70話 剣士と聖女
一見喧嘩ばかりするような相手とは どういう相手か
好きであれ 嫌いであれ そこには感情が入り浸っているに違いない
ただただ気に食わない相手であれば暴力であるし
大好きすぎて愛とはき違える妙な人も少なからず存在する
まあ そんな建前はさておいて
ムカつくから殴りたくなるのは 誰だって起こりえる事だろう
兵士は叫ぶ。
その声が誰なのかなどと、戦場の有様を見ては答えることのできる者などいない。
国を。家を。人を守るが為に。
生きて帰れば食い扶持にもありつけるからと戦場へと挑んだ者も多くいるが、また散った。
剣に切られ、首が飛ぶ。
槍が貫き、胴に刺さる。
槌を振われ、腕が砕ける。
折れた刃が不運にも自身に刺さることもあれば、幸運にも次々と向かいくる敵を薙ぎ倒す者もいる。
結局は遅いか早いかの違いで、どちらも地に伏せてしまうのだから変わりは無い。
だが、決闘など戦争を前にしてはお遊戯もいいところだ。
鎧とは違う、衣を纏った一団が詠唱を唱え、生まれたのは炎の塊。
帝国の魔導部隊による大火球が小さな太陽となって戦場に現れたのだ。
遠方から既視できるほどの火炎と溶岩の腸のような熱量にを見て、王国兵は絶句。
王国の弓兵隊が矢を一斉に放ち、雨のように魔導隊に降り注ぐが不気味に輝く魔法陣が突如として現れ阻まれ・・・詠唱を終えた大火球が撃ち放たれた。
鋼の鎧が溶け皮膚をも蒸発しかねないほどの熱量に焼き焦がされた兵士たちの悲鳴が轟き、それすらも焼き尽くされる。
グルァオオオオオオオオンッッッ!!!
焦土と化した黒煙舞う大地を身も震えるほどの咆哮と共に、骸を踏み潰しながら突撃してくる巨影。
大木のように太い前足が一振りされるだけで、王国兵が盾ごと身体が薙ぎ払われ周囲を巻き込んでいく。
岩石を彷彿とさせる筋骨の塊には矢じりは満足に通さず、剣で切られようと転けて足を擦りむいた程度でしかなく、巨木のような前足・・・巨腕を振われまた兵士が吹き飛んだ。
闇夜を思わせる熊の様な体躯、何者をもへし折らんとする太腕、血のような紅き目、凶悪な犬の頭。
背中の位置に埋め込まれた拘束具こそあれ、その姿を見た誰かが呟いた。
ベアウルフ・・・と。
『森の悪夢』と呼ばれる大化物が1、2、3となだれ込まれた状況は例えるなら・・・積み木を前にした子供のようなもの。
好きに投げ、思いのままに崩し、壊す。
違いを挙げるのならば、積み重ねるような知恵を持つほど大化物に慈悲はない。
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教会の中は広くて静かで、それでいて涼しい。
「ゔぁーーー・・・いーい寝床だぜー・・・」
診療用に用意されている背もたれや肘掛けの無い長椅子をただ休息の為に使うツンツンとした茶髪の男のだらしのない声は静かな教会には嫌に響く。
稲妻のように後ろへと波打つ角型の鉢金から足元に至るまで魔力の施された赤い金の鎧には戦士であれば誰もが羨むが、気怠げに足を、腕を垂れ下げて今にも惰眠を貪りそうな目つきの悪い男が着ていると知れば誰もが呆れるだろう。
その姿を見た修道女、シスター達は格好のついた不恰好に半ば笑いながらも午前の掃除を進めていた。涼しさを求めて寝床を移しにきた忠犬のような、そんな感じ。
「まったく、若いというのにねぇ」
「はぁ・・・だらしのない人」
午前の掃除を終えたとばかりに金色の長髪を僅かに振るわせる凛とした顔立ちの女性と、しわがれた声で話す修道院では年長であったシスターが呆れから男、剣士へとついに声を投げかけた。
「いーじゃねぇか別に。昨日帰ってきたばっかで疲れたわ戦時で暇だわで休むしかやることねーのよ」
「・・・わざわざそこでお休みになられる理由を聞いても?」
「理由?そりゃ涼しいからに決まってんだろ」
目を瞑りながら太く逞しい赤い金の籠手で指差す先には空調を良くする為に開かれた窓。
長椅子の近くに寄った聖女は、そうですか、と小さく頷き納得した。最近は日の出も長くなり暑くなってはきたが、風通しの良くなった教会内は涼しい。
「落とします」
「ふぁ?あ!?ちょいまてまてまてああっ!???」
鎧を着込んだ大の男であろうと梃子を使用されればなんのその。
長椅子の足の隙間に箒のぼっこを斜めに引っ掛けた事により容易く剣士を長椅子からズリ落とす。やったら慣れた手つきで。
