第七十七話 花咲く銀の槍
ソルグランドは視界全てを黒紫色に染めて襲い来る重力衝撃波を前に、一欠けらの恐怖も動揺も無かった。彼だけでも対処できたが、この戦場に自分以外の頼りになる仲間が居るのを忘れてはいなかったから。
「『ソルグランドしか見えねえな!』」
山脈一つ簡単に均してしまう重力衝撃波は、それを視界に収めたワンダーアイズによって、まるで嘘のように消え去った。
フォビドゥン戦での共闘以来、久方ぶりに戦場で肩を並べたワンダーアイズは、その背後に大きな鏡を二つ浮かべ、装束もまた細かな刺繍や装飾品が増えており、一目でパワーアップしたのが見て取れる。
天の羽衣『合鏡神』。それがワンダーアイズの手にした新たな力の名前であった。
背後に浮かぶ二枚の鏡はそれぞれ雲外鏡、照魔鏡と鏡の妖怪や伝承からそのまま名付けられている。
合鏡神の齎す恩恵は、ワンダーアイズの固有魔法の効力増強と負担軽減というシンプルだが、その分、効果の大きい強化だ。
「ちっ、天の羽衣で強化してもこの負荷かよ。本体にもほとんど効果もないか。分かっちゃいたが、支援に徹するしかないな」
ラグナラクの重力衝撃波を見えないものとして抹消した代償に、二枚の鏡はわずかに曇っていた。ワンダーアイズ本人に掛かる負担を肩代わりした結果である。
事前の分析でワンダーアイズの固有魔法はラグナラク本体にはほぼ効き目がないとされており、実物と相対した状態で表皮を劣化させるだけでも出来ないかと既に試し、失敗していた。
それでもワンダーアイズが打ち消すべき攻撃を視認する必要こそあるが、圧倒的攻撃力を誇るラグナラクの攻撃を打ち消せる彼女の存在は、本決戦に於いて大きなアドバンテージだ。
助けられたソルグランドが一瞥を寄こすのを見て、ワンダーアイズは鼻で笑う。
「助ける必要はなかったろうが、このデカブツを倒すにゃあんたの力が要るんだ。こっちの眼が潰れる前に、倒しきってくれよな」
心の底からそう願うワンダーアイズの声が届いたかどうか、ソルグランドは両手で闘津禍剣を握り直し、再び一撃を見舞う隙を見つけるべく、果敢にラグナラクへと接近し始めていた。
ソルグランドを筆頭とするメインアタッカーの動きに合わせ、ザンエイ並びに妖精、支援役の魔法少女達の攻撃はタイミングと場所を変えて、見事な連携をもってラグナラクの全身に余すことなく攻撃を加え続けている。
この時、ラグナラクは表皮をプラーナ耐性の高い構成へと変更し、ザンエイからの攻撃をほぼ無視している。
ラグナラクにとって、既にナザンに収奪すべきプラーナが存在しない以上、向こうから近づいてくる魔法少女達は格好の資源だった。
だからこそわざわざ復活した地点から動かずに、魔法少女達を破壊してプラーナに還元し、吸収しようと手ぬるい攻撃に終始している。
とはいえ、ラグナラクも機能停止の危機が迫るほどのダメージを与えれば、せっかくの資源にも拘泥せず攻撃機能を全開にすると想定されている。
それまでにどれだけのダメージを与えられるか。ラグナラクが完全に戦闘モードに突入してから、どれだけ短時間で撃破できるかで魔法少女達の勝利と犠牲は大きく変わる。
ラグナラクの表皮が耐プラーナに変わったのを観測したザンエイは、攻撃の意図を目くらましとラグナラクの攻撃発動の阻害へと変更していた。
一方、数十キロメートル以上の距離を置いて砲撃を重ねている魔法少女とキグルミも味方への誤射に細心の注意を払いながら、攻撃に用いる武器の調整をリアルタイムで更新し続けなければならなかった。
ラグナラクのプラーナ吸収能力は健在であり、中途半端なプラーナの攻撃では敵に塩を送り、自分達の首を絞めるようなもの。
常に相手の吸収能力を上回り、ダメージを与えられるようプラーナの固形化と圧縮率の調整、また魔法によって発生させた事象の強度を計算する必要があるのだ。
接近戦を挑む魔法少女達の捕食よりも、支援部隊の殲滅を優先された場合にも備え、防御に徹する魔法少女や装備も用意されているが、戦いはまだ始まりの鐘を鳴らしたばかりであった。
ラグナラクにとっても、地球・妖精・ナザン側にとっても、予想外の事態が発生して戦況が変化する要素はいくらでもある。
