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観音浄土をめざして~疑似体験ツアー【明鏡止水の気持ちになんて、なれやしないッ!】  作者: 尾妻 和宥


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33/40

33.「うるさい!」

◆◆◆◆◆


 どこかで見憶えのある河原の風景だった。

 だけど暗闇だ。

 まっすぐ投げ出されるアメリカザニガリ。

 板チョコみたいなパネル状の模様のついた岸壁にぶつかり、バラバラに砕けた。

 スローモーションの映像。

 赤くて硬い殻ががしゃっと音をたてる。


 白い肉片が飛沫となって散った。

 やけにゆっくりと、ザニガリがつぶれるさまがなんども再現された。いささか残酷すぎた。

 小賦はザニガリを殺すことについては、なんとも思っていなかった。

 よそから入ってきた外来種は、我が物顔で生態系を乱すし、稲の根を食い荒らすため米農家が嫌う。


「やっぱりエビフライにして食べたくなるな」


 どこからともなく、エコーのかかった甥っ子、賢人けんとの声が聞こえた。

 エビフライは、あの火傷事件があって以来、口にしたことがない。家では母親が気をつかって献立から省いているほどだ。もちろん家族で外食しても、誰も注文しない。

 なるほど、それだ、と小賦は思った。


 無数のあぶくが沸き起こった。

 青白い海中。

 小賦たちは投げ出されたのだ。

 上を見た。

 ふわふわ揺れる海面では、殯の船がザニガリのように木っ端みじんになり、板切れを散らばせていた。四つの鳥居さえ破壊された。

 祐遍と小賦は海中深く、沈んでいった。




 小賦には意識があった。

 やはりこれはヴァーチャル・リアリティーにすぎないのか、息が苦しくない。呼吸ができた。

 宇宙遊泳のように漂いながら、祐遍の姿をさがした。

 かたや頭を下にして沈んでいく祐遍は、即死したのか、あるいは気を失っているだけなのか、動く気配がない。

 やかんのなかに投じた麦茶パックのように、ひたすら沈んでいく。


 そういえば、思い出す。渡海する直前、経石きょうせきを入れた袋を両方の袖に縫いつけてあった。そのため、重みで加速度が増しているのだ。

 あれは入水したはいいが、死にきれず浮上させないための重石だったのだ。

 早く彼に追いつかないと、取り返しのつかないことになる。




 あれ……?

 なぜか眼の前が切り替わり、ブロック塀で作られたダッグアウトが見えた。


「心の準備はできたか、オブ」ベンチの中央を陣取った、ユニホーム姿でサングラスをかけた中年男が言った。岸本監督だった。「次でピッチャー代えるから、代打で行くぞ。力まずセンター返しを心がけろ。相手ピッチャーの足もとを狙うつもりでいけ」


「え……はい。グリップは短め、コンパクトに、ですよね」


「覚悟を決めろ。さっきのフリーバッティングで、いい当たりしてたじゃないか。やればできる」


「でも、このカッコ、見てください。お遍路さんの服ですよ。これで打席に立てと?」


「おまえだけ浮いてて、オブらしいじゃないか」


 エプロン姿の八女やめ先生が、なぜかその横で座っていた。申し訳なさそうに手を合わせた。


「ゴメンね、竹内さん。先生、気づいてやれなくて。あのとき、私もどうかしてたのよ。熱に浮かれてたの」


「教師、辞めたあとも、あいかわらず、関ジャニに夢中なんですか。こりない人ですね」


「そう言わんといてったら、竹内さん」と、八女先生は苦笑いしながら手をふって、「人はね、エスカレートしちゃうものなの。歯止めが利かなくなっちゃうの。誰かが気づかせてやらないと」


「あたしが傷つくことで、やっと気づいたんですか。あたしはさんざん苦しんだんですよ。いまでも苦しみ続けてる」


「竹内さん、ゴメンねー! ほんっと、ゴメン!」


 と、手を合わせた。まるで生き仏でも拝むようだ。


「オビオブー。まるでバオバブの木みたい」と、岸本監督の背後で、ベンチの背もたれに両手をおいた長谷川 茉莉が言った。小学五年生のままの姿だった。「どうせまた、ぶざまに三振するんでしょ。ドン臭いんだよ、あんたは。それより、あたしたちと優雅にテニスしましょうよ。あの日のメンバーでダブルス組むの。それで負けた方が、ヤキ入れられるペナルティーってのはどう? あんただって、燃えるんじゃないかしら。こんどこそ、私にやり返してみれば?」


「そういうのは、けっこう。復讐だなんて」


「へえ。はっきりノーって言えるようになったんだ。成長したねえ。だったら、ヒット打ってみせてよ。ここで上位打線につなげられたら、拍手したげる」


「うるさい!」と、小賦は言った。「うるさい、うるさい、うるさいッ!」

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