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観音浄土をめざして~疑似体験ツアー【明鏡止水の気持ちになんて、なれやしないッ!】  作者: 尾妻 和宥


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40/40

40.「誰の心にも気弱な金光坊は住んでいる」

 どこをどうまちがえば、こんなところで寝ていたのか?

 小賦は意識を取り戻した。 

 山のなかに倒れていた。

 木々があたりを取り巻いているので山にちがいない。けれど下草がきれいに刈られ、整備されていた。

 まわりはそろそろ夜の色が忍び寄る時刻だろう。

 ひぐらしの声が寂しげにこだましていた。


 眼の前にふしぎな形の小屋が佇んでいた。

 壁はコンクリートで作られていた。特徴的なのは三角形の赤い屋根と、赤く塗装された両開きの扉だった。

 かんぬきがかけられ、南京錠までぶらさがっていた。花立が一対あり、黄色い花が活けられていた。物置小屋というより、墓所といったおもむきだ。


 近くに民家はないらしく、人声や車の音もしない。

 小賦は耳をすませた。

 遠くで川の流れるせせらぎを耳にしたのだ。

 寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こし、座ったまま周囲を見まわした。

 いったい、どれほどの時間、眠っていたのだろうか。

 

 なんにせよ、いままで狭い船内に押し込められていたが、ようやく解放されたようだ。

 奇妙なヴァーチャル・リアリティーを体験したものだ。

 小賦は自身の姿を見た。家を出たときのジーンズにタンクトップの恰好だった。背中にはミニリュックも背負っていた。

 のろのろした動きでリュックをはずし、なかからスマートフォンを出した。


 日付と時間を見た。

 八月三日、午後七時すぎ。日照時間が長くなったせいか、この時間帯にしては遠くまで見通しがきいた。

 三日といえば、裏野ドリームランドを探すため家を出た当日であり、あれから十時間が経過したにすぎないようだ。ヴァーチャル・リアリティー上では、一週間近くあの世界にいたような感覚だったが……。


「祐はどこ?」


 立ちあがって、さがした。


「祐――」


 と言いながら 小屋の右をふり返り、一瞬の間をおいて驚いた。

 碑石が眼にとまった。

 その長方形の石には、『祐遍堂』と彫られていた。

 しかも、文字の右側にはさらに小さく『赤面法印』とある。

 これは祐遍の、なに――?


 事実、この祐遍堂は、日南高等学校のそばの山中から、ほんの数百メートルしか離れているにすぎない。

 渡海前、あの酒谷川での別れ際、重翁和尚らに伝えた遺言――「私が浄土にたどり着いたあかつきには、新山に白煙を立ててみせる。そこを我が墓とするがよい」――のとおり、煙が立ちのぼり、そこに彼の墓を築いたとされている場所だった。

 山中の廃園となったテーマパークは、いまでは影も形も見当たらない。

 それはそれとして、結局、あの補陀落渡海の体験はなんだったのだ?


「まさかの夢オチってことじゃ……?」


 と、小賦はつぶやいた。

 そのとき、スマートフォンの着信が入った。

 飛びあがるほど驚いた。

 もし両親からなら、さすがに心配しているだろう。

 画面を見た。

 父や母ではない。

 着信者は……なんと、観音浄土と書かれていた。そんなのを登録した記憶はないのだが……。

 電話に出た。


「もしもし……」


 電話の向こうで波の音が聞こえた。しばらくしてから、ようやく、


「オブどの、聞こえるか。私だ」


 と、低く穏やかな美声が呼んだ。

 小賦はひまわりが咲くような笑顔をこぼした。


「祐タン!」


「感度は悪くないな」


「うん。もしかしてあの世から?」


「もちろん観音浄土からだ。しかし話せる時間は残り少ない。手短に伝える」


「うん」


「おぬしは五年ものあいだ、苦しんできた。硬い殯の箱に閉じこもり、死者同然の生き方をしてきた。だが、そのままではいけない。殻を突き破らねばならなかった」


「はい」


「今回の船旅で、おぬしはその弱さと向き合い、そして打ち勝ったではないか。やればできることを証明した」


「うん。なんだか自信がついた」


「よく憶えておくのだ、オブどの。ここが肝要だ。――誰の心にも気弱な金光坊は住んでいる。だが、それに眼をそむけたり、結論を先延ばししたり、否定したりしてはいけない。もう一度くり返すが、それとの折り合いをつけていくのだ。それこそが人が生きるということだ」


 誰の心にも気弱な金光坊が住んでいる――。


「うん、わかった。これからもやってみる。ちょっとずつになるだろうけど」


「それでよい」と、祐遍は言ったら、急に声が遠くなった。「……電波が途絶えそうだ。本題に入る」と、祐遍はあわてて言った。たしかに電話は雑音が入りがちになり、声は不明瞭だった。


