第九十話 ネイバー
モニター越しに四名の激闘を見守っているのは、模擬戦不参加のソルグランド、スタッバー、シェイプレスばかりではなかった。
室内では立体モニターが空間に投射されて、バルクラフトやリリベルの顔が映し出されている。この光景は人類と妖精達にも提供されて、魔物少女を模擬戦の相手として利用するという試みを注視している。
ソルグランドはモニターの前に立ったまま、視線を固定している。ソルグランドの視界の外にいるが、不意打ち一つしかける気配も見せないスタッバーに、ソルグランドが声を掛けた。
天上の世界で奏でられる音楽の如く美しい声にも、スタッバーは緊張する素振りを見せるばかり。ソルグランド派の魔法少女達だったら、その場で涎を垂らして耳を澄ましかねない声の美しさだというのに。
「ディザスターにしてもぎりぎり暴発する手前で留めていると思うが、同朋としてはどう見るね? ソルブレイズは冷静に戦えていて、ザンアキュートは腹の内ではグツグツと戦意が煮えたぎっている感じだ」
スタッバーはたっぷりと間を置いてから口を開いた。創造主からの離反を一番に決めた彼女だが、だからといって人類やソルグランドに心を開いているわけではない。
「…………フォビドゥンはおそらく自分達の性能を改めて証明して、我らの創造主を見返したい気持ちが少しは残っている。その機会を得るまでの間は、お前の指示に従うだろう。
私はそこまで期待してはいない。フォビドゥンには悪いが期待も未練も抱くだけ無駄という他ない。私達に下された廃棄処分の沙汰が取り消されるものか」
「フォビドゥンにそれは言ったのか?」
「ああ」
「怒らなかったのか? 喧嘩になっても仕方がないと思うが」
「なにも。なにも言わなかった。怒らなかったし、悲しまなかった。騒ぎもせず、ただ、黙って口を噤んだだけだ」
「そうか、あの子も本当は分かっている。そういう態度だな」
魔物が人類に勝利した未来に自分達の居場所が無いのを、ディザスター以外は全員が理解しているのだろう。人類が勝つ以外に生き残る未来が無いのをスタッバーは認め、少しでも妹の立場が良くなるようにと積極的に協力している。
シェイプレスは姉が自分の為に動いてくれているのは理解しているが、自信の末路自身に興味は見せていない。スタッバーの精神性こそ、魔物少女の中で最大のバグだろう。
『ソルグランド、貴方からの提案はこれまでも私達の度肝を抜くものが多かったけれど、今回の魔物少女達本人に模擬戦の相手を務めさせるという案もそう』
モニターの向こうにいるバルクラフトだ。実戦と変わらない激闘を繰り広げている四人の姿に呆れているようにも、感心しているようにも見える。
軍人として魔物との戦いに長く関わってきたバルクラフトの方が、ソルグランドよりもよほど確執が強いだろうに、今のところそれを表に出す様子はない。
「少しずつ懐柔を進めていましたし、この間のラグナラク戦で創造主から捨てられたのが、一番の切っ掛けになりましたよ。魔物少女は連中にとって長年、邪魔者だった魔法少女を参考にして作られたようですが、感情を持たせたことが失敗に繋がった。
反旗を翻さず、生存に拘らない通常の魔物と違って、魔物少女達は人間のように自分の命に拘っている。魔物相手に戦うのはまだしこりがあるにせよ、ただ飯を食べさせてばかりもいられないでしょう?」
『使えるものはなんでも使うと? 貴方に仮想魔物少女の役を任せるのは、もったいなくはあった。その分、貴方の自由になった時間はどうする? ナザン基地の結界の再構築か、それとも惑星の活性化を進める?』
「この星の復活については戦いが終わってから進めます。今は戦力の再編成から進めないとでしょう」
ここでソルグランドは黙って観戦に戻ったスタッバー達へ視線を移した。魔物の創造主側との連絡が断絶しているのは確認しているが、万が一、こちらの重要な情報が流出しては堪ったものではない。
これ以上、今後の戦略に関わる発言は魔物少女達の居ない場所で、とバルクラフトとソルグランドは視線を交わして合意する。リリベルは二人が神妙な顔をしている横で、十分な観測機器によって集められる詳細なデータに笑みを浮かべている。
『妨害されずに好きなようにデータ収集できるのは本当にいいねえ。対魔物用の装備の開発と製造が捗るよ。カジン達から提供された技術と装備のお陰で、こっちの連中はお祭り騒ぎだからね』
リリベルの声音は通信越しにも分かるほど、ウキウキと弾んでいるものだった。カジン達からの技術提供により、地球の技術水準は数十年は進むともっぱらの評判だ。
「兵器の類は魔物だけに使われるのを祈っていますよ」
人類同士の戦いに使うようなことになりませんように、と暗に込めたソルグランドの想いはリリベルもバルクラフトも同じだったろうが、こればかりは彼女らにもソルグランドにも断言できない未来だった。
その後、白熱する模擬戦をソルグランドの判断で止めて、データベースに登録されている魔物も加えて、人類側にとって厄介な組み合わせや布陣を整えた上で、その後も模擬戦は続けられた。
本物の魔物少女がシミュレーターとはいえ、相手をするという目新しさと話題性は、彼女らの危険性を危惧する大きな声と警戒と共に始められたのだった。
