67話 乱の幕開け
何時からか 己が気付かない内に変わるものがある
例えば 身に付けている装飾品とか 料理の味付けだとか そんなもの
特に心境の変化というものに気付くのは 隠されてしまうと見つけ出すのが中々困難なものだ
とはいえ 隠すということは手が掛かるわけで 注意深く気にすれば気づけるかもしれない
故に どんなに心変わりをしようと 秘めた隠し事をしようと
表に出す事を 知らない そんな者ほど厄介なものは無い
朝が来た。
日差しはまだ遠くにあるけれど、お布団の中はぽかぽかと暖かい。
今日は早起き。
大切な日だと教えてくれたから、早起きするのだ。
横で寝息を立てる大切な友達が寒がらないように、自身の開けたお布団を丁寧に直してあげる。
お布団が少しぐしゃぐしゃだけど、大丈夫だろう。
自分の頭もぐしゃぐしゃだ。
黄色い帽子、ピンクの園児服、チェックのスカート、今では履き慣れた白い靴を身につける。
兎の先生から貰った白いカバンの中身を確認。
悪い人をやっつける折り紙、お腹が空いた時のためにお菓子もいっぱい入れた。おもちゃもいっぱい入れたいけれど前に入れたら中の折り紙が折れるから、今日は置いていく。
鷹のおじさんから貰った水筒をカバンと一緒に首から肩に回してぶら下げる。後でお水を入れないと。
食べ物だけじゃなくて、お水も飲まないと倒れて遊べなくなるらしい。大切。
牛のお兄さんから旅に出る時に「風呂敷はぜってぇ重要!」と言っていたからおもちゃと一緒に買ってもらった子供用の小さい風呂敷も持っていく。
荷物が増えたら包んで、疲れたらお尻に敷いて座る事ができる便利な道具。
折り紙の形が崩れないぐらいには入れることはできたけど、カバンを閉じると少し折り紙がはみ出していてお耳が生えたようになっている。
鼠のお姉さんが動物の刺繍もしてくれて、可愛い。
咲ちゃんとお揃いで買ってもらったから間違えないように猫さんと犬さんで分けてくれている。にゃんにゃんが自分のものだ。にゃんにゃんさん。
忘れ物は無し。これで大丈夫。
扉のドアノブに手を伸ばしお部屋からでてみると、人がいた。
「おはよーなんだ」
挨拶は大切。
「ぬし様、おはようございます」
近くにいるのに遠くで眺めるメイドさんが待っていた。この人が連れてってくれると2人でトイレに行った時にあの人が教えてくれたから、きっといい人。
「では、御命令ですのでご同行をお願いします」
「うん」
幼稚園で遠足に向かう皆を見送る事は何度も何度もあったけど自分が出るのは初めてだ。
幼稚園を出てから初めてのことだらけ。
食べ物を食べないと元気が出ないし、おねんねしないとお目めが重くなる。いっぱい動くと身体から水が出てくるのは疲れた証拠。疲れるって結構大変。
咲ちゃんは離れちゃダメと言ったけど、今日は近くにいると危ない日だと教えてくれた。
咲ちゃんが、危なくなる日だと教えてくれた。それはよくない。
もしかしたら・・・咲ちゃんだけじゃないかもしれない。
「をことぬし、いってくるんだ」
おねんねしてる咲ちゃんに向かって手を振ってみる。
起きない。今日は自分が早起きさんだ。振っていた手を手首ごと冷たいメイドさんに掴まれてドアを閉められてしまった。
「急いでください」
そうなのか。
何か落としたような気がするけど、急いでるらしい。
咲ちゃん、またね。
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天気は晴れ、地に差す影は空に浮かぶ僅かな雲のみ。
王国と帝国を繋ぐ道には樹々に囲まれている大きく広がる平野があり、出所が確かではない逸話で溢れた奇妙な場所だ。
曰く、遠い過去に幾度と争いによって伐採されては人の手で踏み荒らされた。
曰く、山火事によって燃やされた。
曰く、空からこの一帯何かが降り注いだ。
曰く、曰く、曰く・・・。
疑問に浮かべど答えを探す杞憂な発想などと、鋼と革で造られた鎧を纏い蟻のように群がる彼等には持つ余裕など無い。
眼前に群がる黒の軍勢は帝国兵士。
兵の数は王国が上だが、魔法、弓、投石機、王国に無いモンスターを利用した生物兵器と、帝国の方が圧倒的に人材に富んでいる。
これまでの小規模戦闘とは違う。帝国の力は強大。物量で押せる相手では無い。
だからこそ、光が一点に収束されたかのように・・・白銀に輝く一個の兵が希望となって輝くのだ。
