71話 門出
役柄 これについて深く考える者はいるだろうか
自分がその世界で主人公であるのは当然として
問題はどんな境遇 立場の人間であるかといった問題だ
正直言って 主人公なんてものは
誰だってできることであり成りえるものではあるが
地位とか仕事とか能力とか そういった中身まではままならないのだ
結果として主人公より格好の良い敵や
圧倒的に愛らしい味方なんかが出てきては
その付属品 とりあえずいるような役柄なんてたまったもんじゃない
では 主人公でないのなら?
損で面倒な役柄など 捨ててしまえ
長く結び合わせた窓掛けを窓近くにあった棚の足に引っ掛けて窓から降ろし、両手でしっかり握る。
降りる際は両足を力強く伸ばし、手の力を抜いては、握り抜いては握って壁に打ち付けるように足で蹴ってはまた降りる。
こんな泥棒、ましてや やんちゃを通り越した姫のような脱出方法など初めての経験な上、何より子供連れだ。
「よしっ、ふぅ・・・よしっ・・・!」
念に念を重ねに重ねて咲ちゃんを布で赤子のようにお腹に巻いて目を瞑らせて、メイドさんは城外の横手に逃れることに成功した。
「すごい!メイドのおねえさんニンジャみたい!」
「に、にんじゃ?どなたでしょう・・・?」
何重にも巻いた布が窮屈かと解いていた矢先、聞いたことのない呼ばれが幼い口から発せられる。
「うん!こーやって、にんぽうをつかうんだよ!」
「にん・・・えーと」
「ニンニンだよ!」
「え、にんぽうじゃ!?」
「うん!ニンニン!」
「いやその」
あたふたと抱き抱えた咲ちゃんのちっちゃな両手が合わさった。
ニンニン!と元気の良い掛け声と一緒に人差し指と中指を立てた右手を左手でギュッと握る。
抱き抱えられながらとはいえ、高い窓からの脱出劇に興奮した咲ちゃんに困惑してしまう。
「ニンニン!」
「どっちですかぁーー!」
まあ・・・とにかく走ろう。逃げよう。
そう思い至った彼女は城門へと走って向かう。
城門へと走り向かう途中、流石に子供を抱えて走る使用人は酷く目立つ。
元より衛兵が庭を巡回していることなど明らかであり、かくれんぼの真似事をしたとしてもかえって怪しまれるし、その間に捕まるに決まっている。
緊張で喉に氷でも詰められたように冷え切り、両手から嫌な汗で湿ってきたが、メイドさんは覚悟を決めて庭へと躍り出る。
せめてもと早足で庭を駆け出す。
「む?サキ様を連れてどちらへ?」
「ぁ・・・!!
呼びかけられた心の臓が飛び出そうな気に駆られ、彼女の顔が一気に青ざめる。
「えっと、えっと、お、おさんぽ!おさんぽだよ!」
「これはお邪魔をしました。草などで足を切りませんでしたか?」
「うん!だいじょうぶ!」
・・・不幸中の幸いだ。
まだ城の庭園には衛兵の動きがなかった。
なんという幸運か。
「・・・サキ様を我々の目から離れない場所に向かわないように気を付けろ。怪我をしたら大事だ」
「は、はひ!それでは!」
天使に手を差し伸べられたかのように、ふわっと思い付いたであろう嘘で咲ちゃんが守ってくれたおかげで難を逃れる。
変な声が出てしまったが、次はこの場を逃れなければ。
「おしごと、がんばってね!」
「っは!!お任せください!」
純真、という言葉があるがこの展開には正に妥当だろう。
悪意そのものが微塵も無い優しい5歳児と、子供の言葉を疑わず真摯に受け止め任を続行する衛兵。
メイドさんにとって、この2人がやけに眩しく見えるほどの後ろめたさをどうにか心の外に追いやって、堂々と城門へと向かうことができる。
だが・・・ここからが問題だ。
城を大きく囲んだ鉄の柵。
その先端には均等になるように装飾のように嵌め込まれた魔法石があり、超広範囲に及ぶ高度な結界を張っているのだと聞かされている。
例外が無い限り、この結界の突破は一個の人の力では不可能。
「こ、こんにちは!」
「すみません!」
咲ちゃんの挨拶とメイドさんの呼び掛けに応じて門の向こうで背を向けていた門兵がこちらへと驚いたように振り向いた。
「ここより先は結界が張られております。お怪我をなされないようにお離れを!」
門の先に見える門兵が2人。
一見、咲ちゃん達との間には鉄柵の扉以外に空白しかないが、結界の存在を考えれば声で呼び掛けるしかない。
ここで説得に失敗れば、自身はこのまま敵に利用され、どうなるかなど想像に難くない。
「ん?お前は・・・確かサキ様のお付きだったな。何かあったか?」
「は、はい!」
目の前の門兵2人の内の左側、他の衛兵よりも真新しく傷1つ無い鎧を着た者がいた。
城門前で三色と呼ばれる冒険者達と共に城門で活躍したと言われる門番であり、たった数度ではあるがメイドさんは話した事がある顔見知り・・・鎧見知りといったところか。
「せなかかゆい・・・」
「す、すみません!」
何度も抱えて走っていたが為に咲ちゃんが服ズレで腰回りが痒くなってしまっていた。
メイドさんに急いで地に下ろしてもらった咲ちゃんはパタパタと服を仰いでは風を取り込む事で紛らわす。
何の用か?
