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第152話 黒の戦士

「いくよ!みんな!」


「おう!」


掛け声と同時に、一斉に走り出した6人の戦士。


巨大なドラゴンに向けて助走をつけると、6人はジャンプした。


「月影!」


空中で6人の右足が輝き、闇を切り裂く。


「キック!」


6つの光が1つになり、巨大な槍と化した。






「好調だよ!映画も」


今月の興行収入を見て、ほくほく顔のプロデューサーに、頭を下げる小太りな監督。


「テレビの方も視聴率が、上がりだしねえ!」


カードシステムが崩壊したとはいえ、旧時代の貨幣制度に戻るわけがなく、 人々は…相変わらず魔力をお金の代わりにしていた。


武器などの召喚、魔法を発動することはできなくなったが、カードに魔力を貯めることはできた。


それを、調理器具や車…などに差し込んで使うことは前と同じだった。


いわば、クレジットカードのような用途だけが残ったのだ。


「我が局は安泰だ!魔王や魔神といったところで、まだまだこの国には、魔物が少ないしな!それに、人々は娯楽をつねに、求めるものなのだよ!ははは!」


プロデューサーの高笑いが、スタジオにこだました。


ブルーワールドも、実世界のようにテレビはあった。


魔物が普通にいる世界では、ファンタジーは当たり前だった。


そんな中、魔法が存在しない世界を舞台にした物語が、人気を取っていた。


「お疲れ様でしたあ!」


スタジオの奥のセットから、赤や青、緑の戦闘服を着た女の子達が撮影を終えて、プロデューサーと監督の前に来た。


みんな…なぜか眼鏡をかけていた。


「お疲れさん!お疲れさん!」


プロデューサーは、カードをヒラヒラさせながら、女の子達に笑顔を向けた。


「監督!今日はもう撮影は、終わりですか?」


プラチナに輝く戦闘服を来た女の子に、監督は頷いた。


「また明日頼むよ」


「はい!」


監督の言葉に、戦闘服を着た女の子達が姿勢を正した。


慌ただしく、片付けに入るスタジオ内。


全身黒タイツのエキストラも、掃除を始めた。


その中…1人ゆっくりとセットから、プロデューサーの方に歩いてくる黒髪の女。


スラッとした体に、切れ長の瞳が印象的だった。


黒髪の女は、シルバーの眼鏡を取ると、軽く息を吐いた。


「こ、今回もよかったよ」


その女の姿を見た瞬間、プロデューサーは自ら駆け寄った。


先程までの出演者と態度が、明らかに違う。


「また!新しい話を頼むよ」


プロデューサーは、黒髪の女の手を取ろうとしたが、女は軽くあしらった。


「脚本は、構成に渡しておりますので…ご確認の程を」


黒髪の女は、監督に顔を向けると、頭を下げた。


「では…今日は急ぎます故に…」


黒髪の女は、プロデューサーと監督に背を向けると歩き出した。


「九鬼く〜ん!」


まだ何か言いたそうなプロデューサーを振り切って、歩いていく黒髪の女の名は、九鬼真弓。


人気番組…乙女戦隊月影に、最初乙女ブラックとして出演し、今は乙女シルバーを演じる俳優にして、この番組の原作者。


まだ若い彼女は、この業界に現れた新星である。


作家であり、役者でもあるだけでなく、自らスタントもアクションもこなす。


ベテランのスタントマンや、殺陣師からは只者ではないと言われていた。


彼女は、役者ではなく…勇者ではないのか。


そう現場では、囁かれていた。





「外は…寒いな」


スタジオから服を着替え、外に出た九鬼は、自ら吐いた息の白さを確認すると、夜空を見上げた。


基本的に、月影の出演者は現役の高校が多いため、撮影が深夜に及ぶことはない。


九鬼は、真上に月が浮かんでいるのを確認すると、目を細めた。


そして、すぐに視線を前に向けると、虚空を睨んだ。


「…」


そのまま無言で、ジャンプした。


信じられない跳躍力で、撮影所の近くの民間の屋根を蹴ると、空をかけるように疾走した。


屋根の上を止まることなく、駆け抜けると…九鬼は、人気のない公園の滑り台の裏に着地した。


「お見事!」


着地と同時に、後ろから声をかけられ、九鬼は舌打ちした。


「あの平和な世界で、よくここまで…鍛えたものですね」


感心したような声に、九鬼は振り向くと、すぐに睨んだ。


「相変わらず…悪趣味ね。あたしの後ろを敢えて取るなんて」


九鬼の言葉に、後ろに立つタキシード姿の男は肩をすくめ、


「私はどこでも、出現できますけど…後ろから声をかけるのが好きでして、悪趣味と言われても、変える気はございません」


慇懃無礼に、頭を下げた。


