79話 逃亡の果ての増援
単騎で敵を倒す事の 意味を考える
金銭?モラルが欠けてもいいのなら いい方法だ
経験?強さを求めるのであれば 重要だ
武装?命より安く済むのなら 構わない
それらを兼ね備えた者が敵を倒すと何を得るか?
それは名誉 強者の証 行く道はどうあれ人気を得るのだ
まあ
わざわざ苦労してまで1人で戦い名誉を得るのなら
仲間でも呼んで効率よく叩く方が圧倒的に楽な事実は変わらないが
何が楽しいのやら
武具、兵糧共に備え有り。
王国の策をも得て戦略、戦術の蓄えを存分に振るえており戦果は上々。
敵方の英雄は脅威であれ、外堀までは手が回らない事が理解できれば敵陣の操作も簡単だった。
「斥候からの報告は?」
「っは。木々に紛れて待ち構えていた王国兵士を炙り出しに成功しました。此方の兵数が千五百に対し相手方はおよそ千、優勢とのこと」
戦備を充分に整えての奇襲。
敵を読み、動きを読んだ森林地帯への進行は順調だった。
「罠も無し、戦術も足りない。彼奴の情報に偽り無し・・・恐れ入った」
鎧の施された馬に跨る男は赤黒い紋様の描かれた漆黒の鎧を身につけており、茨のような鎖帷子、竜の頭のような兜は他の帝国兵士より一線を越えた者である証明だ。
禍々しい悪魔のような男に付き従う兵士が答えを返す。
「まさに仰る通り。このまま彼らが仮拠点へと向かえば我らが帝国の勝利は確実」
兵士が最後まで話し終えた直後。
「お前が、この戦の勝利を決めるのか?」
兵士に手渡されるような量産物とは違う長柄武器の一種、鉾槍の斧先が帝国兵士の首へと向けられる。
「言葉で戦場を左右させるほどの力を持っているのかと説いている」
「も、申し訳ございません!!大変無責任な発言を申し上げました!!」
風が流れに乗せるが如く鉾槍が愚かな発言ごと首を切り飛ばす寸前だった。
「この作戦をしくじれば王国の英雄殿に全兵力を注ぐ事になる。他の者も肝に銘じておけっ!!」
「「「「っは!!」」」」
周囲を取り囲む手勢の帝国兵士の手綱を引くように、男が叫ぶ。
馬に跨っているにもかかわらず威風堂々たる佇まいに従わない者はこの場にいない。
「中将!!中将!!伝令です!!」
「何者だ?何処の隊か」
戦場の中だというのに階級で名を呼ばれた男の冷徹な声が 周囲の兵達を掻き分け現れた帝国兵士へと刺すように響き渡る。
「森林南部から・・・」
「であれば、大隊の者か?逃亡にしては大胆だな」
「そ、それは、違います!!」
今にも鋭い鉾槍が斬りかかられ兼ねない冷たい空気が流れている。
「ではこの場にいる貴様は何者だ?大尉はどうした?まさかやられたわけではあるまい」
「そ、それが・・・」
「貴様の首が飛ぶ前に、早く言え。帝国の面汚しとなる前に」
苛立ちからか、容赦のない言葉を浴びせられ逃げ込んできた帝国兵士は急ぎ伝令を告げる。
「子供、子供に襲撃を仕掛けられ、部隊が危機に瀕しております!!」
「・・・何を言っている?」
全くもって荒唐無稽。
意味不明で下手な言い訳で逃げてきたような軟弱な男。
そんな男を中心に嘲笑うような笑いがあちこちから聞こえてくる。
だが、それは事情を知らない者だからこそ仕方のない話であった。
「待て・・・その子供とやらの風貌を答えろ」
先ほどまでの苛立った空気が一変し、話は進む。
「っは!黄色い帽子の目立つ黒髪。齢は幼児に近いのですが、奇妙な力を前に・・・自分は・・・」
首へと向けていた鉾槍を兵士を気遣うようにゆっくりと離す姿を見て、周囲の兵士の兜に隠れた表情に信用の色が表れ始めた。
「もしや・・・蒼き瞳を持つ女児か?」
「お、仰る通りです!ご存知だったのですか・・・!?」
