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ところ変わって、実世界のとある街角。


「終わりだ」


唇の端から血を流し跪く男の後頭部に、冷たい銃口が押し付けられた。


「そうかな…」


男はそんな状況でありながらも、にやりと笑い、


「終わるはずがない…。お前の腕に、王パーツがある限りな」


着ている背広の内ポケットからカードを取り出すと、素早くパスワードを打ち込んだ。


「!?」


すると、男の姿が消えた。


「知ってたか!カードシステムは復活したのだよ」


銃を突き付けていた相手の背後に、テレポートした男は再びカードにパスワードを打ち込んだ。


「死ね!」


炎が放たれ、後ろから相手を丸焼きにしょうとした。


その時、かん高い金属音が周囲を振るわした。


「な!」


男が放った炎はかき消され…男の体も一瞬で塵と化した。


「…」


銃を突きだしていた男の右腕が、人の肌ではなく、メタリックな金属ような材質に変わっていた。


「やれやれ」


少し離れた曲がり角から、グレイのスーツを着た男が肩をすくめながら、姿を見せた。


「やる気があるのか?塵にしたらは、やつらの情報をはかせることができないだろうが」


かん高い金属音が聞こえなくなったのを確認すると、グレーのスーツを着た男は、塵と化した男のそばまで歩き出した。


道の真ん中に少しだけ降り積もった男だった塵の山は、路地裏を吹き抜ける風にすぐにかき消された。


「まあ…いいか。すぐに次の刺客が来る」


塵の跡に立つと、グレーの背広を着た男は、煙草をくわえ…火を点けた。


煙草を吹かす男に、メタリックな右腕をした男は苦笑した。


「呑気でいいな。公務員は」


「そうでもないさ」


男はフッと笑うと、空を見上げ、


「何も知らされていないだけさ」


自嘲気味に笑った。


「何か起こっているのか?」


メタリックだった腕の表面が変わり、人の皮膚のようになった。


「ジェース」


グレーの背広の男は、煙草を吸うのを止めると、じっとジェースと呼んだ男の目を見つめた後、おもむろに口を開いた。


「知らんな…」


「ケッ!」


男の言葉に、ジェースは頭をかき、


「これだから、公僕は!」


その場から歩き去ろうとした。


「…お前の失ったオウパーツの件は、進展がない。だから、こいつらを誘き寄せている」


男は、足元に煙草を捨てると、体重をかけて踏み潰した。


「しかしな。それ以上の混乱が起きているらしい」


「混乱?」


ジェースは、足を止めた。


「ああ…」


男はもう一度、空を見上げて目を細めた。


「?」


ジェースも、空を見上げた。


満天の星空が、眩しかった。


「空が…割れるらしい」


目を細めたジェースの耳に、男の言葉が飛び込んで来た。


「空が、割れる?」


ジェースは思わず、視線を男に向けた。


「ああ」


男は頷き、


「恐らくは…空間にヒビが入っているのだろうな」


腰を屈めると、吸殻を拾った。


「どういうことだ?」


眉を寄せたジェースを見ずに、男は虚空を見つめながら、話を続けた。


「これは、俺の推測だが…異世界との壁が開いているのかもしれない」


「異世界?」


目を見開いたジェースに、男は苦笑すると、逆に背を向けて歩き出した。


「詳しいことは、わかり次第、報告するよ」


後ろ手を軽く上げると、男はゆっくりと歩き去った。


「チッ」


その後ろ姿をしばし見送った後、ジェースは舌打ちした。


そして、男とは反対方向へ歩き出した。


その様子を、途中で振り返り見送った男は、足を止めた。


「オウパーツを奪ったのは、防衛軍の反対派と思っていたが…違う可能性があるな」


グレーの背広の男の名は、田所純一。


もと防衛軍の戦士であったが…今は、刑事をしていた。


田所は前を向くと、再び歩き出した。


(だったら…誰だ?)



