第284話 すべてを犠牲にしても..届かない
通路を歩くサラの前に、ギナムが現れた。
「サラ様。何かございましたか?蜂達が騒いでおります」
「フン」
サラは鼻を鳴らすと、ギナムの横を通り過ぎ、
「大したことではない」
一言だけ言うと、通路の奥に消えた。
「…」
ギナムは振り返り、遠ざかっていくサラの背中に目を細めた。
「ギナム様!」
烏天狗が、サラが来た方向から駆け寄ってきた。
「人間が、こちらに向かって来ております」
「人間?」
烏天狗の報告に、ギナムは眉を寄せ、
「どうやって、ここを嗅ぎ付けたのだ…?まあいい…」
その後、口許を緩めた。
「魔法が使えぬ人間など、恐れることない。で、何人だ?軍隊でも、連れて来たか?」
少し嘲るように言ったギナムの目の前で、烏天狗の体が震え出した。
「どうした?それほどの大軍で攻めて来たのか?」
訝しげに自分を見るギナムに対して、何とか平常を保とうとしていたが、向けた目に怯えの色が隠せない。
「に、人間の数は、4人です」
「4人!?」
「は!」
烏天狗は跪き、
「その4人に、我らの軍勢は、ほぼ壊滅!鎮圧に向かったギラ様も敗退!」
「誰が敗退だ?」
「ぎゃああ!」
烏天狗の後ろに現れたギラは、雷撃を放ち、烏天狗を消滅させた。
「まともに報告もできぬ者は、我が騎士団にはいらぬ」
「ギ、ギラ様!?」
ギナムは絶句した。
顔が焼け焦げ、頭蓋骨の一部を剥き出しになったたギラが、目の前に現れたからだ。
「ギナムよ」
「は!」
ギナムは思わず、跪いた。
「心配はするな。今から、やつらを!我が皆殺しにする!」
ギラは、ギナム見下ろし、
「砦にいるすべての兵に伝えよ!邪魔をするなとな」
「は!」
ギナムは深々と、頭を下げた。
ギラからの凄まじいプレッシャーに、押し潰されそうになっていた。
(やはり…我等の空の騎士団長は、違う!)
同じ魔神であるが、天と地ほどの違いがあった。
前魔王であるレイの配下の時代、ライが最初につくったのが、ギラとサラであった。
自らの両腕として創られた2人の魔神は、魔王レイにも匹敵すると言われていた。
(ギラ様が、本気になられた!)
ギナムは震えながら跪き、動けなくなっていた。
その為、ギラがそばから消えたことにも、すぐには気付かなかった。
「どうしたんだ?」
暗闇の中、数えきれない程、蜂に似た魔物を斬ったグレイは、動きを止めた。
魔物がいなくなったのだ。
「何か…あったのかしら?」
グレイの数倍の魔物を倒したティアナは、洞窟の奥の暗闇に目を凝らした。
あれほどいた魔物が、いなくなっていた。
「罠?」
ティアナは一応、周囲を警戒しながらも、ライトニングソードを握る手を緩めた。
すると、さっきまで光輝いていた刀身の輝きが消えた。
一瞬、完全な闇になったが、すぐに灯りはついた。
ティアナが、カードを使ったのだ。
「便利だな…これは」
グレイもカードを取り出した。旅の途中で、ティアナから受け取っていたのだ。
「でも、まだ完璧ではないわ」
現時点でのカードは、灯りをともしたり、炎や水…風を起こせたりするが、武器の召喚はできなかった。
以前とほぼ同じくらいに使えないと、意味はない。
あと…魔物を倒さないと魔力が貯まらないのも何とかしたかった。
今のままでは、子供や老人は魔力が貯まらない。
(だが…凄いよ)
グレイはカードを見つめながら、ティアナ・アートウッドというすべての存在に感嘆していた。
魔力が使えなくなり、誰もが落胆し…下手すれば、滅亡の恐れすら感じている時に、彼女は真っ先に救う道を探していたのだ。
(それに…あの強さだ)
グレイは、ティアナをじっと見つめてしまった。
その視線に気付かず、ティアナは左側の奥へと歩き出した。
「ど、どこにいく!」
「向こうの考えはわからないけど、今のうちに休憩しょうと思って…」
ティアナはグレイの声にこたえると、洞窟に流れる地下水脈に近付いていった。
最初は、水の魔物がいるかと思い、ライトニングソードを突き刺そうと思っていたが、ティアナはやめた。
カードの灯りで、照らした水面の透き通った美しさに、気付いたからだ。電流を流し、そこにいるかもしれない生物を殺すのは、忍びなかった。
膝を落とし、水に手を伸ばそうとするティアナに、後ろからついて来ていたグレイが、叫んだ。
「やめろ!」
しかし、ティアナは水に手をつけた。
「この川は、おそらく…魔界から流れている!絶対に汚染されているぞ!」
グレイの言い分もわかっていた。人間に害し、異形の姿をした魔物達。彼らが住む魔界は、汚染され…けがれていると。
だけど、ティアナの考えは違った。
(彼らが、自然を汚したところを見たことはない)
ティアナは両手をつけ、お椀をつくると、水を汲んだ。
(自然を汚すのは、人間だけだ)
そして、一口飲んだ瞬間、ティアナはあまりのおいしさに感嘆のため息をついた。
「おいしい」
「え!」
驚くグレイの声に微笑むと、ティアナは確信した。
(魔界は、汚れていない)
今はまだ…踏み入れたことのないところだが、ティアナはいずれ…その奥まで行く覚悟を決めていた。
ティアナは立ち上がると、グレイに向かって、話しかけた。
「こんな時だけど…いえ、こんな時だからこそ、あなたにききたいことがあるの」
ティアナはゆっくりと、振り向き…まっすぐに、グレイを見つめた。
「出会ってから、今まで…あなたを見ていた。そして、さっきの戦いで、あなたから…感じたもの」
ティアナは、グレイを見つめ、
「あなたは、どこか…死にたがっている。その感じは、砦に近付く程、強くなっている気はするんだけど…あたしの気のせいかしら?」
「!」
グレイは絶句した。何も言えなくなってしまった。
(俺が…死にたがっている!?)