驚いたように視線を馬上に跨る男へと帝国兵士が見上げれば、悩ましげに兜を傾かせる中将の姿があった。
「王国の城内にそのような者がいるという報告書があったのだが・・・気が触れたわけではなかったようだ」
「やはり、王国の手勢でしょうか?」
「可能性はあるが・・・力は不鮮明、どれほどのものだったか?」
「低い身の丈でありながら恐ろしく素早く・・・触れた者を一瞬で昏倒させる力を持っており、見渡しの悪い環境で我らの兵装で立ち向かうのは圧倒的不利です」
「・・・ふむ」
一考の元に中将は告げる。
「小隊を同行させ大尉の元へ連れて行け。情報が少ない今兵を割くことができないが万一阻まれる事があれば戦の天秤が傾き兼ねん。定期報告を欠かすな」
「了解!!ありがとうございます!!」
息を切らして、離れた陣地にまで走った帝国兵士にとってはこの上ない朗報を持ち帰る事ができた。
急ぎ訪れた帝国兵士の声は聞き届き、中将の指示により兵が動き始め出す。
王国兵士との交戦による被害を考えれば小隊規模を送れば問題なく鎮圧は可能。
仮に、奇妙な力を持つだけの女児1人の被害など1000を超える相手であれば数に含める必要は無い。
「道徳性の無い・・・いや、まさかとは思うが・・・それほどまでの強力な人材だとでも言うのか?」
並み以上、その程度であれば数で押せるはずなのだ。
王国の英雄・・・闘将のような才覚を秘めていなければ。
ーーーーーーーーーーーー
帝国軍による伏兵の迎撃は失敗の終わった事を、1000人もの王国兵士が半数に陥った時に悟ることになる。
待ち伏せを仕掛けるはずが、背後からの強襲に合い挟撃をされたのが事が始まりだった。
斥候が送り出されると同時に相手方の兵書でも呼んだかのような襲撃。
木々のあちこちに潜んでいる黒き鎧を相手に逃げ場も失い、指揮系統は乱れ隊長も地に伏せ混乱に陥ったのだと思い知ったのだ。
「い、一体、何が・・・!?」
想定外の帝国兵士の数に圧倒され、逃げ場も失い阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた・・・はずだった。
「な、なんだ!?猿か!?」
王国兵士の者ではない声が叫ぶ。
「違う!こ、子供」
ボウッ!!と謎の爆発音と共に言い切る事ができずに誰かが倒れる。
「おい!?何を寝て」
ボウッ!!とまた爆発が起き、もう1人がまた倒れる。
「なんだ!?なに」
ボウッ!!
「逃げ」
ボウッ!!
ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!ボウッ!!
紫煙蔓延る爆音が鳴るたびに鎧が崩れ落ちるような音が草陰から木々の間までいたるところから聞こえてきたのだ。
「援軍・・・援軍か!?」
見渡せる限りではあるものの、木の隙間で倒れている帝国兵士の数を見て王国兵士の1人が希望とも思える発言を零しだす。
「こ、このガキぃ!!」
だと思ったら、なんだあれは。
帝国兵士に追いかけ回され草陰から現れたの援軍はあまりに小さく、あまりに幼い。
生き延びた王国兵士は武器を構えることも忘れて・・・その姿に呆気にとられた。
「をことぬし、様!!??」
ボーッとした表情のままだというのに野兎のように跳ね回る少女を見た全員の胸の内を兵士の1人が代弁した。
素っ頓狂な表情を兜の中で表すのも束の間、追われていたように見えていた黒髪の少女の身体が反転して帝国兵士へと突っ込んだ。
「いっ!??」
反転なんて速度じゃない。
一瞬だ。
足を軸にして止めたことも気づけないまま体が線に見えるほどの速度で振り返り凄まじい速度で一直線。
反応できずに構えていたらしい槍の下を潜り抜けては黒き鎧に守られた足に手を触れた、その瞬間。
ボウッ!!
