六十二話 新たなる屋敷の住人
私は今レティシア・ヴァリアス・アドガルド・フォン・スカーレット男爵の屋敷を訪れている。
フィリーツ領のどこかで宿を取ろうと思ったら、まだ宿などなく泊まるところなどなく、男爵に頼み、一晩世話になろうと思い、尋ねた。
しかし、尋ねてみると妙なことに巻き込まれた。
スカーレット男爵と机を挟んでお茶をしている、この状況。
机の上には王城、魔術研究しているところが使っている印璽が施されている封蝋の付いた手紙が置いてある。
「それで、何だったかしら? 一晩世話になりたい、だった?」
「はい、馬小屋でも構いません。一晩夜の明かせる場所をお貸し頂ければと思い……」
「別にいいわよ。この屋敷、部屋が余ってるもの」
魔族。
それを聞いて恐れていた部分がある。
実際、伝説や書物の物語の中でしか存在しない者たちだ。
勇者が相手していたとしても、彼らの力は未知数であり、畏れないのがおかしい。
彼らは人間として対応すると、ずれている。
まず、彼らは人間の貴族と対応が違う。
こんな風にあっさりと宿として提供するはずがない。
一応、こちらが勇者を連れてきていると聞けば、貴族たちだろうがそれなりをもてなすだろうが、知らない初見であれば、まずこんなあっさりといかないだろう。
「それに一晩で足りるの? あの子、うちのアンナが思いっきりへし折っちゃったせいでしばらく動けないんじゃない?」
スカーレット男爵の言う通りだ。
勇者ジェシカは十四歳という年齢で女神様からの使命を帯びて、成人を迎える十五歳を超えて、この旅に臨んだ。
しかし、まだ成人したてであり、まだ精神的に成長しきっていない。
子供のように自尊心の強いところもあったが、それも年齢相応の物だ。
この旅の中で、様々な経験を得て、丸くなることを期待していた。
しかし、どうだ。
丸くなるどころじゃない。
彼女の大事なものまで折れてしまったように見える。
「それは……彼女次第としか……」
「そうね、そうよね。一晩じゃなくてもいいわよ。少しはこっちの責任があるって感じてるから」
「いえ、そんな! スカーレット男爵にそんな責任など!」
「いいの、私、今気分がいいもの。交換条件ありだけど、それさえ受け入れてくれたら、いつまでもいていいわよ。何なら、あなたたちの泊まれるところ用意してもいいわ」
破格の申し出だ。
これで裏がないと思わない方がおかしいほど。
ただ、スカーレット男爵は人の貴族とは違う。
そう思い浮かぶほどの違いを見せられているせいで、どう反応していいのか悩む。
思い浮かぶのは勇者ジェシカのことだ。
彼女はすぐに王都に戻ろうとは思わないだろう。
だったら、彼女のために、と今は言い訳がたてれる。
「……その条件とは?」
「モーリッツ・フォン・リルダー、あなた王国の騎士でありながら爵位を得ているのね」
「爵位など意味はありません。私限りのものですので」
「それは別にいいわ。ただの確認だから。私は宿を提供するわ。だから、あなたは私に労働力を提供してくれないかしら?」
「……といいますと?」
「村で大きな農場をやっているのだけど、そこで働いて欲しいのよ」
「私に農奴になれと?」
「違うわよ。早合点しないで頂戴。他のみんなにも払ってる給金も払うし、労働時間も一緒よ。そこで働いて欲しいのよ」
これでただ労働力だけ提供していては条件に対して不釣り合いだ。
それを分かったうえで提示しているのだろうか。
スカーレット男爵が誠意を見せてくれてるのであれば、こちらも見せるべきだろう。
「勇者ジェシカはきっと武器が戻るまで戻ることはないでしょう。ならば、その条件で、ぜひ」
「契約成立ね」
「ただ、私が差し出す対価がいささか少なすぎる。それでは良くない」
「あら、私はいいのよ。村の人が頑張って、私にはそれを売る伝手があるもの。お金なら困らないわよ?」
「では、こちらをお納めください」
そうして、机の上に置いたのは板に複雑な術式が書き込まれて、板の中心には綺麗に磨かれて球場になっている魔石が埋められていた。
「これは?」
「王宮魔術師殿が作り出した神造兵装の模造です」
「へぇー……これが」
スカーレット男爵は目を輝かせて、それを手に取る。