ジェースの仲間であった…左腕のオウパーツを移植された女…玲奈。


彼女は、戦いの中でジェースを庇い…死亡した。


彼女の遺体は、ジェースの手によって、埋葬された。


誰も知らない場所に。


しかし、墓は掘り起こされ…玲奈の遺体とともに、オウパーツも奪われたのだ。


(墓をあばいたのは…やつらと思っていたが…)


田所は、玲奈を奪い去ったのは、防衛軍の中の組織だと勘繰っていた。


新生防衛軍のトップであるジャスティン・ゲイは、実力、人望、人気とも申し分なかったが…彼を快く思わないものもいた。


それは、彼がかつて組んでいたパーティー…ホワイトナイツに関わることであった。


伝説のパーティーである彼らは、たった3人で魔界に攻め込み、あと一歩で魔王ライを討ちとるところであった。


しかし、その結果…彼らのリーダーであったティアナ・アートウッドは、魔王と結ばれ…現魔王であるアルテミアを産むことになった。


そのことを持ち出して、ジャスティンを失脚させようと企んだ者がいた。


しかし、計画は失敗した。


トップであるジャスティンには、地位に対する執着心がなかったが、彼を守ろうとする者達の団結が強かったからだ。


それに、ティアナのことを差し引いても、彼の功績は大きかった。


(総司令を失脚させることを諦めたやつらが、力をつける為に、再びオウパーツを狙ったと思っていたが…)


田所は前を向いて、歩き出した。


(事態は、そう簡単ではないのかもしれないな)