鎧の隙間から紫煙が噴き出し、闇の爆発が起きると同時に、帝国兵士は崩れるように力なく倒れていく。
今その場に残っている王国兵士は10人足らず。
他の兵は散り散りとなってしまった中、敵が潜んでいるかもしれないというのに想像外の人物の登場に立ちすくんでしまっていた。
黒髪の少女は身につけている女の子らしい衣服に千切れた葉やら土やら引っ付かせたまま兵士たちの前まで歩み寄り、左手を上へとあげて話し出す。
「やっほーなんだ」
「ぇ・・・え!?あ、はい!?」
突然のご挨拶にようやく意識を取り戻し、兵士達は少女の周りへと集まり出した。
「なぜ、をことぬし様がここに!?城にいるはずでは!?」
「そうなのか」
「ぇえ!?そうなのかーと仰られましても・・・!?」
「おっしゃる」
「そうではなく・・・どこから聞けば・・・」
場所で言えば帝国と王国の中間にまで及ぶ位置、それも見渡しの悪い森林だ。
そんな場所に城にいるはずの子供が家族と野営にでも来たかの如き身なりで自身たちの救援訪れるなどと、誰が想定できるのか。
「これも、作戦か!?」「いや、ない。それはない、はずだが」「さっきの力で王を守ったというのか!?」「あの爆発は一体・・・」「こ、このまま戦わせるのか?」「何を言う!?戦場だぞ!?」
彼らを指示していた隊長はすでに首に矢を受けもうおらず、各々がどうすれば、こうすればと声にはするが結論に至らない。
頭を失うとはこういうことだ。
共通しているのは、黒髪の少女が訪れなければ彼らの命がなかった事と、何故黒髪の少女はここにいるのか?という2つ。
もう少し言い方を変えて聞くべきだと兵士達は少女を連れて茂みの中へと移っては再度確認をし始めた。
「をことぬし様は、何をするためにここに訪れたのですか?」
「咲ちゃんをまもるためなんだ」
「サキ様を!?サキ様は今どこに?」
「おしろなんだ」
「へ?城、ですか?誰かに連れてかれた、とかでなく?」
「うん、おしろなんだ」
拐われたかと思えば、そうでない。
そうでなくとも戦場に出る必要があったかという理論が、このおとぼけたような子供に理解ができるか分からず兵達は余計に謎の渦に沈んでいく事となる。
「ここまで来た理由を教えてください」
「くろいよろいのひとは、わるいひとっておしえてくれたんだ」
「それは・・・一体誰が言ったのですか?」
誰がと問い、黒髪の少女は考えている・・・ようには見えないが、少し遅れて兵士に答える。
「おひげのおじさんなんだ」
考えてそれ。
どこにでもいるだろうに。
万を超える人数から探せと?