マジカルドール達が主に使用しているのは、奥行きと横幅が一メートル以上、高さは一メートル半にもなろうかという巨大な箱型のプラーナコンバーター、そしてコンバーターの右側面から伸びる二メートル近い長大な砲身を持つ口径40mm超の個人携行砲だ。
マジカルドールと魔法少女用に開発された汎用兵器の一つで、耳鳴りを意味するティナイタスと呼ばれ、使用者とコンバーターから吸い上げたプラーナを砲弾状に自動成型する。
キグルミが使用している弓矢や投石、投げ槍、ブーメランの類も密度を高めて、ラグナラクによる吸収を防ぐ処置を施した特別仕様だ。
運用コストは会計担当者が眩暈を起こすほどだが、ラグナラクに負けた場合を考えれば許容するしかないコストである。
ラグナラクは自分に群がる魔法少女達に向けて、表皮の一部を糸をつむぐように細く長く伸ばし、何百と揃えた糸で魔法少女達を捕縛しようと試み始めていた。
ソルグランドにしたよう魔法少女の肉体を破壊してプラーナを吸収する行為も継続しており、糸に気を取られれば別方向から放たれるビームや重力気衝撃波が襲い掛かり、魔法少女の頑丈な筈のボディを簡単に破壊してしまうだろう。
ソルグランドを実の祖父とは知らぬソルブレイズもまた、ラグナラクへ果敢に接近戦を挑む魔法少女の一人だ。既に殴り掛かれる距離まで迫っていた。
降り注ぐ陽光を浴びて煌めくラグナラクの糸がソルブレイズの周囲を十重二十重と囲い込み、それが一気に輪を狭めてくる。天の羽衣を発動したソルブレイズは、それを一顧だにしなかった。
「これくらいでぇ!!」
他の天の羽衣とは異なり、日本神話の神々から秘かな助力を得ているソルブレイズの出力は他を圧倒している。内包する膨大なプラーナに惹かれて纏わりつこうとした糸が、ソルブレイズの全身から放出された超高温の炎に触れた瞬間、一斉に燃え尽きた。
ラグナラクは摂氏一千五百万度の熱にも耐えるというが、糸という形状にした事で耐熱性が落ちたか、あるいは固有魔法によって発生した炎熱だったからか。
「でゃりゃあ!」
ソルブレイズの剛腕が唸り、ラグナラクの腹部正面をまっすぐに打つ! 右の拳には黄金に燃える炎が宿って超高熱ばかりでなく拳をガードするバリアも兼ねている。これのお陰で直接、ラグナラクの表皮と接触するのを回避できる。
ラグナラクに渾身の一撃を叩き込み、返ってきた手応えにソルブレイズは心の内を困惑で震わせた。
(水を叩いた……ううん、もっとねっとりとした液体を殴ったみたいな感触? ダメージが通っている感じはないけど、それなら壊れるまで殴り続けるだけだ!!)
天の羽衣に含まれる天照大神の助力により、まさしくソルブレイズは魔法少女の形をした太陽といっても過言ではない。だがラグナラクは太陽の最高温度にも耐える超ド級の怪物だ。
ソルブレイズ一人が死力を尽くしても倒せはしないが、死力を尽くさなくていい理由はない。魔物と祖父を守れなかった自分自身への怒りと憎悪を糧に、ソルブレイズのプラーナは際限なく湧き出しては燃え盛る。
ソルブレイズの拳が撃ち込まれるたび、ラグナラクの巨体が震える中、ザンアキュートは七つの刀剣を従えて比喩ではなく、斬撃の嵐で星を喰らう怪物に目覚めの挨拶をしていた。
視界そのものが攻撃の射程範囲であるザンアキュートは、ラグナラクから七キロメートルの距離を置いている。
周囲を浮遊している七振りの刀剣を使い、ラグナラクが紡ぎだす捕食用の糸を弾き、ザンエイのオペレーターの指示に従って、ラグナラクのビーム攻撃の前兆を斬り潰す。
大太刀による本命の一撃は、既に二十を超える数を放っていたがこちらも異様な手応えに臍を噛んでいた。
(焦るな。焦ってはいけない。これまで負けていい戦いはなかったけど、今回はこれまでよりもなお負けてはならない戦い。私一人の焦りが他の味方の足を引っ張りかねないのだから。
ソルグランド様も全身全霊で戦っておられる。あの方がそれほどに力を尽くさなければならない敵なのだ。私程度は死力に死力を尽くして戦わなければ、役に立つことすらできない!)
