六十話 アンナ・ネイト・スカーレット
「勝者、勇者ジェシカ。今回はマサキの自爆みたいなものだけどね」
みんなのところに戻ってくると、ガレオンさんは笑っているし、ゆりなは呆れていた。
「バカ」
「だって、だって、思ったよりもきつく巻き付いちゃって、ね?」
「鎖を自分で振り回すから、あぁなるんだよ。精霊っての? あれにやってもらえばいいんだよ」
「出来るの?」
「俺に聞くなよ。お前の方が分かるだろ」
教えてくれてもいいのに。
私よりもそう言うの詳しそうだしさ。
「前座は終わった」
真剣な顔でこっちを、アンナさんを睨みつけている。
女神様ってのをバカにしたつもりはないんだけど、悪く言われるのがそんなに嫌だったのだろうか。
「アンナ、思ったよりも早かったけど、出番みたいよ」
「はい、二人はもっときつい稽古をすることにしましょう」
さりげなくきついことを言ってくれる。
そんなに良くない結果だったかな。
割と動けていると思ったけど。
「私が勝ったら、女神様を愚弄した言葉を訂正しろ」
「ええ、いくらでも」
応じたアンナさんは未だに武器も用意してない。
さすがに心配になってくる。
「ねぇ、アンナさん大丈夫だよね?」
「あ? 楽勝だろ?」
「結構強かったよ?」
「お前らがよえーんだよ。あいつがお前ら相手にすんのにどんだけ手抜いてるか分からねぇようなら今よりボコられておくんだな」
ガレオンさんは全く心配する様子もなく、逆に笑われてしまった。
手加減されているのは分かっているけど、そんな無茶苦茶に手を抜かれているのか。
「それなら、私が勝ったらその武器をもらおう」
アンナさんがそう伝えると、ジェシカは鼻で笑った。
「お前のような魔族が触れも持てもしない武器、どうするつもりだ」
「それはどうでしょうね」
「私はこの武器、防具に主として認められている。貴様が選ばれることは万に一つもない」
アンナさんは全くジェシカのことを警戒していない。
アンナさんが首を回して、私の方を向く。
「マサキ、その稽古用の剣を貸してください」
「え? けど、これって」
「それで十分です」
私が投げてよこしたのは、訓練用に木から削り出した木刀。
握りに滑らないように布を巻いてあるだけ。
受け取ったアンナさんは布が邪魔なのか外していた。
「こちらはいつでもいけます。そちらは?」
「いつでも」
「それじゃあ、始め」
レティが開始を宣言をしたが、勝負は一瞬だった。
そして、私とゆりなは何が起こったのかさっぱり理解出来ないまま決着を迎えていた。
だから、ここからは見えていたガレオンさんに聞いたことを元に解説となる。
まず、レティの開始の宣言と共に、アンナさんが木刀を投げた。
それは距離を詰めようと三歩目を踏み込もうとしていたジェシカも予想していなかった速度で飛んできたようで、慌てて弾く。
そして、木刀を弾いた時にはもう遅かった。
槍は完全に振り切ったままの姿、無防備に晒された体。
投げた木刀と同等の速度で飛び込んできたアンナさんはそのまま腹に跳び蹴りをする。
直撃を受けて吹き飛ぶジェシカ。
その衝撃は凄かったようで、槍をその手から放してしまっていた。
逆にアンナさんは投げた木刀に布の端が付いているために引っ張り、木刀はその手に戻ってくる。
ここまでの動き、あまりにも一瞬で何が起きたのか、理解が出来なかった。
目も追いついてなかったし。
後は、吹き飛んだジェシカの下にゆっくり余裕をもって向かい、木刀を突き付ける。
完全なるチェックメイト。
息一つ切らしていない。
「ぐ……なぜ、とどめを刺さない」
「そうですね、思ったよりも弱かったからでしょうか」
「貴様……!」
「まだ元気があるようですね。では、今度は正面から叩き折ってあげましょう」
そう言って、木刀の切っ先を下げて、ジェシカに背を向けて開始位置まで下がっていく。
アンナさんの行動を見たジェシカはそれはもう怒っている。
魔族に情けをかけられたのがよほど頭に来たのだろう。
私やユリナにさっぱり分からないことではあるが。
私たちにとっては王国の人間の方がよほど悪魔に見えるんだけどね。
「来い、レーデヴァイン!」
ジェシカの手に槍が戻ってくる。
そして、アンナさんが戻りきる前にジェシカは走り出していた。
あのゆりなの時に見せた、私では全く見えない速度での移動だ。
「我慢が弱い人ですね」
そうして、ガレオンさんが言うには正面から着て、ジェシカが槍で切り上げようとしていた。
しかし、アンナさんが振り返り槍の根元踏みつける。
「どうしたんですか?」
