33.「うるさい!」
◆◆◆◆◆
どこかで見憶えのある河原の風景だった。
だけど暗闇だ。
まっすぐ投げ出されるアメリカザニガリ。
板チョコみたいなパネル状の模様のついた岸壁にぶつかり、バラバラに砕けた。
スローモーションの映像。
赤くて硬い殻ががしゃっと音をたてる。
白い肉片が飛沫となって散った。
やけにゆっくりと、ザニガリがつぶれるさまがなんども再現された。いささか残酷すぎた。
小賦はザニガリを殺すことについては、なんとも思っていなかった。
よそから入ってきた外来種は、我が物顔で生態系を乱すし、稲の根を食い荒らすため米農家が嫌う。
「やっぱりエビフライにして食べたくなるな」
どこからともなく、エコーのかかった甥っ子、賢人の声が聞こえた。
エビフライは、あの火傷事件があって以来、口にしたことがない。家では母親が気をつかって献立から省いているほどだ。もちろん家族で外食しても、誰も注文しない。
なるほど、それだ、と小賦は思った。
無数の泡が沸き起こった。
青白い海中。
小賦たちは投げ出されたのだ。
上を見た。
ふわふわ揺れる海面では、殯の船がザニガリのように木っ端みじんになり、板切れを散らばせていた。四つの鳥居さえ破壊された。
祐遍と小賦は海中深く、沈んでいった。
小賦には意識があった。
やはりこれはヴァーチャル・リアリティーにすぎないのか、息が苦しくない。呼吸ができた。
宇宙遊泳のように漂いながら、祐遍の姿をさがした。
かたや頭を下にして沈んでいく祐遍は、即死したのか、あるいは気を失っているだけなのか、動く気配がない。
やかんのなかに投じた麦茶パックのように、ひたすら沈んでいく。
そういえば、思い出す。渡海する直前、経石を入れた袋を両方の袖に縫いつけてあった。そのため、重みで加速度が増しているのだ。
あれは入水したはいいが、死にきれず浮上させないための重石だったのだ。
早く彼に追いつかないと、取り返しのつかないことになる。
あれ……?
なぜか眼の前が切り替わり、ブロック塀で作られたダッグアウトが見えた。
「心の準備はできたか、オブ」ベンチの中央を陣取った、ユニホーム姿でサングラスをかけた中年男が言った。岸本監督だった。「次でピッチャー代えるから、代打で行くぞ。力まずセンター返しを心がけろ。相手ピッチャーの足もとを狙うつもりでいけ」
「え……はい。グリップは短め、コンパクトに、ですよね」
「覚悟を決めろ。さっきのフリーバッティングで、いい当たりしてたじゃないか。やればできる」
「でも、このカッコ、見てください。お遍路さんの服ですよ。これで打席に立てと?」
「おまえだけ浮いてて、オブらしいじゃないか」
エプロン姿の八女先生が、なぜかその横で座っていた。申し訳なさそうに手を合わせた。
「ゴメンね、竹内さん。先生、気づいてやれなくて。あのとき、私もどうかしてたのよ。熱に浮かれてたの」
「教師、辞めたあとも、あいかわらず、関ジャニに夢中なんですか。こりない人ですね」
「そう言わんといてったら、竹内さん」と、八女先生は苦笑いしながら手をふって、「人はね、エスカレートしちゃうものなの。歯止めが利かなくなっちゃうの。誰かが気づかせてやらないと」
「あたしが傷つくことで、やっと気づいたんですか。あたしはさんざん苦しんだんですよ。いまでも苦しみ続けてる」
「竹内さん、ゴメンねー! ほんっと、ゴメン!」
と、手を合わせた。まるで生き仏でも拝むようだ。
「オビオブー。まるでバオバブの木みたい」と、岸本監督の背後で、ベンチの背もたれに両手をおいた長谷川 茉莉が言った。小学五年生のままの姿だった。「どうせまた、ぶざまに三振するんでしょ。ドン臭いんだよ、あんたは。それより、あたしたちと優雅にテニスしましょうよ。あの日のメンバーでダブルス組むの。それで負けた方が、ヤキ入れられるペナルティーってのはどう? あんただって、燃えるんじゃないかしら。こんどこそ、私にやり返してみれば?」
「そういうのは、けっこう。復讐だなんて」
「へえ。はっきりノーって言えるようになったんだ。成長したねえ。だったら、ヒット打ってみせてよ。ここで上位打線につなげられたら、拍手したげる」
「うるさい!」と、小賦は言った。「うるさい、うるさい、うるさいッ!」