向きを変えたりして、様々な角度で観察した後は、板にかかれている術式を読み取ろうとジッと眺めていた。
「それで、これは何が出来るのかしら?」
「はい、どんな遠く、地平の彼方の距離であろうと、即座に通信が可能という代物です」
「別の大陸からでも?」
「はい、果ての大陸からでも理論上は可能だと王宮魔術師殿は言っておりました。ただ、魔石が仕様に耐えれないせいで一度しか使えない、と」
中心にある魔石を愛でているスカーレット男爵が顔をこちらに向けてきた。
「いいのね?」
「はい、私たちが使う事はないので」
「ふふ、じゃあ、もらうわね」
そう言って、スカーレット男爵は手紙の上にそれを置く。
「部屋の用意はもう少しで終わると思うから、それまではここでゆっくりしていきなさい」
スカーレット男爵は立ち上がり、部屋を出る。
その後を老紳士が荷物と共に、一礼をして去っていった。
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良いものがもらえた。
破格の条件を出しておいて正解だった。
執務室まで歩く足が、地から離れそうな位弾んでいる。
あの模造品だけで、金貨袋どれだけになるか分からないだろうに、それをあっさりもらえるなんて思ってもなかった。
「屋敷の人数が増えてきたわね」
「ええ」
「作るつもりはなかったけど、孤児院? になってしまったけど、作って良かったわね」
「ええ、しかし、人手が不足している様子です」
「そこはアユムに文句を言いましょう」
アユムに嫌味を言うのは楽しい。
私に対してはあの女は感情を簡単に表に出すので、からかい甲斐がある。
「屋敷の使用人も雇った方が良さそうね」
「ええ、しかし、この領に来るでしょか?」
「来ないわね」
屋敷の使用人。
農場で働かせる人を雇うのとは違う。
それなりの立場のある者から雇う必要がある。
貴族の沽券にかかわることだから、ちゃんとした品性や容姿のいい娘なんかが選ばれることが多い。
男だと労働力として重要であり、使用人よりも用心棒とかそちらになるだろうし。
しかし、位の高い爵位のところは人気があるだろうが、私のところは田舎でかつ、爵位も男爵。
来たがる娘がいるとは思えない。
だから、気長に募集するしかない。
「まだ切羽詰まった状況ではないでしょ? なら、待てばいいわ」
「そうですな」
アルフレッドが前に出て、執務室の扉を開けると、そこには先客がいた。
「マサキ、ユリナ、ここには勝手に入るなっていったわよね?」
「え、何も触らないなら良いって言ってたじゃん」
そう言ったかもしれない。
執務机に座ると、さっきもらったものとアユムから届いていた手紙が机の上に置かれる。
「それで、何か用なの?」
「あー……さっきの子って大丈夫なの?」
「勇者のこと? 屋敷で預かることにしたから大丈夫でしょう」
「え、マジ?! どこどこ?」
今は一階の客用の寝室にいることを告げると、マサキは立ち上がった。
ユリナは呆れたようにそれに付いていこうとする。
ユリナも呆れているのもポーズだけで、マサキがする行動を決して咎めない。
本当に甘い子だ。
「アンナにやられたことがショックだったんでしょう。あんまり刺激しないで頂戴ね」
「分かってるって! あ、レティ、甘いお菓子とかってある?」
「焼き菓子ならあるわよ」
そう言って、アルフレッドを見る。
彼は微笑んだのち、
「あとでご用意しましょう」
そう告げた。
「じゃあ、その勇者の子の部屋のまでお願いします」
マサキがしっかりと頭を下げて、アルフレッドにお願いした。
普段は元気いっぱいで礼儀もないのに、こういうところはしっかりしてるのよね。
「ええ、お茶と一緒にお持ちしましょう」
「ありがとうございます! いこ、ユリナ!」
そう言って、部屋を飛び出していく姿は、成人しているとは思えない女性の姿だけど、もう見慣れたものだ。
手紙に目を落としていると、思わず笑みを浮かべてしまう。
「アルフレッド、どうやらアユムに嫌味を言うのは先になりそうだわ」
謝辞
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