83話 おとなたち
冒険家とは聞こえがよいものだ
言い換えれば 根無し草と相違ないわけ
危険を冒して お宝見つけて その繰り返し
途中で飽きたって 諦めようがなんでもよいのだ
宝の山分けが嫌で 盗むような奴だってでてくるし
借金から逃れたいだけの半端者も多いのさ
まあ 損する性格じゃあ冒険家には向いてないってことなのかな
子供に命張るとかね
弱りきった幼き体が捻るように吹き飛んで大地に倒れる。
弓による矢の狙撃。
深く 鋭くその細い膝を貫通し飛び出した中身は色素の薄い綺麗な赤だった。焼きたてのパンのような少女の左足は矢で貫くにはあまりに細く・・・千切れてしまったのだ。
ガチャガチャと黒き大きな鋼の鎧が大きく揺れる。
無慈悲な2射目が少女に向かって放たれたが、間を阻んだ帝国軍大尉の鎧に敵わずへし折れた。
「やめろと言っておる!!!どこの所属だ!!?」
の咆哮の如く野太い声は怒りに満ちており、絶叫にも取れる指示に従わず木々の影に潜む者達に向けて放たれた。
徐々にではあるが、多くの足音が聞こえてきては姿を見せた帝国兵士達。
「私だよ。相変わらず声も大きいな・・・大尉殿」
ただ一人。
赤黒い紋様の描かれた漆黒の鎧。
茨のような鎖帷子。
竜の頭のような兜。
そして、木陰の中にいながら鉾槍の鋭い輝きを放っている。
「将軍殿!?何故・・・ここへ?」
帝国に属する者であれば知らぬ者がいない。
言葉も無しに兵士達が道を譲って柱となった。
「将軍はやめよ。総指揮官は他に任せてある」
「ですが、実質は」
「それよりも、大尉」
ゆっくりと風がなでるような速度で鉾先を大尉へと向け、将軍と呼ばれた男が年老いた涼しげな声を掛ける。
「兵に被害総数を見れば厳罰では済まないが、そこの獣が余程の相手であったのだろう?流石は不動岩石と呼ばれる男・・・よくやった」
両者の距離は離れているはずが・・・悪魔のような鎧から発する気迫がそうは思わせない。
「いえ、そのような言葉など!直ちに・・・っ」
大尉は無手のまま岩石のように動きを止めるが、決して武人のそれではない。
「直ちに、殺してくれるのか。そうなのだろう?」
「お待ちを!捕縛」
問い掛けは最後まで辿る前に止まることになる。
風圧が押し寄せたのだ。比喩では無い。
迎え撃つ事も、目を背ける間もなく一瞬にして足元に突き立つ鉾槍が全てを物語っていた。
ーーーお前が殺せーーー
元より、将軍と慕ったこの男に善意はない。
帝国に仇なす化け物を窮地へと追い込みながら、トドメを妨げるお前は何者か。
同胞、敵、どちらか示せと。
大長斧はすでに落ちたが、地に伏しているであろう背後の子供の首などまな板の上の魚と同じだ。
大尉は目を伏せ、腰にぶら下げた剣を抜く。
「・・・今のが 猶予 だと。理解に至らぬ者ではあるまい」
そして、同胞へとその牙を向けた。
足元に突き刺さっていたはずの鉾槍はすでに無い。
歩くだけでは届かない距離の物を、いつの間にか中将の手元へと戻っているのだ。
帝国兵士達による針の筵が向けられ、溜息混じりの声が降りかかる。
「大尉・・・貴殿は長年の時を帝国を支え、死線を越え、現場指揮官にまで上り詰めた結果、獣1人が為に全てを棄てるというのか?」
「違う。無礼の度を越した愚か者すら高尚なほどに」