また煙草に火を点けると、溜め息とともに煙を吐き出した。








「お招き頂き、ありがとうございます」


深々と頭を下げた男と、細長いテーブルを挟んで座っている白髪の男は、ワインを片手に頷いた。


「よく来てくれたね。固い挨拶は抜きだ。さあ〜腰をかけてくつろいでくれたまえ」


「は」


男は腰かけると、すぐにそばにいた執事が、空のワイングラスに中身を注いだ。


それを確認すると、白髪の男はワイングラスに口をつけ、


「もうすぐこの世界と、ある世界が融合する」


ゆっくりとテーブルに置いた。


そして、前に座った男を見つめ、


「そこは、人が支配する世界だ。我々にとっては、憧れの世界だ!しかし!」


いきなり立ち上がった。大きく両手を広げると、


「その世界から来る人間にとっては、地獄へと落ちることになる」


にやりと笑い、再び椅子に座った。


「人の数が増えますね。圧倒的に」


男は、グラスに手を伸ばすことなく、中の琥珀色の液体に目をやった。


「しかし!すぐに減る!魔物餌食になって」


「?」


男は、眉を寄せた。


そんな男の表情の変化に、満足げに頷くと、白髪の男は一気にワインを飲み干した。


「何万人…いや、何億人の命が一気になくなるのだよ。ディーン君」


白髪の男の表情も、変わった。目を細め、ディーンと呼んだ男を見つめた。


「…」


無言で答えながらも、ディーンは白髪の男の言葉で、目的を知った。


会話の空気を変える為に、ディーンはワイングラスに手を伸ばし、一口だけ飲んだ。


その行動に、すべてを理解したと確信した白髪の男は、満足げに何度も頷いた。


それから、次々と料理が運ばれて来たが…ディーンは楽しむことができなかった。


頭の中では、白髪の男の企みに関して考え込んでいたからだ。




「失礼します」


食事が終わった後、席を立ち…そのまま立ち去ろうとするディーンに、白髪の男は口許をナプキンでふきながら言った。


「ディーン君。どんなときでも、楽しむこと。それが、人生で一番大切なことだよ」


そう言った後、ガハハハと笑う男に、深々と頭を下げると、部屋からディーンは出た。


「兄さん」


廊下に出ると、金髪で軽く天然パーマぽい頭をした…少女のような美しい顔をした細身の男と彼よりも細い、雪のように白い肌をした女が待っていた。


「レーン」


ディーンは、弟の前を通ると、睨みながら歩き出した。


「あの人は、やるつもりだ」


「!」


「レーン様」


驚くレーンに、女がすがりついた。


レーンは女の肩を抱くと、ディーンの後ろを歩き出した。少女のような美しい顔を歪めて。


「異世界の人間達の命を触媒にして、巨大な魔法陣を発動させるつもりだ」


そこまで言ってから、ディーンは舌打ちした。


「それも、魔物達に向かってではない!防衛軍本部に向けて、攻撃魔法を発動させるつもりだ。何億人の命を糧にした魔法だ!その威力は、女神の一撃をも凌駕するはずだ!」


「兄さん!」


「くそしじいが!」


吐き捨てるように言ったディーンが去った部屋では、白髪の男がワイングラス片手に笑っていた。


「人間を支配するのは、この私だ。あの女神の小娘でもなくな」











「人の欲望…か」


大月学園の西館屋上で佇みながら、サーシャは呟いた。


ブルーワールドではあり得ない…どこまでも、果てしない人工物。各々に無造作な姿は、各々の人間の欲望を示しているように思えた。


半月ソルジャーによる騒ぎから、数日。


学園は、平穏を取り戻したかのように見えた。


しかし、この星のどこかで、空間が破壊されているはずだった。


(神レベルでないとおいそれとは、異なる世界の壁を壊すことはできない。だからこそ…)


サーシャは、足下を見た。


(この学園から、攻めると思っていたが…)


大月学園は、この世界でもっともブルーワールドと繋がっている場所であった。


(ここは、あいつに任せて…他を当たるか?)


サーシャが考え悩んでいると、後ろに誰かが立っていた。


(!)


一瞬、気配を感じることができなかったサーシャは、振り返り様に床を蹴り、手刀を繰り出した。


その攻撃を片手で、軽く流したのは、理香子だった。


「月の女神!?」


目を開いたサーシャはすぐに、後ろに飛ぶと、構えを解いた。


「その体…。人の肉体ではないわね。だけど、物凄い魔力を感じるわ。あたしよりも、遥かに高い」


理香子は目を細め、


「天空の女神?いえ…彼女の魔力とも違う」


サーシャの体を凝視した。


「月の女神」


サーシャは話題を変える為か…一歩前に出て、理香子の目を見据えた。


「この前、あなたの前に現れた男のことを知りたい。教えてくれないか?やつらの正体を」


「知らないわ」


しかし、理香子は即答した。


「!?」


驚くサーシャの表情に、理香子は悲しげに笑うと、視線を外の景色に移し、話し始めた。


「あなたが思う程…あたしには力がないの。この世界を創る時に、ほとんどの力を失い…転生を繰り返す内に、女神と呼べる程の力を失った。でも」


理香子は景色に微笑み、


「それは、あたしが望んだこと。あの人と同じ…人間になりたかったから」


懐かしそうに空を見上げた。


「女神…」


サーシャは、そんな理香子の気持ちを女としては理解した。


しかし…。


「わたしには、理解できません」


サーシャは軽く、理香子の横顔を睨んだ。


「え」


予想外の答えに、驚く理香子。


サーシャは軽く深呼吸すると、自らの思いを口にした。


「我々ブルーワールドの戦士は、レベル百…つまり、神レベルに近付く為に、日夜血が滲む程の努力をしていました。だけど…そのレベルまで到達した者は、皆無に等しい!神の力があれば、どれ程の人間を救えることか」


「そうね…」


サーシャの熱い言葉に、理香子は睫毛を伏せた。


そして、数秒黙った後に、言葉を続けた。


「ブルーワールドにいる人間ならば、そう願うわね。だけど、あたしは…そんなことを願わなくてもいいような…この世界を創った。だけど…」


理香子は、屋上を囲む金網に近づき、


「この世界に産まれた人間達が、今…崩壊の危機にさらされている。それを救う力が…今のあたしにあるかどうか」


金網の隙間に指を入れて、握り締めた。


「女神…」


「今のあたしは、無力。愛する人を1人…守る力しかない。そして、親友と肩を並べて戦えるくらいしか…」


女神であるはずの理香子の苦悩を垣間見て、サーシャは黙り込んだ。


(…別に、月の女神の力をあてにしていた訳ではない)


サーシャは理香子から、視線を入口の方に向けた。


開いた扉の向こうに、心配そうな中島が立っていた。


(愛する人か…)