「はい?」


「今回の補陀落渡海では、オブどのだけではない。おなじく私も成長した。かつて私は多くの女人に言い寄られ、修行中の身であったのに、心ならずも惑わされたことは数知れなかった。一念発起して赤面法印となり、仏道に専念したときでさえ、私はしばしば女人への憧れを断ち切ることができず、己が煩悩に身を焦がしたほどだ。だからおぬしだけが苦しかったわけではない」


「はあ――でも、圧倒的に、そちらの方が贅沢ぜいたくな悩みだと思うんだけど。リア充すぎてうらやましい」


「最後まで聞け。観音浄土クルーズにおいて、あのとき、おぬしと交わした抱擁、重ねた唇のあたたかさは忘れられぬ。同時に私のなかで、からまった煩悩の糸を解きほぐしてくれた気がする。おぬしのぬくもりのおかげで」


「えっへっへ……。それほどでも」


「私とて、女人そのものと、それへの気持ちは、修行の妨げになると誤解していたのかもしれない。私はそれを学んだ。それによって、私は高次の存在へと生まれかわることができたのだ。となると、むしろ感謝すべきは私の方かもしれん。重ねて礼を言いたく、こうしてスマホをかけたしだいだ――」


「ってことは、おたがいウィンウィンになったってことだよね」


「さよう。……オブどの、そろそろ電波の届かぬところへまいらねばならんようだ。そろそろしめくくる」と、祐遍は声をあらためて、「今日、八月三日は私の命日だ。地元の熱心な人は、毎月三日に、ここ祐遍堂を参拝してくれる。毎月とは言わぬ。せめて一年の命日ぐらい、ここまで足を伸ばしてまいれ。もしかしたら、命日ならば、私と交流ができ、あれこれ助言できるやもしれぬ。だからたまに顔を見せるのだ。私とて、成長したおぬしの姿を見てみたい」


「気が向けば、また観音浄土クルーズに乗ってみるのも悪くないかもね。祐タンといっしょなら、つらいのもなんとかなりそうな気がする」


「気が向けば、だな。――最後にひと言」


「うん」


「達者に暮らすのだぞ」


 小賦は満面の笑みを浮かべ、「祐遍和尚もお元気で!」と、空に向かって言った。

 青と黒のグラデーションは、しだいに黒い色が勢力を広げようとしていた。闇がせまる山ので、入道雲が浮かんでいた。弥勒菩薩がほほ笑んだような気がした。

 いつの間にかスマホはうんともすんとも言わなくなった。

 通話は切れていた。


 小賦は脚をひきずりながら、小屋の前に伸びた石段をくだった。

 そういえばかすかに憶えている。

 思い出した。

 幼いころ父親に背負われ、この段をのぼり、ここへ来たことを。

 あのとき、父は祐遍和尚のことを言ったのかもしれないが、当時の小賦は小さすぎた。


 眼下の三十メートル先に見憶えのある酒谷川の流れが見えた。

 川原に大勢の人がつめかけていた。

 何人かが川のなかに入り、四角いなにかを浮かべていた。

 四角い箱はオレンジ色の灯明がともり、いまにも渡海船のように流れてしまいそうだ。


「思い出した。八月三日って、灯篭流とうろうながし――赤面法印灯篭流しだ! あれってつまり、祐を偲ぶ伝統行事だったんだ。――命日だけに現れる奇蹟か」と、小賦はひとり納得した。そして、「ありがと、祐タン!」


 と言って、灯篭の群れに手をふった。

 数えきれない灯篭は、まるで見えない手で観音浄土にでも導かれるように、川下へゆっくりとくだっていった。





        了

        ★★★あとがき★★★


 赤面法印こと祐遍和尚が補陀落渡海に出かけた日、および命日にあたる八月三日は、奇しくも『夏のホラー2017』の作品提出締め切り日とおなじとは、ふしぎなめぐり合わせである。

 勘のいい方、あるいは宮崎県日南市出身の方ならお気づきかもしれない。


 祐遍和尚は実在した人物である。

 ググれば何件かヒットするので、興味あるならば調べてみるとよい。

 もっとも、じっさいに祐遍が渡海したのは50代後半~70代前の年齢であって(正確な生年月日がわかっていないので年齢が特定できない)、作中では若いときに渡海したような設定をしているが、まったくのでたらめである。

 それに、入り母屋型の屋根に覆われた渡海船ではなく、いかだを組み、みずから漕いで観音浄土をめざして旅立ったとされている。このへんは見た目重視にしたため、あえてアレンジした。

