65話 少しの別れ
どんなに境遇が変わろうと 彼らは目的だけは見失う事はしなかった
進展しないことが多く 失敗も多いが それでも曲げることはしなかった
落ちぶれようが 名を上げようが 恩義に厚い者達であったから
そんな人たちとちょびっとのお別れ
またすぐに 帰ってきてくれるだろう
「ぬしちゃん!朝だよ!」
聴き慣れた名で呼びながら、ふかふかでもふもふのお布団が揺らされる。
「ぬしちゃんぬしちゃん!おーきーてー!」
お日様が丸々と飛び出した朝、元より早起きで寝起きの良い咲ちゃんは横でおねんねするねぼ助を起こすのが日課となっている。
「おめめ、ひらかないんだ」
「とじちゃだめー!」
対して相方はというとこれまた反対だ。目蓋がおぼろげに開いたかと思えば満足に開かれる前にまた閉じる。起きるどころか瞬きをする努力すら見せない。
「ご安心ください!お顔フキフキ致しますね」
「ふきふきだよー」
「ぶぁぃぅ」
その2人に混ざるように優しくお世話をしてくれるのはメイドの内の1人であり、長い髪を束ねた箇所をおまんじゅうのようなふっくらとした帽子で包んでいる。
おまんじゅうのような頭の飾りは前にお父さんの遊ぶ人同士で闘うゲームに出てくるカンフーを使う女性が頭に付けていたシニヨンのほうがしっくりくる。
そばかすが気にならないほど明るくにこやかな笑顔で接してきてくれるのでお城の中で困ったことがあるたびにとても話しやすい。
優しいけれどちょっとだけ厳しい教会のシスターやおっちょこちょいだけど全力で遊んでくれる風使いのお姉さんとはまた少し違う。
なんでもお話を聞いてくれる召使い系お姉さんだ。
「2人にお客様が来ておられますよ。護衛をしていらした御三方です」
「ぬしちゃんもいくの!」
「おねんねなんだ」
「だーめー!」
布団の中へと潜り込んだぬしちゃんを出そうと咲ちゃんは引き剥がそうとはするが、案の定横に寝かされたおじ蔵さんの如く子供の力では微動だにさせることもままならない。
「す、すごい力ですよね。石みたいです」
「おふとんちぎれちゃうよ!」
「おねんねである」
今年で20となる女性の力添えを持ってしても、頑丈な留め金のような握力でぬしちゃんの握る部分を剥がすことができない。
正直なところぬしちゃんごと持ち上げればいい話ではある。実際お軽いはずなのだ。
だがその凶悪な握力は・・・鍛えられた成人男性ぐらいなのではと、おっかなびっくりでメイドさんは威嚇中の猫を相手取るように手が出せずにいた。
「ううっ・・・困りましたね。お菓子とか」
「おかし」
食いついた。
城内で配給されるのは子供の好みそうな菓子類ではなく業務中に腹を満たす為の物ばかりであり、市街地で出回るような味を優先させた子供の好みそうな菓子類ではない。
感情の乏しい、ほぼ皆無のぬしちゃんが率先して意思を見せるのが食欲であることはここ数日でメイドにも理解が及んではいるのだ。
困り顔から一転、これはいけるとそばかす面に光が宿る。
「は、はい!王城では出ない果実の飴漬けや砂糖菓子!おもちゃもお持ちになってきたとか!はい!」
「おいしそう!咲はやくいきたいよ!」
「おはよーのおじかん」
「おはよう!」
「おはようございます!」
乾燥させた海藻の妖怪のような寝癖のままにパッチリとお目めを開いては布団から起き上がる様を見てすぐにメイドさんは着替えの準備へと取り掛かった。
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本来であれば、城内どころか城門すら部外者の来訪で開かれる事はあり得ない事ではあったのだが、ここ最近で事情は変わってきている。
戦時中、その上暗殺者の襲撃も合わさって警戒態勢の中でも限られた人物の訪問であれば前日までに来訪される旨を伝えれば例外として可能となるのだ。
白髪と黒髪の少女、この2人の関係者であり近しい人物の内、あちこちで三色と呼ばれ初めている3人組と教会に努める者の中で最も面識の強い神官と聖女と呼ばれる修道女、以上だ。
鍛冶屋を営む熊男と百傷の虎という異名を持っていた女豹の2人組に関しては功績を称えるに値するものの、子供達にしか興味を向けておらず、片割れの使用人に向ける目や態度が・・・問題だと判断され断られている。