大木ですら一刀両断する豪腕で鋼の剣1本で構えるのは少々滑稽に見えるのに、深くズッシリと腰を据える姿に兜と胴を空笑いでもするように揺らしだす。
「確か、家族がいたな。妻と・・・子供も。貴殿の愚かな行動によって露頭に迷う事となろう」
「覚えておいでとは恐悦至極・・・だが!それも承知の上!」
鉾槍の石突を地鳴らしに悪魔のような鎧が怒りに揺れた。
「ならば何故そこの獣を捨て置かんっ!!帝国軍大尉 特殊急襲部隊指揮官!!裏切り者として死ぬ理由を問おう!!」
・・・男は答えた。
「己が身は外道に堕ちた!!我が名は子に手を掛けた存在として嘲られ望まない名誉を得るだろう!!それくらいなら、死を選ぶが本望よっ!!!」
不動岩石が地に足踏み込み、一喝。
「子に甘い、木こりとして死のうっ!!!」
後先を考えない、古強者。
「お前の 優しさ に免じて獣を抱えて散るがよい」
そんな瞳の男の話が終える。
迫る集中数は不明。
弦を揺らし飛来したのは獣を落とすそれではなく、鋼の隙間を射抜く鋭利な鋼鉄。
空から見れば鉄の扇子のような矢並びは正確で美しく、残酷だ。
「これまでっ・・・!!」
攻めもない、盾を使わず守るだけ。
瞼の裏で焼き付いたのは幼き我が子と愛しき妻が揺らめく陽炎か。
自殺に等しい、無様な死。
反骨者には相応しい。
・・・だが、望まれない形でそれは起きた。
死を望んだ男の眼前に巻き起こる突風。
鋭く何者をも射掛けんとする鋼鉄の矢の霰が突風に巻き込まれ、縦に 横に 斜めに何度も回り、荒れ狂う軌道であっちこっちに吹き飛ばされたのだ。
「敵襲っ!!備えろ!!」
小さな暴風とも言える現象は自然に起きたものではない。
何故なら、男の・・・倒れた少女の周囲は巻き込ませまいと驚くほどに無風であり、奇妙だからだ。
「ぐぁっ・・・!!?」
「弓兵!!」
「手がぁ!??」
飛来する5本の矢。
方向は切り株だらけのもっと奥。
1つは胴に。2つは盾によって弾かれる。
3つは剣を持つ手に突き刺さり、4つは誰にも当たらず空を切る。
「盾構え!!今のは1人だ!!」
鉾槍を回転させて、弾いたのは1人だけ。
中将の首元に放たれた1本だけが得体の知れない液体が仕込まれた鋼鉄の矢であり、明確な殺意に満ちていた。
不運にも彼らは姿を見つける事はできない。
草木を強引に掻き分けて、黒き一団に突っ込む赤い何かが現れた。
向かってくるのは金の装飾の施された真っ赤な鎧。見るからに目立つ鎧は一兵卒では手に届かない逸品ではあるのだろうが、不意を突くには明らかに邪魔であり、これには驚かない。
冷静に腰下をも隠す大盾で、迫りくる高尚な蛮族を迎え撃つ。
重装の割には迫る速度は速いが、両手に持つのは大きく太い大剣。
届かねば意味は無いのだ。
稲妻のような鉢金を巻いてはいるが、頭部を曝け出している見栄っ張りには鼻で笑うにはちょうどいい。
「矢を」
放たせよう。
中将の言葉に早く、兵士達は矢筒に手を伸ばす。
キュルルル・・・と。
爆音剣戟荒れる場であれば、気が付かずにいたかもしれない、小さな音。
静か、されど繊細で・・・風に潜む何者か。
「っ!!円陣密集!!盾構え!!」
直後に帝国兵士達は混乱に陥った。
鎌鼬の悪戯か。
短剣というには少し長く、腰に携えるには少し足りない小剣。