 日南市では広く知られた僧侶であったらしく、学校の授業でも取り上げられるほどの人物であるという。とすれば、飫肥出身の小賦がすぐ気づかないのはおかしいのだが……。


 作中に挿入したとおり、祐遍は永禄年間(1558-70)、飫肥城下の十文字横馬場に生まれ、青年僧として上洛、真言宗智積院に学び、帰郷して願成就寺に定着した。

 祐遍はあまりにも美男僧であったため、女人のあこがれの的であった。そこで祐遍は、この美貌は仏道修行の妨げと思い、みずから熱湯をかぶり顔面醜悪の僧となった。いつしか人々は彼を『赤面あかづら法印』と呼ぶようになったという(『日向地名記』)。

 『日向記』(巻十三)には「此法印修験者ニテ加持ノ功モ有ケル」とあり、有徳の修験者として知られていたという。


 祐遍は願成就寺第六世の重翁から教えを受け、補陀落山をもとめて廻国修行に出たとも伝える。そして、いまの祐遍堂下の河原に筏を組み、観音浄土をめざして漕ぎだしたという。

 寛永四(一六二七)年、八月三日であったと伝える。毎年、酒谷川では祐遍の霊をしのび、命日の八月三日に『赤面法印灯籠流し』として小さな提灯を流す行事がある。これはエピローグのまんまである。


 そもそも僕がはじめて『補陀落渡海ふだらくとかい』のことを知ったのは、敬愛する漫画家・諸星大二郎の『稗田礼二郎のフィールド・ノートより 六福神』(妖怪ハンター)の一編、『帰還』からだった。さすがわが師、『帰還』自体は短編ながら、かなり資料を読み込んだ節が散見できる。


 ざっくりあらすじを言えばこんな感じになる。

――昔、渡海上人のなかに、智涯ちがいという僧侶がいた。補陀落渡海の直前になって、信徒のなかの美しい娘を見初め、欲情の心を起こしてしまう。

 そうなると、浄土への熱烈な思いも消え失せ、船を出す段になってとつぜん渡海をやめると言い出した。見送りや信徒の手前、同門の僧たちはいやがる智涯を無理やり船に乗せ、外から釘で打ち付けて沖へ流してしまう。

 その後、怨霊となり、娘の名前を呼びながら渡海船で帰ってこようとする話である。




 補陀落渡海に関しては、昭和の文豪・井上靖をはじめ、世界に誇る偉大なる学者・南方熊楠までを魅了してやまない題材である。

 まさか地元、三重県南部に住んでおきながら、お隣りの和歌山県那智勝浦町で、かつてそんな歴史があったとは知らなかった。

 件の補陀洛山寺は、世界遺産で有名な那智の滝に向かう道すがらにある。ところが那智の滝は常時、観光客でごった返しているのに対し、補陀洛山寺はいつ行っても閑散としている。かなりマイナーな名所のようで、僕のまわりで聞いても、補陀落渡海のことを知っている人は、あまりにも少ない。話したとしても「ふーん」で、終わる。


 周囲の意見はともかく、個人的にこの話が異様に好きだ。それこそヨダレを流さんばかりに。

 スティーヴン・キングがどこかの本で書いた、印象深い一文がある。「それは放射能測定器のようなものです。『これは私が書かなければならない』と思えるところに来たら、そのボタンを押すのです。」

 まったくおっしゃるとおり。僕がやるしかあるまい。やられるまえにやれ、である。


 僕のなかのガイガーカウンターが、この補陀落渡海をまえにすると異様に針が振れまくるのだ。

 過去に取材もしているし、今後も足を運ぶつもりだった。いずれガチガチのハードな補陀落渡海ネタをやりたいと思っていたときに、今回のホラー企画である。主役に女子高生か男子校生を据えてライトノヴェルのつもりではないけれど、かるいタッチでやってみようかと、前倒しして挑戦してみた。


 やはり『異様に好き』という気持ちは強力な推進力となり、前半は思いのほか筆がはかどった。特に酒谷川からの船出まではガチガチのプロットを組んで進め、遅筆な僕にしては比較的早く書けたのではないかと思う。

 船出してからの展開は、じつはなにも考えていなかった。プロット自体が難航し、このままでは締め切りに間に合わないと思い、見切り発車で本番に突入することにしたのだ。

 船出してからは、それこそキャラが動くまま、僕自身の興が乗るまま、アドリブで進めた。

 せいぜい赤面法印の由来と、金光坊のエピソードは入れようと思ったぐらいで。あとはどう転ぶか、神のみぞ知る、だった。それがはたしてうまくいったかどうかは、正直わからない。