「拙者がいる限りっ!!敵は強引に動けまいっ!!我らが背にするのは王国!!家族!!富!!名声!!己が胸に抱いて立ち向かえっ!!!」
何者をも屈服させる堅牢な動く要塞。
何者をも弾き返す不屈の戦車。
この男が戦場に立つだけで兵の数は全ある十が一つとなって士気となる。
存在するだけで鼓舞されるのだ。
戦場をも叩きつける巨声。
「全軍!!進めえぇぇっ!!!!」
「「「「うおおぉぉぉぉ!!!!」」」」
二◯一九,一七九 朝焼の月
剣を。矛を。盾すら武器にし立ち向かう。
王国と帝国、二つの国家により総力戦が幕を上げたのだ。
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メイド。メイド、私は・・・メイド。
日本では使用人のことをメイドと呼ばれているらしい。そんなことを考えながら部屋に用意されている鏡へを身体を向けて身嗜みを整えていた。
中途半端に長い栗色の髪をいつものように束ねては白布飾りでまとめていく。
茶色い瞳の下に見えるそばかす。
幼い頃より薄くて目立たなくなってはいるし、子供達へと楽しんで仕事に尽くしてからは鏡を見て溜息を吐く毎日は遠い過去のように気にならなくなっていた。
かさぶたのようにそばかすの斑点に向かって手を伸ばしてくるぬしちゃんは厄介の中の厄介者ではあるが、それもまた可愛いと思えている彼女がいた。
凶刃の手に襲われたあの夜。
黒髪の少女が現れなければ、自身の家族と同じく地の中だった。雑多の1人として生に意味を成さないままにこの世をさるだけだった。
「・・・よし!頑張らないと!」
今、城内にいるのは各部屋に配置された兵士たちと使用人、政務を主にする王の臣下達のみ。
もしという話になるが、帝国の間者を警戒しての王の判断による名指しでの配置は規則性がないが故に問題が起きたときの対処が部屋担当に疑いが向かうため誰もが必死に番をする必要がある。
同じく使用人も1人ずつ配置される事になっているのでどちらかが手洗いに向かったまま帰ってこない、片方がいない、などと判断されれば留置所に連れてかれる可能性が高い。
王国と帝国との大戦がすでに始まっているのだ。
城どころか貴族街、市民街、商店街に至るまで進んで出歩く者はおらず戸締まりに皆気を配っていることだろう。
国内を出歩くとしたら、門を閉められ暇を持て余した冒険家や輩連中ぐらいだろう。
戦争が終結に向かうまで、子供達の世話をし方時も目を離さない。
小桜咲、をことぬしの2人のお付きとして今日1日任されているのだ。無愛想な相方と共に。
起きた時にはその相方の姿は無い。
「もう支度を終えたのでしょうか?」
愚痴混じりの嫌味がないのは幸いだが、また顔を合わせた時に仕事の出遅れだと嫌味を言われても困る。実際遅れてなどいないし日が出たばかりで早い方だ。
準備を終えた彼女は部屋から出ては静かにそのまま隣の部屋へと向かう。
窓の外は日の灯りで明るく豪華な馬車が城からでる姿も見えた。
起きる前に着替えの準備をしなければ。朝食の担当は相方のはずだから、などと今後の予定を頭に入れながら歩いていたメイドさんは咲ちゃん達の部屋の前に白い物が落ちている事に気づく。
手に取れば4方向へと先の尖った十字のような紙細工。前にこれを投げて戦うのだと言っていた事を思い出す。
咲ちゃん達と一緒になって投げて遊んだ事もあったが、物自体が軽すぎるあまりメイドさんには綺麗に投げる事ができなかった。
飛行機という形の方が非常に飛ばしやすくて楽しめたものだ。
「ぬしちゃん、起きたのでしょうか?」
お寝坊の化身のようなあの子が早起きするとは驚いたものだ。
もしくは、いつも早起きの咲ちゃんに起こされたのかもしれない。
せっかく作ったものを落としてしまったぬしちゃんをおっちょこちょいと思いつつも悪戯心が勝ったか、折角だからなくした事に気付くまでエプロンのポケット忍ばせておこうと決めた、直後。
ガチャリと目の前の扉が音を立てると同時に中側から一気に扉が開かれおでこと鼻に衝撃が走る。
「あ痛ぁっ!?」
「あ!ご、ごめんなさい!」
いつもイタズラばかりで困らされたちょっとした仕返しとばかりに気を取られたメイドさんに無意識という天誅が降る。
抑えた手の平で鼻血が出ていない事を確認し終えたメイドさんは申し訳なさそうに見上げてくる咲ちゃんに心配させまいとどうにか笑顔で返す。
