戦場百景
◆ヴァラク◆
ヴァラクのラドゥ傭兵団の本拠地
屈強の猛者共が、ラドゥ傭兵団の猛者共が長机を囲み話し合っている。
内容は如何にこの街を防衛するか、だ。
何から?
魔族の侵攻軍からである。
猛者共の中には3人の冒険者もいた。
冒険者と傭兵の二足の草鞋。
つまり、両履きということだ。
「……この先、どうなるのかしら…」
3人組の内の赤髪の女性…セシルが常の凛とした表情を、この日ばかりは深刻の沼へと浸していた。
街を襲う魔物の数は余りにも多い。
ヴァラクは都市常備戦力を編成し、これに対応。
都市には南北に2つの大門を備えており、このうちの一つでも突破されたならばヴァラクは陥落の憂き目に遭う可能性が高い。
とはいえ魔物の大量発生程度ならば、まあ犠牲は伴うだろうが街は落ちないだろう。
レグナム西域帝国は多くの都市を抱えるが、傭兵都市ヴァラクはその中でも保有戦力が頭一つ抜けている。
常備戦力もそうだが、都市が抱える傭兵団の力によるところも大きい。
なおヴァラクは特別な自治権を帝国から授けられており、通常は都市の権限で万事を裁量出来るが、有事の際は帝国の指揮権下に入る事となっている。
当然傭兵達も帝国兵として戦う事になるが、これは事前了解を取ってある。
自由を愛する彼等ではあるが、本拠地となる場所はどうしたって必要なのだ。
そういった本拠地を設立する地は大体どこかの国の土地となり、しかし多くの国は傭兵というものを余り好かない。
何故好かないかなどは説明する必要はないだろう。
そういった嫌悪の念はどう取り繕おうとも傭兵達にも伝わるもので、これは潜在的な敵対の芽を育てる一要因となっていた。
だがレグナム西域帝国は傭兵達を便利使いするにはするが、同時にメリットも与えた。
彼等に安心して帰れる地を与え、また国からの支援も施したのだ。
ヴァラクには負傷し剣を持つ事ができなくなった傭兵達も多く居る。
彼等には帝国から障害年金が支給されている。
この年金を受け取る条件の一つとして有事の際の帝国指揮下に入るというものがあった。
そういう事情があるなら傭兵達も話は別で、ヴァラクへ、ひいてはレグナム西域帝国への里心が生まれる。
そして一旦里心が生まれてしまったからには帝国皇帝である『愛廟帝』サチコの術が深層に作用し、帝国へ背を向ける事ができなくなってしまうのだ。
この複雑な蜘蛛の巣の如き絵を描いたのは帝国宰相ゲルラッハその人である。
そういうヴァラクであるから生半可な戦力では落ちないのだが、そうはいっても街を囲む魔物の大群の数には多くの市民が不安の念を抱かずには居られなかった。
◇
「大丈夫だよセシル。なんたってここにはオジサマがいるんだから」
紫がかったショートカットのやや小生意気そうな少女が言う。
彼女の名はリズ。
術の才も武の才も斥候の才も余りないが、努力という才はそこそこ持っている少女だ。
彼女が言うオジサマとは…
「団長と呼びなさい、リズ」
森の奥地に佇む巨岩を連想させる重い声が響いた。
ラドゥ傭兵団団長、元オルド騎士、『重い波の』ラドゥであった。
「ごめんなさいラドゥ団長」
ぺこりとリズが頭を下げるとラドゥはウム…と複雑そうに彼女の後頭部を見ながら頷いた。
リズは決してラドゥを軽くみているわけではなく、むしろ強い思慕の念を向けている。
ラドゥの施す厳しい訓練にも弱音1つ吐かずについてゆき、プライベートではオジサマオジサマとまとわりついてくる少女には流石のラドゥも絆されざるを得ない。
リズが言うには"オジサマは死んじゃったおじいちゃんそっくりなんだよね"だそうだ。
「けっ、団長の前でだけカマトトぶってるんじゃねえぞメスガキ」
金髪の青年が悪びれた声で言う。
彼の名はガストン。
術の才能は無く、武の才は少しだけあり、努力という才はイマイチな青年だ。
斥侯という特殊な職業においての才は中の下と言った所であろう。
「うるさい、負け犬。噛みつくなら私じゃなくて外の魔物に噛みついてきなよ。どうせすぐ挽肉になるんだろうけど」
リズが躊躇なくガストンを中傷し、ガストンも目つきを険しくしてリズを睨んだ。
セシルは以前から全く成長しない二人を見て項垂れる…ことはなかった。
「はあ、あんた達は…。悩んでる私が馬鹿みたいね。団長、この先都市はどう対応するのでしょう。我々もいずれは都市外へ迎撃しにいくとは思うのですが…」
セシルが質問をするとラドゥは顎を少し撫で思案し、答えた。
