37 自転車通学3日目
水曜日です。昼休みに私、高槻由真と彼、吉田鷹広は女子たちに囲まれています。
「どういうことなの?」
「どういうこととは?」
「だから、いつになったら勉強会をやるのよ!」
そう言われても困るなと思いながらチラリと隣を見たら、そのことに八木さんが噛みついてきた。
「何を見つめあっているのよ。えっ、何? 二人はつき合っているとでもいうわけ?」
「はっ?」
ポカンと口を開けて見上げたら、ギリッと音がしそうな顔で睨まれた。
「そういうことだったんだ。だから、私たちが吉田君に近づくのを嫌がったのね」
「えっ、と?」
「汚いことをするじゃない。ただでさえ由真は吉田君と近いのに、私たちを近づけないように嘘の話をして気を引いたのね」
「へっ?」
先程から女の子としてはあるまじきな言葉が口をついて出てきている気がする。
……などと、つい八木の言い掛かりに思考を明後日の方向へと向けてしまった。
けど、そんなことをしてもどうにもならないと思い直し、八木へと視線を向けた。が。
「ちょっと、由真に言い掛かりをつけているんじゃないわよ」
「関係のない路香は黙っててよ」
「関係なくないわよ。ここで由真たちの周りを囲まれると、邪魔なのよ」
蕪木路香に睨みつけられて、八木以外の女子たちはばつの悪そうな顔をした。
「それにさ、由真たちが勉強会をいつから始めるかなんて、由真と吉田君の都合がついてからに決まってんでしょ」
「でも、約束をしたじゃない。それを反故にするのはどうかと思うんだけど」
「反故になんかしてないでしょ。今週は自転車通学に慣れるために早く帰れって、親に言われてるから無理だって言っているだけじゃない」
「それがおかしいでしょ。なんで慣れるのに一週間もかけるのよ」
八木の言葉に路香は盛大なため息を吐きだした。
「あんたに想像力を期待した私が馬鹿だったわ」
「ちょっと、馬鹿とは何よ、馬鹿とは」
「八木のことを馬鹿とは言ってないでしょ。私は自分のことを馬鹿だったと言ったのよ」
キッと八木のことを見据えて路香は言った。
「いい。みんなに分かり易く言ってあげるから、よく聞きなさい。由真と吉田君が住んでいるマンションは学校をでて目の前の道をほぼ真っ直ぐ東に行った、徒歩45分以上かかるところでしょ。で、この学校前の道って、交通量多いわよね。そこを急に自転車通学しろってなったのよ。親が心配しないわけがないでしょう。それをたった2日学校に通っただけで、安心するとでも?」
路香の言葉に女子たちは気まずそうに視線を逸らした。八木も唇を噛んで俯いている。
(こんなことにならないようにしようとしたのに……)
私は吐きだしそうになったため息をのみ込んで、どうにか出来ないかと考えた。でもいい答えが出てこなくて途方に暮れかけた。
その私の耳に微かに息を吐きだす音が聞こえた。
「わかったよ。それほどいうのなら、今からしようか」
「えっ?」
聞こえた言葉に固まる女子たち。私も彼のことを凝視してしまった。
「だから、放課後はしばらく無理だから、昼休みにしようって話だよ」
「ほんとう~?」
女子たちが黄色い声……歓声……も違うか。えーと、嬉しそうな声をあげた。
で、いいか。そして、いそいそと数学の教科書を取りに行った女子たちは彼のことを再度囲んだ。
「私、この問題がわからなくて~」
「あのね、この方程式が……」
「私はここなの!」
一斉に教科書を突き付けて彼に聞く女子たち。彼は少し仰け反りながらも見せられた問題を見ていた。それから、自分の教科書を出すと筆箱から付箋を取り出して、彼女たちがわからないという問題に貼っていった。
それから徐に立ち上がると黒板のところへと歩いて行った。
「時間がないことだし今日は2問だけだよ。先ずは……」
チョークを持つと、教科書に書いてある問題を書き写して、それの説明をしながら解いて見せた。女子たちは彼のその様子を、頬をうっすらと染めて見ていた。
「……となって答えが出るわけだね」
説明を終えた彼は後ろを振り返って女子たちを見て眉根を寄せた。女子たちは彼が不機嫌になったことに気がついて戸惑っている。
「教えてと言ったのに、やる気あるの? ないんだったら、やっぱり無しにさせてもらうよ」
彼の言葉にハッとした女子たちは慌てだした。教科書と黒板を見比べている。
「それで、わかったの?」
「あ、あの、ごめんなさい。もう一度教えてください」
彼にその問題がわからないと言った女子が申し訳なさそうに言った。
「わかった。それじゃあ、応用問題で」
彼は黒板に別の数式を書きだした。それを見ていた女子は慌てて自分の席に行くと、ノートとシャープペンを持って戻ってきた。それを見た他の女子も同じようにノートを持ってくる。その様子を横目で見ていた彼は、女子たちが揃うのを待って、再度説明をしながら問題を解いていった。
私は自分の席から「へえ~」と感心しながらその様子を見ていたけど、教室内にいる何人かがノートを取り出して書き写しだした。沢渡も一生懸命に書き写しているのに気がついて、私は路香と顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
彼がその問題の解説を終えたところで、昼休み終了のチャイムが鳴ったのでした。




