十話 必殺技
「さて……。一発、いくか」
一番手はメメリュだ。メメリュのデバイスは『身体強化』しかできないが、このメンバーの中でも一線を画した性能を持つ。
非戦闘員のアカシャが遠くから見守る中、先頭のメメリュの後ろに部下さん四人と俺が続く。
水際に立つと、守護ロボットがこちらに気付いた気配を見せた。身動きは取らないが、殺気とも言うべき剣呑とした雰囲気を俺達に感じさせている。
「硬い……とは言うけど、私に壊せなかったものは───」
ギュィィィィン!
メメリュの握るバット型デバイスがけたたましい駆動音を響かせた。それに反応した守護ロボットがモノアイを輝かせメメリュを見る。
「ちょっとしか、ないッ!!」
ダンッ!
地面が陥没する。俺達の足元まで振動が響き渡り、まるでミサイルのようにメメリュは飛翔した。
ザパァッ!
と、一瞬遅れて守護ロボットも飛ぶ。飛ぶ!?
水中から空中へ舞い上がり、宙を飛ぶメメリュに肉薄する!
守護ロボットのボディは二本のアームに四脚の、手足の生えたタコみたいでいてタコとは程遠いフォルムであった。
四脚を畳み込むように水を跳ね上げ、水から脱すると四脚を再び開いて中心のブースターから青い炎を噴出する!
「聞いてないよ! あんなの!」
「俺達も初めて見たわ」
俺の叫びに部下Aが唖然とした顔でそう答えた。
「死、ねェェ!」
凄まじい勢いで飛んできた守護ロボットに臆することもなくメメリュはバットを振るった。普通ならば振り遅れるところを、脅威のスイングスピードでなんとか頭にぶつける。やや差し込まれたか。
ギィィィン……。と、胃がひっくり返るような金属音と衝撃がこちらまで響いてくる。一瞬時が止まったかのような錯覚があり、「ぅぐっ」とメメリュの呻き声が聞こえたかと思えば、次の瞬間にはメメリュは遥か彼方へ弾き飛ばされていた。
「メメリューッ! 敵は討つ!」
あいつのことだし多分死んではないけど、俺は仲間がやられた怒りに燃えてデバイスを構えた。
「《星弾》! 全開展開!」
俺のデバイスに刻まれた弾タイプの術式は、通常の弾と違いまるで星のような光の瞬きを放つ。
全力全開で魔力を込めて出来る限りの数を作り出せば、目の前には夜空の如き輝きの群が現れる。
「いけぇぇぇ!」
まるで流星群だ。飛来するその全てを容易く弾き飛ばした守護ロボットは加速して俺を轢いていった。
「うぉー!」
「こなくそーッ!」
アカシャの部下A、Bがそれぞれ剣と弓を構えて守護ロボットにぶん殴られる。C、Dがデバイスを構えて遠隔魔法術式を発動する前に四脚でぶっ飛ばされる。
俺達は全滅した。
「強くね?」
再集合した俺達、メメリュが腕を組みながらそう言った。死者はいないが、俺とメメリュを除いた残りのメンバーは満身創痍である。
「お前らあんな派手にぶっ飛ばされて身体大丈夫なの?」
「俺ら丈夫なんスよ」
部下Aさんが首を傾げるので、俺もよく分かんないけど大丈夫なのでそう答えた。
しかし……俺は腕を組み唸った。
悔しい。俺の魔法はまるで通じなかった。メメリュの腕力で凹みもしなかったくらいだ、相当硬い。
「メメリュ、どう? ぶっちゃけいける?」
「……めっちゃムカついてきたから、次はもっと魔力込めて殴るわ」
メメリュに聞いてみると、まだパワーは上がるらしい。こいつの魔力は底なしなので、術式回路の強度も高いメメリュのデバイスならば、まだまだ威力の上がる余地はあるのだろう。