「だ、だ、だいじょうぶですぅ・・・ぉおはようございますサキ様」
数日前にも似たように咲ちゃんが飛び出してはぬしちゃんと衝突する事があったと思い返す。
まだ着替える前なので咲ちゃんはまだ柔らかい高級の絹で作られた寝巻きを着たままだ。
「お、おはよう!ぬしちゃんいなくなっちゃった!」
「ぬし様がですか?・・・もしかして」
部屋の中を覗いてみればぬしちゃんの姿はない。
相方の姿も無いことも含めれば以前と同じく同行してくれてるのだろうと判断がつく。
「きっとお手洗いに行かれたのでしょう。今度はしっかりと手を洗って貰わないとですね」
「う、うん・・・で、でも、咲を置いてっちゃうのは、もっとダメなの・・・」
可愛らしい顔が今にも泣きそうになってしまい、思わず彼女は屈んで優しく抱きしめた。
「きっとゆっくり眠っているサキ様を起こしたくなかったのですよ。ぬし様は少しだけいたずらっ子ですがとっても優しいですから」
「でも、でもぉ・・・」
涙目になる咲ちゃんの布団で暖まった小さな背中をとんとんと緩やかに触れては頭も撫でる。
どんなに想像の及ばないような力を秘めているとしても、やはり中身は幼い子供に相違ないことは身近にいる使用人である彼女には解っている事だ。
寂しがりな咲ちゃんでそうなら、ぬしちゃんだって同じ事。
表情こそまったく変わらないが、ぼーっとしたりお腹を空かせると涎を垂らすし、美味しいものを食べた時は目を細めて天にでも召されるような健やかで面白い顔になっているのだ。
感情のしっかりある、ちょっとだけ変わった普通の子供。
いくら内包された力が不鮮明だからと相方のように気味悪がる理由にはならない。
むしろ城内の備品や荷箱に壁に落書きをしたり、ホウキに乗って二階の窓から飛び立とうとし出す事の方が厄介だ。・・・鬼ごっこはもうやりたくない。
「朝ごはんの前にサキ様もお手洗いに行ってお顔を洗いましょう!ぬし様もきっとおりますよ!」
「・・・うん」
「その前に・・・お召し物の支度をいたしますね」
本来であればお湯に付けた濡れタオルと着替えを事前に用意してから子供達を起こしに来ているが今はまだできていない。
咲ちゃんを元気付ける為にもメイドさんは急いで部屋にある艶があり掃除の行き届いた背の低いタンスへと手を伸ばし、目当ての服を取り出そうとする。
「あれ?・・・ぐちゃぐちゃ」
「ぐちゃぐちゃ?」
彼女と同じく相方もお手洗いに連れてくとなればぬしちゃんを着替えさせているはずではあるが、手探りで探したように中の服が着てないはずだというのに乱れていた。
他の棚も覗いてみれば同じ有様であり、幼稚園で着ていたと言われるピンクの衣と柄の入ったスカートがない。
いくらぬしちゃんを気に食わなくとも相方がやったなどとは思いたくないが、とりあえず服を正してはお揃いの園児服を一式取り出し始めて・・・彼女は気づく。
「帽子も・・・鞄も無い?」
服掛けにぶら下げていた黄色い帽子と白い鞄も見当たらない。
手洗いを済ませるだけで帽子は邪魔になるだけだし、これから朝食に足を運ぶ子供達に玩具やお菓子を持たせるのは論外。
まさかと彼女は口に手を当て考える。
「自分で着替えたのでしょうか・・・?でも・・・」
「どうしたの?」
で、あればだ。
連れて行くのなら着替えを手伝うのが当たり前。子供達といて今日何があったか、翌日は何をするかを話した相手がこんな雑な事をするのか?
勝手に着替えたとしてもそれに気付かないわけがない。
だが、相方はここにはいない。
まさか、目を離したまま調理場へと向かったのか?子供達の様子も見ずに?
「・・・大丈夫ですサキ様。今日はぬし様と同じ園児服を着ましょう!」
「うん!メイドのおねえさんありがとう!」
胸の内に芽生えた疑問は拭えないが、咲ちゃんを困らせる訳にはいかず、メイドさんは咲ちゃんの寝巻きを丁寧に脱がしては次々と着替えさしていく。
今になって思い出すが、ぬしちゃんを手洗い場から戻る時・・・何故、手を洗っていない事に気づかなかったのか?
連れて行ったのは相方だ。
見えないところで・・・雑に扱っているのかもしれない。だとしたら大問題であり、何より許せない。
考えたくないがあり得る可能性に思い至った彼女の手は急ぎ早となり、着替え終わらした咲ちゃんを抱き抱えて洗い場へと向かうのだった。
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