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イマドキのサバサバ冒険者  作者: 埴輪庭


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223/240

魔胎、孕むは邪

 ◆


 一行は会話を交わすことなく城に向けて進んでいった。先頭を歩くのはカッスルとカプラである。

 城までは大分距離があるが、視界に映る大きさを鑑みるに相当大きな城だと思える。


 空には赤黒い雲が垂れ込め、その中からは何か名状しがたい存在がひそかに観察しているかのような気配が漂っていた。頬を撫でる風には血のような臭いが混ざり、その瘴気は彼らの心にまで染み渡る。


「あの城は守りだとか攻めだとか、そういう事を考えて作られていない様に見えるね」


 ケロッパがぽつりと呟く。

 それは誰かに向けられた言葉ではなく、どちらかといえば独り言の類であった。


 確かに、とヨハンは思う。


 荒野に佇む魔王城には、物見塔だとか防壁だとか、本来あるべき守りの設備がない。スケール感を無視すれば、荒野に伸びる悪趣味な茸の類に見える。不気味さと悪趣味さは充溢しているものの、あの城を魔族の本拠地だとするならばもう少し堅実な何かが必要にヨハンには思えた。


 ・

 ・

 ・


 堅固に守られているという様には見えないという印象は正しく、意外にもというか案外にもというか、一行はさしたる妨害もなく魔王城に接近出来た。


 近くで見る魔王城は単なる奇妙さを超えていた。建築学の基本さえ無視したその形状は理解不能な幾何学的パターンで構築されているかのようだった。壁には触れてはいけないと直感で感じるような不気味な紋様が刻まれている。


 ケロッパは壁には触れるなと一同に注意する。ヨルシカがヨハンを見ると、ヨハンも魔王城の壁面に刻まれた紋様に厳しい視線を向けながら頷く。


「で、で、でかい!」


 ゴッラが城を仰ぎながら言う。


 そんな彼に、おおきいわねえ、ふといわねえ、などとタイランが応じた。


 ケロッパとヨハンは壁面について議論を交わし合っていた。ザザとランサック、クロウ、ファビオラなどのアリクス王国組は何やら話し込んでいる。真剣な雰囲気はない。良くも悪くも肩の力が抜けており、しかしラグランジュは一行の緊張感の無さに苛々し、そんな彼女を意外にもヨルシカが宥めていた。


「まぁまぁ。余り緊張していてもよくないよ。貴女も剣士なら分かる筈だ。切れ味鋭い一撃が脱力から生まれるという事を」


「そういわれればそうかもしれないが、仮にも敵の首魁の根拠地なのだから……いや、しかし……」


 ラグランジュは男性嫌悪主義者(ミサンドリスト)のケがあり、基本的に男に対して当たりが強いが、女性に対しては真っ当な対応を返せる。勿論男だからって無差別に嫌うわけではなく、実力が伴わない権威主義的な男でなければいきなり発狂したりはしないのだが。


「うへぇ、あの壁から感じる厄い気配は……邪教の本拠地とかでたまに感じた奴だな。俺は詳しいんだ。連中の大半はかなり雑で、邪教だの邪神だのと言っていても適当で感覚的な儀式をおっぱじめやがる。だから大抵は何も起こらないんだが、中には"本物"もあるんだよな……」


 ランサックはそんな事を言った。

 元法神教徒であるランサックは異神討滅官という役職に就いていた。


 仰々しい名称だが、やっている事はろくでもない。異神討滅官などというのは言ってしまえば法神教に傅かない者達や、法神教の邪魔となる土着の神などを消し去るというどうにもヤクザな仕事なのだから。


 兎も角も、その経験からランサックには分かるのだ。城全体に刻まれている紋様は並々ならぬ邪悪の一構成物であると。


「魔王という奴の仕業か? 俺も良くないものを感じる。だが……」


 ザザが首を傾げた。


「俺の故郷に"魔を以て魔を制する"という言葉がある。強大な力を持つ大悪霊の力を封じるため、別の大悪霊をけしかけるみたいな事を得意とする連中がいるんだ。オンミョウジ……だったかな。そいつらが使う術の禍々しさに似たものを感じる」