熊男元より豪商との関わりもあった為信頼こそあるが頻繁に訪れるような社交的な男ではない。
「なぁーーにが目が開かないだてめぇ。人を待たせるたぁ教育が必要だなぁーおい」
「サキちゃんから聞いたわよー?おしおきじゃぁい!」
「うわんなんだ」
時間で言えば誰もが朝食を作る頃合だろう。日が登り始め、朝焼けが王国を照らす中、城門前では仕置きと称して5歳児のもちもちとした両頬を片方ずつ分担して引っ張る者と、それを楽しげに見守る者たちの姿があった。
「ぬしちゃんへんなかおー!」
「まあ・・・その辺にしておけ。焼いた餅のように伸びきってしまうぞ」
「ふふ、一足先にお婆ちゃんですね」
今この場にいる者は9人。
口では止めるが明らかに本気でなく楽しげにお仕置きを眺めているのは咲ちゃんと弓使いに聖女と呼ばれる修道女。
プニプニのお餅のようなぬしちゃんの頬を引っ張る右担当が意地悪い剣士、左担当が調子良く笑う風使いであり、その様子を眺めているのが城門の守護を任された全身鎧の門兵2人。
城門の内側と少し離れた場所から髪を束ねたメイドさんがアワアワ様子を見ている。
「おふぁしなんだぁ」
「ほほほ!お菓子が欲しければほっぺたぶにぶに攻撃に耐えてみせよぉ!」
「勇者よぉ!我らがの挟撃に耐えてみせぃ!」
「おぶぁしなぷばぁ」
そして今、聖女の腕にぶら下げられている大きめのバスケットには山になる程のお菓子が詰められており、挨拶もせずに一目散に駆け寄っていたぬしちゃんは行く手を妨げられていたのであった。
「早朝から手間を取らせたな」
「いえ、あなた方であれば問題ございません」
「いつもお勤めお疲れ様です」
「おつかれさま!」
「なんか・・・あ、ありがとうございます」
弓使いが声をかけたのは城門前で共に戦った門兵その人。
挨拶こそしてはいたがどの兵士も見分けがつかない中よく気づけたものだと聖女は少し驚いた。咲ちゃんは先生と一緒になって挨拶しただけだ。
「鎧越しでよくわかりましたね」
「市民街で見回る衛兵と違って鎧が真新しいからな。破損したのは胴体のだけと聞いたが・・・」
「働きを評価してって事で作り立ての物と交換してくれたんです。昇進とはいきませんでしたがこっちの方がいいですね」
槍は縦に左手で立てたままに胴体の腹、革と鎖帷子部分に手を当てだし、そこに3人の視線が集中する。
「おけがしたの・・・?」
手の押さえる仕草が怪我を庇ったような触れ方に気づいて心配そうに門兵へと近づいて見てみるが、太い針金が網羅されてることしかわからず、口早に門兵が説明を始めだした。
「あ、いえ!自分は大丈夫です!こちらの綺麗なお姉さんに治して貰いましたからね!」
「あら、お上手ですね」
「おじょうず!」
槍を下ろすわけにはいかないため前屈みとなりながら分かりやすく礼を述べる門兵にクスクスと聖女は世辞だと笑い返し、お上手という言葉を奇跡の力のことだと勘違いした咲ちゃんは蕾が花開くように満面の笑顔に変わる。
「そっちもなんか盛り上がってんのか?」
「なんの話してんの?」
「むむむ」
一頻り指とほっぺたによるコミュニケーションを終えた剣士と風使い、ほっぺたが林檎のようにほのかに赤くなっているぬしちゃんを連れて歩いてきていた。
懲りてはいないのかもしれないが、赤いプニプニほっぺをちっちゃな両手でモニモニしている為軽いお仕置きにはなっただろう。
「あ、その・・・」
だが、剣士の問い掛けに聖女が若干居心地悪そうにする様を見て場は一転、触れて良いのか判断しかねる空気となり、会話とならない。
ぬしちゃんは気付いているかはわからないが、咲ちゃんは自分の誕生日の為にお母さんが隠していたはずのプレゼントを勝手に取り出してはいきなり渡しに来たお父さんのその後のような雰囲気と似ていることに気づく。
子供だからと、話してもダメなやつだ。
霧払いでもするかの如く剣士はパンッ!と手を鳴らして視線を一点へと集めだした。
「・・・よーし!ぬし、サキ!俺らがここに来た理由を話しちゃろう」
「ふぇ?」
「むむむ」