確かに、先程の蜂に似た魔物との戦いも、ほとんど防御を考えてはいなかった。
(そうか…)
グレイはフッと笑ってしまった。
(死んだら、楽になるな)
そんなグレイの笑いに、自虐的なものを感じたティアナが、何か言おうとした時、グレイはギロッと睨んだ。
「あんたは…人を愛したことがあるのか?」
「え」
その質問を、ティアナは予想していなかった。面を食らったような顔をするティアナに、グレイは言葉を続けた。
「確かに、あんたは…人類の為を考えて、立派な人間だ。だけど、それは博愛だ!生き方としては、素晴らしい。すべての人間を!いや、敵も味方も愛し、許せるなど!理想だ!」
グレイは両手を広げ、
「あんたは、その理想を目指し、生きていくんだろうが!誰もが、そんなことができるか!誰よりも大切で、愛する者がいたら!そいつを不幸にするものがいたら、許さないと思うはずだ!」
グレイはそこで一旦言葉を切ると、歯を食い縛った。
「だけど、あんたは違う!祖父を殺した」
「!」
表向きは、祖父であるゲイルは魔物に殺されたとされていた。
「あんたは、肉親を殺したんだ」
「そ、それは!」
ティアナは、言い返そうとした。しかし、祖父を殺したことは、事実だ。
そうしなければ、核ミサイルは爆破されていた。
「だが、あんたのやったことは、正しいよ。それで、その周りにいた人間は、助かったんだからな」
グレイは、自分を指差し、
「俺も、その1人だ!その時、例の爆弾が爆破していたら、俺も死んでいた!だがな!周りの人間を救っても、肉親は救えなかったんだ!あんたは、人の命を天秤にかけたんだ」
「だけど…」
ティアナは反論しょうとしたが、顔を背けた。
あの時、ゲイルは自分を殺せと言った。魔物と融合している自分を。
「お、俺は…」
グレイも顔を逸らし、
「あんたを責めているじゃない。正しい選択だと思っている。だけど…俺にはできない」
グレイはティアナに背を向けると、歩き出した。
ティアナのカードが照らす範囲より、向こうまで歩いたグレイは闇の中で、足を止めた。
(くそ!)
そんなことを言いたかった訳ではない。
(お、俺は…)
グレイが、ここまで来たのは…ティアナと同じことをする為であった。
(リタ…)
グレイは、血が出るまで拳を握り締めた。
ティアナのやったとは、正しい。
それを認めながら、グレイは葛藤していた。
(君に…頼みがある)
グレイを、今回の案内人に依頼したのは…白髭の男だった。
彼から、ゲイルのことは説明を受けていた。
そして、自らの妹のことも。
(あなたにしかできないことです)
白髭の男は、最後に衝撃的なことを告げた。
(そうそう〜。核ミサイルによる最初の誤爆ですが…あれも、仕組まれたことかもしれませんよ)
グレイは、素性を隠していたが…特区の出身だった。
アンダーソンは偽名である。
グレイは、ずっと悩んでいた。
特区に核ミサイルが落ちたのが、故意だとしたら…許せなかった。
ティアナによって守られたが…その場で核ミサイルが爆破して、十字軍本部がなくなっても、仕方ないと思ったことだろう。
そして、今…繭の中で女神として培養されているのが、妹だった。
最初は、憐れな妹を殺すつもりだった。だが…故郷の末路をきいて、グレイの心に、人を憎しむ心が生まれていた。
(俺は…)
妹が女神として覚醒すれば、多くの人が死ぬだろう。
それが、特区の人々の怨みだとしたら。
ゲイルは、悩んでいた。
(このまま…死ねば、すべてを見なくて、すむのか)
だが、グレイにはできなかった。
なぜならば、彼は…妹を愛しているからだ。