それが5本、持ち手も無しに飛んできては帝国兵士達を襲いかかってくるのだ。
というのも、3つは両刃、2つは刺突のその小剣。
「う、浮いてる!??」
飛ぶというより、浮いていた。
ただ浮遊するだけの物体は悍ましいほどに軌道が読めず、精神を削られるようだ。
「こいつ弓を!!?」
弦を切断。使用不能。
「肩がぁっ!???」
右肩を刺す。攻撃阻止。
「上からっ!!」
盾の帯を切断。ガラクタ。
「あ、あしぃ・・・!!!」
膝を貫く。使い物にならない。
「何の魔法だ!?」
1つを辛くも弾いたがその勢いで離れていっては全てが逃げる。あまりに卑怯で、効果的。
援護によって、大剣は帝国兵士達の間近にまで迫ってきていた。
兵士3人が前に出て、構える大盾は見るからに強固。
重量に任せたところで刃がある限り刃毀れは確実なのだ。
「ぅぅぅうううううぉぉぉおおおおおおおるぁぁあああああああああああああっ!!!!!!」
火山の噴火。
兜の中で逆立つ髪に脂汗、地に付け構えた大盾が・・・迫る鬼を前にして震えだす。
右足踏み込み身体を捻り、次は左、右、左と横回転しながらの大横振りと共に放たれた有頂天の怒声に誰もが鳥肌立てる。
力尽く、ごり押し、なんとでも文句を言いたくなる荒技。
「回避っ!!!!」
だから、侮った。
荒技も磨き上げれば大砲のような物。
片刄の大剣による怒涛の大回り剛一閃。
飛ぶ破片、落ちる金具、潰れたのは肉か鋼か。
悲鳴はない。
出す肺が身を守るはずの盾と鎧ごと塞き止められたか潰れたか、拉げた腕と腰が答えてくれる。
全身全霊を込めた豪腕からの・・・峰打ち。
その大剣は幅広く、長くて分厚い剣であると同時に、峰で打てば無駄にでかい鉄板と相違が無かった。
3つの残骸が、吹き飛んだのだ。
皮肉にも大盾構えていた帝国兵士達がいなくなったことによって迫る闘牛を阻む者がおらず、その大振りはあまりにも隙が大きい。
「頭を狙えっ!!!」
手持ちに余裕のある兵士へと指示を出し、番えた矢を急ぎ射掛けた。
『光の加護よっ!!』
琥珀色に輝く光の壁。
矢が次々とぶち当たり、大剣振るった男には届かない。
光の壁はかなりの強度であり、傷がついては一射は終える。
「何!?奇跡だと!!」
やけに通る女の声に対して憤慨に震える中将などお構い無しに体制を整えた赤き鎧が壁に沿って横へと逃げ始めた。
だが、光の壁にも幅はある。肌身が剥きだすその時が、最期となる。
「構え!3連!!周囲を警戒!!」
未だ姿を見せているのがたった1人。向かう先へと矢は向けられた。
光の壁から・・・はみ出した。
「放て!!」
赤き鎧の男を狙った数本の矢は当たれば即死。
またも突風に阻まれ巻き上げられなければ。
合図とばかりに木陰に隠れていた赤き鎧の男に並んで2つの影が現れる。
「放てっ!!」
それこそが狙い、本命はこちらだ。
人為的に風を起こすなど魔法以外にはあり得ず、どんなに短かろうと連発は難しい。
小細工を仕掛ける相手が易々と数は揃うわけがない。
構え続けていた他の兵士による2連目の鋼鉄の矢が放たれる。
そして、目測を誤った事を思い知る。
まず幅広の鉄板を盾にして矢を凌ぐ赤き鎧の男は馬鹿ではあるが優秀だった。
どこまでも派手で目障りな囮でありながら、大火力と度胸を兼ね備えた前衛の鏡なのだ。
では横を並んで走る・・・物体は何か?
