第358話 ハレルヤ
「行きましたね…」
ガクンと肩を落とす輝を見て、緑はため息をつき、
「し、仕方がないでしょ!あちら様は、赤の勇者こと赤星浩一と天空の女神よ!いつまでも、こんなところにいるはずがないじゃないの」
「だ、だけど…王パーツは、どうするんですか!魔王が、狙っているんですよ!いつ襲って来るか」
と言った後、ぶるっと身を震わせた輝を見て、高坂は笑った。
「魔王が狙ってるのは、すべての人類だ。遅かれ早かれ…魔王が本気になれば、人類は滅びるよ」
「そ、そんな〜」
泣きそうな顔をする輝。
そんな屋上の会話に、顔をしかめると、カレンは出口に向かって歩き出した。
「カレン」
アルテミアに貰った白い乙女ケースに目を奪われていた九鬼は、カレンの動きに気付き、思わず背中に声をかけた。
その声に足を止めたカレンは、振り返ることをせずに、
「少し…学校を離れる。あたしが留守の間に、右足を奪われるなよ」
それだけ言うと、屋上から姿を消した。
カレンの行き先はわからないが、目的はわかっていた。
(強くなること)
九鬼はぎゅっと、白い乙女ケースを握り締めた。すると、乙女ケースは九鬼の手の中に吸い込まれるように消えた。
校舎を出て、一気に正門も越えたカレンの目の前に、妖精が飛び込んできた。
「!?」
カレンは少し驚いてしまった。まったく気配を感じさせなかったからだ。
「あのお〜すいません。大月学園って知りませんか?」
その妖精を見て、カレンは片眉を上げた。
(妖精!?それも、日本地区にはいない種族の…)
まじまじと自分を見ているカレンに、妖精は少し苛立ちを覚えながらも、愛想笑いを浮かべ、
「知りませんかね?」
もう一度訊いた。
その微妙な変化に、カレンは気付き、
「ああ〜。大月学園なら、この道を真っ直ぐ行って右手に…」
「だそうだ。ジェース」
カレンの説明の途中で、妖精が右上に顔を向けた。
その視線に気付き、目をやったカレンは絶句した。
右側にある民家の塀に、1人の男が立っていたからだ。
「そうか…」
女のような長い睫毛に彫りの深い顔をした男は、空を見上げていた。
「おい!ジェース!さっきから、何空を見上げてるんだよ!人が必死に、学校の場所を探しているのにい!」
少しヒステリックになる妖精の名は、ティフィン。
しかし、カレンの興味は…塀の上に立つ男に向けられていた。
まったく気配を感じさせなかったその物腰は、カレンの気を引くのに十分だった。
「天使が…」
少年は徐に、話し出した。
「天使?」
顔をしかめるティフィン。
「ああ…天使が飛んでいった」
男の言葉に反応して、カレンは声を出してしまった。
「アルテミアか…」
カレンの口から出た言葉に、ティフィンは反射的に顔をカレンに向けた。
「あ、あ、あ、アルテミアだと!」
そして、震える声でその名を反芻した。慌てて羽を広げると、上空に飛び上がった。
「し、しまった!学校を探すのに夢中で、気を探ってなかった…って言うか!」
ティフィンは降下すると、ジェースの目の前まで来て、
「気を探るのは、あんたの役目でしょうが!」
ジェースの頬を蹴ろうとした。
しかし、ジェースはそれを避けると、塀から飛び降りた。
「アルテミアが天使とは聞いていない。いけ好かない…嫌な女としかな」
カレンの前に、着地したジェースは上に浮かぶティフィンを見上げた。
「!?」
カレンは驚いた。同じ目線で見ると、意外と若いことがわかった。
「そ、そ、それは〜」
アルテミアのことを結構悪く説明していたティフィンは、口ごもった。何とか話題を変えようとしばらく口ごもってから、はっとした。
「ま、まさか!アルテミアが飛んでいったってことは!赤星も!」
と思ってから、ティフィンは無理矢理笑って見せた。
「アハハハ!そ、そんな決めつけはよくないな!」
「赤星浩一なら、アルテミアと一緒に旅立ったけど」
都合がいい方に話を持っていこうとしたティフィンは、カレンの言葉に地面まで落下して、両手両足をつけると、本気で落ち込んだ。
「こ、ここまで来た目的が…」
今までの緊張が一気に解けて、泣きそうになるティフィンをジェースが慰めようと、手を差し伸べた瞬間、
「うん?」
カレンは眉を寄せた。
ジェースの伸ばした右腕だけが、小刻みに震えていたのだ。
「クッ」
思わず顔をしかめたジェースは腕を引き、大月学園の方を睨んだ。
「ど、どうした?ジェース」
ジェースの異変に気付いたティフィンは、一瞬で気を引き締めた。
その2人の様子に、カレンも大月学園の方を見た。
「やつらがいる。この近くに!」
左手で自らの右腕を押さえるジェースの仕草に、カレンははっとした。
「ま、まさか!オウパーツ…」
カレンの口から出た言葉に、ジェースとティフィンはカレンの方に顔を向けた。
「ど、どうして…その単語を!」
「まさか!あんたも!」
反射的に、ジェースはカレンに殴りかかった。
しかし、次の瞬間…ジェースは地面に背中をつけていた。
「な」
あまりの出来事に、ジェースは何が起こったかわからなかった。
そばにいたティフィンだけが、カレンがジェースを投げたことを理解できた。
「く、くそ!」
上半身を上げ、着ていた上着の内側に手を入れたジェース。
しかし、そこから動けなくなった。
いつのまにか召喚したピュアハートの先端が、上着越しにジェースの手の甲に当たっていたからだ。
「勘違いするな。お前が、オウパーツに侵されていないならば、何もしない。できれば、この場から離れてほしい。オウパーツの宿主をこれ以上、同じ場所に集める訳にはいかないからな」
カレンの言葉に、ティフィンは2人の間に割って入った。
「他のオウパーツ!もしかしたら、あの4人組がいるのか!」
「あの4人組?」
カレンの脳裏に、鉄仮面の女の姿が浮かんだ。
そして…。
カレンは目を細めると、
「4人ではない。5人だ」
「な!」
「え!」
告げた言葉に、2人は驚きの声を上げた。
その2人の反応を見て、カレンはピュアハートを下げた。
「話を聞かせてほしい」
そして、2人の目を交互に見つめた。