サーシャは無意識に、左手の薬指を触った。


今はなくした…指輪がはめてあったところ。


「…」


サーシャは、理香子の背中に頭を下げると、扉の方へ歩き出した。


無言で、中島の横を通り過ぎると、階段を下りていった。


「相原…」


中島は、理香子の背中を見つめながら、決してそばに近付こうとはしなかった。


自分という存在が、彼女を苦しめている部分があることもわかっていた。


しかし、それでも離れることはできなかった。


理香子にとっても。


何故ならば…2人は愛し合っているからだ。






「うん?何か薄暗いわね」


屋上で理香子が苦悩している頃、同じ校舎の真下を歩いていた結城里奈は、足を止めた。


まだ昼間だというのに、夜になるかのように…ゆっくりと日が落ちていく。


そして、闇に変わった。


さっきまでの喧騒が嘘であるかのように、静かな闇が世界を包んでいた。


ちらっと窓の外を見たが、闇しか見えない。


いや…里奈の目には、自分の姿さえも見ることができない。


光なき世界では、色も景色もない。


(畏れるな)


里奈は見えなくても、確かにあるものを確認した。


まずは、足場。


次に…。


「装着!」


乙女ケースを握り締めると、里奈は叫んだ。


闇に、赤い光が一瞬輝くと、里奈は乙女レッドへと変わった。


顔にかかった眼鏡のレンズに、廊下の様子が映った。


(やはり…学校の中)


