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観音浄土をめざして~疑似体験ツアー【明鏡止水の気持ちになんて、なれやしないッ!】  作者: 尾妻 和宥


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7.「ウツシミ。ツナ・サシミのなまった言葉みたい」

 托鉢僧はある建物に入っていった。

 看板にはジェットコースターの絵が描かれていた。

 どれどれ……これがバブル期にオープンした当初、九州一円で最大を誇った乗り物だって?

 よくぞ、このダサいデザインで大見得を切ったものだ。東京ディズニーランドやUSJの絶叫系マシンとは千光年ほどの隔たりがあった。



 建物のなかは納骨堂のように、ひんやりしたうえ薄暗かった。

 破れた天井から太陽光線が斜めに差し込み、金色に光る埃をまきあがらせていた。

 どうひいき目に見ても、一九九九年に閉園へ追い込まれたっきり、三度目、リニューアルオープンしたとは思えない。

 僧侶は駅のプラットホームに佇んでいた。


「こちらにまいるがよい」


「え、なんで千手観音の教えを聞くのに、ジェットコースターに乗んないといけないわけ。最近、売りあげも落ちてるし、信者も増やさないといけないからって、こんな方法で取り込もうとする企画でもあるの? そもそも三度目の正直なんて、見た感じ、ありえないんだけど」


「その件か――おぬしだけのために特別に運営したと言えばよいか。断じて売りあげや、おぬしを信徒に加えようというわけではない。なぜ千手観音さまの導きがあったかというと」と、僧侶はきっぱりと言った。「おぬしは厭世えんせいにかられ、あまつさえ、現身うつしみのまま彼岸ひがんに渡りたいと口にしたはずだ。それも発心ほっしんしたわけでもなく、思いつきでな。命を粗末にするような言動は戒めなければなるまい。命を軽んじるなかれだ」


「昨日の河原でのこと? どこかで聞かれてた? まさかザニガリを壁にぶつけてるところも……。そりゃ、仏さまに仕えてるお仕事の人だもんね。見すごせないと思ったかもしんないけど」


「このアトラクションに乗れば、現身のまま彼岸に渡るとはいかなることか、教えてやろうというのだ」


「ウツシミ。ツナ・サシミのなまった言葉みたい」


「とにかくだ。こっちにまいれ」と、僧侶は苛立たしげに手招きした。「軽々しくそんなことを言ったおぬしに灸をすえてやろう。……じっさいに危ない目にあうわけではない。あくまで疑似体験にすぎぬ。いま風に言えば、ヴァーチャル・リアリティーなるものか。だから肉体には、なんの影響もおよぼさないから安心するがよい」


「ぎこちなく横文字言ってるけど、なにげにボキャブラリーは豊富なんだね」


「さっきも言ったであろう。観音浄土で勉学に励んだのだ。菩薩が、とっておきの体験をさせてくれるとの配慮だ。とにかくこのアトラクションに乗るがよい」


 プラットホームのそばにはレールが敷かれているが、肝心の長い乗り物はなく、なぜか和風の奇妙な形をした屋形船がセットされていた。


 小賦はハタと思い出した。

 異様な船だった。最たる特徴が、入り母屋型の屋根に覆われた帆柱船であるということだ。

 さらにその屋根を囲う形で四つの鳥居が建てられているのだ。なんだか墓場みたいな雰囲気だった。鳥居だけではなく、これも赤く塗られた卒塔婆そとばで船のへりを張りめぐらし、垣根のようになっていた。


 しかも大きな帆がかかり、白布には目にも鮮やかな黒い文字で、『南無阿弥陀仏』と書かれていた。

 昨夜の夢に見た、千手観音から手渡されたチラシの絵画に描かれていたあの船にちがいない。

 絶叫系マシンにしては不気味すぎた。リニューアルしたときは奇をてらいすぎたがために、リピーターがつかず、廃園に追い込まれたのもわからないでもない、と小賦は思った。いささかマニアックすぎて失敗したのだ。

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