに少し気分が軽くなった。
カッスルはため息をつき、ケロッパを見る。
ここは一番の年長であるケロッパが〆るべきだとおもったからだ。しかしケロッパは常の軽妙さをどこに置き忘れたのやら、周囲の観察に没頭していた。
再びため息をつきたくなるが「無理ねぇな」とも思う。
内部の様子もそうだが、距離感もおかしい。先程から大分歩いている筈だった。それもまっすぐ。
これは奇妙な事だ。なにせ魔王城の直径よりもずっと長い距離を歩いているのだから。
──歪みの世界かもしれねえ
とカッスルは思う。
歪みの世界とは、言ってみれば異空間だ。
異空間ではそれまでの常識が非常識になり、非常識が常識となる事が多々ある。
カッスルもそういった空間へ足を踏み入れた事が何度かある。危険であると分かってはいても、カッスルは未知を未知のままにしておけないタチなのだ。
そんな病的な程に知りたがりな彼だからこそ、ケロッパの気持ちもよく分かった(魔腑の洞①参照)
そう。ここは隠し扉の先だが、単なる回廊ではない。
一歩足を踏み入れるまではただ長い長い回廊が先に延びているだけの様に見えた。しかし、いざ踏み込んでみればまるで様相が違う。
外から見れば壁面は単なる石壁でしかなかったが、内ではまったく違った姿を見せている。
無機質な石壁が天空に広げられた漆黒のキャンバスとなり、その上に無数の光点がちりばめられている。そしてこれらの光点がまるで遠くの星々のように瞬いており、通路を照らし出していた。
床も、天井もそうだ。
芸術的感性を失調した者ならば、この回廊を安直にこの様に名付けるだろう。
──『星の回廊』と。
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「一歩足を踏み入れればたちまち異界へ。そういった事は珍しいけれど、ないわけじゃあない。それにしても、星界というものが本当にあるのならば──…其処へ至る道はこの様な道なのかもしれないね」
ケロッパがどこか恍惚とした様子で呟いた言葉が、カッスルの脳裏で反響する。
──星界、星界、星界か。遥か空の彼方、星々が坐すとても静かでとても美しく、そしてとても寒い場所だったか?
カッスルは冒険王ル・ブランの手記に書かれていた事を思い出した。
ル・ブランとは地底都市、海底都市、天空都市、果ての大陸にまで渡った事があるとされ、星界を垣間見た事もあるという実在していたのかいないのだか分からない大昔の冒険者である。
そんな彼は多くの書物を書き、それを後世に残したとされる。
そのうちの一冊をカッスルも読んでいた。