妙に疲れが顔に出ている使用人へと不思議そうにこちらを見続ける門兵。
「あ、あの!ぬし様はどちらに行かれましたか?」
息を整え終えた彼女は真っ先にぬしちゃんの行方の確認する・・・が。
門兵2人は顔を見合わせるが・・・様子がおかしい。
「何故、お前が知らない?サキ様と ぬし様のお付きだろう」
違う。
認識の違いだ。
この場でおかしいのは、身近にいながら状況を把握できていないお前だ、と。
たった今、そう言われたのだ。
「ぬし様なら今朝早くに知将様の計らいによって邸宅へと移されているぞ?把握してないのか?」
「やっ・・・ぱり・・・」
思った以上の状況の悪さに彼女は困惑による目眩で倒れそうになり目尻に涙が浮かびそうになる。
しっかりと背中と、ついでにお股も涼み終えた咲ちゃんは門へと向かって歩み寄り指差した。
「えっとね!ぬしちゃんにあいたいの!ここからだして!」
「あ!?ああ!サキ様!近寄ってはダメです!」
遠退きかけた気を急いで戻したメイドさんはどこまでが結界の範囲か判別できていない咲ちゃんの両肩を慌てて抑えて向かう。
「大変恐れ入りますが、それはできません」
「どうして?ぬしちゃんわるいひとに」
ピィーーーーーーーー!
その時、遠くから嫌に高い音が耳に入る。
警笛だ。
音の距離はまだ遠い。
だが時間はもう、無い。
服が汚れる事も厭わず地に膝をつけ彼女は全身を使って頭を下げる。
咲ちゃんはメイドさんのその姿を見て驚きのあまりに口が閉じなくなる。
ある日の・・・休日の昼間だ。
外で干していた大量の洗濯物を雨が降り出したにもかかわらず、ゲームに熱中しすぎて部屋に取り込み忘れたお父さんがお母さんにやった・・・土下座と同じだったのだ。
情けないはずなのに潔く見える、あれだ。
「あの!!お願いします!ぬし様に会わせてください!!お願いします!お願いします・・・!!」
「な、なに?」
目の前で地に頭を打ち付けるほどに願う使用人の姿に困惑をする門兵達。
「今の警笛は、何が起きている?」
「お願いします!!ぬし様に、会わせてください・・・!!」
門兵2人は己の要望だけの答えにならない使用人に訝しげに見つめる。
「まさかとは思うが・・・」
「・・・」
右は疑わしいとばかりに、左はただ無言のまま。
「けちーーーー!!」
癇癪を起きた。
震源はトタトタと弱っちい全力の地団駄を起こしている咲ちゃんだ。
「メイドのおねえさん!いっぱいおねがいしてるのに!」
「ですが、今事件が起きているようでして」
「もーーう!じけんはおそとでおきてるの!!ぬしちゃんつれてかれちゃったんだから!!」
「外に・・・?」
ぶんぶんとちっちゃい手足を振り回しては足踏みし出す5歳児に気圧される奇妙な光景にメイドさんは涙で滲ませた瞳で見ていた。
半月にすら満たない間ではあるが、咲ちゃんは言ってしまえば、とっても良い子なのだ。
普通の子供らしく自身の感情に素直でこそあれ、ぬしちゃんのように勝手に物を拝借せず、縦横無尽に動き回らず、王国の本を容赦無く千切っては動物へと生まれ変わらせず、天井とかどうやってんだと思わずにいられないような箇所に落書きもせず、せず、せずせず。
比較対象が悪すぎる点を差し引いても、咲ちゃんがここまで我が儘を身体ごと訴える姿を初めて見たのだ。