「ぐ……!」
アンナさんはただ踏んでいるだけ。
だけど、槍はそれ以上動かすことが出来ない様子。
アンナさんはそうしながら、下を向いていた。
その視線はジェシカの持つ槍に注がれている。
「……あなた、この装備、武器に防具、全く使いこなせてませんね」
「どういう意味だ!」
食って掛かるが、槍に力を入れても全く動かせていない。
「その装備を十全に使えたなら、私に勝つなんて造作もないことですよ」
「そんな事……!」
アンナさんがそう言い切るのなら、それほどすごいものなんだな。
勇者の防具ってそんなすごいんだと感心していると、レティがこちらに寄ってきた。
「勇者の武器ってただの神造兵装じゃあないのよ?」
「え、どう違うの?」
「神造兵装は、神の力の模造品。神に近づきたくて人が作り出した兵器。そして、勇者の武器は正しく神器。神が使う武器が一つであり、神の如き力を振るうことが出来る物なのよ」
違いがよく分からない。
私が首を傾げると、レティが笑う。
「神造兵装は勇者の武器の劣化品ってことよ。本物の勇者の武器なら、神造兵装なんて目じゃない力を秘めているのよ」
レティがそう言っていると、アンナさんが次の動きを開始していた。
「この子たちはこう使うんです。おいで、レーデヴァイン」
アンナさんがそう槍に告げると、槍が動きそうとしているが、それを必死にジェシカが止めようとしている。
「な、何で! ダメ! レーデヴァイン、私の言う事を聞きなさい!」
アンナさんが抑えつけいた足を退けると、槍が浮き上がり始めていた。
持ち手が反転して、アンナさんの方を向こうとしているのをジェシカが涙目になりながら止めている。
「お願いだから、言う事を聞きなさい! レーデヴァイン、私があなたの主人なのに……!」
「往生際が悪いですね」
そう言っていると、槍が暴れ出して、ジェシカの手から外れてしまう。
収まるのはアンナさんの手の中。
それを見たジェシカはぺたんと尻餅を着いてしまう。
それもそうだ。
選ばれた武器を憎むべき相手に取られてしまったのだから。
「何で、お前のような魔族がその武器を、レーデヴァインを持てる」
アンナさんはその発言を無視する。
そして、手の内にあるレーデヴァインを何度かバトンのように回したり、振るったりしてみるが満足して地面に突き刺す。
「王国式の槍術でしたか、昔から変わらないようですね」
「なぜ、あなたがそのことを!」
食いついたのは確か、モーリッツとかいうおじさん。
正直、空気過ぎていたんだって感じだけど。
「昔、教えてもらいましたから。熱心な方に」
昔を懐かしむように目を細めたアンナさんはすぐにジェシカに向き直る。
「レーデヴァインは私を主と認めた。あなたたちも着なさい」
アンナさんが告げると、ジェシカの防具が音を立てて外れだす。
「ダメ、お願い。それがなくなったら、私、勇者じゃ」
「さようなら、今代の勇者」
そう告げた時には、ジェシカの防具は全て外れてしまっていた。
残るは中に着ていたチェインメイルとインナー姿のジェシカだった。
外れた防具はアンナさんの周りに浮いている。
「なんで……」
ジェシカは目を見開いて、静かに泣いていた。
もうそこにいるのは勇者ではない、ただの女の子だ。
「レティシア様、勝敗を」
「ええ、そうね。ジェシカ、あなたの戦闘不能。アンナの勝ちね」
アンナさんは特にうれしがることもなく、地面に刺したレーデヴァインを抜いて、私たちの方に向かってくる。
マジでジェシカからもらってるんだとその時になって実感する。
「何で……私の、勇者の武器を使えるの」
そう虚空に向かって呟く言葉は空虚。
レティがアンナさんの方を向く。
アンナさんは息を吐く。
「いいですよ」
何がいいのか分からないが、アンナさんがレティに許可を出す。
そうすると、レティがジェシカの目の前に立つ。
「あなたの疑問に答えましょう」
ジェシカの顔がわずかに動く。
きっと視線はレティに向いているはず。
「彼女はアンナ、アンナ・ネイト・スカーレットと今は名乗っている。けど、本当の名前は、アンナ・フォルネス・アンドレイオス」
「――え?」
その名前を知っているのか、ジェシカの顔から表情が抜ける。
私とゆりなは顔を見合わせる。
「五百年前に魔王を討った勇者であり、そして、今魔族の王、あらゆる魔族を従える魔王アンナ・フォルネス・アンドレイオス、その人よ」
謝辞
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