鎧にしてはあまりに無骨。灰色と僅かな茶色い帯で巻かれた物体・・・いや、巨人、恐らく人だ。
ゴーレムという動く石像なるモンスターの話があるが、こいつがそれだと言っても過言ではない。
だが、兜から足に至るまで緑や茶色の斑点が混じった灰色の鎧は賢い配色であり、岩のようにゴテゴテとした重装鎧を着るには中々に知能的で人らしい。
それらが見えたのは一瞬であり、即座に巨大な盾に阻まれ、鋼鉄の矢など役目も終えることなく地に落ちる。
赤き鎧と灰色の物体の2つを盾が庇うもう1人は何者か。
彼らには金色にも見える長髪しか目に入らない。
その連中が向かう先は・・・不動岩石の名を捨てた反逆者と倒れた少女の元。
「貴様の仲間か!!そこを退け!!」
「断じて違う!!だがさせんっ!!」
あまりに無意味な会話。
矢が無理であれば、中将を含めた帝国兵士達が手に持つ武器で未だに剣を構えて前も後ろにも動かない者へと立ち向かう。
「また、矢か!!」
間隔を狙っての狙撃。
矢が3本飛来するが兵士の1人の脇に当たり悲痛の声が上がるだけで、兵士の盾に残りの2本が弾かれる。
「あそこだ!!森に放て!!」
殺意に満ちた矢の出どころを突き止めれば、切り株だらけの場所から移動して、駆ける2つの盾とは正反対。
指示の下に後列の帝国兵士達による上方に向けた曲射の雨が降り注ぎ、木々の隙間から現れたのは、群青色の装備を身に付けた細身の男。
口元を隠し、暗がりに潜む暗殺者を思わせるその武装は頑丈そうな見た目でありながら、音の一つも届かない。
姿を現してからの2射目も転がり込んでからの迷いのない後ろ飛びで回避され、緩急付けての視線誘導が厄介であり・・・ただ1つ、鷹を思わせる2つの瞳には憎悪の炎が宿っていた。
「こっちを見ろ!!アホ兵士!!」
今度は右。
成人前の女の怒号と共に聞こえた風音に、今度は誰もが聞こえた。聞こえてしまった。
「貴様の・・・!?」
宙に浮く斬撃刺撃の正体は如何にも魔法に長けていそうな風貌の背の低い女であった。
盾と武器を用いて襲いかかる小剣を凌ぎ、反撃を仕掛けようとするのだが、これもまた素早い。
右へ左へ1つ3つ1つ2つ飛び抜けた速さで動き回る姿は並では追うのも難しい。
その容姿を見て一瞬、中将は思考が妨げられたように動きを止める。
「構えっ」
「やあやあ黒のみなさん?後ろがガラ空きねぇ」
「何奴っ!!」
斜め後方。
戯けた、ふざけた、舐め腐った声の足元には森で控えていたはずの兵士たちが転がる姿が見えた。
虎や獅子を思わせる、その容姿は猛烈美戦。
薄い橙色の長髪に惜しみ無く民族衣装から露出した褐色肌が艶めしいが、甲冑蔓延る中では浮いている。
「森の兵隊ちゃん、もうおねんねしてるってねー」
「なんだこの」
気配も出さずに群を相手に背後を取る存在が、普通なわけがないのだが。
兵士が口を開き、凶撃が袈裟がきに振り下ろされる。
「へっ?」
「退けぃっ!!!」
瞬きする間も与えない、三日月斧による死神の一撃。
武器を構えたまま刈り取られるはずだった兵士は転び、お道化た死神に悪魔の漢が立ち塞がった。
「やぁるねえっ!!!」
「緩いわ!!!!」
上腕への凶撃、これを弾く。石突きによる右足払い、足浮かす。健脚による蹴撃、胴を逸らす。突き刺し、屈んで回避。股下を狙った斬り上げ、柄弾き。
台本のない演舞は苛烈、一撃全てが決死、死線の数々を越えた長柄の矛同士の衝突に火花が散るほど美しく、猛々しい。
悪魔の腰を狙った横払い。
「あーーーっひゃっひゃっひゃっ!!!!」
「ふんっ・・・!」
不気味なほどに傷1つ無い凶戦士は空を飛ぶ。
剥き出しの剛健凄まじい脚力からの跳躍は兵士達を軽々と飛び越えて、踊るように跳ね逃げたのだ。
「貴様らは!!何者だ!?」
人数など物ともせず、阿吽の連携が凄まじい。
「ようよう!!帝国の兵士さんよぉ!!」
混合の脅威の一端が横並びに、少女と不動の男を覆い隠す。
赤、緑、青、灰、橙、彼らの足元の隙間には黄が見える。
「子供に剣を向けるたぁどんな気持ちかぁ・・・教えてみろやぁっ!!!!」
額に青筋立てた、赤き闘牛とその仲間達が帝国軍へと向かい合う。
若き冒険家達が、ぬしちゃんを取り返しにやってきた。
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