また一撃、ザンアキュートの渾身の一撃がラグナラクの頭部の鼻先らしき部位に叩き込まれ、わずかな斬撃痕を刻んだがそれもすぐに元に戻った。
ザンアキュートの千里斬はラグナラクに吸収されないという、今回の戦いでは非常に有用な特性を持っていたが、基本的な防御性能の高さゆえに明確なダメージを与えられずにいた。
事前の想定から誤差の範疇に収まる戦いが続く中、スタープレイヤー、ロックガーディアン、ブレイブローズらもまたソルグランドやソルブレイズに負けない気迫でラグナラクに攻撃を仕掛けている。
日本から参戦したユミハリヅキはたっぷりと時間をかけて物質化させたプラーナの矢を射かけ、アシュラゴゼンはファントムクライが攻撃に専念できるようにサポートに徹している。
ファントムクライは妖怪達を出現させてもラグナラクに餌を与えるだけだと判断し、作戦開始前に既に百体を出現させてから抹消し、そのプラーナを吸収してパワーアップを済ませている。
黒雲を纏う太陽を背負って、ファントムクライは打刀のみを両手で握り、一撃離脱に徹していた。アシュラゴゼンとユミハリヅキ、ジェノルイン達のサポートのお陰で、糸による捕食やビーム攻撃などをほとんど無視できるのはありがたい。
「攻撃を一点集中させず、ラグナラクのリソースを消費させる。分かってはいるけれど、攻撃が通らないのは歯痒いわね」
既に刃毀れしている打刀の刃を見やり、ファントムクライは小さな溜息を零した。各国から集められた精鋭達が死の物狂いで攻撃し続ける中、ソルグランドと同等の期待を寄せられていたのが、ワールドランキング第一位スイートミラクルだ。
左肩に掛けた青いマントを翻し、右手に握る先端に星を飾った短いステッキをラグナラクへと頭上から一振り。
手にしたステッキは魔法少女用に開発された汎用武器『ウィッシングスター』。
ステッキ内部にチャージされたプラーナと使用者のプラーナを消費することで、物質化された流れ星を作り出し、魔物を討つ武器である。
「私もね、引退したいのは山々なんだけれど、後輩ちゃん達が頑張っているのに私だけ後ろには下がれないよね! さあ、願い星よ、皆の願いを叶えよう!!」
スイートミラクルの振るったステッキから、カラフルな尻尾を描きながら流れる巨大な“お星さま”。夜空から気まぐれに地上に落ちる流れ星の如く、お星さまが次々とラグナラクへ命中し、その巨体をわずかに揺らしてゆく。
ラグナラクに命中して砕けたお星さまが更に小さなお星さまとなって、バラバラとクレーターの底へ落下する中、スイートミラクルの手は止まらない。膨大なプラーナがウィッシングスターに流し込まれ、更に圧縮されたお星さまが作り出される。
じわりじわりと、山をスコップで削るような作業だが、確かに魔法少女達の攻撃はラグナラクへと届いて表皮への負荷を蓄積させてゆく。
状況が動くとしたらラグナラクに明確なダメージが入るか、あるいはラグナラクが移動を開始するか、積極的に魔法少女達を排除しようと攻撃を開始した時だろう。
真っ先にそれに気付いたのは、七本目の闘津禍剣を作り出したソルグランドだった。闘津禍剣以外の神器の使用を考え始めた矢先、ラグナラクが糸のいくつかを束ねて、鋭い先端を備えた触手をいくつも作り出す。
「っ! 攻撃が来るぞ、支援部隊、全員備えろ! ザンエイ、シールドを全開にしろ!!」
ラグナラクの狙いが接近戦を挑んでいる自分達ではないと、ガラス片の先端が一つずつ正確に支援してくれている部隊とザンエイに向いていることから看破していた。
ソルグランドからの叫ぶような指示に対して、周囲の反応は迅速だった。彼のこれまでの功績と実力に対する信頼は絶大であった。
触手からキィン、と鼓膜を貫くような甲高い音が連続で発生し、亜光速にまで加速された先端部分が細長い槍となって、支援部隊やザンエイへと襲い掛かる。
ソルグランドの指示を受けてから対処できた支援部隊は、あらかじめ控えていたキグルミや魔法少女達が防御魔法を全力で展開し、半透明のシールドや土、水、風などを材料とする物理的な遮蔽物を作り出していた。
ザンエイもまた常時展開しているシールドの出力を最大にして、その巨体を狙って放たれた無数の槍を防いでいる。
だがシールドに阻まれた槍は、そのまま蕾が開くように大きく広がると、小型のラグナラクへと変形し、そのまま支援部隊に襲い掛かり始めるではないか!
攻撃を防げなかったマジカルドールやヌイグルミ、魔法少女は身体を貫く槍にそのままプラーナを吸い尽くされて、戦闘からの離脱を余儀なくされる。
戦場の各地で槍から変形した小型ラグナラクとの戦闘が勃発する中、ザンエイのブリッジでカジンがかすかに苛立ちを乗せた声を出した。
『我々との戦いでは見せなかった攻撃方法だ。分裂か増殖……いや、植物の種子が弾け飛ぶのと同じ行為か? 不味いな。これで一対多から多対多に変わってしまった』
増殖なりなんなりの手段で数を増やすタイプの魔物はいたが、この機能をラグナラクが備えているのは、次善の想定の中でも特に厄介なパターンの一つだ。
ザンエイのブリッジには、ミニサイズになっただけで能力は据え置きの小型ラグナラクとの戦いに、早くも苦戦している連絡が届いていた。
ザンエイの周囲にも槍から姿を変えた小型ラグナラクが群がっており、護衛として残っていたマジカルドールやキグルミが大急ぎで出撃の最中だ。
数体の魔法少女やマジカルドールを貫き、プラーナを貪った小型種から本体のラグナラクへとプラーナが転送されて、最も優先度の高い資源の確保にラグナラクは喜んだかもしれない。
かくして戦況を示す天秤はわずかにラグナラクの側へと傾く。