 それを聞いたヨハンはふぅんと妙な声を出しながら壁面をマジマジと視た。紋様の一つ一つから感じるものはあらゆる負の感情だ。心が弱い者ならばこの壁面を見ただけで気鬱になってなってしまうかもしれない。


 ヨハンは視た。


 真っ黒く、粘着質な大気を束ねた不吉な竜巻を。

 無数の白い髑髏が風の波涛の波間に見える。

 粘着質な風が生者の皮膚に触れようものならば、皮も肉もべろりと剥がれてしまうだろう。


 ヨハンは自身の精神世界を強く意識する。黒い太陽がぎらりと輝き、森々が瞬く間に広がり、大地に深く根を伸ばしていく。大気は猛毒を孕み、外部からの侵入を強く拒む。


 その世界を先に見たイメージへ重ねていくのだ。


 見るのと視るのとは似ているが違う。


 例えば一つの赤い林檎が目の前にある時、それを見るならば色が赤いとか香りが芳醇だとか、色艶が優れているだとかそういう点が見えるだろう。


 しかし視るとなると話が変わってくる。

 その林檎の背景が浮かんでくる。林檎は自然のものか、人の手によるものなのか。後者ならば誰が何の為につくったのか。食卓に並べる為か、それとも家畜の飼料としてか。林檎の樹が植えられた土壌の質はどうなのか。


 術師の多くは"視る"ことが出来るが、どの様に視るか、どこまで視る事が出来るかは術師によって様々である。


 そして、"視る"ということは"視られる"事と同義であり、悪意のあるモノを視た場合、自身の精神へ悪意が逆流してしまいかねない。それを防ぐ為に備えるのだ。いざ悪意が流れ込んできても、それを迎え撃ち、磨り潰す事ができるように精神世界を整えておく。


 術師にとって自身の精神世界は最大の武器であり防具でもある。


 ──(ヤワ)な精神では"呑まれて"しまいそうだ


 ヨハンはそう思うが、壁面に渦巻く呪いのヴェールの奥には何があるのかを視ようと、より深く精神の目を凝らした。


 触れるもの皆全てに食らいつく呪いの念は、渦の中心へ向かっている様に視えた。


 ──何がある……? 


 ヨハンは更に集中力を高めていった。

 そして漸く垣間見えるのは……


 ・

 ・

 ・


 "それ"は巨大な岩の塊であった。


 見上げる程に巨大な岩だ。岩のいたる所に切れ込みが入っている。不気味なのは岩のあちらこちらに人骨がへばりついている点である。


 人間の骨のようなものもあるが、眼窩が四つあったり頭部に角があったり、明らかに人間ではない骨も幾つも混じっていた。


 そういった骨が巨大な岩にへばりつき、すがりつき、爪で、歯で岩を削り取ろうとしている。


 ドクン、と世界全てが震える様な鳴動があった。

 岩に刻まれていた切れ込みが、目を開けたのだ。

 切れ込みに見えていたのは目だったのだ。

 目の数は100か200か、或いは1000か? 

 開かれた目から赤い液体が流れ落ちる……まるで血の涙だ。


 血の涙に触れた骨が溶け、朽ち果てていく。

 岩は再び目を閉じ……


 風が吹いた。


 黒い風が骨をのせ、びゅうびゅうと吹き荒れた。


 骨の群れは岩に縋りつき……その内の一体がぎょろりと"こちら"を向いた。


 風向きが変わる。

 ヨハンに吹き付ける黒い風。


 黒い風はヨハンの精神世界にまで入り込み、何体かの骨が歩を進めようとした所で、大地から伸びた木製の棘に足を貫かれて歩みを止める。立ち止まった骨たちは空に輝く漆黒の太陽に焼かれ、炙られ、大気の毒が骨をグズグズに溶かしてしまう。


 ・

 ・

 ・


 ヨハンは目を見開いた。

 何かが分かった様な気がした。


 ──封印、か? 