「お、おい!使用人!止めろ!!」
「ぇ・・・」
だからこそ・・・彼女は見誤る。
「せーーの!」
「あ!?」
咲ちゃんが両手をパーにして門へと向けていることに。
「やーーーーー!!」
門に目掛けて突進しだしたことに。
地べたに這いつくばった姿勢では手が届かないことに。
その時、何かが破け、割れる、そんな音が轟き広まる。
それは青白く輝く円形の術式が舞い散るガラスの断片となり、塵となって城全体に降り注いだそれは雪のように儚いものだった。
王城の安寧は白髪の少女の手によって
砂場で子供が作り上げた砂城の如く、容易く砕かれた。
「ふぇ・・・?」
咲ちゃんの考えはこうだ。
結界ってよくわかんない!
鍵はかかってなさそう!
扉を開けてくれないなら、自分で開けちゃおう!
たったこれだけ。
目の前に見えていた鉄柵の扉に向かって両手を押し当てようとした突撃した直後、ふわりと見えない壁に触れた感覚が両手にぶつかる。
扉に手を伸ばしてみたら、風邪を引いた時に苦いお薬を包む薄〜いペラッペラのオブラートのような物が破けた。
そんだけ。
「なぁ・・・ぁ!???」
「結界が砕、けたぁ!??」
城の全方位を守護する結界は横だけでなく縦にも広く、大の男が寄り掛かるだけで跳ね飛ばされるという強力な物が割れるという惨事。
門にいる者だけでなく、使用人の姿を見つけて走っていたはずの衛兵達ですら、青白い破片となって結界が砕けるという現実に体が硬直し、見上げた兜を下ろせないほどに動揺し、困惑し、驚愕し、言葉が失った。
この事態を例えるのなら、数年掛けて作り上げた石造りの堅牢な砦に寄り掛かろうと背中を預けたら全てがぶっ壊れたような。
この城の使用人だって、目の前の現実に脳が受け入れられずに顔が呆けて顎が外れそうになる者がおり、声にならない悲鳴を挙げる者もいる。
「サキ、様!行きます開けます走ります!!」
「ふぇえ!う、うん!」
たった1人。
偶然、たまたま起きた異常事態を好機、そう見るしか無い子供達からメイドと呼ばれ親しむ彼女を除いて。
彼女は起き上がると同時に咲ちゃんを改めて抱き抱え、結界を頼り錠前の外されていた鉄柵の扉を胴を使った体当たりで押し開け、そのまま一直線に門外へと飛び出した。
「あっ!?おい!?待て!!」
兜越しに見上げた視界の隙を掻い潜られた門兵は使用人と咲ちゃんをみすみす逃してしまった。
「わからんが結界が解かれた!!お前はここを抑えて他の兵に説明をしろ!自分があの使用人から問いただす!!」
「せ、説明!?どう、ど、どう言えば?」
結界に何か起きたとしたら、間違いなく管理に関係していた門の守護を担当している彼等に話が来るに決まっている。
「俺が!!解るか!!いや、自分、あぁあもういい!!」
真新しい鎧を身につけた、仕事には忠実な門兵があまりの事態に仕事上での一人称をかなぐり捨てた。
「サキ様が結界を壊してしまい、使用人が連れて逃げた!そう言え!!」
「了解、しました!!」
まるで八つ当たりで役から抜け出した、そんな感じだろうか。
門を守る衛兵、門兵が門から離れるのだから実際そうだろう。
逃げ出した2人を追って、彼は走って向かうのであった。
読んでくれてありがとうございます
ツイッターでもよろしくお願いします
@vWHC15PjmQLD8Xs