ガチャリともドタンとも音を鳴らして剣士は無様に床へと落っこちた。
「おまっお前こんにゃろ!?普通にどけって言やいいだろうが!」
「お黙りなさい!あなたがあちこちで勝手に横になるせいで鎧の油が付くんですよ」
「つったって脱ぐのも面倒くせぇし汚れぐらい拭いたり洗えば・・・」
カンッ!と聖女は床へと箒で打ちつけ鳴らす。
「洗い物を増・や・す・な!と言っているのです、この愚か者!!」
「ぅお、おっかねぇ・・・」
寝床にしていた長椅子にはシーツが敷かれており、ずり落とされた拍子に変なシワもできてしまっている。
こんなギャーギャーいう女など聖女じゃない。
小うるさい鬼女だと言いたげに剣士は不貞腐れながらも倒れた自身の身体を起こし始める。
「誰が鬼ですか!?あなたが悪いのでしょう!!」
だが箒を両手に構えて心を言い当てた聖女にその体躯をびくりと揺るわさざるをえなかった。
「ま、まだ言ってねぇだろが!?」
「まだとはなんですかまだとは!!そこに座りなさい!!説教です!!」
「どわっバカお前バカ!箒ぶん回して説く奴がいるかよ!?」
「問答無用っ!!」
やけに通りのいい声と共に気合の込めた容赦無い一振り。
剣士は寝転び回避してはそのまま状態を起こし逃走を図る。全身武装の外見からは予想がつかないほどに動きがこなれているのは実戦の賜物か、こんな日常を何度もこなしたからか。ぶっちゃけどっちでもいい。
「受け止めるくらいすればいいじゃないですか!!」
「前それでへし折れちまったろーが!握ったら潰れるような安もん使うんじゃねぇ!」
「じゃあ大人しくぶち当たってください!!」
「っは!素人のヘッタクソな振りに当たってやるもんかよ!」
つい剣士の口から滑り落ちた言葉が毛が逆立つほどに鬼・・・聖女を怒りに奮わせる。
喋らなきゃいいのにと溜息があちこちから聞こえてくるのは知り合ってから毎度のことだ。
「その脳天・・・枝で着飾ってやります!!」
「あ、やべ」
怒り狂った聖女によって剣士の鉢金の角へと箒が突き立てられ、乱暴に扱われた箒を代償に笑いが巻き起こり、うるさいからと食料の買い出しに出されるのに数分も掛からなかった。
剣士達が王国に戻ったのは城門の開かれている先日の昼過ぎだった。
旅というには数日と短く、王国近辺を目標を定めて出ることの多かった彼らにとっては多少なり良き経験になったようだ。
「あんたも大概短気だよな。見てくれは綺麗だっつーのに詐欺じゃねーか」
「あのですね・・・あなたは気は良いのだから、少しは口を選びなさい」
風使いの彼女は旅先で起きた問題や失敗を糧に次の準備に勤しんでおり、弓使いは日本の情報を求めて人通りの少ない王国内を出回っている・・・。
「へーいへい」
「はぁ・・・」
当の頭がこれだ。
涼しいからという理由だけで教会に惰眠を貪りにくる体たらくには呆れてしまうのも致し方がないことだろう。
剣士は背中の留め金にぶら下げた大剣にぶつからないように両腕を頭の後ろで組みながら空を見ながら歩き、そんな彼に溜息を吐きながら聖女は俯いて横に並んで歩いて行た。
教会から商店街へと向かう2人以外に出歩く者は少ない。すれ違う者の殆どが衛兵ばかりで露店街には店そのものが出ておらず、これから向かう先も開いているかも不明だ。
「他が頑張っているというのに」
また説教か、などと思われようと説かずには彼女はいられなかった。
身体を休めるのは当然構わないが、彼の行動や言動は不思議と信用性が湧かないのだ。
「ニホンって・・・あるのかね」
「え?」
何が、と剣士の顔に向いてみれば、神妙な顔つきがそこにはあった。
あまりに残酷であり、最悪の可能性を想像し聖女の顔に影が宿る。
「失われている、と?」
「そうじゃなくてよ・・・まあ、地図見てみっか」
剣士は腰に巻かれている雑嚢へと手を伸ばし羊皮紙に王国領土周辺を描かれた地図を取り出しては聖女へと見えるように背を屈め、聖所は地図を覗き見る。
「俺らが行ったのは帝国領土とは反対側だな。地図にも載っている農村を中心にグルーっと回ってみたんだよ」
剣士は指でなぞる様に道順を見てみるが、道中には獣道のない山を強行したり、赤い点で危険との遭遇を記されており5日で回りきるにはかなりキツい時間配分になることがわかる。
