16.「本日は、我らが赤面法印さまの門出だ!」
河原に向けて歩き出すと、群衆のどよめきが起きた。
声をからして歓声をあげる中年の男たち。泣き叫ぶ信徒らしき女衆。子供たちはろくに意味もわからないのだろう、無邪気にはしゃいでいた。なかにはフリチンで走りまわって、川に飛び込んでいる少年もいる。賢人みたいな子供だった。
黒い袈裟をつけた七人の僧侶がやってきた。
そのなかに、あの重翁和尚もいた。
僧侶たちはそれぞれが長い柄のついた奇妙な仏具をかかげていた。
重翁和尚が鉦を叩き、読経をはじめると、現場は騒然となった。
それまでひとかたまりになっていた人垣が、祐遍たちが歩くにしたがい、二つに割れた。
が、そのうち、我慢しきれなくなった様子で、人だかりが津波のように押し寄せてきた。
老人が手にした位牌を祐遍に押しつけ、
「妻をいっしょに観音浄土までつれてってくだされ!」と、叫んだ。
「和尚さん、このリュウマチの痛みもいっしょに持っていっておくれ!」
背の低い老婆が身体にしなだれかかり、べたべたと両手をこすりつけた。
「あんたも行くんだな、観音浄土とやらに」と、荒くれの人相をした男が小賦に向かって言い、肩をつかんだ。映像にしてはリアルな感覚だった。肩に食い込む爪の感触があった。「あんたにだけ告白する。おれは昔、親父を手にかけたことがある。殺しちまったんだ。いままで刑も受けず、隠れて生きてきた。けどよ、ずっと罪の意識に苦しめられてきた。おれの罪も負ってってくれ。あんたにまかせた。祐遍和尚に託すにゃ、ちと申しわけねえからな」
「そんなヘビーなのをまかされても……」
と、小賦は菅笠を押さえてしゃちほこばったまま、声をしぼり出した。
「祐遍和尚、せめて最後にこの手紙を受け取ってください」と言って、祐遍に泣きながら紙片を押し付けている美女までいた。そのうち感極まって、祐遍に抱きついていた。「一時期とはいえ、あなたを赤面法印と罵り、蔑んでしまったことをおゆるしください。いくらあなたが面相をかえようと、思いはかわりません」
――アカヅラホウイン?
どこで聞いたことがあるような単語だ。小賦はなにかひっかかるものを感じた。頭をひねったが、思い出せなかった。
別の娘が祐遍の脇腹にしがみついた。勤行していたところをのぞいていた娘のひとりだ。
「ほんとうは行って欲しくない。ですが、あなたが仏さまに導かれるというのなら、致し方ありません。これは船のなかで読んでください。私の気持ちをしたためてあります」と、熱っぽく言った。またしても恋文らしい。「こんなこと言うのはおかしいですが、どうかお元気で!」
「本日は、我らが赤面法印さまの門出だ! しっかと渡海上人のお姿を眼に焼きつけておけ! これで見納めだぞ!」
と、檀家とおぼしい男が叫んだ。
たくさんの光るものが放物線を描いて飛んできた。
細かくて硬いものが小賦たちの頭にふり注いだ。
「あ痛!」と、言って小賦は頭に触れた。
笊を手にした白髪の男が、わめきながらなにかを投げつけてくる。
賽銭だ。大量の硬貨が雨のようにまき散らされた。
子供たちが笑いながらしゃがみ込み、嬉々として硬貨をひろった。
身なりのみすぼらしい老人たちがそれに加わり、いやしくかき集めはじめ出した。
「祐遍和尚、あなたは補陀落山に招かれたのだ。選ばれたんだ。なんと羨ましい」
と、これも檀家らしき男が言った。
「私も行けるものなら、行ってみたい。最後に、生き仏であるあんたに触れさせてくれ」と、老婆が祐遍の袖に触れ、「ありがたやありがたや……」とつぶやきながら、合掌した。
醜いあばた顔の、片目が失明した男は、
「あなたが仏となって帰ってくることを、いつまでも待っておりますからな。あなたなら、この荒んだ世の中を救ってくださる」
と言って、祐遍の手をとって、愛おしげにさすった。
職人姿の若い男が鍬を手にして、前に進み出た。
「記念に、寺の境内に松を植林しておきます。『待つ』につながりますので。那智とおなじ習いです」
「鎌をお忘れですよ。この鎌をどうぞ。これで冥土の道にあるイバラを刈ってくださいまし」
尼僧らしき中年の女が、草刈り鎌を祐遍に手渡した。
祐遍は押し付けられ、どこに収納していいか困っていたが、腹にまいた頭陀袋に無理やりおさめた。
人々との別れはきりがなかった。
あいさつもそこそこに、祐遍は川べりへ向かった。うしろの小賦ををふり返り、手招きした。
はぐれるまいと、小賦はその背中を追った。
祐遍と小賦に従うように、重翁和尚を先頭にした七人の僧侶が一列になってついてきた。
重翁が鉦を鳴らし、読経する。
うしろにつき従う僧たちは、それぞれが天蓋、幡と呼ばれる仏具を高々と手にし、長い布を風にはためかせていた。
天蓋とは柩の上にかざし、死者の滅罪を願い、極楽往生することを願ったものだとされる。幡は仏や菩薩などの威徳を示すための旗を意味した。
これから渡海する人間についてまわる僧侶の一団は、まさに葬列と同義であった。今日の補陀落渡海の研究では、渡海はあらゆる面において、海洋・海上のかなたを他界と見立てた水葬儀礼が根っこにあったと考えられている。