 那智勝浦の補陀洛山寺の境内には、原寸大の渡海船(もっとも、これとて当時の資料は残されていなく、福智院本『那智参詣曼荼羅なちさんけいまんだら』の絵画を見ながら再現したにちがいない)が展示されてある。

 屋形の部分であるもがりの片側が開けられ、内部を伺うことができる。なかは狭い。人一人がしゃがんだ状態でやっとおさまることのできるサイズであろう。

 許可がおりるなら、僕はためしにこの内部に入り、イマジネーションを練ってみたかった。残念ながら今回は、時間的な余裕がなさすぎた。

 次回、ふたたび補陀落渡海モノに挑戦するのであれば(ぜひ、またの機会にやってみたいと思っている)、次こそ船のなかに入り、ためしに閉じ込められてみたい。海に流されるのは願い下げだけど。


 作中、渡海船に一ヶ月分の水と食料を積んで船出したとのことだが、その食料は具体的にどんなものだったのか、資料にも載っておらず、取材不足を露呈した。

 作中では五穀・十穀を思わせる食べ物に設定したが、これは自信がない。それらの食を絶った木食聖もくじきひじりが修行したうえで渡海に望んだわけだから、それはおかしいと思う。おかしいと思いながら、ほかに思いつかなかった。あまりにも時間が少なすぎた。


 その木食聖の修行も、ヴァーチャル・リアリティーのなかだと、祐遍和尚はさも数日・数ヶ月おこなったみたいな描き方をしているが、じっさいは一年から三年の歳月をかけて、身体を作っていったとされている。

 ちなみに渡海した際、糞尿の始末はどうしたのだろうか? 渡海僧は皆が皆、那智の沖、すぐにある網切島のあたりで入水したわけではなかろう。だとすれば、一月分の水や食料はいらないはずだ。

 沖縄県東部の金武きんの海岸に生きて漂着した日秀上人のケースは、まちがいなく入水は望まなかったのだろう。そもそも黒潮に乗らず、よく沖縄の方へ流れていったものだ……。このように、補陀落渡海に関して疑問は尽きることがない。


 また、金光坊のエピソードで、『永禄八(一五六五)年生まれ』としているが、これも史実ではない。この年号は井上靖の短編『補陀落渡海紀』における虚構の年次であるとされている。そのまま引用させていただいた。

 作中、金光坊を悪役として描いてしまったのは、いくらメタファーとはいえ、ややかわいそうなことをしたと思っている。ましてや、結局浄土にたどり着けなかったとなると、金光坊の地元、田辺市の人々は気分を害されるかもしれない。……だから、メタファーにすぎないんですって。


 今回のホラー企画で、『廃園になったテーマパーク』を題材にするならば、いっせいに大勢の作家が書くとなると、どうしても似たり寄ったりの内容になる恐れがあると先読みした。

 だったら、ヴァーチャル・リアリティーという大義名分を掲げて、思いっきりテーマパーク外へ飛び出すしかないと思い立った。途中、本道からはずれすぎではないか、と心配もあったが、なんとか軌道修正できたと思っている。許容範囲だよね?


 今回はいくつかの『縛り』を己に課した。

 曲がりなりにもホラーとして成立させねばならず、補陀落信仰を猟奇的に描いてしまうのはなんとしても避けたかった。ましてや読者にそう思われるのも同様だ。誠実に向き合ったつもりだ。

 サブテキストとして信仰とはなにかを訴えたかった。ただし、宗教色が強くなりすぎたり、説教臭くなるのもNGとした。僕自身が説教臭いのが嫌いなのに、押し付けはよくない。ちなみに僕は熱烈な仏教信者ではないことを、付け加えておく。なんの宗教にも肩入れしていない。

 これらの縛りが、はたしてうまくいったかどうかは、読んでくれた方にゆだねられる……。


 それにしても、前回の連載作『卒塔婆島』といい、過去作の『猿噛み島』といい、補陀落渡海ネタにせよ、なんだか葬儀がからんだ抹香臭い話ばかりである。べつに狙ったつもりではないが。



※参考文献


『観音浄土に船出した人びと 熊野と補陀落渡海』根井 浄 吉川弘分館 

『死の国・熊野 日本人の聖地信仰』豊島 修 講談社現代新書

『補陀落渡海記』井上靖 講談社文芸文庫

『日本霊異記』小泉道 新潮日本古典集成

『平維盛物語』坂本顕一郎 文芸社

『稗田礼二郎のフィールド・ノートより 六福神 ―妖怪ハンター―』諸星大二郎 集英社

『カンビュセスの籤』藤子不二雄 中央公論社

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