剣士、風使い、弓使いの装備は以前の物とは全く違い、城内で見せられた豪華絢爛の童話に出てくるような武装を身につけており、たったそれだけで見た目からして強そうだ。
赤と金に輝く分厚い鎧を身につけた剣士の背には巨大な鉄板のような剣、左肩からぶら下げた革袋の大荷物、鎧と共に受け取った剣は腰へ、盾は右腕に装備されている。
深緑色の髪色に合わせたと言っても過言ではない風使いの装備のあちこちに魔法石がはめ込まれており、宝石と見間違うそれは命を守る点に関して宝石よりも大きな価値があるだろう。気になるとすれば、ローブの内側、足回りの裾から見え隠れする鞘だろうか。
薬品の詰められた肩下げ鞄も健在だ。
鶴のようにしなやかで弓の弦のように細くも引き締められた体躯の弓使いは闇に近い深々とした蒼が明るい昼間ではよく目立つ。背に荷物と共にぶら下げている青々とした弓は、鋼鉄の矢を引き絞ろうとも弱音を吐かないほどに丈夫そうだ。
足元には以前に剣士が背負っていた大きな鞄が置かれている。
見た目以上に軽いか施された魔力の働きもあるのだろう。剣士は何の苦もなく屈んでは咲ちゃんたちへと視線合わせだす。
「俺ら3人で王国の外でニホンを探そうと思ってな。その前の挨拶に来たわけよ」
「ホント!?」
ついに彼らは本腰を入れることができたのだ。
結局王国では咲ちゃん達の国の情報は欠片すら手につかむことができていない。
だとすれば外に、となるがの子供の様子を見ながらでは不可能なわけで、準備もこなせなかった前とは違う。
準備はなったのだ。
「おうよ!今回は下見ってことも兼ねて戦争が始まる前にゃ戻るから5日ぽっちだけどな」
「戦さえ終われば長期に渡る旅も可能だ」
「王国じゃ走り回っても何も話もなかったもんね」
つまり、しばらくお城に来てくれて遊ぶ、と言うことがなくなるのだろう。
外へと連れ歩く危険性は以前に身を持って知ったのだから、そうせざるを得ないのは致し方がない。
「んで!行く前に俺からお願いがあんだよ」
剣士は荷を下ろし、革袋の中からとりだされた本の表紙のような形をした羊皮紙や紙を挟む道具を取り出して、その内の1枚を咲ちゃんとぬしちゃんへと見せつけた。
「この依頼書によ、先生も描いてくんねぇか?」
「・・・え?」
声を上げたのははたして、誰か。
幼い覚えたての魔法文字で書かれた依頼書の裏にある絵を指差して剣士はそう言った。
「いいよ!ぬしちゃんもかこ!」
「うん」
「おばあちゃんたちもいーい?」
「おう!おい風っ子、画材あったろ」
「はいはい!」
荷袋から出された調理後に使われるお盆を机代わりとし、風使いから手渡された7色の筆を用いて早朝の城門前は子供達によるお絵かきの場となった。
「これは・・・いったい?」
驚く顔も隠さずに聖女は剣士へと振り向いた。だが、先ほどのような気まずい気配は微塵も感じさせない。
自身の髪をポリポリと指で掻き、意地の悪そうな顔を申し訳がなさそうに眉を潜めて剣士は告げた。
「あーっと・・・悪い。俺にゃこれしか思いつかんかった。そうでなくても、サキ達の様子見に行けるあんたらしか頼めねぇよ」
依頼書、というにも依頼料や詳細の一切も書かれていない落書き同然の羊皮紙の裏には赤青緑の3人と白黒の黄色い帽子をかぶった子供が描かれており、右下には可愛いウサギさんが描かれている。
白黒の園児を描いたのは咲ちゃんで、剣士、風使い、弓使い、ウサギを描いたのはぬしちゃんだ。
咲ちゃんが隙間を埋めるように教会の者達のを描いている中、ぬしちゃんはウサギに7色の内の黄色で何かを付け足し始めた事に剣士を除いた風使いと弓使いは気にも留めなかった事実に気付く。
うさぎの頭から黄色く、おそらく長い髪を描きだしたところで剣士はニヤリと笑い出す。思った通りといわんばかりに。
「やっぱりな!なんで兎なんかと思ったけどよ、ぬしからしてみりゃ先生も元から入ってたってことだわな」
「ああ!そゆこと!?」
「なるほど、修道服の頭巾か。修道院では着けていたのだな」
絵描きに集中する子供2人に感嘆の声を上げると同時にわかりやすく描いてくれる咲ちゃんとは対照的なぬし画伯の意図を知ることができたのだ。
「よかった・・・よかっだ・・・!」