そんな男の様子に、九鬼は呆れながら、これ以上責めるのをやめた。


「まあ〜からかうのも、これくらいにしまして…」


男は頭を上げると、少し背中を反らしながら、言葉を続けた。


「女神から、伝言です。あなたのお探しの人物のうち、お二人は確認できました」


「2人…誰と誰?」


眉を寄せた九鬼に、再び頭を下げると、男は顔を地面に向けたままこたえた。


「赤星浩一と、中山美奈子でございます」


「赤星…浩一!」


その名前に、九鬼の全身が震えた。


そんな九鬼の様子を感じ、男は口許を緩めながら、


「そうでございます」


ゆっくりと顔を上げた。


「あなた様のお知り合いである赤星綾子の…兄でございます」


「綾子…さん…」


九鬼の声も震えていた。


赤星綾子。


九鬼とは学校も、歳も違ったが、固い絆で結ばれた存在だった。


そんな綾子が、あの日…いなくなった。


自宅を訪ねても、母親は綾子を…いや、子供達の記憶を失っていた。


短大を出た後、綾子は就職活動をしていた。


しかし、綾子がいたという記録はすべて消えていた。


「仕方がありませんよ。彼女は、あなた様が敵対していた闇の存在の女神となったのですから、あなたに話すわけがありません。例え…親しくとも」


男の言葉に、九鬼は絶句した。


「あなたは、闇を刈る存在」


男は、じっと九鬼を見つめ、


「だからこそ…我が主は、あなたを呼びました。この世界に」


刺すような鋭い視線に、逆に九鬼の体は落ち着いた。


そんな九鬼に心の中で、男は感心していたが、そんな様子は微塵も見せずに、


「昔呼んだ者は、赤ん坊だったこともあり、この世界の人間に育てられ…最高の戦士になりながらも、人間ではなくなって、死にました」


「それが…」


九鬼の眉がはね上がった。


「魔獣因子です」


男は頷いた。


九鬼は、じっと男を見ている。


男は鼻の頭をかくと、


「赤ん坊でしたし…この世界では、魔獣因子なんてものがあると、月は知らなかったですし」


「その話はいい」


九鬼は話を遮ったが、男は話を続けた。


「月はすべてを照らし、すべてを見ていますが、聞くことはできません」


再び頭を下げ、


「向こうの世界の月も、そう申しております」


すぐに上げると、真剣な表情を作ってみせ、


「赤星綾子を殺したのは、天空の女神アルテミアでございます」


「アルテミア…」


その言葉を聞くだけで、九鬼の体は怒りで震えた。


「月は、懸念しております。アルテミアは、今は!人間の味方をしておりますが、あの魔王の血筋!いつ魔の本性が目覚めるか、わかりません!そして!」


男は、言葉を切り、


「赤星浩一もまた!魔獣因子が目覚め、人間ではなくなりました」


ゆっくりと片膝を地面につけると、


「月は、人間を守りたく思っております。純粋な人間の力で!だからこそ、あなた様をこの世界に導いたのです!人類を救う…救世主として!」


そう…九鬼は、赤星と同じ世界の人間だったが、ブルーワールドに呼ばれたのだ。


そして、九鬼は月の依頼に応じた。


友人である赤星綾子の仇を討つ為に。


「人類を救うこと!それが、我が主…月の女神の願いでございます」


男は、月に手を差し伸べた。


「一つ....確認したい」


切な気に月を見つめる男に、九鬼は強い口調できいた。


男は目を細めた後、ゆっくりと九鬼に顔を向け、再び頭を下げた。


「何なりと…」


礼をする男を、九鬼は訝しげに見つめながら、


「あたしも馬鹿じゃない。この世界に来て、自分なりに調べてみた」


ここで言葉を切ると、九鬼は月を見上げた。


「この世界の月は、単なる衛星ではない!月自体が、女神の変幻した姿!そして、その女神とは、アルテミアと同じ魔王の眷族!」


「実際的には、今の魔王の叔母にあたりまする」


男は顔を上げ、少し細めた目で九鬼を見つめていた。


その冷たさに、九鬼の背中に悪寒が走ったが、それくらいで怯むことはなかった。


九鬼は一歩前に出ると、


「だとすれば…この世界の月の女神は、信用できないのではないのか?」


「フッ」


男は鼻で笑った。そして、月に向かって、両手を開き、


「あのお方は、自らの体を月に変え…ただ闇を照らす存在となりました。それは、闇に人々が怯えないように!」


男の目から、涙が流れた。


「その為に、姿も生きる意味も捨てられたあのお方を、疑うというならば!分身である我を殺しても構いませぬ!」


少し芝居がかった男の態度に、九鬼はすべての信じた訳ではないが、少なくとも月となり数えきれない年月を闇を照らしていたことは、事実であると確認していた。


(しかし…もう神話レベルだが)