だが、あの守護ロボットはかなり知能も高い。メメリュのバットを受ける時も僅かに当たる角度を変えてスウェーするように力を減衰させていた。俺の魔法に対しても、直角に受けるのではなく自らの曲面部分や浅い角度になるように体勢を変えながら飛んできた。
感触的にだが、メメリュ一人が高火力の一撃を繰り出そうとしたところで躱してしまう可能性が高いと感じる。
「俺の攻撃力を高めなければいけない」
自らを鼓舞するように、そう呟いた。
俺の手札は周囲に防御壁を張る『結界』、『身体強化』、そして魔力の弾を飛ばす『星弾』。他にも使えるけど、使い慣れてない。ので手札としてはこの3つが安定である。
頭の中で様々な方法を考える。スマホ型デバイスを握り込みながらそうしていると、頭に直接閃きが走った。
威力を上げるなら、一点にパワーを凝縮すればいいのだ。『星弾』はなんでか知らないけど一撃に込められる威力に上限がある。だから俺は数を多く作り攻撃力を高めていた。
ならば───。
チャパチャパと、池の中を進む。
腰くらいまでの深さになり、しかし守護ロボットとの距離はまだ大きく離れている。そこで俺は立ち止まった。
メメリュはまた、水際に立っている。先程と同じように上空へ飛び、今度こそは迎撃するのだと張り切っていた。地面に足をつけていた方が踏ん張りが効くのでは? という問いに対しては「それじゃ負けた感じするじゃん」という答えが返ってきた。
じゃあリベンジは分かったけど、倒し切れないにしても俺のとこに飛ばしてね? と念を押しておいた。その時には俺の新必殺技をお披露目して、あいつをぶち壊してやるのだ。
「いくぞーミィロー」
再び、メメリュが空を飛ぶ。
守護ロボットがまたも反応して、先程の再演かと感じさせるほど同じ動きでメメリュの迎撃に飛ぶ。
いや、先程よりも速い!
「かかって、こいやァァ!」
ゴッ、と。まるで突風のようにメメリュから魔力が溢れ出す。ありったけの魔力を捻り出して、ありったけをデバイスにぶち込む。メメリュの魔力操作は雑の中でも雑だが、尋常ならざる魔力量はそんなことは些細な誤差であると語っていた。
ギィィィイイイ!! メメリュのデバイスが空気を震わせる。そうして強化されたメメリュの身体能力は目にも止まらぬスイングを生み出して、音すら置き去りにして守護ロボットを迎え撃った。
凄まじい打撃音! しかし決め切れない!
「くッッそォォォ!!」
メメリュの悔しがる声。やはり守護ロボットの回避能力は高い、メメリュの攻撃を受け流しながら、同時にメメリュを腕で殴り付ける。
しかし、あまりにも高い打撃の威力を受け流しきれなかったらしい。守護ロボットはその装甲を大きく凹ませ、更に各所にヒビまで入れた状態で俺に向かって飛ばされていた。
「行ったぞミィロぉ!」
腰に拳を構える。拳を守るように結界、そしてその中にありったけの星弾を展開する。
キュィィィィン!
デバイスが甲高い駆動音を奏でる。銀河の如き星空が、俺の拳を纏う。そして───
「魔力、全開ッ!」
全力で、『身体強化』を発動する───!
周囲の水がデバイスに吸収し切れなかった俺の魔力に押し出されていく。俺は漏れた魔力もなるべく余すことなくデバイスにぶち込むことを意識しながら、腰を低く、拳を後ろに振りかぶる!
「ぶっ飛べぇッ!」
守護ロボットが四脚と二本のアームを盾のように構えた。しかしアームは二本とも既にメメリュの一撃で死に体だし、四脚にもヒビが入っている。
そんなものでは、これは止められない───ッ!