周囲を確認する為に振り返ろうとした瞬間、蹴りが飛んできた。


「な!」


咄嗟に、後ろにジャンプして、その攻撃を交わしたが…頬が切れた。


「月の戦士よ。その脆弱な力で何をする?ただ目的もなく、存在するならば…消えよ!」


「人間!?」


相手を確認し、再び構えようとするが、それをさせない。


鋭い手刀と蹴りが、交互に乙女レッドに襲いかかる。


「な!」


乙女レッドになり、運動能力が一段と上がっているのに、かわすことしかできない。


「月の防人を倒し、まずは月の結界を解く!」


攻撃パターンがいきなり、変わった。立て続けの蹴りが、槍のように伸び、乙女レッドの鳩尾に突き刺さった。


「うぐう!」


くの字に体を曲げて、後方にふっ飛ぶ乙女レッド。


そのまま、廊下を転がった。


「おかしいな」


蹴りの体勢のままで、固まっているのは…腰まである髪をたらした細身の男だった。


手と足が、普通の人間に比べて異様に長かった。


「貫く予定だったのに」


男は足を下ろすと、背中を少し曲げた。


それだけで、長い腕は床についた。


「どうやら…防御力は高いみたいですね」


男は両手と両足で、床を蹴った。


「次は、串刺しにします」


信じられないスピードで、何とか起き上がろうとする乙女レッドの背中に向けて、襲いかかる男。


「な、舐めるな!」


振り返る乙女レッドの手に、いつのまにか剣が握られていた。


背中を向けることで敢えて隠していた横凪ぎの斬撃が、男を斬り裂いたはずだった。


「え!」


男の手が、剣を掴んでいた。


「惜しいですね」


乙女ソードに、男の血が流れる。


「あり得ない!」


「そんなことはないですよ」


男はにやりと笑うと、もう片方の手で、乙女レッドの眼鏡を叩き落とした。


変身が解けると同時に、剣も消えた。


「少しは、戦い慣れているようですが…決意が足りない!」


男は、目を見開いている里奈の額に、頭突きを喰らわした。


「う!」


低い声を上げて、里奈は再び廊下に倒れ、そのまま気を失った。


「人を殺す決意が」


男はゆっくりと立ち上がると、血塗れの手で手刀を作った。


「どうせ…近い内に死ぬのです。せめて、楽に殺してあげましょう」


そして、里奈の首筋に突き刺そうとしたが、途中で止めた。


廊下の向こうから、近づいてくる足音が聞こえたからだ。


「驚きましたよ。まさか、この空間を認知できる人間がいるなんて…。月の女神も気づいていないのに」


男は里奈から離れると、闇を凝視した。


「砂の使者でもありませんね。この感覚は、人間!」


男はにやりと笑い、


「わかるんですよ。人間の臭いが!人間の存在が!だって、人間が大嫌いだから!」


再び両手を床につけた。


「この世の中の生き物の中で!人間が一番醜いから!」


まるでロケットのように勢いのついた男の体が、ゆっくりと近付いてくる学生服を着た女子生徒に突進する。


「そういうお前が…一番、醜いと思うがな」


男の突進を、体を横にするだけで避けた女子生徒は、スカートを靡かせた。


「!?」


男の突進がいきなり止まると、そのまま床に片膝をつけた。


女子生徒は速度を変えずに、倒れている里奈のもとに歩いていくと、ゆっくりと彼女を抱き上げた。


「そうか…」


男は口許を緩め、


「嫌いな臭いに…闇の臭いと血の臭いが混じっている。あんた…。こっち側だね」


振り返り、里奈を抱き抱える女子生徒の後ろ姿を見つめた。


「何者だい?」


男の胸元が裂けており、そこからポタポタと血が滴り落ちていた。


「名乗る名はない」


「へえ〜」


男はもう片方の膝も、床につけた。


「敢えて…名乗るなら」


女子生徒は再び、歩き出した。


「闇夜の刃だ」


「へえ〜。覚えておくよ」


男はそのまま、前のめりに倒れた。


と同時に、闇が消えた。


廊下に、昼間が戻った。


「…」


振り返ることなく、廊下を歩き続ける女子生徒。


しばらくすると、女子生徒の腕の中で、里奈が目覚めた。


「うう…」


呻きながら、最初に目に飛び込んで来た女子生徒の顔を見た瞬間、里奈は微笑んだ。


「真弓…。お帰りなさい」


「ただいま」


女子生徒は、微笑んだ。


「うん」


里奈は安堵からか…再び気を失った。


「なんだ!」


その時、階段の上からサーシャが飛び降りて来た。


「この感覚は、やつらが!」


着地と同時に構えたサーシャと、里奈を抱える女子生徒の目があった。


「!」

「!」


互いを見て、相手のレベルを察知して、2人の間に緊張が走る。


しかし、女子生徒はすぐに緊張を解くと、サーシャに頭を下げて、そのそばを通り過ぎた。


(この生徒は!?)


サーシャは振り返り、遠ざかっていく女子生徒の背中をしばし見送った。


その女子生徒の名は、九鬼真弓。



「生徒会長!」


西館の廊下に偶々足を踏み入れた…香坂姫百合は、九鬼の顔を見て、涙を浮かべながら叫んだ。


「ご機嫌よう。姫百合さん」


九鬼は、姫百合に微笑んだ。


九鬼真弓。


生徒会長の帰還だった。





(この感覚は?)


九鬼が出てきた廊下の角に、身を隠して、様子を伺っている少女がいた。


開八神茉莉である。


しかし、その中身は…茉莉と入れ換わった綾瀬太陽こと俺だった。


(ブルーワールドの匂いにひかれて、やって来たけど…)


太陽には、九鬼の背中に見覚えがあった。


(生徒会長とはねえ)


腕長の男を撃退したのを確認すると、俺は異空間から戻っていく廊下に背を向けた。


(ということは、彼女も世界を越えたのか。しかし、どうやって…)


俺は悩みながら、歩いていると、いつのまにか一階の渡り廊下に出た。


右に曲がれば、グラウンドに出る。


「うん?」


ふっと視線を感じて、俺は足を止めると、右斜め前を見た。


中央館の壁にもたれて、こちらを見る女子生徒がいた。


まだ少し…学生服が似合っていないように見える生徒に、俺は息を飲んだ。


(!?)


女子生徒は微笑むと、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。


俺は金縛りにあったように、動けなくなった。


(!)


絶句する俺の真横で立ち止まると、女子生徒は囁くように言った。


「浮気者」


「!!」


予想外の言葉に、俺の体が軽く跳ね上がった。


女子生徒はそんな俺の反応に、悪戯ぽっく微笑むと西館の方に歩き出した。


「ち、違う!フ」


振り返り、女子生徒の名前を言いかけて…俺は息を飲んだ。


先程自分が出てきた出入口から、サーシャが姿を見せたからだ。


俺は口をつぐむと慌てて、背を向けた。






「どうした?フレア」


あまり感情を表に出さないフレアが、楽しそうに笑っているのを見て、サーシャは眉を寄せた。


「何でもない」


首を横に振ると、フレアはサーシャの横を通り過ぎた。


「?」


サーシャは、中庭で身を強張らせながら、背中を向けている太陽を見た。


(普通の生徒か)