「都市の常備戦力である程度迎撃は出来るだろう。我々は都市内へ魔物が侵入してきた際の万一の為の備え。だが…」
ラドゥは言葉を切った。
他の団員達やセシル、そしてリズ、ついでにガストンは続きの言葉を待つ。
「魔物共を統率する存在が常備軍の手に余りそうならば、我々も出る事になろうよ。要は頭狩りだ。指揮官級の暗殺。受けに長けぬ、しかして攻めには長ける我々のような傭兵に向いた仕事といえる」
「しかし、あれほどの大群を突破して指揮官を撃破と言うのは…」
セシルが言うと、ラドゥの視線は部屋の隅でパン菓子を貪っている男へ向いた。
厳しい鍛錬でゴム毬のごときブヨブヨだった肉体はほんの少しだけ引き締まっている。
ほんの少しというのは、鍛錬の途中で抜け出して間食や風俗に勤しむからだ。
だがラドゥや周囲の者が彼を見限る事はなかった。
なぜなら鍛錬の放棄は彼等が激昂するギリギリのラインを攻めていたし、更にいえば危険度の高い仕事でカナタは複数名の団員の命が失われる事を未然に防いだという実績もある。
「奴に進路を選ばせる」
一同は納得の様子で頷いた。
その男の名はカナタ。
術の才は皆無で、武の才も皆無だ。努力は嫌い。
だがその斥侯としての才はイム大陸広しといえども、彼に比肩する者は居ない。
武の神も術の神もカナタを忌み嫌い、近寄られる事すら嫌悪するが、勘の女神は彼に情熱的な接吻を捧げ続けているどころか、股すら開いて彼を求め続けている。
◆エル・カーラ◆
魔導協会所属、一等術師『雷伯』ギオルギは険しい目で眼下の光景を見渡した。
長い髪は全て白くなり、細い目には濃い懸念の色が浮かんでいた。
雷伯とは彼が雷を佳く操り、さらにレグナム西域帝国における伯爵位を戴いている事から名付けられた異名だ。
齢80をこえても尚も現役にあり続けるのは彼の術師としての業前を示すものであった。
彼が見下ろすのは魔軍の雲霞である。
魔導都市エル・カーラはまさに今魔族による大侵攻を受けていた。
戦場には炎球が乱れ飛び、氷牙が大気を引き裂き飛翔している。
毒が大地を穢し、そこはまさに魔の饗宴であった。
エル・カーラの時を刻む魔針塔は常の機能を放棄し、有事の際の結界生成器と変じて侵攻をかろうじて食い止めてはいるが、都市全域を防護する大結界等と言うのは長い時間もつものではない。
どこかのタイミングで敵侵攻勢力を削ぐ必要がある。
エル・カーラとて都市を囲う壁は存在するが、そんなものこの数を前にすれば鎧袖一触だろう。
都市からの攻勢迎撃により敵侵攻勢力の起点…要するに指揮官級と目される魔族を撃破、そして指揮官撃破に伴う魔軍全体の侵攻速度の副次的減衰を為さねばならなかった。
レグナム西域帝国首都、帝都ベルンからは既に援軍が派遣されているが、援軍の到着はどうみつもっても数日はかかる。
幸いにも都市にはギオルギを始め、複数の上級協会術師がおり、また余りやりたくはないが
――学徒動員もやむを得ぬか。しかし
ギオルギは悩む。
とはいえ、皆殺しの憂き目に遭うとなれば…
◇
エル・カーラ魔導学院、大講堂。
生徒達は避難勧告を受けてここへ集められている。
教師陣は一部を残して都市防衛隊に組み込まれた。
多く生徒が不安そうにしている中、一部の生徒達はやや様子を異なるものとしている。
具体的にいえば3人の悪ガキ共であった。
実際に悪い。
殺人の経験を積んだガキなのだから。
まあその時はやむを得ない理由があったとはいえ。
「私に秘策があるわ!」
赤髪の少女が堂々と言い放つ。
それを蒼い髪の少年がニコニコしながら、黒い髪の悪びれた少年は遠い目で見つめている。
ギオルギは以前名前だけ出てきた人です。
閑話魔竜殺し を確認してください。
また、この先は拙作の作品中のクロス要素が頻発するとおもいます。
例えばこの作品の中にMemento-Moriの登場人物が出たりすることもあるでしょう。
勿論、どちらかを読んでいないとさっぱりなにがなにやら…という書き方はしません。
とりあえずそういう事もあるとご了承くださいますようお願いいたします。
よほど注意しておかないといけない要素や報告はもちろんあとがきなどにも書きますが、活動報告でも報告します。
画像の差し替え報告などもあるとおもうので、その辺は逆お気に入りにしていただければすぐ分かると思います。
ともあれしばらくはこんなかんじで各地の事を書いていきます。
主人公もそろそろ出しますね。