突っ込みどころが多いが兵士はどうにか攻め方を変える。
「どんな、こう・・・特徴とか」
「びよーんである」
「な、長い?髭以外は何か」
「おじさんなんだ」
微動だにしない表情から繰り出される無理難題に兵士達は頭を抱えるが、自発的訪れたのではない何者かによる誘導の可能性が仄めかされていた。
「このまま、本陣まで戻らないか?立て直すなんて無理だ。子供・・・をことぬし様の事なんて聞いてないぞ?」
弱気に聞こえる呟きが伝わりどんどんと兵士たちは心中を1つ、また1つと浮き彫りにしていった。
「連中の動きを見たか?最初から知ってたみたいな動きだったぞ。おかしくないか?」
「挟撃だなんて、どこに兵を潜ませてやがったんだ・・・」
「俺たちは捨て駒じゃないぞ」
「大隊を囲むって・・・それ以上いるって事か?そしたら、勝ち目なんて・・・」
敵兵潜む森の中で開かれる愚痴大会を止める者はいない。
最早彼らに戦意はなく、黒髪の少女を理由に逃げ帰る事しか頭にないほどに士気はガタ落ちだ。
「よし、をことぬし様を連れて・・・本陣に向かおう」
「異論無し」「行こう」「死にたくない」「賛成だ」「右に同じ」「了解」「兵士なんてもうごめんだ」「地理を調べとく」
これぞ一致団結とでも言うべきか。
戦争が始まる前よりも硬く情けない結束を前にお国のことなどどうでもいい。
命を救ってくれた上に、逃げる建前も作ってくれた黒髪の少女の登場は天からの助けだったのだろう。
ちょっと黒ずんではいるような気もするが。
国を守る兵士らしからぬ彼等の話を理解が及んでいるのか・・・していなさそうな黒髪の少女へと兵士が向き直り説明を始め出す。
「をことぬし様、我らを救ってくださってありがとうございます・・・!」
「そうなのか」
「ですが、このままここにいては命を落とすかもしれません。安全の為に・・・本陣へとお連れいたします」
黒髪の少女はじっと見つめてい
「にげるのか」
「うっぐっ・・・はい」
理解してないだろうとは、彼らは随分と思いあがっていたようだ。
疲れた心を槍で刺し貫き抉っては掻き回す程に確信を凝縮させた発言に、彼らは改めて黒髪の少女の存在を侮っていた事を思い知る。
王命を笠にして城で呑気に過ごしているただの子供。
城にいる衛兵や使用人の共通認識が大きな過ちだと言う事に間もない間で一気に翻ってしまった。
事実、散開した味方を見捨てて数人だけで本陣へと戻ろうとするのだから逃げることと変わらないのだ。
「とにかく・・・!我々と逃げましょう。さあ、をことぬし様も」
兵士の1人が黒髪の少女の身体を両手で持ち上げ抱き抱える。小さな体はとても軽く、鋼の武器よりも容易に持ち上げることができる。
「だめである」
「は?」
・・・はずだった。
ボウッ!!と闇の爆発が起きると共に王国兵士の身体が倒れ出し・・・兵士達は騒然する。
爆震源は、黒髪の少女を抱えた兵士の鎧から。
「なっ!??なななんで・・・!?」
行動に移した途端に起きた惨劇を前に怯えて舌の回らないまま兵士の1人が少女に問いた。
「ていこくのひと、おねんねしないといけないんだ」
「そ、そんな!?分かっていないでしょう!?もう無理なんです!!」
「そうなのか」
「そうなのかじゃないのです!?危険だから離れないと・・・!!」
「そうなのか」
「っ・・・!?」
まるで話が通じない。
言葉でだめだと判断した兵士の1人が黒髪の少女の肩を掴んで引き留めだした。
・・・その時だ。
宝石のように透き通る淡い水色をした黒髪の少女の瞳。
その裏を垣間見て、彼は間違いを犯した事にようやく気付く。
「じゃまなんだ」
「ひぃっっ!???」
闇の爆発。
引き止めようと動いた王国兵士の1人が草花を押し潰しながら仰向けに倒れ込む。
状況を例えるのなら、疲れて寄りかかった背もたれが不発弾だった時のような緊迫感。
解けかけていた緊張に心の臓を一気に縛り上げ、危険信号を上げては巻き戻る。
「うぁああああっっ!!!??」
「ば、化け物ぉお!!!」
「にげ、にげろぉっ!!!」
元より士気のない彼らは逃げる以外の選択肢を持たない。
得体の知れない化け物を恐れて兵士達は脇目も降らずに逃げ出した。
黒髪の少女、ぬしちゃんは話が通じないわけではない。
「おたっしゃなんだ」
行く手を阻む者達相手に容赦をしないだけなのだ。
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