*
良くも悪くも話題になった魔物少女との模擬戦が大いにナザン基地を多いに賑わわせている中、ソルグランドはスイートミラクルやビクトリーフラッグなど、魔法少女のリーダー格を含めた人類、妖精上層部との会合に参加していた。
万が一でも魔物少女からの情報流出を防ぐ必要のある重要事項の話し合いだ。場所はナザン基地ではなく、遠く沖合に浮かぶ巨大なザンエイの内部である。
円形の部屋の中には妖精の重鎮達もモニター越しに参加し、次の大きな戦いに向ける重要な話し合いの場として、程よい緊張感が場を満たしている。
柔らかな白い光に照らし出された室内で、円卓に腰かけた面々の数は少ない。いまだ惑星ナザンの環境は人間も妖精も生身で過ごすのは不可能なままなのだ。
モニター越しの参加者が多くを占める中、これまで通りに立体映像で参加しているカジンが部屋の中央に新たな映像を投射する。
『これが我々のテイダ星系五番惑星キセイに作られた、魔物達の最大の拠点だ。五十近い衛星を一つにまとめて、巨大な要塞へと改造したものだと長年の観測でようやく分かった』
「これが次の攻略目標か」
ソルグランドの目に映っているのは、青黒い血管を浮かべる黄色いサンゴ礁のような建造物だった。ディザスター達は肉の大樹のような物体から産まれたというが、魔物達の大規模基地となると、こういう外見になるらしい。
基地の周囲に警備の魔物らしい姿はなく、内部に数千かそれとも数万か、それ以上の数が蠢いているのだろう。
「同じ宇宙にあったのは幸いだが、他所の星にまで遠出するのか。魔法少女って、宇宙空間でも戦闘可能なのですか?」
これまで宇宙空間ギリギリの高度での戦闘の記録などはあるが、太陽系でもない別の星系の星での戦闘など想定もしていなかった事態だ。答えたのはマジカルドールの開発に一躍買ったニジネ研究所所長のクアクアだ。
マジカルドールばかりでなく魔法少女にも造詣が深い、というよりも魔法少女技術の開発にも一枚噛んでいた実績があるから、マジカルドールの開発を任された逸材だったのだ。
『それについてはあちしからご説明しますよ。魔法少女もマジカルドールも宇宙空間を含めた全環境対応型だから、行動に支障はありませんよぅ。ただキセイのあたりの重力環境にまで完全に対応させるには、微調整が必要!
それ以上に問題なのは中の人達が宇宙での戦闘経験が無い事だわね。今からみっちり訓練を積んで、宇宙で溺れるなんてことにならないようにしないと』
ナザンでの戦闘は元々地球に近い環境であり、その後、ソルグランドの手によって更に地球に環境が近づいたことでラグナラク戦は支障なく戦えたが、今回はアウェーに加えて戦い慣れない環境と不利な要素が多い。
クアクアの言葉に参加者の多くは顔をしかめて、次に行われる大規模作戦がラグナラク戦とは性質の異なる困難さとなるのを改めて思い知らされる。
話を引き継いだのはバルクラフトだった。ラグナラク戦後、地球各国に出現した魔物達との戦闘画像が開かれるが、その数は少ない。
『幸い魔物の出現頻度は落ちています。今のところ、各国の魔法少女とマジカルドール達だけで十分に対応が出来ています。
こちらに戦力を出させた上で、手薄になった地球やフェアリアヘイムを壊滅させる狙いがあるかもしれませんが、キセイにある魔物の拠点を攻略するにはラグナラク戦以上の戦力が必要になるでしょう。ソルグランド、貴方の状態はどうかしら?』
「ラグナラク戦で消耗した分の回復は済んでいます。ラグナラクの同型機や新型のより強力な魔物が出てくるとなると、苦殺那祇剣は安易に使えませんね。
現状を考えれば魔物側も戦力にそれほどの余裕はないと思いたいところですが、今度も油断は出来ません。
魔物少女達についてはこちらの戦力として使うのは、現状ではほぼ無理ですが、特殊なマジカルドールの配備について耳にしています。もちろん、私も全力を尽くしますが、新戦力にも期待したいところです」
『もう貴方の耳にも届いていましたか。ええ、フェアリヘイム側から打診された特殊なマジカルドールのみで編成された部隊のことですね。これに関しては私よりも……』
『私がお話しますわ、ソルグランドさん、バルクラフト司令』
当然のようにクアクアが話を継ぐ。マジカルドールの開発を担った彼女が、特別なマジカルドール、すなわち地球の神々が入る為のマジカルドールの開発にも一枚噛んでいるのは、なんの不思議もなかった。
『畏れ多くも妖精女王陛下直轄として編成された、特別なマジカルドールの部隊。いずれも精鋭で、人類の皆さんが結成したワイルドハント部隊のフェアリヘイム版ですわ。
あちしを始めフェアリヘイムの技術者がヤオヨロズの技術も併せて調整したマジカルドールの部隊、その名もネイバー!』
ネイバー、英語で隣人を意味する。この場合は隣“人”ではなく隣“神”なのだろうが、人類にとって良き隣人であり続けてくれたフェアリヘイムならではなの名づけ、と人類は勝手に納得するだろう。
ソルグランドはムフーと自慢げにしているクアクアの姿を見ながら、ネイバーの中身を知っている自分と夜羽音だけ心労を積み重ねるんだろうなあ、と確信していた。