九鬼は話を変えた。


「わかった。それは、理解した。だから、赤星浩一と中山美奈子の居場所はどこなんだ?」


「それは…」


男の顔から、涙が消え、


「ここから、赤道を越えた島なれば、今のあなたではいけませぬ」


「なんとかする。場所だけ教えてくれ」


そういうと、九鬼の手の中に紙切れが現れた。


九鬼は手のひらを開けると、地図を確認した。


「ありがとう」


九鬼は、男に背を向けると、歩き出そうとした。


「お待ちください」


男は九鬼を呼び止めた。


「?」


九鬼が振り返ると、男の方から黒い物体が飛んできた。


「これは!?」


九鬼は地図を持つ手とは、別の手で飛んできたものを受け取った。


「この世界の月の女神からの贈り物です。この世界で、あなた様が戦いやすいように、あなた様に合った力をご用意致しました」


男はまた、頭を下げた。


九鬼の手にあるのは、黒い眼鏡ケース。


「乙女ケースだと!?」


それは、九鬼が出演しているテレビ番組のアイテムだった。


男はにやりと笑うと、


「できるかぎり…あの番組の力を再現しております。それに、そのケースは中にある月の力を、封印する役割もしておりますれば…」


「悪趣味な!」


男の説明の途中で、顔をしかめた九鬼は再び歩き出した。


「あ、あのお〜まだ解説は終わっていませんが」


呼び止める男に、九鬼は振り返ることなく、


「それが、あれを再現しているならば…聞く必要はない」


九鬼は、乙女ケースを握り締め、


「大方…テレビのヒーローが実在したみたいな…客寄せパンダにしたいんだろ?」


「客寄せパンダとは…卑下し過ぎですよ」


男は九鬼の背中に、笑顔を向け、


「民衆は、ヒーローを求めています。テレビのヒーローが、実際に魔と戦っている!さすれば、人々のテンションも上がること間違いなし!」


突然、楽しそうに話す男に、九鬼は軽い目眩を感じたが、首を振って何とか落ち着かせた。


「まあ…いいわ。こっちの方が扱い易いし」


九鬼は、乙女ケースを握り締めた。


この世界で力を使う為に必要な契約などのルールは、実世界から来た九鬼には、馴染まなかった。


(もし…番組と同じ力が使えるなら…)


恐れるものはなかった。


(戦える!)


目を閉じ、乙女ケースを抱き締めようとした時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


目を見開いた九鬼は、辺りに気を配った。


(近い!)