それを見るなり、聖女はは胸に両手を押し当て地べたへと膝をつき泣き崩れた。
「ちょ、先生、大丈夫?」
「はい・・・」
「だいじょうぶ・・・?」
「ふ、ふふ。大丈夫ですよ」
絵を描く手を止めた咲ちゃんだけでなく風使い達も心配そうに見ている中、聖女は涙と一緒に胸の憑き物が剥がれ落ちるような健やかな気持ちとなれたのだ。
をことぬしという少女にとって、まともに戦う術を持たない自身など当てにされていないのだと。
そう思い込んでいた。
だから、咲ちゃんを連れて平気で修道院から抜け出したのだと。
だからこそ、戦える彼らが羨ましい、妬ましかった。
修道院での襲撃から彼女の心の底に根づいていた不安が一気に晴らされ、少しでも、子供の心に自分という存在が宿ってくれていたことに、心底嬉しくて涙が止まらないのだ。
それを気づかせてくれたのが羨んでいた相手なのだから、なんとも恥ずかしいだと聖女は涙の跡を隠すように両手で覆う。
「気づかせてくれて・・・ありがとう、ございます!」
「おう!・・・まあ、カンだったんだけどな。これを昨日言いたかったのに風っ子が邪魔すっからよー」
「んな!?あれはあんたの言い方が悪いんでしょうが!!」
泣いていたかと思えば笑顔が戻り、大人は忙しい。
「わかんないけど、せんせいげんきになってよかったね!ぬしちゃん!」
「そうなのか」
元気になったとわかり、2人はお絵かきへと戻る。ぬしちゃんはぼーっと嬉し泣きをしていた聖女を見つめていただけで、同じ態勢のままにまた絵を描き描きし始めていた
「うさちゃん、せんせいだったの?」
「うん」
「じゃあ、咲も!うさちゃんいっぱいかいちゃう!」
「おお」
この依頼書に絵を描くときにも7色の中に白が無く、黒で表現した結果がウサギさんだったのだ。
そうとわかれば咲ちゃんにも描き方も決まったものだと、教会にいる者達を人数分うさぎを描いていく。
「おじいちゃんうさぎに、おやさいうさぎ!」
「ほそっこうさぎ、ふとっちょうさぎなんだ」
おじいちゃんは神官さん。おやさいは修道院で畑の担当のおばちゃんだ。
どんどん、どんどんと羊皮紙の裏はどんどんと埋め尽くされ描ききれなくなったため表面にもうさぎ達による領土拡大は止まらなかった。
「先日も泣いてしまって、ご迷惑をお掛けします」
「え!トンガリ!あんた先生泣かしたの!?最低!」
「なんだ?まさかお前先生さんと・・・あーそういうことな」
「・・・いや、待て。何がどうしてそうなる!」
「まあ?あたしも昨日さ、離してくれなかったんだけどねー!」
「は、はあ!?ありゃお前が尻向けてすぐ逃げねぇようにするために決まってんだろ!?」
「あら。もしかして、そういうご関係に?」
「へ!?あ、まーえーとそのぉ、ちょっとちがうーというか」
「っは!顔真っ赤にしてどさくさに抱きしめた女が何言ってんだか」
「はぁああ!?あんたなんか俺の女ぁー!とか叫んでたくせに何よそれ!?」
「それは言い逃れできんな」
「う、ううっせぇっ!!お前こそ先生さんと何話してたんだよ!?」
「それは」
「す、すみません。その・・・内緒でお願いします」
「ほぉおおら言えないことしてんじゃねぇかこのムッツリ野郎!!」
「うーわ。トンガリも男ってことね。女の弱みにつけ込んで・・・うーわうわー」
「うるさい!違う・・・そうじゃない!」
子供2人が楽しげに絵を描く中、横では痴情の垣間見える話題で騒ぎ立てる4人組。
朝が早いというのに、やかましい。
「よく、子供の前であんな話題で騒げますよね・・・」
「普通なら補導もんなんですがね、サキ様とぬし様への配慮が極端に曖昧で自分らも悩んでるんですよ」
「そ、そうかも。サキ様とぬし様もどこまで踏み入った対応をしてもいいのかが難しくてつい妹みたいに・・・」
髪を束ねたメイドさんと装備を新調した門兵がヒソヒソと小話で彼等の行く末を見定めるか否かで悩んでいた。
その後、描きたした依頼書を手渡された剣士、風使い、弓使いの3人は咲ちゃんとぬしちゃん達に見送られ・・・王国の外へと5日間という短い旅路へ赴いていくのであった。
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