狼やモンスターの襲来も加味するとこまで考えて・・・、彼が教会に涼みに休んでいても文句を言えなくなってしまった。
「サキ達のいた森ん中は帝国と王国の、多分中心なんだろ?この地図を買った時あんたらの修道院が元から載ってるってのに、ニホンなんて無いんだわな」
「・・・?」
この地図は王国周辺だけが細かく記されてはいるが、帝国側の地形、大陸の港から海の向こうとなると大都市以外の情報があまりに不鮮明であり、地図とは言えない。
そう、不鮮明なのだ。
「ニホンってのが別名か何かじゃねぇとしたら・・・海か向こうかもしんねぇ」
「そんな・・・!?」
あり得ない。
森の中で見つかった子供達が海の向こうから来たなどと馬鹿げている。
だが・・・言い切れない。
「仮に帝国側にあるとして、ニホンにゃ魔法が無いっつーのにあっちは魔導兵器だかで魔法が盛んなんだろ?違うっぽいんだよな」
「これは・・・捜索にどれだけ、時間が掛かるのでしょうか」
凛とした美しい顔が不安の色に染まるが、剣士は答えを持ち合わせておらず、開いた手を使っては頭をボリボリと掻き始める。
「右も左も知らねぇ子供を飛ばす馬鹿野郎の面を拝みてぇよ、クソったれ」
苦渋に歪む剣士の表情を見て、彼の真意に聖女はようやく気づく。
日本の捜索がまさか、海の向こうの未知の場所にあるどころか確定ではない。
どんな魔法か技術かは定かでないが、子供2人を飛ばすような事態とはどんな状況かなど想像もできない。
「親の作った料理が食えなくて泣くような奴を・・・何年も待たせてらんねぇよ」
「・・・そういう事、でしたか」
やることが無いからだとか不純な動機でだらけていたのではなかった。
剣士は先の見えない先を知り、季節一つ変わる程度で終わらないと悟ったのだ。
すぐお家に帰す、それができない事が判明したわけだ。
子供・・・2人を気遣う心が本物なだけに気怠気にもなるということだ。
「教会では、すみません・・・大人気なかったですね」
「気にすんなよ。涼んでたのは本当だしな!」
快活そうに笑みを見せる剣士に聖女も静かな笑みで返す。
閉じた地図を雑嚢にしまい終えたのをキリが良しと剣士は止めた歩みを進め出す。
「んまー、とにかく!俺ら3人だけじゃって話だかんな」
「・・・分かりました。こちらでもどうにか協力してくれる方を探してみます」
「おう、頼むわ!」
しっかりと話してみれば、と思わせる人とはまさにこの剣士の事だろう。
容貌は悪いわけではないが、一団を率いるような惹き付ける魅力がこの男には感じさせない。
口が悪く、粗暴で、変に強がるところがあるために起きないはずの問題を起こすからだ。
そんな彼を慕う仲間が呼んでいた呼び名に彼女はふと思い出す。
「そういえば・・・リーダー、とはなんですか?」
「あー」
風使いや、時々だが弓使いも剣士にそう呼びかけることがある。名前かと思い流していたが、彼等を深く知る内に不自然だということに気がついた。
「確か、サキ達が来た頃から言ってたな。俺らみたいな仲間の集まりをチームで、その1番上がリーダーってな」
「それもサキちゃんが?」
「ぬしですら納得してたからニホンじゃ常識臭いな。語呂がいいから風っ子も気に入って呼び始めたんよな」
聖女は目を瞑り、口ずさむ。
「リーダー・・・リーダー」
「なんだよ」
「ふふっ・・・いい心掛けですね。あの子達の言葉はどんどん取り入れるべきです」
「お、おう」
女性、というよりは少女だろう。
彼女が楽しげに微笑みながら呟くたびに、妙なくすぐったさに襲われ剣士は居心地悪そうにそっぽを向いた。
「ん・・・?」
見つけたのは偶然だ。
そっぽを向いた先を見て、剣士は立ち止まる。
「どうかなさいました・・・え?
目を見開いた剣士の視線の先を追い、聖女は驚愕した。
日の光を跳ね返しかねないほどに柔らかで綺麗な白髪をした子供が衛兵の1人に抱き抱えられ城に続く道へと連れてかれている。
「おい、あれ!サキじゃね!?」
「は、はい!間違いないです!」
黄色が特徴的な帽子こそ被っていないが、白髪の子供などそういない。
商店街の近辺で衛兵から逃れようとジタバタ暴れている咲ちゃんを見かけた2人は考えるよりも先に、駆け足で向かうのであった。
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