俺の拳が守護ロボットに触れた。盾にされたアームと四脚を突き破り、本体の装甲にぶち当たる。そこで、俺の手の中の星空は破裂した。
キラキラと幾つもの瞬きが散らばって。その全てが槍の如く一点に集中し圧縮されて爆発する。凄まじい破壊力を生んだそれは、守護ロボットの装甲を正面から粉砕した。
散らばる装甲の破片。てか普通に俺も仕留め切れなかった。だが、装甲に空いた『傷』に向かってアカシャの部下四人が一斉に攻撃を仕掛ける。
B、C、Dの遠隔攻撃が装甲の傷の中を抉り、地面を転がった守護ロボットに飛びかかったAの剣が刺された。
そして、完全に守護ロボットは沈黙する。俺は呟いた。
「いいところとられた……」
「あー! くそっ! 全然ダメだったァー!」
遠くでメメリュも悔しそうに頭を抱えている。俺達は勝利を収めたが、メメリュと俺の二人では仕留め切れなかった。もしもいつも通り二人での異域探索なら、失敗に終わっていたということだ。
「やはり仲間集めは必要か……?」
できれば、色々と面倒くさいことをやってくれるメンバーとか欲しいかもしれない。しかし現状特に困ってないし別にいいかとすぐに頭からその考えは飛んでいってしまった。
「まぁいいや、いえーい! 早く給湯器回収して大規模リゾート開発進めようよお〜!」
「なんかジャンル変わってる」
アカシャと喜びの抱擁を交わし、俺達は無事給湯器を回収してその場を去った。
それから間も無くして、『機界』タイプの異域は消滅した。
どうやら、俺たちの倒した守護ロボットは『ボス』に当たる存在だったらしい。異域の消滅には何種類かパターンがあり、多くが時間経過による自然消滅なのだが、異域にそれぞれ必ず存在しているとされる『ボス』を破壊することで即座に消滅させることが可能らしい。
例えば、異世島の重要区画に異域が発生した場合などはボス討伐を最優先に攻略されることもあるとか。
ということで、異域がないと稼ぎ口がない俺たちは家で暇を持て余していた。
俺達が主に居住区域としてしているのは三階建てビルの二階で、入り口もビル内の階段を登った先にある。
その階段を、何人かの人間が上がってくる音が響いた。
「誰か来たけど」
「知らないよ?」
俺とメメリュのどちらも来客に心当たりはない。二人で顔を見合わせているとバァン! とドアが開け放たれ闖入者の第一声
「邪魔するよ。カモン!」
赤い髪の女、アカシャさんだ。そういえば住所を聞かれて答えていたことを思い出す。俺達の返事すら聞かずに侵入してきたアカシャさんは後ろに向かって呼びかけて、彼女に続けて作業服姿の複数の人間達が綺麗に並んで入ってきた。
「「「失礼します!」」」
ぺこりと頭を下げられるが、何が何だか分からない。
「アカシャさん、何ですか急に」
「謝礼だ」
ピシャリと言い切られ、カタログみたいなのを渡される。ペラペラとめくると、どうやら家庭用給湯器のカタログだったらしい。いろんな商品みたいなのが並んでる。
しかし、よく分からない。そもそも話が急すぎる。
「君達にプレゼントしよう。どこに置く?」
「え……じゃあシャワー室……」
「よし、寸法測ってこい!」
作業服の奴らに指示を出すアカシャ。今まで傍観していたメメリュが口を開いた。
「どんなやつでもいいの?」
「いいぞ、好きなのを選んでくれ。今日中に用意する」
この人せっかちすぎる。
*
「きもちいー」
足を伸ばせるほどの大きさの浴槽に張られたポカポカのお湯。既存のシャワー室では少々手狭だと伝えたら改装工事まで手配してくれたアカシャによって、我が家のお風呂はかなりレベルアップした。
メメリュと二人で入っても余裕だ。緩んだ顔をして顔が半ばお湯に沈んでいるメメリュに、ふと気になったことを聞く。
「そういや、もらった給湯器って魔力充填式だけど、何でメメリュは使えないんだ?」
アカシャが俺達への謝礼として用意してくれた最新式の給湯器は、流石に水は水道から引くことになるが燃料は人間の魔力を使えばいい。つまり、かなり生活費に優しい代物だった。
とはいえ、生活家電(?)に魔力を充填するのは個人の魔力量次第ではかなり辛いことになる。メメリュの魔力量は尋常ではないので、その心配はないはずなのだが……この家には今まで魔力充填式の家電(?)が存在していなかった。
「ああ、私ってあのデバイスに縛られてて、アレ以外のデバイス使えないんだよ」
嫌そうな顔をしてそう答えるメメリュ。それよりも俺は家電(?)もデバイスの一種なんだ……と驚いた。
「そんなことあるんだ」
「しかも『神遺製・魔導器』だから壊せやしない。最悪だよ」
また急に新しいワード出さないでほしい。
俺は聞き流した。