 誰が、何を封印しているのか。

 ヨハンにもそれは分からない。分からないが、答えは城の奥にあると霊感が告げていた。


 ただ、少なくとも先代勇者が施したものとは考えられないし、真っ当なものでもないとヨハンは考えた。


 例えるならば器の中に極めて凶暴な毒虫がいたとして、その毒虫の勢いを弱める為に別の毒虫を大量に注ぎ込む……ヨハンが視た封印ヅラした何かはそのようなものだったからだ。魔王に対して施される物にしては些か邪悪に過ぎる。


 ヨハンがそんな事を考えていると、軽薄そうなチャラ声が聞こえる。カッスルである。ヨハンはカッスルの顔をマジマジと見て、少なくともすぐに死にそうな感じはしなかったので少しだけ安堵した。


 ・

 ・

 ・


「じゃあちょいと行ってくら。正面から入るのはどうもなぁ。裏口でもあればいいんだが」


 カッスルが飄々と言い、魔王城へと向かっていく。

 その後からカプラが。彼らの仕事は魔王城に対してのよりよいアクセス方法を探す事である。


 正面から全員がノコノコと乗り込んで、罠で一網打尽にされました、では話にもならない。最低限度の安全の確認は必要であった。


 ◆


「とはいうものの、俺の生存本能みたいなものがギャアギャアと喚いてるぜ。近づくなってな」


 カプラはカッスルを無視して歩を早めた。

 カッスルは無視された事を無視してなおも続ける。


「アレも一応城なんだろうけどな、城なら隠された脱出路みたいなものがあるはずだ。一般的な城には平均して5の隠し通路が仕込まれているという」


 そこでカプラはちらとカッスルを見て、軽くため息をついた。カッスルの言は理に適っている様に思えるが、それはあくまでも常識の範囲内の言に過ぎないからだ。転移の魔術にも通じる魔族ならば、遠く離れた場所へ移動するための魔法陣の一つや二つ、あっても何の不思議もない。アレのどこが一般的な城なのか、としかりつけてやりたい気分であった。


 カプラは温かみのない視線の刃をカッスルへ向ける。彼女が見る限り、カッスルという男はどうにも軽薄なのだ。彼女はその様な人間を好まない。


 それに比べて、とカプラは往時……どこか気恥ずかしい感情を抱いた相手との日々を思い出した。裏路地で知り合い、僅かな間支え合ったあの少年と再会をしたいと彼女は思っている。


 ──この任務が終われば、私は一生遊んでいられるほどのお金と、自由な身分を得られる。そうなったら私はアルを迎えにいく


 アルとはアルベルト・フォン・クロイツェルである。東域でもアリクス王国に次ぐ勢力を誇るテーゼル公国の貴族の嫡男でありながら、劣等な容色により両親から嫌悪され、廃嫡された少年。


 薄汚れた野良犬の如き日々に精神は歪み、やがて道を踏み外し、人の姿をした怪物となり果ててしまい、やがてクロウによって胸をぶち抜かれて討ち果たされた(Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~メンヘラと外道術師①以降参照)。


 アルベルトが既にこの世を去っている事をカプラは知らない。


 ・

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 ・


 カプラの腰に括りつけた小物入れからキィという音が鳴る。カプラはびくりと肩を跳ね上げ、唇を噛み締めた。


 カッスルも同様だ。忌々し気な視線が腰に向けられていた。


 彼らは例の木彫りの人形を所持している。カプラなどは人形に触れるのも嫌がったのだが、連盟魔術師ヨハンがカプラに向き直り、彼女の死についてつらつらと語り出したので仕方なく従う事にしたのだ。


 カプラはヨハンが苦手だった。

 黒い瞳の奥に得体の知れないドロドロした何かが、グツグツと煮立っているように思えるのだ。


 ──あの術師の目をみると、視線を通じて穢らわしいモノが流れ込んでくるみたいで凄くいやだ


 というより、カプラは勇者とその仲間達というからにはもっとキラキラとしているものではないだろうか、とやや不満であった。彼女が幼い頃に読んでもらった"勇者物語"では、もっとヒロイックな印象を持った覚えがあるのだ。


 ──きらきらというか、ギラギラしてるよね


 そんな事を思いながらカプラは城の周辺を散策しはじめた。


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まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
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