地図をスカートのポケットにねじ込むと、滑り台の裏から飛び出した。


「頑張って下さい」


男はまたまた、頭を下げた。


少し嘲るような男の声を無視して、九鬼は悲鳴がした場所へ向かった。


公園は、国道を挟んで2つに別れており、魔力で動く自動車の波を、九鬼はぶつかることなく、渡り切った。


公園を囲む塀を飛び越えて、茂みから飛び出すと、そこは…今までの雰囲気が一転していた。


車の音と、立ち並ぶマンションは、ここが人の住む空間だと認識させるが…公園内は、魔物の巣と化していた。


堂々と街灯の下で、異形の姿を晒している魔物達。


彼らは食事の時間だった。


公園にいたカップルを捕まえ、頭から喰らっていた。


「ヒヒヒイ…」


悲鳴を上げる逃げ遅れた人の中に、小さな子供がいた。


「やれるか!」


九鬼は無防備にも、魔物の群れに飛び込んだことになる。


「きいい!」


蛭に似た魔物が、九鬼に気づいた。


「大丈夫か!」


公園の入口から、三人の警官が走ってきた。


彼らの周りを、妖精が飛び回る。


「炎よ!焼き尽くせ!」


「風を凪ぎ払え!」


警官は警棒ではなく、スティクを抜くと、魔法を発動した。


しかし、上空から落下してきた魔物が、警官の首を跳ねた。


両手が鎌になっている三目の猫の顔をした魔物は、まだぱくぱくと口が動いている警官の頭を挟みながら、笑った。


「馬鹿な!」


日本刀に似た…魔力を仕込んだ刀を持つ最後の警官は、象のように鼻が長い魔物に、胸を貫かれた。




「これが…この世界の真実…」


唖然としたが、九鬼は蛭の魔物が吸い付こうと伸ばした口を避けると、魔物の群れの中央に向かって、ジャンプした。


魔物の数は、30体。


一瞬にして、公園に残る人間は、九鬼と子供しかいない。


「人間の子供は、柔らかいからなあ〜。デザードにちょうどいい」


三つの口を持つイタチに似た魔物が、五歳くらいの女の子に近づいていく。


いっしょにいた父親の体は、残っていない。


「数は多いが!」


九鬼は転がるようにして、魔物達の攻撃を避けながら女の子のそばに行くと、イタチに似た魔物が伸ばした手から、女の子を奪い取った。


抱き締めて、一回転すると、九鬼は女の子を離し、


「もう大丈夫だからね」


女の子に笑顔を向けた。


「あっ!」


泣きすぎて、目が腫れた女の子に笑顔を戻った。


「九鬼だ!」


テレビ番組で、九鬼は本名で出ていた。


どうせ、異世界だ。


九鬼を知る者などいない。


「助けに来てくれたの!?」


女の子には、テレビのヒーローが助けに来たとしか思えない。


「ええ」


九鬼は頷き、


「もう大丈夫だからね」


女の子に微笑むと、ゆっくりと立ち上がり、公園の方に体を向け、女の子を背中にした。


きっと表情を引き締め、魔物達を睨む。


警官の死体を喰らっている魔物以外が、こちらに向かってくる。


妖精達は、その場から逃げた。


「数が多い!」


舌打ちした九鬼達を囲むようにじりじりと近づいてくる魔物の群れ。


女である九鬼を見て、涎をたらすものもいた。


地面に、涎が落ちると、土が溶けた。



「しかしですな〜あ。これくらい倒して貰わないと、こちらとしましても、困ります。今更…人選ミスは痛いですしな」


九鬼の肩に、人形くらいの大きさになった先程のタキシードの男がいた。


「あなたは!」


魔物から視線を離さずに、九鬼はタキシードの男に声をかけた。


「私は、月と契約したあなたの使い魔なれば…一応そばにいます」


「だったら、女の子を守って!」


「残念ながら、体の大きさを変えれる以外…私に力はありません」


タキシードの男はなぜか、胸を張った。


「チッ」


舌打ちした九鬼は、肩に乗るタキシードの男を指先で弾いた。


「だったら、邪魔だけはしないで」


「御意」


タキシードの男は回転すると、女の子の頭の上に着地した。


「いくぞ!」


九鬼は、眼鏡ケースを突きだした。


「装着!」


九鬼の声に呼応して、眼鏡ケースが開くと光が溢れた。


「うわああ!」


光に照らされてるのに、目を輝かしている女の子の目には、恐怖はなくなっていた。


その様子に、タキシードの男は満足気に頷いた。


光は一瞬だった。


その光を切り裂いた黒い足が、一番近くにいた魔物を蹴り上げた。


ふっ飛ぶ魔物。


「な!」


警官の首を切り裂いた猫顔の魔物が、絶句した。


光の中から現れたのは、黒い戦闘服を身につけた九鬼だった。


黒い眼鏡をかけ、闇より黒い服を纏った戦士。



「変身した?いや、召喚したのか!」


少したじろいだ魔物達に、猫顔が激を飛ばす。


「鎧の一種だ!恐れるな」


その声に、蛭の魔物の口が伸び、九鬼の胸に張り付いた。


そして、戦闘服を破り、血を吸おうとする。


「一応…言っておきますが、あなたは月と契約しました故に、他の精霊と契約した方のように、炎や電気を使えません!しかし!」


タキシードの男の説明の途中で、蛭の魔物が絶叫した。


吸い付いていた口の先が、消滅していた。


「しかし!月の光が使えます」


「ムーンエナジー!」


九鬼はにやりと笑うと、光る手刀を蛭の魔物の腹に突き刺した。


「月の光の効力は、闇を照らす…即ち!闇を消す」


九鬼は手刀を抜くと、一歩下がった。


すると、魔物の体は消滅した。


「この程度の下級魔物なら、一撃で消滅できます」


タキシードの男は、頭を下げた。



「な、何者だ!」


猫顔は、両手の挟みを開けながら、九鬼に突進してくる。


九鬼は両手で手刀をつくると、胸元で十字を形に構えた。


そして、前に出ると、猫顔とすれ違う瞬間、両手を広げた。


「ば、ばかな…」


猫顔の全身に亀裂が走ると、粉々に切り裂かれた。


「闇夜の刃…」


九鬼は、口元に笑みを讃えた。


「乙女ブラック!」


最後の台詞は、後ろにいた女の子が叫んだ。


嬉しそうに。


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