気を探ってみたが、魔力を感じなかったので、サーシャは西館に入ったフレアの後を追った。



「やつらの気を感じた。それに、空間に結界を張った痕跡も残っている」


サーシャの言葉に、廊下に立ち尽くすフレアは頷いた。


九鬼達は反対側から、校舎を出た為に、廊下にはいなかった。


「闇の波動…。だけど、ブルーワールドの闇とは異なる」


フレアの分析に、サーシャも頷いた。


「そして…闇と言っても、魔物のものとは違う。人間の気に近い?」


フレアは、元に戻った廊下の空間に手を伸ばし、手では掴めないものを掴もうとした。


「闇に堕ちた人間。あたしは、それに近いと思う。戦いの中で、恐怖から狂う者もいた…。そんなやつらから感じる狂気に近い」


不快な空気は、まだ廊下に漂っているような気がした。


腕を伸ばしているフレアの横を通り過ぎるて、サーシャは廊下の真ん中に立った。


「人は闇を畏れる。しかし、狂った人間には関係ないか。やつらは…闇を従えている」


「…」


フレアは、伸ばしていた手をぎゅっと握り締めると、腕を下ろし、口を開いた。


「あたしには、人間の思考はわからない。だけど…御姉様が言っていたわ。人間は、本能を失った…狂った生き物だと。だから、敵わないあたし達に歯向かってくると」


「それは、違うな」


フレアの首筋に、ドラゴンキラーの切っ先が差し込まれた。


「生きる為だ」


一瞬で間合いを詰めたサーシャは、フレアの横顔を睨み付けた。


「そうね」


フレアはフッと笑うと、一瞬だけ体が炎に変わった。


喉元に突き付けられたドラゴンキラーを、そのまま通り過ぎると、再び人間の肌に戻り、ゆっくりと振り返った。


「だけど…狂った生物が、正しい判断ができるのかしら?」


「人は、ただ生きるだけじゃない!時には、自分を犠牲にしてでも、誰かを守る時がある!どうにかして、自分一人でも生き残るのが本能だというならば、人間は本能が壊れていてもいい。自分を犠牲にしても、他者が残ればいいと思い、行動する!それこそが、人だ!」


「そうね」


サーシャの叫びに、フレアは前を向くと、目を瞑った。


瞼の裏に、倒れた赤星浩一と、彼を殺そうとする魔王レイの姿がよみがえる。


そして、その間で…両手を広げ、赤星浩一を庇う自分の姿が。


(あたしは…種火)


フレアは、ゆっくりと目を開けた。


「人は、壊れてなどいない!」


「そうね」


フレアは頷くと、身を屈め…床に手をつけた。


そこは、先程の戦いで腕長の男が倒れ、消えたところだった。


「微かに魔力を感じる。これは、人間のものではない。やはり…やつらの後ろには、操っている者がいるの!?」







「フフフ…」


フレアとサーシャが、廊下に残った魔力を探っている頃。


とある場所で、1人の男が座っていた。


「地獄…」


何もない場所で、男は闇の中にいた。


「天国」


にやりと笑い、


「それらは、すべて…この世界にある。勿論…闇と光も」


ゆっくりと目を開いた。


しかし、眼窩に…眼球はなかった。


「そして、すべてがある!すべてが!」


男は立ち上がった。


「それらは、人が作った!人が!人が!人が!作ったのだ!創造力という力でな!勿論、絶望も!そして、希望も!人は常に、光と闇!まったく対極にあるものを想像した」


男は前方を睨み、


「人間の想像したもので、実現しないものはないと!断言するものもいる!ならば!」


何もない空間を拳で叩いた。


「神や悪魔も、存在するのではないかね?それは、各宗教が唱える人間をつくりし神ではなく!」


男は天を仰いだ。


「人間が創った神!いや、悪魔だ!」


興奮して叫んだ瞬間、男の口が裂けた。




「そうね」


その闇の中で、ティアが笑った。


「そう…」


ジャックは、煙草に火を点けた。


「人間は、自ら創った悪魔によって、真の地獄に落ちるのさ」


「しかし、悪魔をつくれば…神もいるはずだろ?」


ジャックは、煙草を吹かした。


「心配しなくていいわ。人の神は希望。この世界では、希望を抱いて生きている者は少ない。神の力は、悪魔に比べて微々たるものよ」


ティアは笑い、


「今頃…神の言葉は、虚しく響いてるはずよ」


そして…目を細めた。


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